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ホラフキタイムズ

「記事を書いただけで……100万円!?」


 『彼』がその文面を偶然見つけたのは、パソコンに映ったネットの広告だった。


 『彼』の仕事はフリーの雑誌記者。自慢のカメラで様々な写真を撮り、それを用いた記事を作製してあちこちの雑誌に掲載し続けていた。特に彼が得意としていたのは、様々な芸能人の人間模様を題材にしたもの、俗に言う「ゴシップ記事」と呼ばれるものだった。これまでも芸能人の夫婦に関する疑惑をファインダーに収めたり、秘密裏に訪問している店を見つけたりと様々な活躍を続けていた。


 だが、年を経るごとに彼の仕事の内容、そして貰える報酬は減り続けていた。同業のライバルも理由の一つだが、何よりも投稿している雑誌そのものが儲からなくなっていると言う事が大きかった。パソコンの画面に映るネットの世界に、顧客が次々に取られてしまっているのだ。加えて、ネットに掲載された様々なスクープ写真も、『彼』にとっては厄介な存在になっていた。相手はアマチュアどころかカメラマンですらない存在なのに、次々に居場所を奪い続けているのである。


 そんな状況に悩む中、『彼』は偶然この広告を見つけたのだ。


「なになに……『ホラフキタイムズ』……?」


 早速広告をクリックし、その主のページを拝見した彼。そこに映っていたのは、変わった名前のページであった。

 記事の作りは、彼もよくアクセスする大手の新聞やネット情報サイトのページによく似ている。しかしそれらと違うのは、掲載されている記事は大ぼら、つまり『嘘』であると言う事だった。パンダは北極のシロクマがペンキを被って進化した姿、空に浮く自動車が竜巻で行方不明……どのページを見ても嘘の記事ばかり。中には紛らわしい題名の記事もあるが、中身を読み進めればすぐに実際にはあり得ない事であるのがすぐに分かるようになっていた。


 ネーミングセンスが無い場所だなと心の中で突っ込みを入れつつ、『彼』は問題の記事募集の欄を見る事にした。

 

 嘘の記事ばかり集めているが、ここはれっきとしたネットの新聞サイト。良質な「嘘」の記事を書いてくれた人にはしっかり報酬を与える、とそこには記されてあった。このページの内容だけは全て真実である、と記述している以上、恐らくは本当の事なのだろう、と『彼』は考えた。記事を書いた人の名前に、彼と同じ業界で働く人と同名があった事も、抵抗なく受け入れそうになった要因となったのかもしれない。

 だが、彼のようにそれでも僅かな疑いを持つ人のために、『ホラフキタイムズ』側もそれなりの策を用意していた。


「なになに……記者登録をしただけで、10万円……だって!?」


 こんなに簡単な操作で10万円も手に入れられる。明らかに怪しい話だが、金に目が眩んだ彼はあっという間に『ホラフキタイムズ』への記者登録を済ませてしまった。


 そして、この内容が虚偽では無いと言う事はすぐに証明された。彼が指定した口座に……


「ほ、本当だったのか!」


 10万円が振り込まれていたからである。


 これなら間違いなく、記事を書いただけで大金が手に入る。そう確信した彼は、早速嘘の記事を書き始めた。「真実」を追う記者としての実績を活かした、架空の芸能人同士の熱愛が発覚した事を細かく記した内容である。店の名前を馬鹿馬鹿しくしたり、あり得ない時刻に待ち合わせをさせたり、冗談だとすぐに分かるような仕掛けもしっかりと組みこんでおいた。

 ちょっと凝り過ぎたかとも思ってしまったが、逆にこちらの方がより「良質」な記事に仕上がっているだろう、と彼は考える事にした。


「さ、100万円は頂き……っと」


 そして、彼は『ホラフキタイムズ』宛に、自分の書いた嘘の記事を投稿した。




 だが、彼の手元に100万円が来る事は無かった。


「う、嘘だろ……!?」


 数日後のスポーツ新聞に、彼が嘘の記事の題材にした芸能人二人の間に熱愛が発覚したと言う内容が一面を飾っていたのである。

 深夜にこっそり待ち合わせをし、夜中だけ開いていると言う冗談のような名前の居酒屋に向かい、そこで仲睦まじく夜のひと時を過ごす……何もかも、あの時『彼』がホラフキタイムズに投稿した記事そのままだったのである。当然、現実になってしまった「嘘」の記事にはお詫びの言葉が載せられ、これを書いた記者に報酬は渡せないと言う文面が追記されていた。


 しかし、彼がここで諦めてしまう事は無かった。今度こそ多額の報酬を得るために、より大きく分かりやすい嘘の記事を書き始めた。その記事の題名は……


『アマゾン奥地で恐竜発見!学会を揺るがす大事件!』


 前回は少し現実的過ぎたために、偶然にも実際に起きてしまったのかもしれない。ここまで荒唐無稽な内容なら、どう間違えても真実になる事は無いだろう。

 今度こそ高額の報酬を頂けると確信し、彼はホラフキタイムズの投稿用ページに再び自らの書いた記事を投稿した。




 ところが、その数日後。


「な、何でだよ……!」


 愕然とする彼の眼に映っていたテレビのニュースは、冒頭から『生きた恐竜を発見』と言う内容を紹介していたのだ。

 アマゾンの奥地で見つかった新種の『鳥』が『恐竜』の子孫である事が断定された理由が、ニュースのキャスターによって分かりやすく解説されていた。姿形は現在の鳥そっくりだが、翼があるはずの部分にははっきりとした前脚があり、大きな爪も存在している。口にもたくさんの歯が生えており、古代からずっと生き続けた中で、小型の肉食恐竜が進化を遂げた姿である、と位置付けられたのだ。


「こんな事、有り得ないはずなのに……」


 テレビや新聞で驚きや喜びの様子を見せる学者たちの一方、『彼』はこの現状を受け入れる事が出来なかった。恐竜が生きているなんてあまりにも非現実的、大嘘つきな出来事のはずなのに、それが「真実」になってしまっては当然だろう。

 勿論、彼の元に100万円が来る事は無かった。


「くそう、一体どうすれば……」


 多額の報酬を簡単に稼げると言う見込みが二度も外れ、しかも双方とも大丈夫だと確信を持てた内容だったために、彼の心は悔しさでいっぱいだった。ここで記事の投稿をやめると言う選択肢も『ホラフキタイムズ』のページには書かれてあったのだが、今の彼にはそのような考えは思い浮かばなかった。頭の中は、嘘の記事で100万円と言う内容でいっぱいだったのである。


 しばらく思い悩んだ時、彼の頭にあるアイデアが浮かんだ。

 今まではどんな嘘を書いても全て「真実」になってしまっていた。だがそれを逆手にとれば、どんないい加減な事を書いても、記事にすれば何でも『真実』になる。つまり……


「ようし、これなら……!」


 すぐに彼はパソコンに向けて、三つ目の「嘘」の記事を製作し始めた。その内容は、とあるフリーの記者が大スクープを捉え、それが政界を左右するほどの事態に発展し、やがてその実績が高く評価されてジャーナリストに贈られる名誉ある賞を受賞する、と言うものだった。勿論、その記者の名前は『彼』と同じものである。

 実績も勘も大事かもしれないが、スクープを取るのに一番必要なのはその時の『運』である。名誉ある賞を取った感想……と言う設定の言葉を、彼は記事の最後に書き記した。

 

 この記事が『ホラフキタイムズ』に掲載されればそれは真実の記事になり、自分は物凄い名誉ある存在に生まれ変わる事が出来る。100万円どころか、何億円もの資金を得ることだって夢じゃないかもしれない。頭の中でバラ色の未来予想図を作りながら、彼ははやる気持ちを抑えながら、完成した嘘の記事を送信した。




 ……それから数ヵ月後。


「おい、連絡だ」


 ここは、とある場所にある刑務所の中。青色の髪をした男性警官が、一人の受刑者に手紙が来た事を伝えた。その受刑者……『彼』は、それが何の内容なのか、予想が付いていた。『ホラフキタイムズ』から届いた報酬の小切手である、と。


 結果的に『彼』は三つ目の記事として嘘の内容を書き、契約通り100万円を手に入れる事が出来た。幾ら嘘を集めた場所でも、これだけは本当の事だったのだ。しかし、刑務所にいる今の彼は一切の嬉しさを感じる事は無かった。以前にゴシップ記事の対象にした芸能人の夫婦から名誉棄損で訴えられた彼は、それを皮切りに色々な罪が芋づる式に着せられた揚句、実刑を言い渡されてしまったからである。

 頭の中で思い描いたバラ色の未来予想図は、全て嘘偽りになったのだ。


「はぁ……」


 先程の警官とそっくりなもう一人の男性警官から、『彼』は100万円と言う金額がしっかりと記入された小切手を貰った。だが、今更貰っても彼には地位も名誉も無い。しかも、嘘の記事を投稿してこの状況を「嘘」にしようとしても、彼の手元には肝心のパソコンが存在しないため不可能なのだ。


 今の彼に残されていたのは、この「真実」を受け入れる事、もしくは変えられない「真実」を悲観する事だけであった……。



「誰か、これを嘘だと言ってくれぇぇぇ!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 身近なところにある不透明な『闇』の存在が、秀逸な文章で巧みに描写されている点。 [一言] いや、お気に入り登録の流れでこの作品を伺ったのですが… 素晴らしい…! 感想はその一言に尽きま…
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