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Absolute Zero  作者: DoubleS
第二章
7/30

メリット・デメリット 2

 十二月十四日 金曜日 晴れ


「今日はこんなに暖かいのに…作業はお休みかあ」

「まあ、休みなら休みでいいだろ。」

 金曜日の放課後になって、霧矢と晴代は校門に立っていた。本来は今日も作業をするつもりだったのだが、急に雨野が今日は休みだと告げてきたのだ。

「昨日貸したのどうだった?」

「まだ半分くらいしか読んでない。でもまあ、それなりに面白いことは認める」

「…あれはあたしのイチオシだよ。あれをつまんないなんて言うやつがいたら、即抹殺!」

「ソウデスカ。ソレハヨカッタネー」

 棒読みの返事をすると、後ろから声をかけられる。振り向いてみると雲沢だった。

「三条、待ってくれ」

「雲沢先輩? どうしたんですか急に」

「有島から。今日の昼にこれをお前に渡すようにと言われた。じゃあ、確かに渡したぞ。う~さむ。さっさと生徒会室に戻ろう」

 こんなに暖かいのに寒いとは、雪国の人間失格ではないだろうかと霧矢は思ったが、口には出さなかった。寒さで震えている上級生の背中を見送っていると、隣から晴代が封筒を取り上げた。

「有島先輩からかあ。もしかしてラブレターだったりしてね?」

「その何でもかんでもすぐ、カップリングに関する妄想にふけるのはやめろ。腐りかけてきている証拠だ」

 有島ほどの女子が自分のことが好きだなんて言ったら学校中がひっくり返るだろう。

 手紙を奪い返し、中身を取り出す。紙を広げるときれいな小さな字が綴ってあった。


 ――霜華さんを連れて、電車に乗ってください。すみません、勝手なお願いですが、ぜひとも、お二人にお話ししておかなければならないことがあるのです。このことは家の方にもきちんと話してあるので、三条君は気にする必要はありません。


 封筒を探ると、切符が二枚入っている。

「……だそうだ。と言うわけで、僕は行かないといかん」

「あたしもついて行っていいのかなあ?」

「勝手にしろ。だが、交通費は自腹を切るはめになるぞ。往復で千五百円近くするけどな」

 財布を取り出し、中身を覗き込む。

「あと、少しだけ足りない」

「だったらお留守番だな」

「お金貸して」

「この前、お前にあんまん買ってやったから、僕の財布の中はほとんど空だ。明日なら小遣いがもらえていたが、今はそんな金はない」

「…はあ、食い意地の張った自分が憎らしいよ」

 うなだれている晴代を横目に、霧矢は携帯で家に電話を掛ける。

「もしもし、復調園調剤薬局です。…って霧矢?」

「ああ、母さんか。霜華に代わってくれるか?」

 しかし、霜華は不在だった。何でも気になることがあると言い残して、そのまま出かけてしまったらしい。

「ところで、母さんは有島先輩から話は聞いてると思うけど、ちょっとこれから遠くまで出かけてくる。霜華にはその件、話しといた?」

「それが…霜ちゃんが出かけた後に電話がかかってきて…霜ちゃんには伝えられなかったのよ」

「何時ころだった?」

「そうねえ…今から一時間くらい前に霜ちゃんが出かけて、その十分くらい後に電話がかかってきたわねえ」

「そうか、わかった。とりあえず、夕食はいらないから。あと霜華に会ったら四時五二分までに駅に来るように伝えてくれ」

 電話を切った。肝心な時にいないやつだ。有島恵子の項目を選択し、電話を掛けるが、電源が切られているか、電波の届かないところにいるとなっている。仕方がないので届かない可能性が高いがメールを送る。

 ――とりあえず、そっちに行きますが、霜華と連絡が取れません。どうしましょうか?

 しばらく待ってみても返信は来ない。返信を待っている間に霧矢たちは駅まで着いてしまった。電車の時刻まであと十分。時間的にはちょうどよいが、駅のどこにも霜華の姿は見えなかった。

「ほらほら、お前はさっさと行った!」

 晴代を追い払おうとするが、彼女は動こうともしない。

「ねえ、時間までに霜華ちゃんが来なかったら、切符はあたしがもらうことにしていい?」

「却下!」

「じゃあ、その切符どうするのさ」

「払い戻して、先輩に返す」

 上目で霧矢を睨むと、何かを閃いたような表情になった。

「ねえ、もしもだよ。霧矢がこの前、雨野先輩のことをゴリラ会長って言ってたのをばらすと言ったら?」

 晴代は意地の悪いニヤニヤ顔で霧矢を直視している。

「霜華! 頼むからすぐに来てくれ! お願いだから!」

 しかし、霧矢の願いは天に届かず、電車が到着しようとしていることを知らせるアナウンスが鳴った。晴代が霧矢のポケットに入っていた封筒を抜き取り、切符を一枚取り出すと、改札を通り抜けた。

 仕方なく、霧矢も晴代に続き、ホームに到着した電車に乗り込む。

 ゆっくりと電車が動き出す。程よく暖房の効いた車内は快適だったが、まわりが帰宅する高校生であふれている中、魔族がどうだとか話す勇気は二人ともない。二人とも沈黙したまま時間が過ぎ去り、眠りに落ちてしまった。

「次は終点です。お乗換えのご案内をいたします。新幹線ホームは三階にございます。上り、東京行き、十八時六分、十二番線……」

 到着のアナウンスで、二人とも目を覚ました。

 見慣れた駅より、はるかに大きな駅に降り立つ。慣れない自動改札機に切符を入れた。

 時間帯的に、帰宅する人でごったがえしている改札口で目を凝らすと、有島が立っていた。

「すみません、霜華と連絡が取れなくて…」

「いえ、仕方ありません。もともとは私の勝手なお願いです。忙しい中わざわざ来ていただいてありがとうございます。それで、代わりに上川さんを連れてきたと」

「はい。邪魔でしたら追い払います」

「いいえ。上川さんも霜華さんといろいろ付き合いがあるようですし、知っておいても損はないでしょう」

「何を…ですか?」

「魔族との契約に関してです」

 それだけ話すと、有島は二人を連れて駅ビルの外に出た。タクシーを拾うと、二人に乗るように促した。有島は補助席に乗り込む。

「小林記念病院までお願いします」

 薬局で育った霧矢はその病院の名前を知っている。この町で数本の指に入る大きな病院だ。しかしそんなところに連れて行ってどうしようというのだろうか。

「病院ってことはやっぱり、アレがらみで誰か倒れたんですか?」

「ええ。意識がないのですが、お二人も実際に見てもらった方が良いと思いまして」

 有島の声は、今まで聞いたことのないくらい沈んでいた。

 十分ほど車を走らせると、白い建物が視界に入ってきた。

「着きました」

 タクシーを降りると、有島が先導する形で病院に入る。夕食の時間帯で面会時間帯はとっくに過ぎているのだが、誰も有島に声はかけない。

 病院の建物の一番はずれの個室まで来ると、有島は足を止めた。

「……ここです」

 憂いを含んだ顔で二人と向き合う。病室の名札を見ると、雨野護(あまのまもる)と書かれている。

「雨野……まさか!」

「はい、光里ちゃんの弟です。残念ながらずっと眠り続けているんです」

 引き戸を開けると、部屋は二重に仕切られていて、機会につながれた霧矢より少し年下の少年がベッドに横たわっているのが、ガラス越しに見えた。

「彼が、雨野先輩の弟さんなんですね?」

「はい、護君です」

「やっぱり、契約のせいでこうなっちゃったのかな…」

 晴代が悲しそうな声を出すと、扉が開いて一人の女子高校生が入ってくる。

「先生曰く原因不明。現代医学では説明不可能だってさ。脳波、血液、遺伝子疾患、臓器機能、一切異常なし。健康体そのもの。でも、意識が戻らず植物状態が二年近くも続いてる」

「会長…」

「今日も、相変わらずか…」

 感情のこもっていない声で、雨野は昨日、西村に貸した魔力分類器を霧矢に差し出した。

「こいつで、護を見てごらん」

 言われた通りに、筒に目を当てて、少年を見ると、魔力の放出が観測できない。

「オーラがない……やっぱり契約者か…」

「右手の甲に注目してみな」

 彼の右手の甲に妙な幾何学模様が浮かび上がって、紫色に発光しているのが見えた。

「何か紫色に光ってるな……」

「はい。護君の属性は闇です。契約者の紋様はその人間の属性に対応した色で発光しています」

 晴代に魔力分類器を手渡すと、彼女も同じように覗き込む。

「あ、ほんとだ。紫色の紋様が見えるよ」

「…もし、僕が霜華と契約したらこんな風に植物状態になってしまうんですか?」

 もし、有島が首を縦に振れば、霜華と契約することなど絶対にできない。

「…契約自体で人間が植物状態になることはありませんから安心してください。しかし、彼がこんな風になってしまったのは、契約が関係しています。もっとも、護君が倒れたのは私と光里ちゃんが知り合ったときより前のことなので、私もすべてを知り尽くしているわけではありませんが」

 雨野は霧矢たちに背を向けた。

「私が恵子に出会えたことは、私にとっても、護にとっても幸運だったとしか言いようがないわ。それまでは原因もわからなかったけど、魔族が関係していることはわかったからね…」

 暴君会長らしからぬ、切ない声だった。

「そう考えると、あの火の魔族の方にも感謝しなければなりませんね…そうでなければ、光里ちゃんも私が魔族のハーフだと知らなかったままでしょうしね」

 有島も床を見ながら湿っぽい声を出した。

「でもさ、契約が関係してるなら、契約を解消してしまえばいい話じゃないんですか?」

 晴代が霧矢も思っていたことを口に出した。

「…もしかして、一度結んだ契約は二度と消えないとか…?」

 有島が顔を上げた。

「契約を解消することはやろうと思えば可能です。ただし、お互いが望んだ時です。どちらかが解消に反対していれば、解消できないんですよ。それに契約はそう簡単に解消できるものではないんです」

 寂しそうな表情で微笑んでいる。

「それって何かに不便じゃない?」

「不便ではあるけれども、魔族にとって必要だから仕方がない」

 霧矢の言葉に晴代は振り向く。霧矢は護を見たまま、晴代の方を向かずに話し続けた。

「もし、人間が勝手に契約を解消できるとしたら、ゲートから遠く離れたところで、契約を解消されたら、その魔族にとってはたまったものじゃない。もはやそれは死刑宣告に等しい。砂漠のど真ん中に水と食料なしで放り出されたようなものだ。ゲートにたどり着くまでに力尽きてしまうかもしれない。人間もそれを見越して、魔族を脅して意のままに扱うこともできるだろうしな」

「…珍しく、霧矢が冴えてるね」

「うるさいわ。僕だってこれくらいの論理的思考力はある」

「また、基本的に契約を意識的に解消すると、人間と魔族、双方が命に関わりかねないほどの大きなダメージを受けます。ですから、契約が解消されるのはまれなんです」

 霧矢は振り返って、有島の方を見た。

「契約が原因だとしても、普通は契約ではこんな風にはならないと霜華も言っていた。だとすれば、単純に契約に原因があるわけじゃないと思いますが」

「私も、よくわからないのです。本当は霜華さんにも意見を聞きたいと思っていたのですが…今日は都合が悪かったようですね…」

 霧矢は済まなさそうに頭を下げた。

「私はハーフですが、生まれてからずっとこっちの世界で暮らしています。向こうの世界に行ったことがないんですよ。実のところ、護君の症状と契約が関係している可能性があると言ったのは私の父なんです。その父も魔族なのに契約のことをあまり知らないという…何ともお粗末な話ですが…」

「有島先輩のお父さんって、光の魔族でしたっけ?」

「はい。ありきたりに言えば、天使みたいなものです」

 そう言うと、有島は病室のドアに鍵をかけ、目を閉じた。体に光が集まると、次の瞬間、背中に白い翼と頭上に光の輪が出現した。

「うわあ……」

 二人とも美しさに息をのんだ。

「雪女の次は、天使か…はは、もう何が何だか…」

「霧矢、そこは喜ぶところじゃないの?」

「お前みたいな年中頭が春な人間と一緒にするな。どうせお前は『有島先輩うらやまし~』とか思ってたんだろう」

 霧矢は疲れた目で晴代を見るが、晴代はもう嬉しさで飛び跳ねている。

「先輩ってやっぱり、何か魔法みたいな術が使えるんですよね?」

 目を輝かせながら、上目で有島を見つめている。

「そ、そうですね…まあ、あまり強力な術は使えないんですが…強力な光を発して相手の視覚を一時的に封じたりとか、ちょっとした光弾を打ち出したりはできます」

「うわあ~ちょっと」

「試さなくて結構です!」

 後輩の過剰な期待の眼差しを受けて、少し引いている有島に、霧矢は助け船を出す。有島も力を封じて、翼と光輪を消した。

「…もっと見たかったのに~」

「だ・ま・れ」

 霧矢は晴代の後頭部を軽く小突いた。雨野は扉の鍵を開けた。

「もう、いいでしょ。そろそろ帰る時間」

「では、最後に一つだけ」

 真剣な顔つきに戻って、有島は霧矢を見つめた。

「…昨日、あんなことを言ってしまった私の言えることではないのですが…このことを霜華さんに聞いてみていただけないでしょうか?」

「霜華に…?」

「これは、私からもお願いしたい。啓子も啓子のお父さんも契約に関してはそれほど詳しいわけじゃない。どっちもこっちの世界での暮らしの方が長いからね。その点、霜華ちゃんはごく最近まで向こうにいた。その分何か知ってるかもしれない」

 お願い、と雨野は頭を下げた。雨野が霧矢に頭を下げるなど、天変地異が起こっても不思議ではない出来事を目の前にして、霧矢は絶句する他なかった。

「は…はい…」

「明日は土曜日ですけど、飾りつけで今日の分の埋め合わせをするつもりなので、明日都合がよかったら、またお会いしましょう」

 四人で病院を出た。昼間、晴れていた分、夜になって急激に冷え込んでいる。路面は凍りつき、バランスを崩せばいつ転んでもおかしくない。

 タクシーに乗り、駅に向かう。車内では誰も口を利かなかった。

(契約の何かが関係している…しかし、何が?)

(霜華さんを信用しないわけではありませんが…しかし、嫌な予感がします)

(護の植物状態の原因が分かれば…きっと…)

(やっぱり、危険でもあたしも契約したいなあ… 紋様もカッコいいし火の魔族カモン!)

 何を考えているのかお互い知る余地もなく、タクシーは暗い街並みを走り抜けていった。


「…すっかり遅くなっちまった」

 三人は薄暗い駅のホームに降り立った。途中まで有島と一緒に乗っていたが、彼女の住んでいる場所は市街地の郊外なので先に降りていた。

「結局、明日も作業するんですか?」

 晴代の質問に対し、雨野は逃げようとする霧矢の肩を掴んだ。

「できれば、来てほしいけど…来れないなら………」

(デッド・オア・ワーク…!)

「まあ、三条、あんたの賢明な判断を期待するわ」

 背後から迫る殺気に恐怖を覚えながら、霧矢は首を縦に振った。

「じゃあ、雨野先輩は西村君にも伝えてあるんですか?」

「西村は来たくないって言ってたけど、来なかったら三条と連帯責任ってことにしとくから」

 雨野が最後まで言い終わらないうちに、霧矢は携帯電話を取り出し、西村龍太の項目を選択し、電話をかけた。

 着信拒否された。

(あの…野郎…! 僕を道連れにする気か?)

 考えた末に、先日雨野から送られてきたグロ画像を添付したメールを送ることにした。

 ――西村、貴様もこのようになりたくないのなら、明日絶対に来い! さもなくば…


 駅を出ると、飾りつけ途中のクリスマスツリーがまわりの民家の薄明かりに照らされて大きな影を作っていた。明日は電飾を取り付ける予定だが、メンバー一人の出欠によっては霧矢の命が危ない。

 雨野と別れる交差点まで来ると、やっと西村から返信が来た。

 ――たとえ、あんな風になるとしても、明日は行きたくない。土曜日は正午まで寝るのが俺のポリシーだ。

(お前が屍になるのは勝手だけど、僕まで巻き添えを食らうのはごめんなんだよ)

 鬼のような形相で液晶を睨みつけ、イライラで携帯を持つ手が震えている霧矢を見て、晴代は霧矢に耳打ちする。

「それだ!」

 晴代の提案を受け入れ、西村にメールを送ると、数十秒で返信が来た。

 ――ぜひとも、手伝わせてくれ!

 単純なバカで助かったと霧矢は安心するとともに、こんな奴が自分より生徒会の中では格が上だということに落胆してしまう。

「まあ、と言うわけで、明日西村は来るようです。ですので、命ばかりはお助け願います」

 雨野は満足そうな表情をする。

「これで人数の問題はオーケー。じゃあ、また明日。それと、今日のこと霜華ちゃんによろしく頼むわね」

 雨野は手を振ると住宅街の方へ歩き出した。


「ただいま」

「おかえりなさい!」

 家の戸を開けると、霜華が出迎える。いつもと変わらない様子だ。

「お前、昼どこに行ってたんだよ。せっかく見せなきゃいけないものもあったのに…」

「えっと…まあ、いろいろだよ」

 何かを隠しているような表情だが、霧矢は追及しなかった。他人事には必要以上に介入しないのが霧矢のポリシーでもある。

「まあいい。それよりも話がある」

「話?」

「ちょっといくつか質問がある。ここじゃなんだから、部屋で話そう」

 怪訝な顔をしている霜華をよそに、霧矢は荷物を居間に放り投げ、階段を上がっていく。霜華も霧矢に続く形でついてくる。部屋の小机で二人は向かい合う。

「さて、どこから話そうか…」

「え、何。二人きりでまさか、愛の告白?」

「違う。僕が聞きたいのは契約についてだ」

 動じることもなく、ボケをスルーした霧矢を、霜華は上目づかいで睨みつけている。相変わらず、子供じみたふるまいをしているが、霧矢としてはもうそんなことはどうでもいい。

「もしも、契約によって契約主が倒れるとしたら、考えられる原因をすべてあげてくれ。どんな些細なことでもいい。思い当たる可能性をすべてだ」

「いきなりどうしたの」

「今日、会長の弟に会ってきた」

 霜華も護のことについて興味を持ったようだ。霧矢の話を真剣に聞いていた。霧矢が一通り話し終えると、霜華は腕組みを解いて、部屋を歩き回ると霧矢のベッドに腰掛けた。

「確かに、護君の昏倒は、魔族が関係してるのは間違いない。でも、契約が原因ではないと思うけど」

「魔族がらみだけど契約じゃない?」

「契約以外の魔法術式でああなってるんだと思う。たとえば意識破壊とか無期睡眠とか。挙げてったらキリがないけどね」

「魔法術式が原因なら、そいつを解呪したら解決するんじゃないのか?」

「どんな術式なのかはっきりしてるならできないこともないよ。ただ、強力な呪いの解呪となると、基本的に対属性の術を使わないといけないから…」

 つまりは、彼の呪いが火によるものでなければ、霜華に解呪することはできない。

「彼の呪いが小から中程度の呪いか、強力なものだったとしても火か闇であることを祈るしかないかな」

「火はわかるけど、何で闇なんだ」

「やり方くらいなら教えられるから、有島さんにやってもらえばいい。もっともその呪いが私の知ってるものだったらだけど」

 しかし、自分の対属性以外の呪い以外は解呪できないなど随分と不便な話だと霧矢は思う。霜華にそのことを指摘すると、ポケットから何種類かのカードを取り出した。

「小から中程度の呪いなら、こんな感じのマジックカードで解呪できるよ。あと、それほど重傷でないならケガも治せる。ただ、一年以上も続くような強力な呪いなら、直接術をかけて呪いを解くしかないから…」

「マジックカード?」

 霜華の説明によると、小さな魔方陣を記入したカードを使うことで、自分の属性以外の魔術を補助的に行使できるようになるらしい。ただし、術の威力は本来のものより大幅に劣る。それでも便利なので、大体の魔族は数枚持ち歩くのが常になっている。

 霧矢が手に取って眺めてみると、どれも似ているが、一つだけ明らかに違うものがあった。

「その、一番目立つのが回復用のカード。魔族にとっては常備薬みたいなもんだし、これで解呪できなかったら呪いの対属性の人に解呪を頼むのが、向こうでは普通なんだよ。あと、それはカードそのものに魔力が込められているから、人間でも使えたりする」

 しかし、そのカードで解呪できそうかと霧矢は尋ねたが、霜華は難しいと答えた。ここに至って護がまだ眠っているということは相当強力な呪いであるということに他ならない。小から中程度の呪いならば、長く続いても数週間で自然に解けるらしい。

「やっぱり、昏睡させる大魔法だと思うなあ。火か闇であることを祈るしか…」

 霧矢は携帯電話を取り出し、今霜華から聞いたことをメールに打ち込んでいく。有島と雨野に送った。

「しかし、私はもっと別のことに興味があるんだけどね」

「別のこと?」

「護君と契約した魔族はどこに行っちゃったのか、ということ。魔族は契約主と近くにいるのが基本なのに」

 霜華が言うには、契約による魔力の伝達には物理的な距離は関係しないが、精神的な距離が影響してくるらしい。つまり、お互いの絆の強さによっては、魔力が上手く伝わらないことがあるのだ。さらに、お互いの絆が完全に失われてしまえば、契約は自然消滅してしまうらしい。絆を深めるには近くにいるのが一番いい。もしくは、頻繁に連絡を取り合う等。

 しかし、護は意識不明で連絡など取れるわけもない。近くに魔族がいるという話も聞いたことがない。

「向こうへ帰ってしまったか、もうすでに死んでしまったか、のどちらかじゃないのか? 僕はよくわからないけど」

 得た知識を元に、霧矢なりの仮説を立ててみたが、霜華は首を横に振った。

「どっちもありえないな。実は契約魔族と契約主がそれぞれ違う世界にいる場合、契約はその間、一時的に無効になっちゃうんだよ。だから、もし向こうに帰っちゃったんなら、契約の紋様は消えてるはず。あと、契約したうちのどちらかが死んだらその時点で契約は解消されて、契約主の紋様も消えちゃうから、その可能性もないよ」

 つまり、護と契約した魔族はまだ、こちらの世界のどこかにいるということだ。

「…契約主ほったらかして何やってんだろうな」

 霧矢はぼやいた。ただ、霜華と話してわかったことは、霜華は有島よりも非常に多くのことを知っているということだ。

 霧矢の携帯電話が鳴る。メールではなく電話がかかってきている。開くと見たこともない番号からだ。訝りながら通話ボタンを押す。

「もしもし、どちらですか?」

「すみません、有島です。家の電話からかけているのですが、今よろしいですか?」

 見たことのない番号は有島の家の電話番号だったようだ。構わない旨を伝えて、霜華にも話が伝わるように、ハンズフリーのボタンを押した。

「とりあえず、先ほどのメールの件なんですが、光里ちゃんとも相談した結果、明日作業が終わったら、三条君にはまた大変迷惑をおかけしますが、また病院に来てもらいたいそうなんです。お願いしてよろしいですか?」

「病院行きの方が、優先順位が上でしょう。西村と晴代、木村の三人に作業させて、僕たちだけ先に行きましょう。後から手伝えばいいと思いますけど」

「みんなに迷惑ですし、上川さんだって一緒に来たいと言うんじゃないでしょうか?」

「だからですよ。あいつに知られる前に、さっさと済ませてしまいたいんです」

 霧矢の意見に霜華が口を出した。

「だめだよ。晴代だって興味があるんだし、昨日だって一緒に行ったんだから、行きたいって言うなら連れて行ってあげなきゃ」

 霧矢は霜華に文句を言ったが、相変わらずすねた霜華の扱いに霧矢は慣れていなかった。結局、有島も霜華の肩を持ち、最終的に霧矢は晴代の同行を認めざるを得なかった。

「それでは、夜分遅く、失礼しました。明日、九時半に駅前でお会いしましょう。それと、霜華さん、昨日は申し訳ありませんでした。何分私の無知が原因です。いろいろと教えていただきありがとうございました」

 丁寧に礼を言うと、有島は電話を切った。

「…だそうだ。というわけで、明日の午後、一緒に病院に来てくれ。できれば、晴代には黙っていてほしいけどな…」

「晴代はきっと毎日がつまんないんだよ。刺激を求めて、退屈な日々にうんざりしてたんだと思う。そして、私のような非日常的な存在に出会った。でも、そんな人を自分だけ何も知らされていない状態にするなんて、結構ひどいことだと私は思うよ」

 そして、霜華は基本的に誰に対しても邪険に扱うことはしない。その行動が危険なものでない限り止めはしない、と語った。たとえ危険なものでも本人に覚悟があるのならと。

 霧矢はその発言に一言だけ返した。


「ありえねえ」


 霧矢が真顔で言い放った直後、頭上に氷の塊が出現した。そのまま重力に従い落下した推定三キログラムほどの塊は、霧矢の脳天を直撃して砕け散った。

「霧君の意地悪! もう知らない! おやすみ!」

 意識を失い、床で伸びている霧矢に憤慨しながら、霜華は乱暴に部屋の戸を閉めた。

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