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Absolute Zero  作者: DoubleS
第一章
3/30

ボーイ・ミーツ・アイスガール 2

 十二月十日 月曜日 曇りのち雪


 気が付いたらもう朝だった。時計を見ると、六時半。いつもと起きる時間は変わらない。東の空が朝焼けに染まっていた。ブルーマンデー、万歳。しかし、ベッドから起き上がろうとしても、頭痛、体のだるさがひどい。

 結局、三条霧矢は母親の風邪をもらってしまったようだ。

「……熱っぽい。体温計…体温計…」

 ふらつく足取りで、机の引き出しを漁る。あった。今となっては非常に珍しい水銀体温計を軽く手で振って、脇に挟む。

(今日は絶対に学校に行かないといけないと言うのに…困った…)

 霧矢が熱でぼーっとしていると、部屋のドアがノックされる。返事をすると、半雪女がぼさぼさの髪に、目にクマを作って入ってきた。ただ、今日は普通の洋服姿だった。おそらく昨日購入したものだろう。

「きりく~ん。見事に期待を裏切ってくれたよう…」

「……あの部屋は隙間風がひどいからな。眠れなくても無理はないぞ。懲りたのなら他の宿を見つけることだ」

「ちがうよ~。霧君だって男の子だから、真夜中にこっそり私のところに来るだろうって思って、来たら氷漬けにしてやろうと待ち構えてたのに……来ないんだもん…」

「……あいにく、僕は今体調が悪い。突っ込みを入れる気力もない」

 脇の下から体温計を取り出すと、三十八度五分。熱があるのは確かだ。不本意だが、体のことを考えると、今日は休むべきだろう。

「霜華、そこの携帯取ってくれ」

 しかし、彼女は動かなかった。キラキラした目で霧矢を見つめている。

「おい、どうした。携帯を取ってくれ、あんまり動きたくない」

「……初めて、霧君が私の名前を呼んでくれた…」

 恍惚とした表情で机の上にある携帯電話を手渡した。霧矢は受け取ると、意識の朦朧とする中、昨日の似せウエイトレスこと同級生、上川晴代(かみかわはるよ)にメールをする。

 ――今日、僕の代わりとして生徒会の仕事を手伝ってほしい。単純な作業だから、部外者でもできるはずだ。

 返信が来た。意外とああ見えて朝には強いようだ。だが、眠いのか普段は大量に使う顔文字がなく、淡々とした事務的なメールだった

 ――昨日はあんなに元気だったのにどうしたの?

 ――風邪を引いた。熱が出てる。今日は学校休む。

 ――報酬は?

 ――なし

 ――じゃあやだ。

 ――だったら、何がいいんだ。

 ――現金

 ――無理

 ――じゃあ、お菓子。

 ――了解。じゃあ、今日はよろしく頼む。


「おい、お前今日もうちに泊まる気か? 昨日、妹がいるとか言っていたが、放置して大丈夫なのか?」

「……今更帰ってもしょうがないもん。あの子は自分でどうにかすると思う」

 口を尖らせている。

「…お前、姉としてそこはどうなんだ」

「別にそんなのどうでもいいもん。でも、どっちかって言うとあの子の方が頭はいいんだよね」

「それは、聞かなくてもわかる」

 冷たい風が吹き付けてくる。震えが走り、くしゃみをする。霜華の攻撃は風邪を引いた人間にとっては致命的だ。ふらつきをこらえながら、慎重に階段を下りる。

「あら、霧矢。今日は学校のはずでしょ。母さん、昨日よりとてもよくなったけど、まだ朝ご飯は作れそうにないから…」

 こたつに入って朝のニュースをどこか焦点の合わない目で見ている。

「……いらん。僕も風邪がひどくなった。万が一インフルエンザだったらまずいから、先生んとこ行ってくる。保険証」

 鈍い動きで、引き出しから保険証と幾ばくかのお金を取り出す。霧矢は受け取ると、こたつに潜り込む。本当に面倒なことになった。

「…八時になったら起こしてくれ。学校に電話かけるから」

「……私も…ちょっと寝る…」

「……私も…」


 時計が八回鳴ると、ゆっくりと起き上がる。母親はこたつで、霜華はこたつの外で熟睡していた。学校に欠席の連絡をし、行きつけの医者に予約をした。朝一番で行けばそれほど待たずに済むはずだ。店の石油ストーブに火をつけた。開店まであと一時間弱。

 居間に戻ると、霜華は起きていた。暇を持て余しているといった感じの目つきをしている。

「お医者さんって、一人で行くの?」

「ああ」

「そんな調子だと無理だよ。すぐ近くにあるならいいけど、とりあえず私もついていく」

「すぐ近くだ。というより、この家の隣だ。この家から徒歩三十秒未満。昨日お前はこの商店街の何を見ていた」

「へ……」

「大体な、処方薬局ってのはな、医者の隣にあるってのが相場なんだよ。だから、ついてこなくていい。というより、ついてくるな」

 とても不満そうな顔つきをして霧矢を睨みつける。しかし、気に留めている余裕はなかった。とりあえず、着替えておかなければいけない。霜華を無視して自分の部屋に戻り、箪笥から適当に私服を取り出す。

「母さん、今日、店どうするんだ」

「座ってるだけなら大丈夫よ。レジとか、棚の整理とか、接客とかは霜ちゃんに手伝ってもらうつもりだから」

 大いに問題だと霧矢は思う。こいつなら人に違う薬を渡したりしかねない。

「大丈夫よ。薬は私がやるから。でも、それ以外はお願いしようと思うの」

 不安この上ない。しかし、他に良い方法がないのも確かだ。

「………私、手伝ってもいいんですね!」

 目を輝かせている半雪女はいそいそと店のエプロンを身に着ける。似合ってはいるのだが、中身が伴っているのかどうか…

 八時五十五分。店のカーテンを開けて、営業開始。霧矢は隣の診療所に行く。

 一番乗りだけあって、誰もいなかった。お互い顔見知りの医者にかかり、流行性感冒との診断を受けた。とりあえず、インフルエンザでなくて一安心だ。注射を打ってもらい、処方箋をもらって終わりだ。中身は典型的な風邪薬三種類。解熱、鼻水止め、咳止め薬。これをうちの薬棚から取ってくればいい。一通り終わって待合室に戻ると、老人でごった返していた。

「おお、薬局んとこのせがれでねえかい」

 よく店番をしている関係で、霧矢は母親同様にこの町のほとんどの老人には顔を覚えられているし、霧矢も相手が誰だか大体わかる。少し雑談でもしようとも思ったが、風邪をうつさないためにもさっさと診療所から出ることにした。


「いらっしゃいませ!」

 霜華が底抜けの明るい声で出迎える。一瞬、言葉に詰まってしまう。

「……ただいま」

 ゆっくりと戸棚から処方箋に書かれた薬を戸棚から取り出す。念のため、母親にも確認を求めた。

「……説明なんていらん。この風邪薬を扱った回数は軽く百は超えてる」

「ねえねえ、今日はどれくらいお客さん来るの?」

「それなりに多いぞ。覚悟しとけ。僕は寝る」


「霧矢、お昼ご飯食べましょー!」

 母親の声で目が覚めた。時計を見ると一時近くを指している。注射が効いているのか、食欲も多少戻ってきている。

「………随分良くなったんだな」

「まだ、本調子じゃないけどね。それよりも霜ちゃんがお昼作ってくれたのよ」

 風邪は人にうつすと治る、薬局の人間がこんな迷信を信じるのもどうかと思うが、この様子を見る限り、否定することはできなかった。

「………いただきます」

 病人に配慮したのか、昼食はうどんだった。食べてみたが、味に遜色はない。見かけによらず料理はそれなりにできると思われる。

「霜ちゃん、結構料理が上手いのよ。このかき揚げも霜ちゃんが揚げたものだし」

「まあ、確かに美味い」

 ニコニコと笑っている。まともな一面もあるようだと霧矢は思う。

「……お前の妹、今何してんだろうな」

「さあ、食べるものがなくて困ってるんじゃないの?」

「地味にひどい姉だな、お前」

「あの子、料理はできないし、兵糧攻めにしておけば、そのうち泣きついてくるわよ。私がこの商店街一帯にいることくらい、あの子ならわかるだろうし」

 話を聞く限りでは、霜華の妹は几帳面だが、人見知りな人間、いや半雪女らしい。姉妹でかくも性格が反対だとは意外なことだった。

「ごちそうさまでした。美味しかった、ほめてやる」

「………何で、目をそらしているのかな?」

「薬、薬と……」

 ぬるま湯で錠剤を流し込む。朝と比べると順調に回復してきている。この調子なら明日学校に行けそうだ。

「それじゃ、霜ちゃん。午後も頑張りましょ」

「……こいつ大丈夫だったのか?」

 母親は意味深な笑顔で霧矢を見ている。一応問題なしと判断して、自分の部屋に戻ろうとしたとき、霧矢の携帯が鳴った。

 ――新着メール、一件。生徒会長からだ。

 ――ゴルァ、三条! この忙しいときに休むとは何事じゃい(怒)! 明日、首洗って待ってなさい! もし、明日も休んだら私は殺人容疑で警察のお世話になるかもしれないわよ!

 メールは赤の大文字で埋め尽くされていた。これはまずいことになった。彼女を怒らせたら命はないと思った方がいい。

 ――忙しいときにすみません。風邪引きました。代理が放課後、生徒会室に行くはずなので、今日のところはそれで勘弁してください(汗)

 ――それじゃ、全然足りないのよ。昨日の大雪で電車が止まってるせいで、今日は全校のほぼ半分が公欠! 生徒会も動けるのは私を入れて三人! 近くに住んでるあんただけが頼りだってのに、これじゃ間に合わないわよ!

 ――すみません。とりあえず、一年三組の上川晴代っていう女子が代理で来るはずです。こきつかってやってください。

 ――とにかく、明日は絶対に来なさい! いいわね! さもなくば、あんたはこの写真みたいになるわよ………

 画像が添付されている。

(会長が添付メールを送るなんて珍しいな………うお!)

 画像を開いた瞬間、霧矢は大声を上げてしまう。二人ともびっくりしたようで、霧矢の方を見てまばたきをしている。

(おいおい…こんなグロ画像どこで手に入れた…)

「何だったの?」

「……会長が脅迫してきやがった……子猫が……いや、何でもない」

 十八を過ぎているとはいえ、中身は霧矢よりも年下だ。こんなことを女の子に話すのはよくない。見せられるわけがない。

「霧君、顔が青ざめてる」

「……とりあえず、僕はさっさと風邪を治さないと命が危ない。というわけで、店よろしく」

 一番大切なのは自分の命。店などどうでもいい。三条霧矢は県立浦沼高校の生徒会長に命を狙われている身だ。さっさと治して、自分の身の安全を確保しなければならない。

 自分の部屋に戻り、ベッドに横たわる。携帯ゲーム機を取り出して適当に遊びながら時間が過ぎるのを待っていた。窓の外を眺めてみると、相変わらず雪が降り続いている。今週末に商店街のはずれにあるスキー場がオープンする予定だったが、繰り上げても構わないくらいに積もっている。

 月曜日だと言うのに部屋でゲームをするこの感覚、実に気分がいい。時間はものすごいスピードで過ぎ去り、気が付けば夕方になっていた。

「……霧矢、ご飯よ!」

 完全に回復した母親の声が聞こえた。霧矢もほぼ回復してきているのだが、まだ母親には遠く及ばなかった。

「……今日、店はどうだったんだ?」

「ばっちり。霜ちゃんのおかげで大成功よ。いっそ、もう住み込みのアルバイトにしてしまおうかと思うくらい」

「……本当にか? こいつに任せて苦情とか出なかったのか?」

「一つもなしだよ! 霧君も少しくらい私のこと信用してくれたっていいじゃない!」

 話を聞く限りでは、今日一日というとても短い時間で、すでに薬局の看板娘として定着してしまったらしい。それはそれで、喜ばしいことなのだが、住み込みのアルバイトになってしまうのは、霧矢としては納得がいかなかった。

「というわけで、住み込みアルバイト、北原霜華。よろしくお願いです~」

「大問題だぁぁぁぁぁ!」

 大声を上げてしまうが、二人は気に留める様子もない。

 それから、何度も霧矢は抗議したが、受け入れられず、諦めざるを得なかった。こんな得体の知れない半雪女をアルバイトに雇ったりしようものなら、問題が発生することは明白なのだが、天然な母親はそんなことはお構いなしだ。

 呆れ顔で霧矢は黙ったまま、夕食を頬張る。確かに、料理はとても上手なのだが、霧矢は何となく霜華のことが気に入らなかった。もともと、人付き合いの苦手な霧矢にとって、彼女は明るすぎた。一緒にいるとどこか疲れてしまうのだ。半雪女とかそういう問題ではなく、性格的な相性に問題があった。

「……お前、ここに来る前はどこに住んでいたんだ?」

 この話題を続けているのもバカらしいので、話を切り替えることにした。

「…この町の西側に山があるでしょ。その山の森に、魔力を持たない人には見えないゲートがあるの。そのゲートをくぐった先の街に住んでた、つまり、異次元の世界」

「異次元って……」

「別に、ゲートが見える人なら自由に行き来できるよ。見えなくても、見える人の手助けがあれば行ける」

「………どんな世界なんだ」

「私のような水の魔族をはじめとして、いろんな魔族が暮らしてる。でも、この世界にあこがれて、私みたいに、たまにこっちに遊びに来るのも結構多いんだよ」

 彼女の母親もこの世界が好きでよくこちらに来ていたらしく、その時父親と出会って恋に落ちたらしい。

「でもね、最近、物騒になってきてね。先代の統治者が亡くなって以来、後継者争いが激化して、いろいろとやばいことになってきてるの」

 権力闘争とはどこの世界でもあるもののようだ。そこのところは人間も魔族も大差はないのだと妙なところで納得する。

「…今は、内戦状態に近いんだよ。それで、妹に私と一緒にこっちの世界に逃げようと提案したんだけど、見事に拒否された。それで、喧嘩になって………」

「なるほど……」

「妹は他のみんなを置いて自分たちだけ逃げるなんてできないって言ったんだよ」

 事実、脱出を図って失敗して力尽きた者も珍しくないらしい。他のみんなも連れて行こうとすればそこで犠牲が出るかもしれない。

「ローリスク、ローリターンを選んだわけね」

「私たち姉妹にとっては、ローリスク、ハイリターンだったんだけど……この世界の人間の生活のこともよく知ってるし、ハーフだから魔力の問題もさほどないし」

 彼女の話を聞いている限りでは、逃げるか逃げないかを言い争った結果、家出したというより、妹が自分を追いかけてくることを見越して、自分の意志でこちらの世界に来たという方が正しいのかもしれない。

 しかし、そこまで考えて、霧矢はある一つの可能性にたどり着いた。

「……なあ、もし、お前の妹が仕方なくこっちの世界に来たとして、居場所はあるのか?」

 沈黙が流れる。

(……おい、何だ。その懇願するような目つきは……)

「母さんは別に構わないけど、霧矢もいいわよね」

「絶対に……」

 ダメだと言いかけた瞬間、口が突然動かなくなった。霜華が人差し指を霧矢の顎に当てている。口のあたりが凍りつき、焼けるような痛みが襲う。

 霜華が霧矢の頭をつかみ上下に動かした。

「そういうことで、霧矢もいいって言ってるし、霜ちゃんの妹が来ても、うちで一緒に暮らしてもいいのよ」

「霧君、ありがとう……」

 わざとらしく目を輝かせながら、おしぼりを霧矢の口元に押し付け、氷漬けになった顎を温める。

「それで、霜ちゃんの妹ってどんな名前なの?」

「風華、北原風華です。年は十二です」

 十八でこの中学生みたいな様子なのだから、十二なら、きっと小学生みたいな体格だろう。

 暖かいおしぼりで揉んでいるうちに、やっと口が動かせるようになった。

「あれ、どこに行くの?」

「もう、たくさんだ。明日の準備をしなきゃいけない」

 まだ八時くらいだったが、明日の予習もある。これ以上時間を潰しているわけにもいかない。一緒にゲームをしようと誘ってくる霜華を追い払い、まだ冴えない頭で教科書を流し読みする。今日は多くの人が運休で休んだと会長は言っていた。それならば、授業もそれほど進んではいないはずだと霧矢は考えた。成績が特別優れているわけでもない霧矢にとって、まわりから取り残されるのは避けたいことだった。 

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