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Absolute Zero  作者: DoubleS
第五章
29/30

虐殺者と復讐者 8

 十二月二十二日 土曜日 晴れ時々雪


「…で……相変わらずどうにかならんのか、この状況」

「…そう言うくらいならお前がどうにかしてくれよ」

 ヒソヒソ声で霧矢は西村と話していた。日付は変わったが、雨野の様子は変わっていない。有島も励まそうとしているが、どう励ませばいいのかわからない、といった感じだ。

「もう疲れた。俺は寝たい。お前の部屋を借りるぞ。終電も出ちまったしな」

 あくびをしながら歩き出そうとする西村の足を霧矢は払った。バン! という派手な音がし、西村は顔面から床に叩きつけられた。

 有島は何事かとこちらの方を見るが、雨野は微動だにしない。相変わらず、自分の膝を死んだような目で眺めている。

「何しやがる!」

 霧矢に向かって悪態をつくが、霧矢は西村を見てはいなかった。

「ここまでやっても、だめか……」

「あのな…いくら会長を笑わせようとしたところで、俺を使わないでくれ。結構痛かったぞ」

「お前など、それくらいの利用価値しかないわ」

 数か月放置した風呂の排水口のふたを開けた時のような顔で霧矢は西村を一瞥する。今度は西村が動く番だった。

「おらぁぁぁ!」

「ごふっ!」

 アッパーカットを受け、霧矢は仰け反る。

「この野郎…!」

 霧矢の拳が西村の腹に命中する。西村は体をくの字に曲げる。

 あわや二人の殴り合いが始まるかというところで、ようやく雨野が立ち上がった。

「少し、静かにしてくんない……」

 血の凍るような殺意を持った声に、二人の動きがピタリと止む。雨野が一瞬動いたかと思うと、拳が肉を打つ音がして、薬局の床に二人とも気を失って倒れていた。

「……光里ちゃん」

「……ごめん。ちょっとイラッときちゃった……恵子…?」

 有島は少し笑っているように見えた。雨野は怪訝な表情をする。

「…光里ちゃん。イラッとしたんですよね。よかったです」

 よくわからないので問いただすと、有島はクスリと笑った。

「だって、さっきまで何の感情も持たないで抜け殻みたいだったのに、ちょっと怒ることができたから、よかったって言ってるんです」

「………恵子」

 有島は雨野をソファーに座らせると、お茶を入れ直す。

「飲んで。少しは気分が落ち着くはずだから」

 雨野はためらっていたが、結局湯飲みを口に付けた。ゆっくりと熱い液体を胃に流し込んでいく。しばらく忘れていたが、ここに来てやっと空腹だということに気が付いた。

 雨野がそれを口にする前に、有島は茶菓子の入った鉢を雨野の方に押し出す。

「……ねえ、私は間違っていたと思う?」

 煎餅を手で割りながら、唐突に雨野は疑問を投げつけた。有島は優しい表情を崩さずにその問いに答えた。

「私は神様じゃありませんから、何が正しいかなんてわからない。でも、私が護君だったら、自分のお姉ちゃんが、復讐の手伝いとはいえ殺人で自分を助けたと知ったら、きっと悲しくなると思いますよ」

 雨野が口を開きかけるが、有島は手を出して遮った。

「でも、私は護君がどんな人なのかは知りません。光里ちゃんがこの前言った通り、私は護君のことは全くと言っていいほど知りません。でも、光里ちゃんがそこまでして助けたいと思うくらいなんですから、悪い子じゃないと思いますし、そんな子だったら、喜ばないと思ったんですよ」

 雨野は黙っていた。今から思い返せば彼女の言う通りだった。

「…きっと、光里ちゃんのことです。バラバラになった家族を元に戻したくて焦っていたんじゃないですか。直接の原因ではなくても、護君が倒れたから家族が離れていったって、前に言ってましたし」

「……そうだね。今も私はそう思ってる。護がすべての鍵だって」

「大丈夫ですよ。きっと元に戻ります。そんな感じがします」

「うわべだけの励ましなんていらない。恵子らしくもない」

 お茶を飲み下すとため息をついた。彼女の言う通り、多少は感情が戻ってきたような気もする。だが、護を救えなかったという事実は変わらない。


「あなたが、私の契約主さん?」

 突然飛び込んできた声に、雨野は視線を上げた。二人は店に入ってきた女の子を見る。

「初めまして。私は北原風華。水と風の二重属性を持つハーフ」

 風華は雨野の方に歩いてくる。倒れている霧矢を見ると、満足そうな笑みを浮かべた。

「私は…雨野光里。あなたの姉、霜華ちゃんの知り合いで、三条の学校の生徒会長。そう、私があなたの契約主よ」

「二重属性とは……また……」

 風華は有島の方を見た。有島は、申し遅れました、と自己紹介を始めた。

「私は、光里ちゃんの友人で、有島恵子といいます。あなたと同じハーフで、属性は光です」

 有島が魔力を放出していないことはわかっていたようだが、ハーフだとは思わなかったようだ。風華は握手を求め、有島も応じた。

 風華は雨野の方を向いて、手を出した。

「先ほどは助けてくれてありがとう。それから、よろしく、私の契約主さん」

 疲れた笑顔だったが、雨野も風華の手を握った。

「呪いを解く力を手に入れたみたいだね。光里」

 風華の言葉に、雨野の眉がピクリと動いた。話していないのにどうして知っているのか疑問だった。不審な表情をしていると、奥から霜華が出てきた。

「契約魔族は契約主の異能が何なのかわかるよ。会長さん。自分の力を元に得たものなんだから、当然と言っちゃ当然だけど」

 霜華はとても明るい顔をしている。しかし、倒れている霧矢と西村を見ると、表情が曇った。

「会長さん、二人とも倒れてるけど、まさか……」

 雨野はごめんなさいと謝った。しかし、風華は歓声を上げた。

「光里! 光里ってこんなに強いの? 二人とも武器なしで倒せるなんて!」

 雨野はキョトンとした目をした。霜華が風華の頭を小突くと説明した。

「実は………」

 雨野と有島の耳にヒソヒソ声で霜華は事情を話した。二人ともくすくすと笑った。

「何だ。そういうことね」

 子供らしいと言えば子供らしい。


 にこにこした顔で風華を見ていると、

「会長さん。よかったね。もし、その異能が会長さんの願いに応じて発現したものなら、きっと護君を助けられるよ!」

 霜華が突然、とんでもないことを言いだした。

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