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Absolute Zero  作者: DoubleS
第五章
28/30

虐殺者と復讐者 7

 家に向かって、霧矢と有島は歩いていた。

「いいんですか? 一人きりにして」

「ええ。あいつのことを信じてますから。それよりも、問題はまだ残ってる」

 有島が怪訝な顔をする。霧矢は腕組みをした。

「会長です。護の呪いがまだ何も解決してない」

「そう…ですね。どうしたものか……」


 薬局は営業時間が完全に終了したというのに、灯りがついていた。戸を開けると、ソファーに西村と生気を失った目をした雨野が座っていた。

 西村は霧矢を見ると、暗い顔で首を横に振った。霧矢も無言でうなずくと、有島に雨野と一緒にいるように言い残して、家の方に入った。

「ただいま」

 居間では、理津子が寝ている風華の脇に座っていた。

「おかえり。霧矢」

 風華の様子は落ち着いている。雨野という契約主を得たことで魔力の不足が解消され、調子は元に戻りつつあった。安らかな息を立てて眠っている。

「しっかし、私もびっくりしたわよ。いきなり霧矢に逃げろだなんて言われて、帰ってみれば、女の子が寝てるし、少ししたら、西村君がまた女の子を連れて駆け込んできたんだから」

 確かに、詳しい事情を知らない母親にとって、この状況は驚き以外の何者でもなかっただろう。霧矢は母親にどこまで知っているのかを尋ねた。

「この子が風華ちゃんで霜ちゃんの妹なんでしょ。あと、西村君が連れてきた女の子が生徒会長でしょ。でも、どうしてあんなに暗い顔してるのか不思議だけど……」

 霧矢は適当に説明すると、風華のことを理津子に任せ、店の方に出て行った。


「会長……」

「何………?」

 一言で表現すると、店の雰囲気はお通夜だった。雨野の隣に有島が座り、西村はソファーのまわりをうろうろしていた。

 霧矢は四人分のお茶とお菓子を用意するが、その間誰も何も話さなかった。

「どうぞ」

 西村と有島は口をつけるが、雨野は自分の膝を見つめたままだ。

「………護を…助けられなかった……」

 三人とも気まずそうな表情でお互いを見る。しかし、全員が自分に振らないでくれ、と無言で相手に伝えていた。

「何でこんな期待外れの力が目覚めてしまったのか……癒しの力なんていらないのに……晴代ちゃんみたいに攻撃性のある力だったら……護を救えていたのに……」

 涙が膝に落ちる。泣いている雨野など霧矢は見たことがない。

「光里ちゃん、一体、何の力が目覚めたんですか?」

「………よくわからないけど……癒しの風を操る力みたい……三条のお母さんの呪いを解いたり、自分の疲れが取れた。でもそんなのものは私にとって何の価値もない」

 両手を目に押し当てて泣く。有島が頭をなでる。

 霧矢と西村は二人とも顔を合わせて途方に暮れていた。


「……ただいま」

 薬局の戸が開き、霜華が帰ってきた。表情は暗かったが、もう泣き止んでいた。

「会長さん。風華を助けてくれてありがとうございます」

「……あの子、霜華ちゃんの妹なんだってね……言われてみれば似てたかもね……」

 霜華も雨野があまりにも暗い声をしているので、びっくりしたようだった。ソファーに腰を下ろした。

「……で……どんな異…」

 霜華が問いを発する前に、霧矢は霜華の腕を引っ張って家の方に連れて行った。


「……お前は、まず姉としての務めを果たせ。それと、今会長にその質問をするのはNGだ」

 霜華が居間に入る。理津子は微笑むと、場の空気を察したのか部屋から出ていった。霧矢も姉妹とは距離をとってこたつに入る。

 霜華は布団の中でもぞもぞと動いている風華を覗き込んで優しい微笑を見せた。

「風華、起きて」

 ちょんちょんと顔を小突く。目をこすりながら風華は体を起こした。

「……あれ……ここは……」

「……霧君の家。無事にたどり着けたみたいだね。ひとまずはよかった」

「お姉ちゃん…なの…?」

「じゃなかったら誰なのよ。私は北原霜華以外の誰でもないよ」

 風華は泣きながら霜華に抱き付く。よしよしといった感じで霜華は風華の頭をなでている。

「ごめん。お姉ちゃん。私、守りきれなかった……」

「え…?」

「……村の人も友達も、私以外全員死んじゃった……私だけ助かって…命からがら…こっちに逃げてきた。家も焼かれて……残ってるものだけ持って…」

 居間の脇には風華のものと思われるボロボロのリュックサックが置いてあった。

「いいの。生きてるならそれで……」

 守るべきもののためひたすら敵を殺し続けた少女は、守るべきものをすべて失った少女を優しく抱きしめた。

(当初の計画からは外れてしまったけど、無事に契約主も見つけることができた。相手が風だったから水の術は使えなくなったけど、もうそれは度を越えた贅沢だね)

「もう、大丈夫。こっちの世界は安全だから。確かにたまに人が殺されたりはするけど、私たちみたいに、毎日何百人という人が死ぬわけじゃないから」

 霜華は霧矢の方を見る。

「この人が、三条霧矢。本当はこの人と風華を契約させようと思ってたんだけど……」

 霧矢の紹介をしていると、風華は霜華の後ろに隠れてしまう。小動物のようにこそこそとしている。片目だけ霜華の背中から出して霧矢を見る。

(……まあ、初めまして、とかが無難か?)

「初めまして…僕は三条霧矢。まあこれからよろしく」

 できるだけ、優しくあいさつしたつもりだが、風華はそっぽを向いてしまう。

「……うるさい」

 霧矢は一瞬固まった。霜華を見ると困ったような笑みを浮かべている。霧矢もまあ仕方ないと自分で自分を納得させた。

 戦いからやっとのことで逃れてきたのだ。まだショックから立ち直っていないのだろう。霧矢は居間の棚の引出しを開ける。飴が入ったガラス製の瓶を取り出した。

 もので釣るというのもどうかと思ったが、とりあえず打ち解けておきたいと霧矢は思った。

 こたつの上に置き、好きに食べるようにと言うと、風華はもぞもぞと動き、瓶のふたを開けようとする。しかし、きつく締まっているらしく風華の腕力では開かない。

「開けようか?」

「いらない!」

 またしてもはねつけられる。やれやれといった表情で霜華は風華から瓶を取り上げる。

 霜華はふたを開けようとするが、一向にふたは回る気配はない。

「霧君、開けてくれない?」

 霜華が霧矢に瓶を渡そうとすると、風華がひょいと取り上げてしまう。二人とも奇異の目つきで風華を見る。風華は瓶を机の上に置くと、指を斜めに振った。

 真正面にいた霧矢は不吉な予感がし、横に一回転した。次の瞬間、先ほどまで霧矢のいたちょうど後ろの壁に刃物で切り付けたような深い傷ができた。

「おい! 殺す気か?」

 霧矢が伏せていた顔を上げると、ガラスの瓶に斜め三十度の傷ができていた。そのまま斜面に沿って、瓶の上の部分が滑り落ち、カランという音を立てる。

「……契約主がつくとやっぱり術の威力が強くなるっていうのは本当だったんだ。でも力の加減が難しいなあ…」

 空気の刃を用いてガラス瓶を切断したらしい。霧矢の背筋に冷や汗が走った。

 今更になって、風華が霜華以上の化け物(単に契約によって術の威力が増強されているだけだが)だということに気付いた。

「……霧矢」

 風華がとげとげしい口調で自分の名を呼んだので、霧矢は、ああ、と返事をする。


「……邪魔。あっちいって」


 その言葉の意味を理解するのに、霧矢は数秒の時間を要した。霜華が風華をたしなめているが、霧矢の脳にはその様子が映っていない。

「………今、何と言ったのか、よく聞こえなかったんだけど……」

「邪魔だって言ったの!」

 頭が沸騰しかけたが、無理やり抑え込み、言葉に従って霧矢は居間を出た。霜華の叱る声が聞こえたが、霧矢が思ったことはただ一つ。

 面倒な居候がまた増えた。

 店の方に行くと、店のデジタル時計の数字が、すべてゼロになるのが見えた。

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