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Absolute Zero  作者: DoubleS
第五章
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虐殺者と復讐者 6

 八年前の事件は、公式ではクリスマス・イブの夜にアーケード街で有毒ガスが漏れ出して、その結果二十人以上が亡くなったとされている。目撃者は口をそろえてそう証言した。もちろん、警察は捜査を開始した。そして、犯人らしき男はすぐ見つかった。しかし、現場調査をしても、毒ガスらしき成分は一切検出されず、物的証拠はゼロだった。

 あるのは周辺住民の証言だけで、警察も信憑性をあまり確信できなかった。しかし、検察は一応起訴に踏み切った。しかし、その裁判は存在すらあまり知られてない。その男が権力と結びついていて、マスコミを押さえていたからだ。

「……その男は新興宗教の教団の幹部。教団は与党を含む、あらゆる政党やマスコミに手を回している。ゆえに警察や検察もそのうち動けなくなった」

 エドワードはリリアンを近くにあるベンチに横たえ、ポケットからまた葉巻を取り出した。

「そして、やつは無罪となった。国民の血税を刑事賠償としてふんだくった上でね」

 紫煙を吐き出して彼は話を続けた。

 その教団の教祖は魔族の契約主だった。そして、魔族の力を使って世の中を変えようとたくらんでいる。別にそれ自体は悪いことではない。行き詰まった世の中を変えたいと思うのは自然なことだ。しかし、彼らは暴力をよしとし、信者以外は人間ではないという偏った思想を振りかざしていた。

 そして、秘密性の高い教団で、その存在はほとんど知られていない。聞いた話によれば、入信を勧誘したら、応じるまで監禁し続けることもあるらしい。

「結論から言えば、あれはテロ事件だった。選民思想の下、魔族の力や契約異能の実験台として、罪もない人々に対して行われたものだ」

 灰を雪の上に落として、エドワードは目を閉じた。

「彼女は、あの事件で家族を全員亡くしている。両親に弟、それに偶然居合わせた友人もだ。彼女だけ離れたところにいたので偶然助かったらしい」

 しかし、と重い口調で彼は言った。

「ガスに巻き込まれて、彼らが死ぬまさにその瞬間を彼女は見てしまった。それ以来、ガス性の煙を見るとあんな風に狂ったようになってしまう」

 哀れむように眠っている彼女を見た。哀しそうな表情で横たわっている。

「そして、彼女は復讐に生きることを決めた。偶然僕と出会ったことで、魔族の存在を知り、あの事件の真相もつかめてきた。裏の筋ともパイプを作り、ついに連中の正体を突き止めることに成功して今に至る。そして、異能を用いて殺されたのだから異能で復讐したいと願った。それでこんなことに及んでしまったというわけだ」

 話し終わると、エドワードはリリアンを抱きかかえた。

「もう僕らは、この件で君たちには関わらない。こんな無茶な真似はしないと約束する」

 優しく微笑むと、エドワードは歩き去った。


「……何か、すっきりしないな」

 有島は無言でうなずいた。霜華は、どこへともなく歩き去ろうとした。

「霜華?」

「ごめんね。ずっと黙ってて」

 霜華の長い髪が揺れている。寂しそうな後ろ姿だった。

「みんな、私のことどう思った? 何百という相手を殺してきた私を」

「……それは……」

「アブソリュート・ゼロ。一切の温情を持たない絶対零度の冷血女。敵とみなしたら、慈悲を見せずにただ殺す。それが私」

「ですが、それは生き抜くために仕方なくやったことなのでしょう?」

 有島が霜華の背中に向かって声をかけるが、霜華ははねつけた。

「今から思い返してみたら、殺さずに済んだのかもしれない。そう思えることだっていくつもある。私はもう嫌になった。いくら生き延びるためとはいえ、誰かを殺し続けるなんて」

「霜華……お前……」

「私は風華を守るためにどんな手段でもとってきた。でも、あの子は全く喜ばなかった。やらなければやられる状況でも、私が殺した相手に涙し、弔う。そんな姿を見ていて、私はもう守るために殺すのも嫌になった」

 霜華は歯噛みする。

「霧君。ごめんなさい。こんな殺人鬼が同じ屋根の下にいるなんて嫌だよね」

 霧矢は黙っていた。霜華は絞り出すような声を出した。

「もう誰も殺さないために、穏やかなこっちの世界で、風華と一緒に暮らそうと思ってた。でも、実際に私がこっちの世界に来たら、穏やかだった霧君の生活も壊しちゃったし、会長さんや晴代にも迷惑をかけちゃった。そして、今になってやっと気づいた。私みたいな危険な存在は穏やかなこっちの世界には必要ないどころか、害にしかならないって!」

 小刻みに震える小さな肩を月明かりが照らしていた。涙が銀色に光る。

「私が力を抑えていても、その力を欲してやってくる人がいるのは、どちらの世界でも変わらなかった。そして、結局誰かが死ぬ。死ななくても傷つく人がいる」

 先ほど前の静寂とはうって変わって、あたりを嗚咽が支配していた。

「霧君だって、迷惑を持ち込むような存在はいないほうがいいでしょ。だから、さよなら。私みたいな殺人鬼は、向こう、修羅の世界にいるのがあるべき姿だから」

 霜華がこちらを振り向いた。涙で顔は濡れている。

「今までありがとう。そして風華のことよろしくね」

 霜華は涙をぬぐって笑顔を浮かべた。霧矢は眉を吊り上げた。

「西村君から電話が来たからここに駆けつけてきたの。で、そしてさっき、霧君のところに会長さんが女の子を担ぎ込んできたって言ってた。あれが風華よ。少し計画は狂っちゃったみたいだけど、風の会長さんと契約したみたいだし、私の役目はもう終わり」

 再び、霧矢に背を向けると、霜華は歩き去ろうとした。


「待てよ」


 霧矢は一歩踏み出した。

「確かに、僕は迷惑を持ち込んだり、僕に不利益をもたらすような存在はお断りだ。だがな、もう僕はこの件に限っては、エゴイストをやめてやると決めたんだ。その覚悟を最後まで通させてくれよ」

 霜華の足が止まる。霧矢は続けた。

「お前は、覚悟があるなら危険でも止めはしないと言ったな。で、あのとき『ありえねえ』なんて言葉を吐いた僕の頭に氷塊までぶつけたよな。その言葉の責任は取ってもらうぜ」

 霜華は霧矢の方を振り向いた。霧矢はもう一歩踏み出す。

「これだけ迷惑かけた上に、今度は妹の面倒まで押しつけて、自分は殺人鬼に戻るなんて都合のいい話が通ると思ってもらっちゃ困る。きちんと今まで通り、うちの手伝いして、妹の面倒もきちんと見ろ」

 霜華のすぐ前に立った。手を頭に置く。

「一人になりたいんなら、一人にしてやる。泣きたいんなら、好きなだけ泣けばいい。ただし、それが終わったらさっさと帰ってこい。殺しをやめちまえば殺人鬼は普通の善人だ」

 頭をなでると、霧矢は霜華に背を向けた。

「お前の居場所はうちにある」

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