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Absolute Zero  作者: DoubleS
第五章
26/30

虐殺者と復讐者 5

「魔族!」

 霜華と有島は、オーラを放っていないことから、エドと呼ばれた男がリリアンの契約魔族だということを察したようだ。

「リィ、本気でやる気かい。僕はあんまりやる気はしないんだが」

 いかつい外見に反して声は割と紳士的だ。理性的な様子を保っている。

「……そもそも、恵子といったか、そこのお嬢さんの言う通りだ。僕たちの目的は、あくまでも復讐だ。復讐そのものには僕は賛成だが、こんな風に、暴力を用いて無理やり気の進まない人に協力を迫るなど賛成できないね」

 諭すような口調でリリアンに話しかけると、彼は霧矢たちの方に向き直った。

 霧矢たちは身構えたが、彼は気にする様子もない。

「初めまして。僕はエドワード・リース。リリアン・ポーンの契約魔族で属性は火、ちなみにそこのお二人とは違って純血だ。以後お見知りおきを」

 右手を胸に当てて頭を下げる。しかし、霜華が眉を吊り上げた。

「リース…?」

「ああ。知ってる人も多いはずだ」

 霜華が口を開こうとしたが、リリアンによって遮られた。

「でも、これはチャンス。人手不足が一気に解消されるのよ」

 エドワードは呆れたような表情をすると、リリアンから離れた。

「僕は遠慮させてもらう。そもそも、敢えて口には出さなかったが、最近の君はどうも変だ。異常なほどに冷静さを失っているし、論理も破綻気味だ」

 見てばかりで何もしないやつに言われたくない、とリリアンは返した。

「とりあえず、もう一度だけ聞くわ。私たちに協力してくれないかしら?」

 三人とも無言で首を横に振った。リリアンは肩を落とすと、炎の剣を構え直した。

「残念だけど、私はもう外道になりきると決めたわ。私の気持ちは限界だから。もう待てない」

 リリアンは炎の剣を霧矢たちに向かって投げつけた。

 三人とも左右にかわした。剣が街路樹の幹に刺さり、爆発的に燃え上がる。木は一瞬で黒焦げになり、燃やすものを失った火は消えた。

 霧矢はつばを飲み込んだ。あの攻撃を受けたら間違いなくやられる。

 霜華がリリアンに向けて氷の刃を無数に打ち出す。しかし、難なくもう一度作り出した炎の剣で薙ぎ払い、氷は一気に蒸発した。

 間髪入れずに、有島が光の雨を降らせるが、リリアンは後方に宙返りして攻撃をかわした。 着地すると、炎の剣を地面に突き刺す。

 刺さった場所から火の壁が地割れのように走り、霧矢と二人を分断してしまう。

「くっ!」

 霜華の術の属性は水だが、純粋な水ではなく冷気を操るものだ。熱を打ち消すのならともかく、火を消すとなると今一つ相性が悪い。しかも、ハーフとはいえ契約主がいないため、力をセーブしなければ魔力切れを起こして命に関わりかねない。

 高さ数メートルに及ぼうかという猛烈な炎の壁が霧矢を囲む。リリアンは満足そうな笑みを浮かべているが、その笑みは火に阻まれ霧矢には見えない。

「さて、交渉と行きましょうか。お二人のどちらか、私たちに協力して、悪人に天誅を下してくれる?」

「………三条君……」

 有島は戸惑っている。しかし、霜華は巨大な氷の塊をリリアンの足元に投げつけた。大きさはほとんど一立方メートルに達する。慌ててリリアンは後ろに飛びのいた。

「……お断りよ!」

 怒りの表情で霜華はリリアンを睨みつける。


「私は、もう誰も殺したくないからこっちの世界に来た! 私は今までずっと生き残るために誰かを殺め続けてきた。でも、もうそんなのには耐えきれない!」

 霧矢は表情を見ることはできなかったが、霜華の声は泣き声に近かった。

「こっちの穏やかな世界で暮らしているあなたにはわからないだろうね。私がついこの前までどんな世界で生きていたか」

 リリアンは目を細めた。

「毎日、誰かが死んでいく。穏やかな日々なんてどこにもない。自分や大切な人を守るために私が殺してきた数なんてこの商店街の住人の数を優に超えてる。誰かを守るために殺すんじゃなくて、ただの感情を満たすだけに殺すなんて、私からしてみたら、ふざけた話よ!」

 炎の音だけがあたりを支配していた。誰一人何も言わなかった。

「最初は、単に誰がリーダーになるかという問題だけだった。でも、それはだんだんと血で血を洗うだけの闘争になっていた。最初の目的すら忘れ去られ、ただ敵を殺し続けるだけ。いや、敵でなくとも邪魔だったら殺す。殺すことだけが目的になった」

「霜華さん………」

「私の友達もどんどん殺されていった。私も自分やみんなを守るために、殺そうとやってくる連中を何人も返り討ちにした。生かしてやっても性懲り無くやってくる。だから殺すしかない。そうやって、私は返り血を浴び続けてきた」

 霜華の悲痛な声がまわりに響く。

「私の異名って知ってる?」

 自嘲的な声を上げた。しかし遮るように答えたのはエドワードだった。

「アブソリュート・ゼロ。噂は聞いている。北原霜華」

「そう。私は、アブソリュート・ゼロ、絶対零度の霜の華。敵に対しては、ただ一つの慈悲も見せず、残酷を通り越した、絶対零度とも言うべき冷血な魔族」

 月明かりに照らされた霜華の黒髪が風になびく。こちらに歩み寄りながら、エドワードが彼女の言葉を引き取って続ける。

「敵が襲ってこようものなら、氷漬けにし、粉々に砕く。文字通り粉砕だ。ディアス派の住民を虐殺しようとした、レイズル派の精鋭部隊三百人を皆殺しにしたという話は聞いたな」

 リリアンは黙っていた口を開いた。

「……手加減してたのね。あなた」

「ええ。私が本気を出したら、確実にここにいる面子は私以外、全員死ぬわ。もっとも契約主なしだから、そこまでやったらハーフでも魔力切れを起こして死ぬけど」

 霜華の右手に魔力が収束していく。魔力を見ることのできない霧矢でさえ、すさまじい力を感じることができた。あたりの気温が一気に下がっていく。霧矢を取り囲んでいた炎はどんどん小さくなり、やがて消え、あたりは薄暗くなった。

さほど冷え込まない気候の土地だが、ダイヤモンドダストが月明かりの下で光っている。

「取引をしない? 火の魔族の名家、リース家のお坊ちゃま。エドワード・リース」

「もう僕はあの家の馬鹿馬鹿しさにはうんざりしててね。勘当される前に家出したよ。火の純血主義だなんて。だからお坊ちゃまだなんて呼ばないでくれたまえ」

 汚いものを見るような目つきをした。しかし、話を聞くつもりはあるようだ。

「で、取引って何だい。北原のお嬢さん」

「ここにいるあなたを含めた全員の命を助けてあげる。その代わり、この件で二度と私たちに近寄らないと誓ってくれない?」

 霜華はリリアンを一瞥する。リリアンの先ほどまでの人を見下すような気味の悪い笑みは完全に失われていて、霜華に対して恐れの表情を浮かべている。

「こいつを追い払うのは、手加減した状態では無理みたい。でも私は力の加減が下手だから、運が悪ければ殺しかねない。ここにいるみんな死ぬかもね」

 霜華が力を地面にぶつけた。

 ドン! という大きな音がして、槍よりもはるかに太く鋭い何本もの氷の柱が、ものすごいスピードでリリアンを取り囲むように地面から突き上がった。命中したら確実にリリアンは串刺しになっていただろう。

「僕としては、そもそも反対だった。喜んで応じたいところだが、リィがどう言うか……」

 ポケットから葉巻を取り出し、指先に宿した火で先端を焼く。紫煙をくゆらせ、息を吐いた。名家の子息らしく、振る舞いが貴族らしい。

「私は……」

 彼女のまわりには水晶のような巨大な槍が鉄格子のようにそびえている。冷や汗を浮かべながらリリアンは身構える。

「私は……私は……あきらめない!」

 炎の剣を再び右手に生み出し前の氷柱を切った。しかし、表情は焦りを通り越した形容しがたいものだった。

「ならば……私も……」

 霜華が力を収束させていく。

 霧矢は有島に駆け寄り、耳打ちをする。有島はうなずく。霜華はそれを見て、

「有島さん。霧君を連れて離れて。ここですべてを終わらせる!」

 有島が目を閉じると、光輪と翼が現れた。

 しかし、彼女が一緒にここから逃げる相手に選んだのは霧矢ではなかった。

「すみません。霜華さん!」

 霜華を抱きかかえ、翼をはばたかせて、上空に飛び立った。霜華はもがいていたが、有島が完全に押さつけていた。

「何のまねかしら?」

「悪いが、もう終わりだ」

 霧矢はポケットに手を突っ込む。丸い筒のようなものの先端にある突起を引っこ抜くと、リリアンに向けて投げつけた。

 缶からシューシューと音を立てて、黒い煙がリリアンの周辺にもうもうと立ち込める。霧矢は巻き込まれないように走って距離をとった。

 しかし、次の瞬間、黒い煙が爆炎と化した。霧矢は爆風で吹き飛ばされ、再び地面に叩きつけられた。

「ごはあ……!」

 おそらく、文香の作った催涙煙幕スプレーには可燃性のガスが含まれていたのだろう。それにリリアンの炎の剣が引火し、爆発が起こったと思われる。


 今度こそ、霧矢は終わったと思った。自分で仕掛けておきながら、自分で自分の首を絞めてしまった。距離をとったとはいえ、催涙ガスが目にしみて視界も封じられている。


 しかし、次の瞬間、聞こえてきたのは、リリアンの悲鳴だった。

「いやあああああああ! もう、やめてええええ!」

 目の痛みをこらえてまぶたを開けると、そこには膝をついて絶叫するリリアンがいた。

「しっかりしろ! 気を強く持つんだ! 深呼吸だ、深呼吸しろ!」

 エドワードがリリアンの肩を強くつかんで、落ち着かせている。しかし、彼女には彼の言葉は届かなかった。狂ったように叫び続けている。

「霧君!」

 霜華と有島が舞い降りた。霧矢を助け起こすと、リリアンの方を見る。

「ど……どうしたんだ……?」

 三人とも状況がわからず、呆然としてリリアンとエドワードを見ていた。

「仕方がないな……」

 エドワードがポケットからカードを取り出してリリアンにかざす。カードが光り、そのまま彼女は意識を失って崩れ落ちた。

 そこにあるのは、もう沈黙だけだった。


「………君たちには、迷惑をかけたね。彼女に代わって謝る。すまなかった」

 リリアンを横たえ、彼は立ち上がると三人に頭を下げた。彼女を抱きかかえると、そのまま立ち去ろうとする。しかし、有島が声をかけた。

「エドワードさん。リリアンさんはガスにトラウマでもあるのですか?」

 エドワードの足が止まった。

「聞いていないのかい。君たちは」

 彼は振り返って有島の方を見た。有島と霜華は知らないと答えた。エドワードが答えようとしたが、霧矢が先に答えた。

「八年前のガス中毒事件。誰か大切な人をそれで亡くしたらしい」

 エドワードはゆっくりとうなずくと語りだした。

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