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Absolute Zero  作者: DoubleS
第五章
23/30

虐殺者と復讐者 2

(どうして…どうして…見つからないの?)

 午後八時半、刻限の三十分前、雨野光里は半泣きになりながら、駅前広場に立っていた。

(こうなったら仕方がない……あれをやるしか…)

 あの薬局は何度か訪れたことがある。というよりは、この町の住人なら大体知っている。軽い病気ならあの診療所に行くのが相場と決まっていて、その薬の処方はあの薬局でするのが基本だからだ。

 雨野は昨日から眠りもせずに探し回っていたが、さすがに限界だった。体力も衰え、世界が揺れていた。この状態なら抵抗されたらねじ伏せることはできないかもしれない。

 でもやるしかない。あの薬局にいる半雪女と力ずくでも契約する。

 一歩一歩が鈍い。駅からすぐのところにあるというのに、結構時間がかかる。

 そこで、雨野は見慣れない女の子を目にした。


 その女の子は、雨野同様にものすごく体力を消耗した状態で、ふらつきながら地図と思わしき紙を見ながら歩いていた。

 こんな時間にこれくらいの年の女の子が街を一人きりで歩いているなど珍しい。雨野が疲れた目でその子を見ていると、力尽きたのか、雪道に倒れ込んだ。

(…! 行き倒れ…?)

 残った体力を振り絞って駆け寄る。近くで見てみると、小学生から中学生の容姿だ。透き通るような白い肌を持っている。

「君! 大丈夫? 立てる?」

 揺すりながら問いかけるが、荒い息を吐きながら、ぐったりとしている。救急車を呼ぼうと思ったが、ここからならば、救急車を呼ぶよりも、あの診療所に直接運び込んだ方が早い。背負い上げようとした瞬間、女の子が声を発した。

「……あなた…か…ぜ……だよね……」

 雨野の脳に一筋の光が走った。普通の人間ならば、これは文脈的に「かぜ」は「風邪」だと解釈する。しかし、この場面でそんなことを尋ねるとは思えない。ならば、彼女のいうところの「かぜ」は「風邪」ではなく、「風」ではないのか。そして、それの意味するところは……

 雨野は、不眠不休の人間とは思えないような敏捷な動きで、魔力分類器を取り出した。女の子を覗き込んでみると、

(……魔力の放出がない…!)

 契約を頼もうと思ったが、相手は瀕死だ。どうしようかためらっていると、女の子が切れ切れの声で訴えかける。

「お…ね……がい……、わた…し…を……た…す…」

 雨野は焦る。今にも死にそうな女の子を前にした経験はない。うろたえていると、女の子は手を差し出す。

「わ…たし…と…け…い……や…く…し…て…」

 雨野の心臓が高鳴った。しかし、雨野はここに来て契約のやり方など知らないことに気付いてしまう。

「ど…どうすれば…いいの?」

 もう片方の手で、女の子はポケットからナイフを取り出した。雨野が呆然と眺めていると、彼女は自分の指をナイフで突き刺した。

「ちょっと…!」

 雨野が止めようとしたが、女の子は手を伸ばし、雨野の額に血の付いた指をこすりつけた。

「同じ…よう…に…わた…し…のからだ…に…も…あな…たの…なま…え…」

 雨野は契約の方法を理解した。自分の血でお互いの体に名前を書き込むのだと。女の子の手からナイフをもぎ取ると、自分の指を突き刺した。鋭い痛みが走り、赤黒い血が滲みだす。

 痛みをこらえながら、傷口を開き、十分な血を出すと、雨野は彼女の腕に自分の名前を書き込んでいく。

 自分の額がどうなっているのかはわからないが、その子の腕に付着した自分の名前が変形し、青と緑に発光した。

 次の瞬間、静まり返った商店街にものすごい突風が吹きぬけた。



「何だ!」

 無言のまま薬局で待っていた、三条霧矢と西村龍太は猛烈な暴風で窓ガラスが音を立てたため、飛び上がった。

「ついに、来たか……」

 慎重に外をうかがってみても人影は見えない。

「西村。あいつはお前のことは知らないはずだ。こっそり野次馬のふりをして見てきてくれ。いいか。くれぐれも戦うなよ。あと裏口から出ろ」

 西村はうなずくと、裏口から駆け出して行った。

カーテンの隙間からもう一度外を覗いてみるが、霧矢は誰も確認することはできなかった。実際に外に出てみないとわからないだろう。

(………来い……! 受けて立ってやる)

 霧矢も身構えて、戸を開ける覚悟を決める。

 深呼吸して、表口から外に出た。


 しかし、薄暗い外で霧矢の視界に入ってきたのは、高飛車な成人女性ではなく、よく見知った上級生だった。

「か……会長!」

 懐中電灯で照らしてみると、雨野だけではない。彼女は誰かを背負っている。

「三条……ちょっとお邪魔するわよ……」

 霧矢を強引に押しのけ、雨野は薬局の中に入る。霧矢は無言のまま雨野を凝視する。

 背負っていた女の子をソファーに横たえる。雨野は事情を説明しようとするが、霧矢の背後にある時計を見て表情が固まる。

「三条。後できっちりと説明する。だから、この子の介抱よろしく。私は今すぐ行かなきゃならない」

 それだけ言い残すと、雨野は再び夜の闇の中へと消えた。霧矢は呆然として、寒風の吹き込んでくる開けっ放しの戸と、残された女の子を見比べていた。

(…どうすりゃいいんだよ。この状況)

 とりあえず、戸を閉めた。女の子を見ると、苦しそうな息をしているが、命に関わるといったほどではなさそうだ。だが、この状態の女の子をこのままにしておくのも気が引けた。

 とりあえず、今は外にリリアンの気配はない。女の子を抱き上げると、居間に運ぶ。布団を運んできて寝かせた。

 時計を見ると九時になるかならないかというところだった。もう少ししたら母親が帰ってくる。母親に面倒を見させれば大丈夫だろう。

 霧矢は居間のストーブを入れる。こたつに肘をついて母親の帰りを待つことにした。

 九時の定時連絡として、文香の番号に電話をかけた。

「もしもし、三条か?」

「ああ。そっちはどうだ?」

「別に問題はない。二人ともゆっくりしているし、今のところ不審な人影もない」

「ならよかった」

 霧矢は一安心する。しかし、話しておかなければいけないことがある。

「木村、そこにみんないるか?」

 しかし、文香の答えは霧矢の希望を裏切った。

「いや、霜華と晴代は風呂に入っている。今、電話に出れるのは私と先輩だけだ」

 霧矢は落胆する。でも、有島がいるならまだ助かる。有島に代わるように頼んだ。

 しばらく経って、優しい女性の声が電話に出た。

「もしもし、三条君ですか? どうしました?」

「実は、先ほど僕の家に会長が駆け込んできまして」

 つい数分前に起きた出来事を話していると、家の電話が鳴った。無視していたが、かなり長い時間コールし続けている。

「すみません。家の方に電話が来てるので、あとでまた掛け直します」

 舌打ちして、霧矢は携帯電話を切った。夜にも関わらず、こんなに長くコールするとは、いったい何なのだろう。クレームか、あるいはあの母親のことだ。友達と飲みに行くから帰りが遅れるとかだろう。

「はい! 復調園調剤薬局です!」

 苛立った声で半ば怒鳴るように電話に出ると、その声は相棒の声だった。

「おい三条! 携帯にかけても話し中だし、家電にかけてやっと出てきてくれたな」

 とても焦った声をしている。霧矢もただことではないと直感した。

「どうした、何があった」

「どうしたもこうしたも、さっきの風の正体はつかめなかったが、駅でやばいことになってる」

 霧矢は寒気を覚えた。まさか…時間的にありえないわけではない…

「駅前広場で、お前の言っていたリリアンと思わしき人物が、お前の母さんにカードみたいなものを突き付けた。カードが光ったかと思うと、なんか気を失って倒れちまった!」

 霧矢の受話器を握る手が震えはじめた。霧矢にとってリリアンが母親を狙うとは完全に予想外だった。狙うのならば、霜華か晴代だと思っていたが…

「とにかく、お前も今すぐ駅に来い! 駅前に人がいないから堂々とやりやがった」

 電話が切れた。霧矢はそのまま家の鍵もかけずに家から飛び出した。


「畜生、なんて卑劣な真似をしてくれる!」

 ブーツで雪道を走りながら一目散に霧矢は駅前広場に向かった。携帯電話で西村に電話をかけ直し、お互いに情報の共有を図る。

「あいつは今、携帯電話で誰かに連絡している。でも何か気に入らなさそうな表情だ」

「そうか。でも駅から動いてはいないんだな?」

「ああ。だが、正面の通りから来るな。モロに相手に見える。脇道から来い」

 霧矢が了解といって電話を切ろうとすると、西村が軽くヒッという悲鳴をあげた。

「どうした! 見つかっちまったか?」

「ど……どうして……会長が…」

「会長? 今会長って言ったか?」

 驚愕のあまりかすれた声になった西村に霧矢は呼びかけるが返事はない。そのまま電話が切れた。

 駅の明かりが見えてきた。物陰に隠れながら固まっている西村を見つけ、合流する。西村の視線の先にあるのは、まごうことなきリリアンと彼女と話し合っている雨野だった。

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