虐殺者と復讐者 1
十二月二十一日 金曜日 曇りのち晴れ
終業式だというのに、生徒会長は休み。何と示しのつかないことか。
「次は生徒会代表、有島副会長お願いします」
司会をしている西村が曇った表情で進める。全校生徒も会長不在ということが気になっているようだ。そわそわと落ち着かない雰囲気が漂っている。
やっと本調子に戻ってきたのか、有島の声は少し元気になっていた。
「……以上のことを守り、有意義な年末年始を過ごしてください」
有島が壇上から降りてくると、西村が終業式を締める。ぞろぞろと全校生徒は体育館から出ていく。ホームルームが終われば、完全に冬休みとなる。
級長のあいさつで、ホームルームは終わった。明るい声でクラスメイトは明日から何をするかを話し合っている。霧矢はみんなの会話の輪には加わらず、西村と一緒に教室を出て生徒会室に向かった。
「おい、晴代。生徒会室に行くぞ」
晴代は今日になって、やっと歩ける程度には回復していた。それでも一歩一歩が辛そうで動きはかなり鈍い。それでも、無理して学校には来ていた。
「お待たせしました」
三人が生徒会室に入ると、文香と有島が待っていた。生徒会室の扉を閉め、鍵をかけた。
「……本当にやる気ですね?」
「やりたくはありませんが、仕方ありません。無理やり人殺しに付き合わされるなんて願い下げです」
「思ったんだけどよ。人殺しに付き合わせるって言っても、そもそも人手不足だから頼むんだろ。逃げないように見張るだけの余裕なんてないはずだし、どうやって無理やり付き合わせるつもりだ?」
「さあ……?」
考えてみると西村の指摘通りだった。昨日霧矢が言った通り、西村もクールになって考えて来たのだろう。
無理やり言うことを聞かせると言っても、見張り役がいなければどうしようもない。仕事を引き受けるふりをしてトンズラされてしまったら元も子もない。
「何でそんな単純なことを貴様らは忘れたまま、やつと戦おうなどと考えたのだ。私はとっくにそんなことは理解していると思っていたぞ」
イラついた表情で文香が腕組みしている。二人は目を丸くした。
「おそらく、三人のうちの誰かを人質に取るつもりでしょうね。言うことを聞かなければ、どうなっても知らないぞ。そういうことでしょう」
汚い話です、と有島が代わりに答えた。
「だからこそ、私は晴代と霜華を預かるということを承知したのだ。しかし、三条、西村。貴様らがやつの手に落ちたら意味がないのだぞ。貴様が人質になってしまう」
「だったら、戦わないで全員どっかに隠れてたらいいんじゃないの?」
晴代は最も合理的な手段を考えたが、霧矢は却下した。
「あいつには僕たちを頼ってもダメだということをはっきりとわからせる必要がある。だから、僕が出る。ちなみに、西村が人質にされても僕は応じない。殺されても知るか」
「おい!」
冗談だ、と霧矢は続けた。
「勝ち目がないなら逃げる。そのためにお前からこいつを貰ったんだからな」
霧矢のポケットには護身具が入っている。これを使えば逃げるくらいはできるだろう。だが、相手が人質を狙うのだったら、西村がいるのはまた微妙だ。
「西村、もう一度だけ聞くぞ。お前、本気で戦う覚悟はあるのか?」
「ふざけんな。それは俺の台詞だ。お前が人質にされたら二人は動くぞ。それでもいいのか?」
霧矢は西村の問いを無視した。
「晴代、お前は僕の命を助けるために、その力で誰かを焼き殺せるか? たとえそいつがどうしようもない悪党だったとしても」
「………わかんない」
晴代は首を横に振った。霧矢はため息をついた。
「まあ、いいや。とりあえず、連絡は頻繁に取り合う。一時間以上連絡がなかったら、何かあったと思え」
「私も、今日は木村さんと一緒に二人の護衛をします。契約主もいますし、力も今までより増しています」
有島がうなずく。霧矢は生徒会室の窓を開けた。冷たい風が吹き込んでくる。
「かかってこい! リリアン・ポーン! 僕らは負けない!」
叫び声は茜色に照らされた白銀の田園地帯を駆けて行った。
*
「それでは、確かに二人は引き受けた」
文香の兄が運転してきた車に、霜華、晴代、文香、有島の四人は乗り込んだ。
「本当に、大丈夫だよね……」
霜華が心配そうな声を出す。霧矢は霜華の頭を撫でた。
「お前は自分の心配をしてろ。僕は絶対に協力なんてしないし、捕まったりもしない」
全員が車に乗り込むと、大学生で、里帰りしている文香の兄がアクセルを踏み込む。霧矢と西村は小さくなるナンバープレートを見つめていた。
「さて、ここで問題です。生徒会執行部のメンバーが、冬休み一日目から外泊禁止という校則を破ってしまいました。どうしましょうか」
霧矢がふざけた冗談を言うと、西村もこう返してきた。
「では、生徒会執行部のメンバーが危険物を持ち歩き、夜の街で喧嘩をする気でいます。これはもはや校則違反のレベルではなく、警察のご厄介レベルですな」
二人とも、冬の大三角の下で大笑いする。気温は相当低いが、二人は寒さなど感じていなかった。西村は武器として伸縮可能な一メートル半ほどの物干し竿を持ってきていたが、霧矢は文香の煙幕を除けばほとんど丸腰だ。
でも、負ける気はしない。誰も殺人者になんてなりたくないのだから。
薬局の応接用のソファーに腰掛けながら、二人は敵が現れるのを待つ。
好都合なことに、今日、理津子は用事があって出かけている。どんなに遅くとも九時までには帰るとは言っていた。
来るなら来るがいい。お前の一人だけの目的のために僕らを振り回すな。