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Absolute Zero  作者: DoubleS
第四章
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大切な人への想い 9

 雨野光里の焦りはパニックに変わりつつあった。もはや時間も残されておらず、絶望的とも言ってもよくなった。

 自分の身近でさえ二人もいるのに、ゲートの近隣の街をすべて探しても、一人もいないとはもはや悲劇を通り越して喜劇だった。このままでは、護を救う手だては失われてしまう。リリアンの指定した期限は、明日、十二月二十一日(金)午後九時。みんなで仕事をしたあの駅前広場に魔族を連れてくるか契約した状態で赴くことだった。残り時間がちょうど二十四時間であることを放送が知らせる。

(……青、赤、紫、青、緑……)

 筒を覗きながら、道行く人すべてを見る。誰一人として見逃さない。見逃してたまるものか。

失われた幸せを取り戻したい。もう一度家族全員で仲良く暮らしたい。罪人一人の命と引き換えにその願いが叶うのならば、この手を血に染めても悔いはない。

何度同じことを繰り返しただろう。もうとにかく時間が惜しい。さっさと探し出すのだ。

 もう今日は帰らない。夜通し、徹夜で、夜の盛り場でも探してやる。

 そして、ダメならば、最後の手段。絶対にやりたくはないと思っているが……場合によってはやむを得ない。あれを実行に移すしかない。


 浦沼とは違って夜だというのに、人は街にあふれている。クリスマス前ということもあって活気に満ち溢れ、道行く人もみな楽しそうだ。

 だが、人気が多く楽しそうなのはいいのだが、こういう鬱陶しい馬鹿も寄ってくるのだ。

「ねえ、君さ。かわいいよね。俺たちとさ、夜の街で遊ばない?」

 髪を派手な色に染め、耳はピアスだらけだ。こういうやつは嫌いだった。だが、彼らの中にもお目当ての存在がいるかもしれない。視界に入ってくるだけでも不快だったが、魔力分類器で話しかけてきた数人組の男たちを覗いた。しかしみんな色つきだ。雨野はため息をついた。

「生憎、私に遊んでる暇はないの。気持ちだけ受け取っておくわ」

 歩き去ろうとすると、男に腕をつかまれた。振り払ったが、囲まれてしまう。

「なあ、ちょっとくらい、いいじゃんよ。俺たちも退屈してるんだよ」

 下心が大有りの表情の男たちに、完全に囲まれてしまった。まわりの人は誰も助けようとしない。別に助けてもらおうとも思わないが。雨野は不快だったが男を直視した。

「どいてちょうだい。私は急いでいるの」

 何度か押し問答が続いたが、男たちはしつこく付きまとっている。しびれを切らした雨野は最後の警告を発する。

「どきなさい。でないと、あんたたち全員痛い目見ることになるわよ」

「おいおい、俺たちに勝てるとでも思ってるのかよ。お嬢ちゃん」

 大笑いしながら、男の一人が雨野の肩をつかむ。しかし、次の瞬間、男は手首の関節を外された痛みにうめきながら、その場にうずくまっていた。

「こ…このアマァ! 調子に乗ってんじゃねえぞ!」

 残りの男たちがナイフやスタンガンを取り出す。別にそれがどうしたと言いたかった。こんな連中自分の敵ではない。かかってくるがいい。

「ゴ…パァ………! ば…バケモンだ…この女…」

 数秒後、雨野を中心に倒れた男たちが円を描いていた。周囲の野次馬が恐怖の眼差しで彼女を見ている。雨野は野次馬を件の筒で見回すと、ため息をついてそのまま歩き出した。

(…これじゃ、昔の私と変わんないな……)

 戦利品としてゴロツキから取り上げたスタンガンを指先でクルクルと回しながら、夜の街に契約相手を求める少女は消えていった。



 三条霧矢は北原霜華と向かい合っていた。

「そろそろいいだろう。聞かせてもらうぞ。お前の計画って何だ。なぜ僕を協力者に選んだ?」

 霧矢の部屋の中で二人はお互いを直視した。霧矢は霜華の言っていた計画について知っておきたいと思った。

「……まだ、話すつもりはなかったけど、契約がらみで私が狙われてるなら仕方がないかあ」

 疲れた表情で霜華は語りだした。

「私の計画は、風華をこちらに避難させること。でも、風華がこっちの世界に来るのは、私よりもハードルが高い。そのため計画を練ることが必要だった」

「風華ってお前の妹だよな。別にハーフなんだから、こっちに来ても平気じゃないのか?」

「実は、ハーフなんだけど、ちょっと特殊なハーフなんだよ」

 霧矢は首を傾げた。特殊なハーフと言われても何がどう違うのかよくわからない。

「北原風華って漢字をよく見てごらん。半雪女なのになぜ氷に関係する漢字じゃなくて『風』って漢字が入っていると思う?」

「まさか…水じゃなくて風なのか?」

 霜華の首が縦に揺れた。霧矢は困惑する。

「普通、魔族と人間のハーフだったら、その子の属性は魔力の強い魔族側が優先される。でも、あの子はそうならなかった。何故だかは知らないけど父親の風を受け継いでしまった。その結果、風を主、水を副として両方使えるイレギュラーとも呼べる半雪女になってしまった」

 霜華は続けた。

 こちらの世界に来た場合、普通のハーフなら契約主なしでも耐えられるが、風華の場合は自ら人間部分で生成できる風の魔力で、魔族部分の水を補わなければならない。普通のハーフは人間部分と魔族部分の属性が一致しているので効率が高まり問題はないが、風華の場合は不一致のため、魔力が不足がちになってしまう。

 方法は、水の人間と契約すること。それが無理なら、風の人間と契約すること。

 水の人間と契約した場合、風華の水の力が補われる。水の術は魔力が供給されることで強化され、風の術もこれまで通り使うことができる。ただし、今度は水が主、風が副となる。

 風の人間と契約した場合、魔力効率の悪い水の術は控えなくてはならない。しかし、元から備わっている風の力が大幅に強化され、強大な風使いとなる。

 光または闇の人間とも契約は可能だが、あまり好ましくない。風の術も弱まり、水の術を使うのは避けなくてはいけなくなる。

「じゃあ、僕と契約するのは…お前じゃなくて…」

「風華になる予定。私としても、あの子、半雪女なのに水の力が弱いことをずっと気にしていたから、水の人間と契約させてあげたいって思ったの」

 霧矢は深呼吸した。自分の考えていた前提条件が覆されてしまい、混乱していた。

「この家を協力者に選んだ理由は、水の人間も風の人間もいるし、その二人からは、他と比べて強い魔力を感じたから」

 二人とも優しい人だったし、と霜華は付け加えた。

「まあ、話してくれたことは感謝するさ。僕も別に拒否するつもりはない」

 息を吐いてそういうと、霜華が抱き付いてくる。

「ありがとう! さっすが私が見込んだだけのある男! にくいね!」

 霜華の顔を押して霧矢は彼女を引き離した。ぶすっとした表情で小机の前に座りなおした。

「ところで、もう二週間近く経つけど、風華はこっちに来る気あるのか?」

「実は先週の金曜日、こっそり帰ってみたんだけど、相当困ってたね。治安は悪いし、一人じゃ生活できないから帰ってきてって泣きついてきたけど」

 護のことで呼び出されたあの日、家を空けていたのは、里帰りしていたかららしい。

「まあ、もう少しすれば来るでしょ。治安はもう本当に最悪。向こうにいるのは危険以外の何物でもないよ。私も今週来なかったら、無理やりにでも連れてくるつもりだし」

 三条家はもともとそれなりに裕福な家なので、二人増えたところで……やっぱりキツイかもしれない。でも、母親は別に構わないと言っているし、霧矢もそれで小遣いが減らなければ別に問題ないと思えるようになった。

 自分も変わったものだ。あれだけ鬱陶しがっていた霜華が、大切な存在に感じられる。自分も成長しているのだなとそう思った。


「ねえ、霧君。でもさ、明日リリアンが襲ってくるとしても、勝ち目あるの?」

「お前と晴代を守りきれれば、それで勝ちだ。西村も協力してくれる。お前たちは木村の家に避難してろ。とにかく時間切れに持ち込む。それまで、逃げ切るつもりだ」

「霧君や西村君を拷問して、私たちの居場所を吐かせるくらい軽くやりそうだけど」

「大丈夫だって。正面から戦うつもりなんてないし、やばくなったらすぐ逃げる。まずいことになったら木村に連絡する。その時はすぐに遠いところに逃げろ」

「私も一緒にいた方がいいんじゃないかな…相手が魔族ならなおさら」

 心配そうな口調で霜華は語りかけた。だが、霧矢は固辞した。

「言っただろ。あいつの狙いは魔族か契約主だ。お前を無理やり協力させるつもりだろう」

 霜華はそれでも心配そうな表情だ。

 だが、霧矢は笑顔で言った。

「心配するな。大丈夫だから」

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