大切な人への想い 7
「あいたたた…」
「何だ。来てたのか」
家に帰ってみると、薬局のソファーに腰掛けている晴代がいた。年寄りのように腰をさすっている。霜華はもともとケガも重くなかったので、生活に不自由しない程度に回復していた。
「まいどあり。そして、お大事に」
晴代の脇にある湿布薬の入った買い物袋を見て、霧矢は憎まれ口を叩いた。
「うるさいわよ。黙らないとあんたの首を焼き切るわよ」
「それが昨日、気を失ったお前を家まで運んでやった人間に言うセリフか?」
晴代は黙ってしまう。
「晴代。これでわかっただろ。会長を説得するなんて無理だし、ましてや、倒してでも止めるなんて愚の骨頂だって」
「霧矢、有島先輩はどうだった?」
痛みをこらえながら、晴代は霧矢に尋ねた。霧矢は答えずに腕を交差させる。
「そっか…やっぱり…気にするか」
「まあ、何とかなるだろ。それよりも、お前はどうするんだ」
霧矢は尋ねる。晴代はぽかんとした様子で霧矢を見ていた。
「生徒会の仕事だ。辞めるんだったら、会長のいない今がチャンスだぞ。結構お前は会長のウケも良かった。早めに辞めないと、僕みたいに無理やり残留させられるぞ」
何を言っているんだ、という嫌悪の眼差しで晴代は霧矢を見る。霧矢は無視して、コートをハンガーに掛ける。
「ねえ、霧矢。あんたさ、他にもっと大切なことがあるでしょ」
「それがどうした。どうせ、僕たちには何もできんのだ。お前だって、昨日身にしみてそれがわかっただろうに」
晴代はうつむいている。あまりにもきつい言葉だったからだ。霧矢はため息をつくと、ソファーに体を投げ出した。霜華は三人分のお茶を入れた。
「どっちにしろ、今日は水曜日だ。後二日で見つけ出せるとでも思うか。無理だね。だから心配するだけ無駄だろうさ。それよりも、護をどうやって治すかの方だろうな」
「で、その答えが、火の魔族を見つけ出す。しかないのが困りものだよう」
霜華が霧矢の隣に腰を下ろした。霧矢のお年玉で買った新品の洋服を着ている。
「なあ、お前、向こうに一度帰って、探して来れないか?」
「……うーん。でも今の状況で帰るのは結構危険だし、それほどの使い手となると、多分純血の魔族だから、契約者なしじゃ下手したら命に関わるし…」
ゲートはくぐるだけでもかなりの魔力を消費する。下手をしたらそこで倒れてしまう可能性もある。誰か契約主候補の人間を連れて行き、向こうで契約させてこちらに来るというのが安全だが、霜華曰く、内戦状態の向こうは誰かを連れて行けるほど安全ではないらしい。
そもそも、霜華がこっちの世界に来たのは、戦乱から逃れるためだった。わざわざそんな危険なところに戻る必要はどこにもない。
「ごめん。ちょっとそれは……」
「わかってる。無理言って悪かったな」
三人とも考え込んでいると、店の電話が鳴った。霜華がパタパタと駆け寄って受話器を取り上げ、笑顔で営業文句を言う。
「え…あ、はい。わかりました。少々お待ちください」
霜華は霧矢に電話に出るようにと言った。相手は名乗らなかったが声は女性らしい。霧矢は不審に思ったが、電話に出た。
「お久しぶり。霧矢君。お姉さんのこと覚えてるかしら?」
(リリアン・ポーン……!)
「何の用ですか。僕はお断りしますよ。僕は嫌ですから」
霧矢の堅い口調に、二人とも霧矢の方を向いた。霧矢はリリアンの言葉を待った。
「あらあら、用件を聞く前に断るなんて、せっかちなのねえ」
相変わらずねちっこく、人をバカにするような声だ。
「そもそも、どうして僕の家の電話番号を知っているのかをお聞きしたいですけどね」
「探偵さんに頼んだのよ。私たちの仲間のね。で、霧矢君。あなたは私たちに協力してくれる気になったかしら?」
「絶対に嫌だと、先ほど言ったはずです。あなたたちが何をしようと勝手ですが、僕は、興味はありませんし、平穏な日常を壊さないでいただきたい」
怒りの形相を浮かべて、霧矢は答える。しかし、顔の見えない受話器の向こうの相手は平気で同じ調子で答える。
「そう言うなら、お姉さんも覚悟があるんだけどなあ」
「勝手にすればいい。そもそも、僕はまだ契約してないですよ。異能もありません」
「知ってるわよ。光里ちゃんから聞いてるわ」
霧矢の受話器への握力が強くなる。手を震わせて霧矢はリリアンの言葉を聞く。
「私たちが欲しいのは、霧矢君じゃなくて、異能の持ち主。聞いた話によれば、北原霜華ちゃんと、上川晴代ちゃんが異能を使えるって話じゃない」
霧矢の脳裏に電流が走った。霧矢は歯噛みする。
「……まさか、二人を巻き込むつもりか?」
「昨日、二人と光里ちゃんが戦ったでしょ。で、光里ちゃんは金曜日までは動けないようにしたと言ってたわ。まあ、賢い君なら、私がどう出るか。それくらいわかるんじゃないのかしら」
「ああ、大方予測はつくとも。よくもそこまで汚いことを思いつくものだ。リリアン・ポーン」
「最後の質問よ。光里ちゃんが明後日までに契約相手を探し出せなかったら、霧矢君、君が霜華ちゃんと契約して、手伝ってくれるかしら?」
「……絶対に断る。この女狐め」
霧矢はそれだけ言い残すと、受話器を叩きつけるように戻した。
「き…霧君…い、今、リリアン・ポーンって言ってなかった…?」
「…面白ェ…テメエがそこまでやるっていうんなら、こっちも手加減はしねえぞ…」
悪鬼のごとく顔を歪め、口調が変わった霧矢を見て、霜華は一歩引いた。
「霜華、晴代。二人とも明後日は他のところに隠れてろ。ここにいると危険だ」
狂気の笑みを浮かべながら、霧矢は携帯電話を取り出した。
(いいだろう、西村。お前の言った通り、今回も中途半端を生かして、その矛盾で物事を良い方向に進めてやる。これで文句はないな)
別に雨野のように、自らそれを望んでいるのならばそれは本人の勝手だ。しかし、霜華や晴代のように望まないものを無理やり巻き込むというのなら、絶対に許すことはできない。
今回に限ってはエゴイストをやめてやる。誰かを守るために戦ってやる。そう決めた。
登録はしたが、かけることはないだろうと思っていたあの番号を選んだ。