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Absolute Zero  作者: DoubleS
第四章
14/30

大切な人への想い 2

「こんにちはです。みなさん」

 霜華はクリスマスツリーの下で四人にあいさつしたが、みんな奇異の目で霜華を見ている。このメンバーは霜華の和服姿を一度も見たことがなかったからだ。特に西村や雲沢は完全に見とれていた。「半雪女だから」と適当に説明して一人だけ暗い半天使の方を見た。

 有島がしおれた表情をしているが、霜華も何となく理由は察している。黙ったまま、有島についていくことにした。

「西村君、晴代はどうしたの?」

 霜華に話しかけられ、西村は顔を少し赤らめている。

「え…えっと、課題が終わらなかったらしくて…居残り補習…」

「西村、お前、鼻の下が伸びすぎだ。もっと落ち着け。いくらモテないからと言って、そこまで異性に耐性がないのもどうかと思うぞ」

 小声で話しながら、雲沢が西村の頭を小突く。そう言う雲沢もそれほどモテているわけでもなく、霧矢のことをうらやましく思っていたりもするのだが。

「三条のやつ、ほんとうらやましいっすよ。いつの間にあんなにモテるようになったのか」

「それは俺も同意だ。あいつもモテない男同士仲間だと思っていたのに、実は上川という幼馴染に、北原という押しかけ居候までいるとは……」

 ヒソヒソ声で話しながら、男二人は歩いていく。靴が雪を踏む音があたりに響いている。

「今日は会長さん学校に来なかったって霧君は言ってたけど…やっぱりおとといのことを引きずっているのかな?」

 霜華は文香と一緒に話すことにした。別に西村と話していてもよかったのだが、同じ女の子として文香と話していた方が何となく気分が楽に感じられたからだ。

「その可能性が一番高いだろう。しかし、私が懸念しているのはもっと他のことだ」

「他のこと?」

「ああ、今日学校に来ていないのが、体調不良や倦怠感によるものならば全く問題はない。しかし、もしも、家にいないとなるとこれは面倒なことになる」

 文香の眼鏡の奥には憂いの光が浮かんでいた。霜華も彼女が何を恐れているのかは理解している。しかし、霜華は大丈夫だと霧矢にも話した。それを告げようとすると有島が足を止める。

「着きました」

 駅から十分ほど歩いた住宅街の隅にある小さな二階建ての一軒家だった。表札に雨野と書かれてあるが、人の気配はない。

「会長さんのご両親ってまさか……」

 霜華の問いに対して、有島が答えた。口を真一文字に結んで、固い口調で語りだした。

「ご両親は健在です。しかし、二人ともこの家で暮らしてはいません」

「……会長だけっすか?」

「ええ。護君が倒れて以来、どうも二人ともそりが合わなくなってしまったらしく…」

 途中まで話して有島はみんなに背を向けた。あまり人の不幸話を語るのは好きではないらしい。インターホンのボタンを押す。

「………やはり……そうなのだな……?」

「……残念ですが……」

 有島は何度もインターホンを押すが、誰も出てこないのは変わりなかった。

「本気で契約相手を探しに出かけたと……そう考えるのが、一番納得がいきますけどね」

 西村が腕を組む。有島は目に涙を浮かべている。

「……光里ちゃん…ほんとに…そこまでして……」

「だ、大丈夫だよ。会長さんは普通の人間だから、魔力の流れを見ることはできないよ。契約相手を探すなんて無理な話だって。だからそのうち戻ってくるよ、きっと」

 霜華がなだめるように有島の肩を叩く。しかし、有島の気分は晴れなかった。

「どういう…意味ですか?」

「だって、会長さんは魔族と人間を区別できないから、契約相手を探そうにもそんなことは無理だよう。いちいち『あなたは魔族ですか』と道行く人に尋ねるなんてことはしないと思うよ。だから、気に病む必要はないと思うよ」

 穏やかな笑顔で、霜華は持論を展開するが、文香に遮られた。

「いや、会長は魔族と人間を区別できる」

「え……?」

 霜華は唖然として、文香を見つめた。有島も文香の意見に同意した。

「え…でも、会長さんはただの人間だし……」

「魔力分類器だ。あれがあれば、魔族と人間を区別できる」

 文香が神妙な面持ちで答えた。霜華や霧矢は完全に忘れていたが、雨野は有島から譲り受けた魔力分類器を持っている。魔力分類器で人ごみを覗けば、魔族や契約主を探すことなど造作もない。もっとも、魔族自体はそう簡単に見つかるものではないが、ハードルは大幅に下がっている。雨野の熱意なら、実際に探し出せてもおかしくはない。

「……魔力分類器……何だそれ?」

 雲沢は訳が分からないといった表情で西村に説明を求めている。西村が説明していると、彼のポケットから音が鳴った。

「…三条からだな」

 液晶画面を見て、息を吐くと通話ボタンを押した。

「もしもし、三条か? 今どこにいる?」

 一言だけ話すと、西村は電話を切った。彼曰く、霧矢は今駅にいるらしく、迎えに来てくれるようにと言ったらしい。話し合った末に、全員で駅に戻ることにした。きっと雨野はどこかで魔力分類器を覗きながら、歩き回っているのだろう。

 霜華にとって、魔力分類器は完全に盲点だった。魔族にとっては完全に不要なものであり、契約主にとっても不要なもののため、普段意識することはまずなかった。かくなる上は、できるだけ早く、雨野を探し出さないといけない。

 しかし、仮に探し出せたとしても、あれほど固い決意を抱いた彼女を説得で思いとどまらせることなどできるのだろうか。霜華はその答えはわかっている。


 物事の正しさなど結局は主観でしかない。だから、自分に悔いの残らないようにやれ。そう言っていたのは誰だったか。

(…私はもう忘れてしまった)


「おーい。霜華!」

 駅に着くと、霧矢は霜華に向かって呼びかける。しかし、霜華の顔がこわばっているので、何かあったということを察した。

「……それで、会長はどうだった?」

 霧矢が問いかけると、霜華は首を振った。霜華は魔力分類器について説明を始めた。話すにつれて、霧矢の表情が険しくなっていった。

「…僕も随分間抜けだったな。自分が借りたものの存在すらも忘れていたなんてな」

「で…どうしましょうか……」

 有島の声はさらに沈み込んでいた。雨野が家にいないということが精神にさらに追い打ちをかけ、涙を浮かべている。

(…どうしよう、って言われてもな…どうすればいいのか…)

 霧矢は西村の方を見るが、彼は目をそらした。雲沢を見ても目をそらされた。苦し紛れに文香を見たが、逆に睨み返されてしまった。

「……どうすればいいと思う?」

「それを聞いているんだよ。霧君」

 霜華に突っ込まれてしまう。お前だって何か考えろと心中で思いながら腕組みをする。

 気まずい沈黙が漂う。その間にもクリスマスツリーの影はどんどんと長くなっていく。晴代がいてくれたら何となく良い解決策を見つけ出してくれそうな気がしたが、肝心な時に限ってここにいない。

 駅のアナウンスが電車の到着を告げ、有島はとぼとぼと改札口をくぐっていった。その背中がまた何とも言えない哀愁を漂わせていた。

 全員が別れを告げ、あたりには霜華と霧矢以外いなくなった。薄暗闇の中に二人は立っていた。霧矢と霜華が二人ともお互いのことを役立たずだと思っていたのは秘密である。

 疲れてしまい、ベンチに腰を下ろしていると、くたびれた様子の晴代が歩いてきた。霧矢たちを見つけるとこっちに駆け寄ってきた。

「で…どうだった?」

 霜華が説明すると、晴代は心配そうな表情をする。霧矢は疲れた表情で電飾のスイッチの入り、暗くなった駅前広場を照らしているツリーを眺めていた。

「…で、先輩はもう帰っちゃったってわけ?」

「見りゃわかるだろ。あり得ないほど落ち込んだ表情をしてた。聖夜にあんな暗い表情の天使が降臨してみろ。ホワイトクリスマスが一気に台無しになるわ」

 ハッ! と息を吐くと、霧矢は背もたれに寄りかかって力を抜いた。霜華は投げやりになっている霧矢を軽く小突いた。

 しばらく晴代は腕組みをしていたが、何かを思いついたかのように手をポンと叩いた。

「……雨野先輩の家を今夜張り込んでみよう。帰ってきたときに説得してみれば……」

「お断りだ。凍死するのは御免蒙る。やるならお前一人でやってくれ。昨日はお前のせいで徹夜する羽目になって、疲れてるんだよ。今日はさっさと休みたい」

 ド田舎だけあって、遮るものもなくはっきりと見えるオリオン座を見上げながら、霧矢が力なく拒絶を示したが、次の瞬間、霧矢の後頭部に氷の塊が命中した。痛みで目から星が出て、オリオン座の三ツ星が四つになったような気がした。

「霜華! お前な、いくら僕の答えが気に入らないとしても、いきなり魔法攻撃をするんじゃない! まずは口で言え!」

 霧矢は説教するが、霜華は無視し、晴代と計画を話し込んでいる。今日は晴れている分、放射冷却現象で夜は氷点下まで冷え込むはずだ。雪女ならいざ知らず、普通の人間があの気温の中で張り込んでいたら間違いなく凍死する。

「じゃあ、三人で雨野先輩の家の前で張り込んでいよう。そして説得しよう」

 晴代が強引に結論を出す。霧矢は文句を言おうとしたが、晴代は拳をボキボキと鳴らし、霜華は何かの術の詠唱をしている。


 どうして、僕の知り合いの女の子は暴力が好きなんだろう。

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