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Absolute Zero  作者: DoubleS
第四章
13/30

大切な人への想い 1

 十二月十七日 月曜日 雪のち晴れ


「行ってきます………」

 結論から言えば、霧矢は課題を終わらせることができなかった。

「ちょ…元気出してよ。今日からまた一週間が始まるし、今週終わると、冬休みなんでしょ?」

 霜華が焦りながら、死にそうな目をした霧矢を励ましながら玄関から送り出した。しかし、霜華の励ましは霧矢には届かず、暗い気持ちが霧矢の精神を支配していた。

(……会長に殺されるな、こりゃ……)

 雪道をとぼとぼと歩きながら、霧矢は前の人が通った地面の足跡を見つめていた。授業中に内職をしたとしても、終わらないだろう。むしろ、内職などしようものなら晴代と同じように授業についていけなくなる分、将来的に考えてマイナスである。


「おはよう………」

 玄関に入ると西村がいた。霧矢の顔が暗いので、何があったのか大体察したようだ。

「ご愁傷様。終わらなかったんだな」

 見下すような声で話す彼の顔は明るかった。霧矢も何があったのか察した。

「うらやましいことこの上ない。お前は今週も生き延びることができるというわけだな」

「三条、お前にいい言葉を贈ってやる。こういうのをアリとキリギリスって言うんだぜ」

 人差し指でビシッと霧矢を指さす。霧矢は何を言っているのかよくわからず首を傾げた。

「お前は、この休日ずっと、麗しき女の子たちと遊んでいた。だが、しかし俺、西村龍太はその間コツコツと課題に取り組んでいた。その差がこれだ。ざまあ」

 遊んでいたと言われるのは心外だった。むしろ、女の子と遊んでいて課題が終わらなかったのなら、霧矢は健全な高校生男子として後悔などしない。しかし、実際は、霜華に吊るし上げを食らい、リリアンに変な勧誘をされ二階から落ち、雨野に首を絞められ、晴代の課題の手伝いを強要されるという、遊びとは程遠いサバイバルに近い休日だった。

「そう言えば、今朝、駅で有島先輩を見かけたけど、何かあったのか? ものすごく暗い表情で俺があいさつしても、上の空で三回ほど呼びかけてやっと返事してくれたけど、それがまたものすごい小さな声でさ。お前、心当たりはないか?」

 やれやれと首を振りながら、西村は歩き出す。霧矢も彼に続く。

「おととい、会長と喧嘩してね。それをまだ、引きずっているんじゃないのか?」

 無理もない、と霧矢は思う。雨野が有島を殴るなど霧矢も信じられなかった。親友を殴ってでも護を助けたかったのだ。そして、彼女は霜華を連れ出して契約を迫ろうした。正直な話、あんな直情的に動く雨野を霧矢は見たことがなかった。

「…有島先輩と会長が喧嘩? おいおい、そりゃどういう風の吹き回しだ?」

「……いろいろあったのさ」

 廊下で話し込んでいると、霧矢をこの状態に追い込んだ張本人がやってくる。

「二人ともおはよう。何話してんの?」

 霧矢は嫌そうな顔で晴代を見る。晴代も迷惑をかけてしまったことに少し引け目を感じているらしく、いつもより遠慮がちな口調だった。

「西村に、おととい何があったかを説明している。そうだ、お前が代わりに説明してやってくれ。僕はホームルームまでやり残した課題をやるから」

 それだけ言い残すと、霧矢は二人を残して教室に入った。


 午前の授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り、霧矢は伸びをする。教科係が課題を集め、担当教員のところまで持っていく。が、霧矢は出せないものが一つあった。

 弁当の包みを取り出すと、西村が声をかけてくる。

「みんなで一緒に、生徒会室で食おうって先輩が」

 霧矢としては断りたかった。会長に「今日は課題補習のため活動に出られません」と言うだけの覚悟はまだ決まっていなかったからだ。しかし、西村にそれを伝えると、西村は満面の笑みを浮かべ、グーサインを出した。

「安心しろ。今日、会長は休みだってさ!」

 その瞬間、普段から見慣れている友人の姿が、神に見えたような気がした。霧矢の表情が一気に明るくなる。軽いステップで生徒会室に向かって歩き始めた。

 生徒会室のドアを開けると、有島、晴代、文香、雲沢、神田がもう集合していた。しかし、有島はお通夜のような雰囲気を醸し出している。

(……やっぱり……気に病んでるのか?)

 二人が席に着くと、暗い声で、いただきますとつぶやいた。

「……先輩。大丈夫ですって。会長は、ちょっと焦っているだけですよ。もう少しすれば冷静に自分を見れるようになるはずですから」

「そ、そうですよ。雨野先輩は頭いいですから、そのうち、間違ってるって気が付きますって」

 霧矢と晴代が元気づけているが、有島の表情は沈んだままだ。

「……もし、光里ちゃんが誰かを手にかけたりしたら……」

 箸でおかずをつついている。完全に心ここに在らずという状態だ。

「今朝からずっとこうだ。授業中も上の空で、先生も呆れてたぞ」

 雲沢がため息をつく。彼は雨野や有島と同じクラスなので二人のことをよく知っている。しかし、おとといの出来事については詳しいことは知らないらしく、どうして有島はふさぎ込んでいるのかはわからないようだ。

「会長なら大丈夫だろう。私たちがすべきことは、火の魔族を探すことだ。呪いを解くための」

 文香が一言添える。晴代もうなずく。

「とりあえず、今日の学校帰りに会長の家に寄ってみたらどうです。僕は会長がどこに住んでいるのかは、わかりませんけど、先輩なら知ってるんじゃないですか?」

「……そう…ですね……寄って……みましょう…か……」

 やつれた声で、有島は途切れ途切れに返事をした。全員が優しく微笑みかける。

「……じゃあ、みんなで一緒に光里ちゃんの家に行ってみましょう……」

 くたびれた笑みを浮かべ、有島は霧矢たちを見た。しかし、そこで西村がある事実に気付く。

「なあ、一緒に会長の家に行くのはいいんだけどよ。三条と上川、お前ら今週の課題終わってないだろ。居残りをすっぽかそうものなら、先生に殺されるぞ」


「はい、復調園調剤薬局です……って、あれ、霧君?」

 考えあぐねた末、霧矢は代わりに霜華を行かせることにした。霧矢は二十分ほどで残りは終わると見たので、先に行ってもらい後から合流しようと決めた。晴代はとてもではないが、今日は無理である。涙を流しながら晴代は課題に取り組んでいる。

「それじゃ、先に行っててください。僕もすぐに終わらせてそっちに行きますから」

 今日のお見舞いメンバーは、有島、文香、西村、雲沢で、生徒会の仕事は神田が快くすべてを引き受けてくれた。廊下で四人は霧矢に別れを告げると、学校から姿を消した。


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