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Absolute Zero  作者: DoubleS
第三章
12/30

それは正しいのか 4

 十二月十六日 日曜日 曇り時々雪


「おはよう……」

 朝から機嫌の悪い霜華に霧矢は腫れ物に触るように、小さな声であいさつした。服が破れてしまったので、今日の彼女は、初めて会った時の格好をしていた。

「……おはよう……」

 こちらに顔を向けず、背中を見せたまま、低い声が返ってきた。

 居間のこたつの上には朝食が並んでいる。が、霧矢のメニューだけは貧相だった。やはり、昨日のことをまだ引きずっているらしいが、昨日の怒り方とはまた違った怒り方だ。

「いただきます……」

 少ない朝食メニューに箸をつける。すぐに食べ終わってしまったが、それほど食欲もなかったので問題はなかった。茶碗を片付け、テレビをつけた。

 最近は明るいニュースが少ない。今年の冬のボーナスは過去最低だったとか、寒波の襲来による大雪で多くの人が亡くなったなど、暗い話題は事欠かないのに、一向に明るいニュースは入ってこない。

「…そうそう、霧矢。母さんからの今年のお年玉はなしよ」

 思い出したようにとんでもないことを話し始めた理津子に向かって、霧矢は唖然とした表情で振り返った。

「な…何で、だよ…」

 手をわなわなと震わせながら、非情な宣告に向き合った。

「だって、昨日、霜ちゃんの服をボロボロにしちゃったでしょ。その分、霧矢のお年玉から引いておくからね」

 霜華の方を見ると、ざまあといった表情でお茶を飲んでいる。

(そもそも、お前が説明もせずにマジックカードを預けっぱなしにしていたのが……!)

 上目で霜華を睨んだが、霜華は微動だにしない。


 理津子と霜華は店の方に出てしまい、霧矢は一人になった。部屋に戻り、完全に存在を忘れていた週末課題に手を伸ばす。課題のリストに目を通した瞬間、霧矢は卒倒しかけた。

(やべえ…あと二十時間でこんな量終わるのか?)

 睡眠時間とその他もろもろを差し引くと、使える時間は十時間ほど。一方、霧矢の予想ではすべて終わらせるのには十二時間ほどかかると見た。金曜日と土曜日に何も手を付けてない分、今日になってものすごい量を背負ってしまった。

(とりあえず、簡単なものからてきぱきと終わらせよう)

 得意教科である英語と社会を探し出す。

 ノートにペンを走らせはじめると、机の上においてある携帯電話が振動する。

 ――霧矢、やっぱりスキー行こうよ。晴れてるし、新雪も積もってて最高だよ!

 能天気な絵文字を多用したメールを目にし、仏頂面で霧矢は返信を送った。あの年中頭に春が来ている女は課題のことなど忘れきっているに違いない。

 メールを送ったが、返信は来なかった。まあ、それならそれで別に構わない。再び、課題との格闘を始めた。

 一時間ほど経って、社会の課題が終了した。思ったよりは早く終わった。この調子なら何とか間に合わせることができるかもしれない。

 水でも飲もうと階段を下りていくと、勢いよく家の戸が開く音が聞こえた。

「ごめんください!」

 聞き覚えのある声が家の玄関の方から聞こえ、霧矢は玄関に出る。

「……晴代…お前…何しに来た…?」

 スキーウェアを着たまま、涙目になって教科書の入ったカバンを提げている幼馴染がそこに立っていた。

「……霧矢……助けて……」

晴代が最後まで言い終わる前に、霧矢は背を向けた。

「……お前、自己責任って言葉を知っているか?」

 玄関で大泣きを始めた。店のほうにまで聞こえたらしく、何事かと霜華がやってくる。

「あれ、晴代だ。どうしたの、そんな格好で」

 半雪女にとってスキーウェアは珍しい格好だったらしい。晴代の服装を興味津々で見ている。

「…霧矢…勉強教えて……」

「……無理!」

「何で!」

「僕も今日は人に勉強を教えるほどの余裕はない! 自分で何とかしろ」

 晴代の成績は校内では下の中くらいで、最悪というわけではないが低い部類に入る。他方、霧矢はどうかというと、晴代よりはましだが、中の上くらいで特別良いというわけでもない。霧矢でも苦労するほどの課題なのだから、晴代がどうかなどはもはや考える必要すらない。

「……大変そうだね…」

 霜華は勉強とは距離を置いた生活をしているので、霧矢たちの苦しみは理解できない。

「とりあえず、昨日引っ張りまわしたせいだから、霧君が責任を取ったら?」

 朝から変わらず、いじいじと傷をつつくような口調で霧矢に手伝うことを提案する。しかし、引っ張りまわしたとは言うものの、もともとは晴代がホイホイとついてきたことに原因がある。西村みたいにさっさと帰っていれば、課題など簡単に片付き、スキーを楽しめただろう。

「宿題の手助けを頼むんだったら、僕よりも木村の方が頼りになるだろ。頼むから、そっちを当たってくれ」

 文香は学年で片手に入るほどの秀才だ。特に理系科目は学年一位を取ることも珍しくない。しかし、晴代は首を横に振った。

「文香は今日ダメだって言ってた。家族と一緒に出掛けると何とかで今日は空いてない」

「だったら……会長……は…ダメだな…」

 この近場に住んでいる霧矢以上の成績の持ち主は、雨野しかいないが、昨日あんなことがあったばかりなのに、宿題を手伝ってくれなどと言ったら、間違いなく撲殺死体にされる。

「……やっぱり、先輩って魔族を探し回っているのかな?」

 心配そうな表情で晴代はうつむいた。

「…実は、今朝、連絡を取ろうとしたんだけど、着信拒否されちゃった…」

 着信を拒否するということは、雨野の決意はもはや絶対に揺るがないということだ。何者にも邪魔されず、目的を果たす。そういうことだろう。

 しかし昨日、霜華も言っていた通り、雨野は魔族と人間を見分けることはできない。霜華のように和服を着ていたり、冬でも薄着でいるとかなら別だが、基本魔族は人間と見分けがつかない。そう霧矢は晴代に話した。

「……だといいけど…」

「大丈夫だって。リリアンの言ってた日までに探し出すなんて無理だって。だから、会長の問題はクリアだ。それよりも、僕は忙しい。また明日な」

 早く暖房の効いた部屋で課題の続きをしたいと思いながら、晴代に背を向けると、殺気を感じた。

「…ねえ、霧矢。誰のおかげでクリスマスツリーの飾り付けが早く終わったと思っているのかな…かな…?」

「誰のおかげって……」

 アンサー。それは、晴代、霜華、文香の三人である。また、文香は晴代の依頼がなければ動かなかった。ゆえに、晴代の協力がなければ、霧矢たちはまだ作業を続けていたはずである。

「…僕は恩知らずな人間です。ごめんなさい。所詮僕はエゴイストですとも」

 半分嘘で半分本当のことを口にしたが、晴代に後頭部を英和辞典の角で殴られ、霧矢はうずくまった。

「霧君、手伝ってあげたら?」

「お前は、課題を出さないとどうなるかわからんから、そんなことが言えるんだ!」

 県立浦沼高校で課題を提出しないと、教師によるお仕置きが待っている。課題未提出者への居残り補習は浦高名物の一つとして語られている。

 別に居残り自体はそれほど苦痛ではないのだが、それに雨野光里という人物が加わるとそれは一気に死刑執行となる。居残り補習はすべての校内活動に優先する。つまり、居残り補習になると生徒会活動を休むことになり、雨野の鉄拳制裁を受けることになるのだ。

「とりあえず、今日は無理! 自己責任だ。お前の課題はお前で片付けろ!」

 きっぱりと言い放ったが、いきなり両手で首を絞められた。

「………手伝いなさい…手伝いなさい…手伝いなさい…手伝いなさい…手伝いなさい……」

 血流がとまり、視界がぼやけてきた。

 数十秒ほど耐えていたが、我慢の限界だった。霧矢は首を縦に振った。

「ありがと~。さっすが霧矢! あんたと友達であたしよかった!」

(この女……白々しいことをよくも……)

 どこまで晴代は雨野の影響を受けてしまったのか、余計なものをもらってしまったものだと心の中で呆れた。

 結局、居間のこたつに入りながら、二人で課題と格闘することになった。

 霧矢は黙々と取り組み、晴代が分からないところを質問するというスタイルだ。しかし、下から数えた方が早い高校生にとって、この課題は試練としか言いようがなかった。ほぼすべての問題を質問するので、霧矢は一向に進まなかった。

「なあ…お前、いったいどんな勉強法をしてるんだ……」

 もう何度目になるのか数えるのも面倒になるくらい多く質問され、ついに霧矢の我慢は限界に達した。霧矢は人の勉強スタイルに優等生でもない自分が、とやかく口を出すのはよくないことだと思っていて、日常でも口に出したことはなかったのだが、今の晴代の様子を見ては質問せずにはいられなかった。

「……え、普通にノート取ってそれを元に勉強してるよ……」

「嘘つけ。普通にノート取ってるなら、これくらいの問題普通に解けるはずだ!」

 晴代が解いているのは、数学の基本問題だった。それでも、二人のクラスは違うが、数学の担当は同じ松原先生でノートの内容は同じはずだ。

「貸してみろ!」

「あ! ちょっと!」

 晴代のカバンからはみ出ていた数学のノートをひょいと、取り上げた。晴代はうろたえて、霧矢の手から取り返そうとするが、霧矢は器用にかわし、ノートを開いた。

「………おい………貴様……」

「……えっと……何のことかなあ~。……あははは…は…」

 数学の解答例が中途半端に書かれている。それはまだいい。公式もあいまいで読む方にはわかりづらいが、問題はそんなことではない。

「何で……漫画のキャラクターとキャラクターの名前の間にバツ印が入ってるんだ………?」

「えっと、実は……この前、友達にそのノートを貸して、返ってきたばっかりで……」

 苦し紛れの言い訳を繰り広げているが、この文字は明らかに晴代のものだ。怒りの表情で、霧矢は畳み掛ける。

「しかも、こちらの記憶が正しければ、このキャラは二人とも男だったと思うが……」

 晴代は目をそむけて口笛を吹いている。顔は汗だらけだ。

「つまり、貴様は神聖なる数学の授業時間に、ふしだらな妄想に勤しんでいた。そして、その結果、基本問題の解き方すら理解できず、自業自得ともいうべき状態にありながら、その手助けを、この三条霧矢という都合のいい相手に求めたというわけだな!」

「だって……松原の授業はよくわからないし……授業聞いてても面白くないんだもん」

 烈火のごとく、怒りで言葉を荒げている霧矢から目をそむけ、晴代は口を尖らせてすねている。ここらへんは霜華に似ているが、自分で招いたことの対処を平気で他人に頼る分、霜華より性質が悪い。

 呆れ顔で霧矢はノートを机に叩きつけた。

「……とりあえず、授業はまともに聞け。ノートもしっかり取れ。数学は余裕がないなら予習する必要は特にない。ただ、復習だけはきちんとやっておけ」

「うん。文香に相談した時もそう言ってた。授業をしっかりと聞いて、きちんと復習さえすれば、数学を恐れる必要などどこにもないって」

 霧矢の頭が再沸騰する。爪が掌に食い込む寸前まで拳を握りしめた。

「貴様ァァァ! 言われていたんなら、何故それを実行に移そうと思わない!」

「え~。だって、いろいろとめんどくさいし……」

 ため息をつく。もうこの女には何を言っても無駄だ。霧矢は無言で、自分の課題に再び取り組み始める。

 それにしても、やっぱりこの女は腐り始めていた。霧矢の中の晴代の位置づけが、軽度から中度のオタクから、重度のオタク(腐女子属性あり)に切り替わった。

 昼時になって、晴代は昼ご飯を食べに荷物は霧矢の家に放置したまま、いったん家に帰ってしまった。霧矢も、霜華の作った食事に箸をつけながら、英文のプリントに目を通している。行儀が悪いが、ただでさえ進捗が遅い霧矢が晴代によってさらに遅らされている事実がある以上、理津子も霜華も黙認していた。

「The company would not pay the salary, the union decided…」

 ぶつぶつと暗い表情で、プリントを読んでいる霧矢を霜華は呆れ顔で見ている。

「ねえ、霧君、さっきからものすごい顔つきしてるけど、何か嫌なことでもあったの?」

「I was disappointed at her, because she has such an extraordinary hobby.」

 霜華は「she」が晴代のことであるということはわかったようだが、「an extraordinary hobby」というのが何を指すのかよくわからず、首を傾げていた。霧矢としては知らない方がよいとはぐらかした。霜華にはピュアなままでいてほしい。そう願っていた。

 昼食の片付けを終えると、理津子と霜華はまた店の方に出ていく。しかし、今日は日曜日で隣の診療所も空いていないので、客足はほとんどなく暇なはずだ。

 晴代に邪魔される前に、進めるだけ進めておこうと、ノートを取り出す。しばらく取り組んでいると、玄関の戸が滑る音が聞こえた。

「霧矢! 続きよろしく!」

 ドタドタと部屋に駆け込んでくる。さすがにスキーウェアは置いてきたようだが、それでも、先ほどまで着ていたウェアの下の中学校時代のジャージはそのままで、いくら近所とはいえ、それで歩いてくるのはどうかと思ったりもする。それでも、このド田舎なので晴代の家から霧矢の家までの百メートル弱で誰にも会わなかったということもありうるが。

「じゃあ~はりきって数学の続きいっちゃいましょ~!」

「テメェ……他人の迷惑ってモンを考えたことは……」

 せっかくペースが上がってきたのに、ここぞというタイミングで邪魔をされる。血走った目で霜華を睨んだが、応える様子もない。

 課題に取り組みながら、昼の時間は過ぎて行った。しかし、この迷惑女のせいで霧矢の課題は一向に進まない。晴代も晴代で質問ばかりしているので一向に進まない。

 時計が三回鳴り、一休みしに、霜華が居間に入ってくる。

「……お疲れ様」

「霜華ちゃん……あたし、もうダメ……」

「泣き言を言うな! このヘタレ女!」

 本当のことを言うと、泣き言を言いたいのは霧矢の方だった。上手くやれば今日中に終わると思っていたのに、晴代の乱入のせいでペースを大幅に乱されてしまった。これでは、確実に終わらない。

「二人ともどんな内容のものをやってるの?」

 興味を持った口調だったので、霧矢は教材を放り投げた。器用にキャッチし、付箋の付いたページを開く。

「……何、これ?」

 曇った声が居間に響く。霧矢としてはそら見たことか、と思ったが、次の瞬間その期待は裏切られた。

「何でこんな簡単な問題に二人は苦戦してるのかなあ?」

 二人とも唖然として霜華を見つめた。

「この問二は普通に正弦定理と内接円の公式で解けるし、問三は単なる分数の掛け算で、問四は二次不等式を解くだけの簡単なものですよう……て、あれ? どうしたの、そんな顔して」

「ちょ……お前…数学が解けるのか?」

「まあ、大体は。向こうでも結構好きだったし、これくらいの内容だったら……」

 その後は、晴代が霜華に質問し、霧矢は自分の課題に取り組むというスタイルに切り替わった。晴代曰く霜華は霧矢よりずっと教えるのが上手いらしく、数倍のペースで進んでいった。霧矢も元のペースを取り戻せた。

(……数学好きの雪女ねえ……)

 横目でちらちらと晴代に付き添っている霜華を見ながら、霧矢は数学の課題を終わらせた。残るは国語と理科。霧矢の一番の難敵だ。

「そう言えばさ。ちょうど一週間前だったよね」

「何が」

 ぶっきらぼうにペンをノートに走らせながら霧矢は霜華の言葉を聞き流した。

「私と霧君が出会ったの。時刻的にもちょうど今くらいじゃなかった?」

「そう言えば、そうかもしれんな。まったく、母さんが天然なせいで余計な居候を抱えることになっちまったが」

「居候じゃないもん。薬局の住み込みアルバイトだもん」

 霧矢としてはどっちでもいい。ちなみに霜華が晴代と出会ったのはもう数時間後のことだ。考えてみれば、もう一週間が経った。

 しかし、この一週間は霧矢にとって相当な変化をもたらした。そして現在進行中で、もたらし続けている。そして、その変化は自分をどこへ導くのだろうか。



「それで、やはり、彼女になりそうなのかね?」

「ええ、昨日連絡した通り、おとといの夜、彼女から電話がありまして、契約相手を探し出したらすぐに協力すると」

 とあるビルの応接室で、リリアンと老人は対面していた。

「……私としては、そんなことを報酬とするのは感心せんな。呪いの解呪くらいなら無償で協力してやったらよかろうに」

 老人はコーヒーのカップに口をつける。リリアンはスプーンでカップの中身をかき回している。ミルクを入れ茶色になっている液体が渦を作る。

「私も、できることならそうしてあげたいのですが。ただ、綺麗ごとで片付けられるようなものではないでしょう」

「……大体調べはついておるよ。三条霧矢と雨野光里についてはな」

 ゆっくりと歩き、机の引き出しから老人は紙を一枚取り出した。

「…三条霧矢は、ごく平凡な少年だ。町の個人経営の保険調剤薬局の一人息子で高校一年生。成績はそこそこで特に記すものはない」

 つまらなさそうな顔で紙をリリアンに渡す。

「…そして、雨野光里についてだが、これもまあ近年まれにみる、喧嘩の達人らしいが、普通の女の子に変わりはない」

 老人はそこから先は口にしようとしなかったが、リリアンはうなずく。彼女は何を言おうとしていたのかを理解していたからだ。老人はソファーに腰を下ろした。

「君は、人の窮地くらい救ってやることはできんのかね。異能で殺すことににこだわる必要がなければ、うちの若いのが、確実にやってくれるのじゃが」

 困ったような表情で老人はリリアンを見つめる。しかし、リリアンは首を横に振った。

「相川さん。私は何度も言ったはずです。これは復讐だと。そして、これを広く世に知らしめなければ意味がないんです。そのためには、あの事件の犯人をあの事件が起こったのと、まさに同じ日時に異能を使って殺す必要があるんです。ですから、人手不足じゃだめなんですよ」

 相川と呼ばれた老人は、ため息をつくとカップに口をつけた。

「私は、悪による正義の実現という名目のもと、異能を持つ者の集まりとして、この探偵事務所を開いた。しかし、魔族と関わり合いがあるとはいえ。そんな平凡な子供たちをこんな闇の世界に引きずり込むのは、いささかよろしくない」

「あら、でも相川さんだって。昔、異能のない若者をこちらの世界に引きずり込んだじゃありませんか」

 リリアンは意地の悪い目つきで相川を見つめた。相川は黙ったままだ。

「彼だって異能も何もない何の変哲もない高校生だったのに、無理やりこちらの世界に引きずり込んだ挙句、今じゃ完全な事務所の戦力の一部じゃないですか」

「そのことを弁解するつもりはない。ただ、彼は私の目的に理解を示してくれておる。しかし、光里ちゃん、といったか、はあくまで弟を助けるためであって、目的に純粋に共鳴してくれたわけではないのじゃろう?」

 リリアンは黙ってコーヒーカップを傾ける。相川は続けた。

「……とにかく、作戦の期日までの残りは少ない。仮にその子が闇の世界に足を踏み入れるのをよしとしたところで、その子が契約相手を見つけることが出来んとなると、巷の殺し屋でも雇ってこなければならん。しかし、そんなことをするのは君のプライドが許さんだろう。復讐なのに、志を同じくした者ではなく、金で裏世界の人間を使って何とかするなどな」

 リリアンはうなずく。あくまで目的は復讐であり、それは悪を憎む人のボランティアに近いものでもあるのだ。金で殺し屋を雇うなど考えられなかった。

 この相川探偵事務所は、魔族とはまた違った異能を持つ人間が集まってできた何でも屋のようなものだ。暗殺だろうと護衛だろうと、どんな依頼であっても請け負うが、それが彼らなりの正義に反するなら絶対に応じないことでも、裏の世界ではよく知られている。

「……私も子供を巻き込むのは不本意なことですよ。しかし、人手が見つからないとなると…」

「どうするのかね?」

 心配そうな表情で相川は彼女を見た。しばらく黙った後で、リリアンは口を開いた。


「無理やりにでも霧矢君か彼付きの魔族に協力してもらいます。解呪込みで」

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