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Absolute Zero  作者: DoubleS
序章
1/30

雪国の商店街にて

「ば……バケモンだ……!」

 あたりには男の恐れおののく声以外は何も聞こえない。冷たい空気の中でその男は恐怖を浮かべていた。

 私は地べたを這いずり回りながら離れようとする男を見下ろした。


 この男は敵だ。生かしておけば必ず私たちを殺そうとまたやってくる。


 だから殺さなければならない。

 そう、この男の部下は全員殺した。百人は軽く超えていたと思う。あたりには氷漬けになった兵士の死体が群がっている。


「……私は、アブソリュート・ゼロ。一切の慈悲を見せない絶対零度の冷血よ。残念だったわね。己の愚行を悔いるといいわ」


 男は必死で私から逃げようとするが、もはやそれは何の意味もなさない。

 男は抵抗の甲斐なく、あっという間に氷に閉ざされる。私はそれを打ち砕いた。まだ凍っていない生温かい赤い液体を浴びながら私は思った。


 こんな殺し合いの続く世界はもう嫌だ、と。


 十二月九日 日曜日 雪


 人生を通して人は様々な人と出会う。気の合う仲間を見つけることもあるだろうし、生涯のパートナーとなる相手を見つけることもあるだろう。あるいは、自分の宿敵となるような人にも出会うことがあるのかもしれない。

 しかし、こんな出会いがあるとは誰が予想できただろうか。この科学に支配された現代においてこんな相手と出会いを果たすことになるとは考えられなかった。

 とある雪国、駅前商店街での出会いだった。


 クリスマスも近づき、粉雪がちらちらと舞うこの季節で、しかも日曜日だというのに、この商店街はまるで人気がない。なぜなら、この商店街は郊外の大型店舗に押されて、あちらこちらでシャッター街と化してしまっているからだ。

 今となっては、開いている店の方が少なくなっている。クリスマス商戦のシーズンにもかかわらず、活気というものがまるで感じられない。


 商店街のある店で、三条霧矢(さんじょうきりや)はぼんやりと焦点の合わない目で、レジの隣のカウンターに座って、数学のノートを眺めていた。

 霧矢は高校の宿題をやりながら薬局の店番をしていた。医療機関の処方箋も受け付けているこの薬局は、この商店街では珍しく黒字の店だ。ただ、日曜日の午後ということもあって客は一人も来ない。薬剤師である母親も風邪を引き、奥で寝込んでいるため、仕方なく霧矢が店番をしているというわけだった。

 ここ数年は暖冬が続いていたが、今年はとても冷え込んでいる。初雪も平年より二週間ほど早く観測され、平均気温も低い。降雪量はまだ大したことはないが、気象台では今冬は豪雪になると予測している。

 少し暖房の効きすぎた店内で霧矢はあくびをする。高校に入ってから半年以上が経つ。親からは家業を継ぐために薬学部へ行けと言われているが、数学も理科もぱっとしない成績だった。放物線の描かれたグラフを見ながらため息をついた。

 

 そんな彼は妙な少女と出会うことになった。

 霧矢が居眠りをしていると、店の戸が開き冷たい風が吹き込んでくる。ハッと目を覚まして客の方を見る。

「いらっしゃいませ………?」

 普段着とは思えない格好をしていた。水色の白い水玉模様の着物を着て、山吹色の帯をつけている。元旦の初詣や成人式のような恰好だった。

 しかし、とても似合っていた。肌は色白で可愛らしく、長い黒髪を北風で揺らしながら穏やかな笑みを浮かべている。年齢的には霧矢と同じくらいか少し下といった感じだ。

 見とれていると、その少女は霧矢とカウンター越しに向かい合った。

「……何をお求めですか…?」

 じっと見つめられ、窮した霧矢は苦し紛れにお決まりの台詞を発した。

「…私は、居場所が欲しいです」

 ……は? 思考が停止し、霧矢の目は文字通り点になった。彼女が何を意図してその言葉を発したのかが全く理解できなかったのだ。

「……居場所が欲しい…あの、何が言いたいんですか」

「ここに一晩泊めてくださ~い」

 自身の可愛らしさを最高にアピールしたスマイルで、何かとんでもない要求をしてきた。すでにもう処理能力を大幅にオーバーしている霧矢の頭脳をさらに駆使し、返す言葉を検索する。

―――検索完了。適切な返答が一件見つかりました。

「申し訳ありませんが、お断りします」

「何でよ~」

 駄々をこねる子供のように口を尖らせる。何かイラッとくるのを霧矢は感じた。

「……そもそも何で見ず知らずの他人をうちに泊めなきゃならんのだ! それに、見たところお前は中学生か高校生だろ! そんなことできるか!」

 半分怒り口調でその妙な女にきっぱりと拒絶の意志を示した。しかし、この女はそれを意にも留めなかった。

「…自己紹介するね。私の名前は北原霜華(きたはらそうか)。霜ちゃんと呼んでくれてもいいよ。あなたのお名前を知りたいな」

「……僕の話聞いてた?」

「まあ、それとこれは別ってことで、いいじゃない名前くらい」

 この妙にハイテンションな和服少女の扱い方の説明書があったら霧矢は今月の小遣いを全部差し出す用意がある。上手く扱える人間がいたら今すぐ来てくれ!

「僕は三条霧矢、話を戻す。お茶くらいは出してやるけど、泊めるわけにはいかない」

 レジの隣にあるポットから急須にお湯を注ぐ。

「お茶はいらないけど、泊めてほしいの~」

 煮詰まった緑色の液体の入った湯飲みを乱暴にカウンターに叩きつけた。霧矢としては相手を睨みつけたつもりだったが、霜華には全く応えていない。

 それからいろいろな応酬があったが、お互い譲歩せず、時間ばかりが過ぎて行った。

「…じゃあ、まあ北原霜華とやら、何で僕の家に泊まりたいのか理由を聞いてやる」

「…簡単に言うと行くあてがないから」

 ここ数日前からこの近辺をうろうろしていたらしい。しかし、雪の降る時期に家出をして、しかも薄手の和服で過ごすなど信じられなかった。この季節で一日生き延びただけでも、この年齢の女の子にとっては奇跡と言ってもいい。

「………何で、家出なんて真似をしたんだ。この時期にやるなんてアホとしか言いようがないぞ。凍死すること間違いなしだ」

「私、アホじゃないもん! 私は並の人間とは桁外れに寒さに強いから、凍死するなんてことはまずないんだよ」

「ああ、そうかい。行くあてがないのなら、友達の家にでも行ってろ」

「じゃあ、霧君が私のお友達。よろしく」

 握手の手を差し出してきたが、霧矢はスルーして自分のお茶に口をつける。

「前言撤回。それと変なニックネームで呼ぶな。だったら、警察に行け。場所はこの通りを東側に行った駅の近くにある」

「警察で解決できるなら苦労しないんだよ~。だから、一晩泊めてよ~。できれば、『好きなだけここにいてもいい』くらい言ってくれないかな~」

 小さい子供がお菓子を親にねだるように、手をバタバタさせる。


「霧矢。お客さん?」

 店の方が騒がしいのに気付いたのか、母親がのどの潰れた声で奥の方から呼びかけてきた。霧矢は即座に否定する。

「いや、ちょっと違う。単なる…」

 そこまで言って霧矢は止まってしまう。この得体の知れない女をどう説明すべきだろうか。客ではないのは確かだが、他に上手く説明できる語句が見つからない。

「どうも! 霧君の友達の北原霜華ですう。おじゃましてま~す!」

 奥の方に向かって底抜けの明るい大声で、事実と異なることを叫んだ女が一人。

「そう、ゆっくりしていってね。私は風邪でおもてなしできないけど、ごめんなさいね。うちの子は根暗で人が苦手だけど、よろしくお願いね」

「うるさいよ! 病気なんだから大人しく寝ててくれ!」

 母親の曲がりに曲がった評価を受け、霧矢は憤慨する。逆に待ってましたとばかりに霜華は目を輝かせる。

「霧君のお母さんって今寝込んでるの?」

「…単なる季節性の風邪で、特に大した看病をする必要はない、ここで話題は終了させるぞ! お茶を飲んだらさっさと交番に行ってこい! それで解決だ!」

 息切れしながら怒鳴り声をあげ、もうぬるくなっているお茶を一気に飲み干した。しかしこのマイペース女は立ち去ろうともしない。

 ポンと手を叩き、閃いた顔をする。

「…ああ、簡単なことじゃない」

「そうだ、交番に行ってそう言えば万事解決だ」

「そうじゃなくて、霧君の言葉からすれば、お茶を飲み終わるまでここにいていいってことだから、そのお茶を飲まなければ、私はずっとここにいていいってことだよね」

 霧矢の怒りは沸騰点に達しようとしていた。しかし、この女には何を言っても通用しないということはもうわかっている。しかし、暴力を用いて彼女を排除するのは気が進まない。というのも、おそらく暴力を振るってきたことをネタにここに居座ろうとするくらいやりかねないからだ。

「…薬事法を犯すしかないのか?」

「え?」

「頭がおかしくなった人用の薬が、うちにはあるんだけど、第一類の医薬品だから、薬剤師以外、つまり僕が扱うと法律上いろいろとまずいんだよね…そこまでして飲ませる必要があるのかどうか考えてる」

 またしても子供のように手をバタバタさせて抗議する。

「私、頭おかしくないもん! いいじゃん、飲み終わるまでここにいたって!」

「その飲み終わるのがいつになるかが問題なんだよ! お前そのお茶を今日中に飲む気ないだろ!」

 二人で口喧嘩を続けていると、店の戸が開き老人が入ってくる。


「…ごめんください。おお、霧矢君。今日は一段と冷え込みますのう」

 腰の曲がった白髪の老婆がよろよろとカウンターに近づいてくる。霧矢は椅子に案内する。

「本当に、今日は寒いですね。母さんも風邪を引いちゃいまして、いつものお薬ですよね。母を呼んでくるんで、少々お茶でも飲んで待っててください」

 お茶を入れると、霧也は奥の方に母親を呼びに行った。古い木造の作りの家だけあって、部屋から出ると一気に温度が下がる。

「母さん、三川のおばあちゃん」

 よろよろと立ち上がると、上着を羽織ったまま店に出ていく。


「そういが。なかなか大変なことになっとるの」

「はい、でもこういうのも面白いかなって」

 店では霜華と三川老人が話で盛り上がっていた。

「おお。理津子さん、風邪とか聞いたが、大丈夫かの」

「ええ、ちょっと熱が出ているだけで、数日もすれば治るはずです」

 理津子はふらふらとレジの椅子に腰を下ろした。霧矢は処方箋のリストを受け取り、薬を棚から取り出していく。

「………」

 若年、中年、老年の女三人が話に花を咲かせているのを横目でちらちらと見ながら、薬を袋に入れていく。理津子は袋に書かれている薬の名前と中身が間違っていないか確かめ、薬を三川に渡す。

「ありがとうございました。お大事に」

 三川が帰ると、あたりはもう薄暗くなっていた。雪もどんどんと強くなり、積雪は深さをさらに増していく。

「…ところで霜華ちゃんは何で和服なんて着てるのかしら。お稽古とかの帰り?」

「普段着、いつもこんな感じです」

「そう、今にしては珍しい子ね。それにしてもこんなに可愛いお友達がいるなんて、霧矢も隅に置けない男の子ね~」

 そんな感じで、霧矢は二人の会話から置き去りにされる形で一人、これで五杯目となるお茶を飲んでいた。それはそれでまた好都合なので再び宿題に取り組み始める。今週の課題はとても多く、今こうしている間も時間が惜しかった。

 耳栓をし、二人の会話が入ってこないようにする。再び課題に取り組み始めることにした。とりあえず、集中、集中。問題を解くことだけに専念しよう。

 母親から何回か話を向けられることがあったが、耳栓でよく聞き取れないので、相槌をうちながらすべて適当に流した。どうせこの類の話はするだけ時間の無駄というものだ。それよりはさっさと週末課題を終わらせて、好きなことをする時間が欲しい。

 三十分ほど経っただろうか、苦労したが、プリントの問題をすべて解き終わり、丸付け、復習も終わった。これで今週の課題は終了だ。心の中で自分に拍手しながら耳栓を外した。


「それじゃ、こんな隙間風の吹き荒れる古い家だけど、二階の部屋が空いてるから、好きに使ってくれていいわよ」

「ありがとうございますう。ほんと感謝感激です。いや~霧君もさっきはダメとか言ってたけど、首を縦に振ってくれてほんとによかったです」

(ちょっと待て。もしかして、僕は耳栓のせいでとんでもない事態を招いてしまったのではないだろうか…)

 少なくともあの母親は薬剤師の資格を取れたことが不思議なくらいの天然だ。人の言うことを簡単に信じてしまう上に、どうしようもないボケをかますこともしょっちゅうだ。

「……母さん、そいつ、うちに泊める気か?」

「ええ。だって行くあてもないって話だし、お母さんもお父さんが単身赴任してからどうも寂しくてねえ。好きなだけいてくれていいからね、霜ちゃん」

 何も言うことができずに霧矢は口をパクパクさせていた。自分の母親が見知らぬ妙な格好の女の子を二つ返事で家に泊めるほどの隙だらけの人間だったということは、息子に衝撃を与えるのに十分だった。


「ところで、こういう押しかけ系の女の子って大体不思議な力が使えるとか、いろんな設定を持ってるものじゃない。霜ちゃんも何かないの?」

 いきなり変なことを母親が口走り始め、霧矢はノートを床に落としてしまう。

「霧矢がよく読んでる本だとそういう展開が多いのよねえ」

 霧矢が「人のラノベや漫画を勝手に読むな!」とか、「何でそんな発想になるんだ!」と突っ込む前に、真顔で霜華はこう答えた。

「はい、あります。私、水の魔族のハーフで氷使い。つまり、簡単に言うと半雪女なんです」

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