9.読めない文字
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イズールが嵐のように消えて間もなく、
しばらく呆然としていたロジエがあることを思い出し、思わず叫んでしまう。
「!……訓練!」
しまった。午後からの訓練に完璧に遅刻している。
ヤバい、どうしよう。
「……隊長に殺される……!」
「隊長とは……ロジエ、君は確かヴォルガ隊だったね?」
真っ青な顔をしながら全力で首を縦に振ると、隣に座っていたアルバートはため息をつく。
「あぁ、そうか。それは。」
ロジエの配属されているヴォルガ隊の隊長は近衛隊最強を誇るライザックよりも強いのではないかという噂されるほどの豪傑である。
当人は温厚で情に厚い人柄なのだが……。
規律に関しては騎士団一と言っても過言がないほど厳しい。
訓練に関してもそれは同じで、遅刻など言語道断だった。
「ヴォルガの……そうか。それは大変だな。」
彼の厳しさはファガースも知っていた。
ただ、ヴォルガは厳しさの反面、部下とも親交を深める男なので隊への志願者が後を絶たない。
「なんだ、お前ヴォルガ隊なのか。じゃあ一緒に行くか。」
「……へ?」
さっき、胸倉をつかまれそうなくらい睨まれていたものだから、ロジエはライザックに対してすっかり恐怖心を持っている。
「ヴォルガには個人的に用があったんだ。……あ、ってことはお前アレグリアス・ヴィーチェは知ってんのか。」
「はい、副長なら、沢山可愛がってもらいました。」
王女付きの騎士の名前があがってロジエは少し驚いたが、よくよく考えてみると、近衛のライザックが知らないはずもないだろう。
「あ。あの女性騎士の事ですか?アイルファードには女性騎士がいないので、強く印象に残っています。」
王女は自分の護衛についていたアレグリアスの事を覚えていたようだ。
「姫さん、アレグリアスかりてくな。……よし、行くか。」
「は、……ってわっ。」
はいっ、と急いで立とうとすると、足が浮く。
「お前、軽いなー。もっと食わねえと。!……あぁ、そういう事か。」
何かに気がついたようで、俵担ぎで持ち上げていたロジエをライザックは腕で腰を支えるように持ち替えた。
「さて、詰所によってから行くかね。お前も行くか?アル。」
「行きませんよ。仕事がありますから。」
若干面白くなさそうにアルバートは頬杖をつく。
「……そうか。じゃあ行くか。じゃ、俺は失礼するわ。あ、ファガース、ちゃんと話合えよ。……あれ?お前名前なんて言ったっけ?」
「……ロジエです。」
部屋を出ながら話すライザックとロジエをノーランドとポネーは扉の前で微妙な顔をしながら見送る。
「…………あの、聞いてもいいだろうか。」
ライザックたちが出て行ってすぐに、ファガースがアルティアラインに向き合う。
「なんでしょうか。」
「その、手紙のことなんだが。」
「えぇ。はい、どうぞ。」
手元の手紙をファガースに差し出すが、ファガースは受け取らない。
「いや、その、牡丹とか、鷹、とかは、どういう意味なのだろうかと。……思ってな。」
「あ、はい。……通称、みたいなものですか。……アイルファードの王族は生まれた時に象徴?あ、守り神かな?自分を加護するものを啓示されるんです。男性なら、鳥。女性なら、花ですね。それを基に紋章を創ります。テロルゴのように王家に一つではないんですよ。王族一人ひとりにあります。」
そのおかげで最低限の防御結界なら張れるんですよ。というアルティアラインの言葉になるほど、とファガースがうなずく。
「それは、魔力なしでか?」
「紋章自体に魔力がこめられているので。……すみません、あとは国家機密です。」
魔法に素質のない者でも結界だけは張れる……らしい。
「そうか。いや、すまない。答えにくい事を聞いてしまっただろうか。」
「いいえ。……そういう能力も……使うもの次第ですよ。」
アルティアラインはどこか遠いところを見るような目になっている。
「……ファウド卿が飛び出していったのには何か関係が?」
「……。」
なにかの確認をとるかのように、アルティアラインはミラの方を見た。
ミラが頷くのを確認すると、アルティアラインはファガースの方に向き直った。
「ミラの母上、叔父上の奥方様は、行方不明中で……。」
「?先程、奥方には爵位があるとファウド卿は言っていなかったか?私はてっきり、一緒におられるのだと……。」
「えぇ、まぁ、持ったまま行方不明ですから。」
ミラの母は、どうやら行方不明中で、爵位を持ったままどこかへ行った。そして彼女をイズールは血眼になって探している……。
そこまでは何とかわかったので、ファガースは頷く。
「それで、その手紙の言葉と、何か関係が?」
「……これ、叔母君の祖国の言葉なんです。読士はもちろん、たいていの学者も解読不能なんですよ。文字も文法も全てなじみがないので。理解ができる人間がいるとすると……。」
「……君の叔母上の可能性が高い、か。」
アルティアラインは頷く。
「……私からもよろしいですか。陛下。叔父上、ファウド卿が来る前になにかおっしゃろうとなさいませんでしたか?」
「あ。」
イズールに強烈な登場のされ方をしたせいで、話そうとした本人の方が完全に忘れていた。
「いや、なんでもない。」
「へいかー、今言わないと後々言いにくいですよー。」
言うのをやめようとしたファガースを後ろからミシェルが止める。
「う……あ、その、あの、……結婚式の事だが!!」
「!……はい、なにかありますか?」
ファガースにしては珍しく大声で話す。
ミシェルとアルバートは手を口に当てて盛大に笑っているし、ノーランドも何も変わってないように見えるが、肩が震えている。
「その、……ドレス!そう、ドレスは、間に合っているだろうか?準備の方は?」
「大丈夫ですわ。……あ、でもテロルゴのドレスを仕立てた方がよろしいですよね?」
アルティアラインのドレスはすべてアイルファードから持参したものだ。
彼女は、ドレスにそんなに執着を持てない。
身長や体型もそんなに変わっていないので、作り直しても。と考えている。
結婚式で着る予定のドレスを思い出しながら確認をとるアルティアラインに結婚式のためにドレスを仕立てる予定はなかった。
……どうせ、嫌でも増えるだろうから。
しかし、今のところ結婚式のドレス以外に普段着のドレス以外で、テロルゴ様式のドレスはなかった。
「あぁ、いくらでも作ってくれ。……あなたなら大丈夫だろうから。」
「では、一着だけ。……ミラ、お願い。」
「はい。仕立て屋に連絡しておきます。」
「ご歓談中失礼します。少々よろしいですか?」
「あぁ、どうしたアルバート。」
「殿下の噂についてです。・・・殿下を斬りつけたという噂、真偽も定かではないとロジエ……見習い騎士は申しておりましたが、おそらくもう城下町にも降りて行っているでしょう。……斬りつけたという話のみ。」
噂とはそういうものです。
「その時その場に居た騎士の誰かが流したんでしょうね……。ミシェル、ノーランドさん。あなた方のところに来た騎士の顔は覚えていますか?……できれば名前も。」
後ろに居るミシェルと扉の近くにいる二人に視線を向けると、二人ともうなずいた。
「あぁ、名前も顔もわかる。」
「僕は分からないけど、大丈夫だよ。部屋に来た人の顔は魔晶球が記憶してるから。ノーランドさんに確認してもらえれば、名前も分かるんじゃない?」
「部屋に来た人間とは、……全員か?」
「便利ですね。」
と思わず呟いたアルティアラインにミシェルは天使の笑顔を向ける。
「でしょう?……で、その騎士をどうするんですか?」
「もちろん呼び出して命令無視について話を聞きます。」
アルバートがアルティアラインに向かって、
「あらぬことを流されたのは殿下ですから、殿下の望むがままの待遇をいたしますが……。」
いかがいたしますか?と聞くが、アルティアラインは首を横に振った。
「厳重注意だけで結構です。あ、でもその騎士の顔は見ておきたいです。」
他言無用と言われているのに、気軽に話してしまうような騎士など、王宮勤めに全く向いていない。
少なくとも、その騎士たちに頼みごと、秘密を話すなど失態を侵さないようにしようとアルティアラインは考えた。
「そうそう、研究中の魔晶球、実用化できたら殿下と陛下にさしあげますよ。顔の記憶はもちろん、部屋主の危険を察知すると物理攻撃も、魔法攻撃も無力化する結界を展開する代物で。」
便利でしょ?
と無邪気に聞くミシェルだが、内容はとんでもない。
「それ、どこまでできてて話に出した?」
冷や汗を流しながら、ファガースが振り返る。
「話した機能自体はすでに実現してます。問題は制限なんですよねー。危険をどこまで危険とするかです。今はどんな危険も拾わせてるので、爆笑して息切れするだけで結界が展開しちゃうんですよ。」
困りましたねー。と笑いながら言うミシェルを見ながら、ファガースは苦笑いを浮かべる。
「実現したら便利なのは確かだな……。アルティアラインの部屋はすぐにでも。あと、いくつかの部屋にも設置できるか?」
「えぇ、大丈夫ですよ。」
明日か明後日にでも。
にっこりと笑う天使に王と王の伴侶となる王女はつられて笑うしかなかった。