8.鷹
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「や、久しぶり。元気にしてた?」
窓に腰掛けている男が言葉を発するまでその場に居た誰一人として男の存在に気がつかなかった。
にこにこと庭師はミラとアルティアラインを手招く。
「えぇ。私は元気です。……いつお帰りになられたんですか?」
「一週間前かな。帰ってみたら、お前は嫁に行ったていうしミラもついてったって。……危うくテロルゴ国王暗殺しようかと思っちゃったよ。」
本人の前で物騒なことを言い、王女をお前呼ばわりする庭師を男達は警戒するが、当の王女と侍女は当たり前のように彼に近づく。
庭師はアルティアラインの頭をなでると部屋の床に足をつけた。
「……驚かないね。もうちょっと反応ほしかったな。」
「わざと魔力の痕跡残しといて、驚いてほしいんですか?」
「いや、随分母さんに似てきたな。」
そんなクールなところそっくりだ。と嬉しそうに庭師はミラの頬に口づけを落とす。
「……ッな!」
ライザックは人を殺せそうな視線を庭師に向けるが、全く効いてない。
いや、ロジエは震えあがっているので、ある意味効いている。
「アルティアライン、その人は……?」
ファガースが男達が一番聞きたかったことを聞いた。
「……あ、失礼しました。この方は、私の父、先王陛下の弟君で、王妃陛下の父君。そして、」
「ミラの父のイズール・ファウドです。」
よろしく。とにっこりと笑う庭師はどことなくアルティアラインに似ていた。
そして、庭師――イズール・ファウドは非公式の国賓として迎えられる。
*************
「ファウド卿、先程の話なのだが。」
心底嫌そうな顔をしたミラを膝に乗せたままイズールはファガースの方へ体を向ける。
「貴殿は王弟殿下で……その、ミラ殿の、」
「?父親ですよ。」
この若さで父親?
にっこりと笑うイズールの膝になぜか乗せられたミラにファガースは問いかける。
「すると、あなたは王族か?」
「えぇ。まあ。……とは言っても、なんにも変りませんよ?」
いや、変わるだろう。
先代王弟の娘ならば、王位継承権はなくとも、貴族の娘だ。
ファガースは呆気にとられていたが、アルティアラインに顔を向ける。
「……なぜ教えてくれなかった?」
「私の事ならともかく、ミラの事までペラペラとは喋れません。それに、私もミラも王位継承権は放棄しました。まぁ、爵位はありますけど。」
「私は爵位も破棄しました。」
訂正するミラにイズールは不思議そうな顔をする。
「でも僕の爵位は継ぐ事になってるから、爵位は貰えるよ?」
イズールの言葉に間の抜けた顔をするアルティアラインとミラ。
「……あれ?言ってなかったっけ?僕も捨てたかったんだけどねー。ほら、甥っ子君の有事には王位継承権第一位の者が居なきゃダメだろ?ちょっと前までは僕だったのは知ってるでしょ?今は王妃のお姉ちゃんだけど。」
王妃が王位継承者第一位であることはアルティアラインとミラも知っていたので頷く。
「母さんの爵位は公爵で、僕が侯爵。……あれ?それも知らないんだっけ?」
ミラの母が爵位を持っていることは初耳だった。
なぜ、父はこんな重要なこと今言うのだろう。
「んー、長くなるけどなぁ……。聞く?……母さんは王都、あ、アイルファードのね。に巡業で来た芸人の一座の人気者だったんだ。で、まぁ、いろいろとあって、結婚したくなったの。……で、そこからまぁ、またいろいろあってね。僕の当時の爵位公爵だね、あげたんだ。母さんに。」
……一座の人気者に恋をして……爵位をやった?
そんなこと王族がしても良いのだろうか?そもそも……できるのか?
「爵位を他人にあげるなんてしちゃいけないよ。そもそも、できない。だから……いろいろあったって言ったろ?」
その場の雰囲気を読み取り、イズールは話を続ける。
「まぁ、そしたらまた問題が起こってね。それもいろいろで解決したのに、その矢先に父上……お前たちのお祖父様だね。が亡くなって。その時はまだ元老院の力が強くて、先々代の崩御されたお年が若かったから、先代、アルティアラインの父上、僕の兄上の即位だけじゃ不安になったみたいで僕を王位継承者第一位にしたがったんだ。さっきも言ったように爵位を母様に譲渡した時点で王位継承権も剥奪されてたんだけど。まぁ、結果として甘んじて受けたんだけどね。で、爵位も一緒に回復したんだ。でも、公爵じゃなくて侯爵だけど。」
アイルファードでは現在国王と王妃の二人が政務を執り行っている。
少なくともファガースが生まれた時にはすでにあの国に元老院なる機関は存在しなかったのである。
隣国であるため、事前に知ってはいたし、婚礼を期にアイルファードのことは学んでいたので、先代の時代に廃されていた事だけは知っていた。
「それでも、そんな非常識なことしでかしといてよく侯爵でも爵位を貰えましたね。」
呆れ気味に言うミラを膝にのせ、イズールはしばし思案にふける。
「んー、もらう時には兄上のせいで元老院壊滅寸前だったしね。……それに、継承第一位の人間が無位ってのも面倒だけど、王家の威厳?に必要だったみたい。」
いろいろごたごたしてたよ?とあっけらかんと言うイズールにファガースが驚きの声を上げる。
「元老院を……壊滅?!」
「そうそう。兄上も結婚でいろいろ苦労されてたからなぁ。大半の苦労の原因が元老院だったから、潰すつもりでいたみたい。まぁ、数代前から元老院の腐敗は問題視されてたらしいからなぁ。」
いい機会だったんじゃない?と、国のシステムを根底から覆すような発言をまたしてもイズールはあっけらかんと言い放つ。
「ってことで今僕侯爵なんだけど。僕に何かあったら侯爵位はミラに行くようにしてあるから。……あ、王位継承権もかな?アルティアラインが放棄しちゃったから、その時点で御子がいなかったら第一位になるよ。」
「…………ファウド卿、それではご令嬢がテロルゴにいらっしゃるのは良くないのでは。」
いつもの粗雑な言葉遣いを改めたライザックがイズールに問いかける。
「……まぁ、心配って理由もあったんだけどさ、それも結構大きな理由なんだ。帰ってきなさい、ミラ。」
先程の穏やかな顔とは一変して真剣な表情となったイズールの膝からミラは降りる。
「どうしても帰らなければなりませんか。」
「すぐとは言わないさ。アルティアラインの婚姻までは一緒にいるといい。……その時には公式にここに来るよ。」
正式な客として……ミラの迎えとして。
「それ以上は無理ですか。」
「国王陛下と王妃陛下に御子がいない。しかも王位継承者が少なすぎるんだよ、わが国にはね。」
「父上がもう一度継承権をいただけばいいのでは……。」
「ミラ、僕はね、権力に興味がない。もう年だしね。年若い国王の叔父が政治に口出しても煙たがれるだけだし。」
どこからみても二十代後半程に見えるイズールは肩をすくめた。
「でも、姫様を差し置いて継承権をいただくなど。」
ミラはどうしても気が向かないようで、明るい返事をしようとしない。
「逆だよ。アルティアラインはこの国の王と結婚する。テロルゴ王妃がアイルファードの王位継承権を持ってるのはよくないんだ。」
分かるね?と諭すように言うイズールの言葉にミラは詰まる。
「……分かりました。帰ります。」
子供の頃からずっとそばに居た従姉妹の頬に涙が流れているように見えた。
*************
「そういえばさ、」
周りの空気が沈む中、何かを思い出したかのように呟くと、イズールの姿が忽然と消える。
「!」
どこにいる、と部屋を見回すと、イズールはファガースの背後に立っている。
「そこの騎士……見習いさん?、が噂話してたんだけどさ。……アルティアラインに斬りかかったって……本当?」
アルティアラインとミラが驚いて立ち上がると、イズールは座れと目で示した。
「騎士に斬りかからせたとかどうとか……本当?」
「嘘です!」
「わかってるよ……。匂いで斬られてないことぐらいわかる。」
少し黙っていろという雰囲気にアルティアラインは押し黙る。
「問題はそこじゃない。なんで、そんな話が末端にまで話が行くの?」
「申し訳ありません。その場に居た騎士には不問だといったのですが……。」
「……へぇ?この国は騎士の口もまともに閉じれないのか?」
アルバートの発言もイズールは嘲笑の的にする。
「斬りかけたのは事実?」
「……騎士は、彼女を捕まえようとしていました。」
「それを、どうしたの?」
「……不問だと。それ以外は、何も。」
悲痛そうにその時のことを思い出そうとするファガースをアルティアラインはもう見ていられなかった。
「……叔父上、そろそろおやめ下さい。」
「お前は、背後から騎士に斬りつけられていたかもしれない。それでもこの男を信じるの?」
ここに来てそんなに時も経っていないだろうに。
斬られた、斬られていない、なんて噂まで流れているのに。
「ええ。信じます。……叔父上、夫となる方一人信じられないのに、私はどうして王族として生きられましょうか。」
まっすぐにイズールを見るアルティアライン。
本当に、お前は……。
「分かったよ。それにしても、お前と話してると兄上と話してる気がしてくる。」
ヒュッと音がすると、イズールはファガースから離れた。
先程と同じようにミラを……膝に乗せていないが。ソファに腰を下した。
ファガースの周りにいた五人は滝のように汗を流す。
イズールの行動に全くついていけない。
「ロジエ?……大丈夫?」
どうやらイズールの気迫と、ファガースを危険にさらしたのは自分が同僚とはなしていた噂に関係するという事実におしつぶされそうになっていたようだ。
見習い騎士は真っ青になってしまっている。
「陛下、殿下……。大変、失礼いたしました……。」
「気にしないで。貴方だけじゃないもの。……多分王宮全体に噂が流れているわ。」
真っ青な騎士の肩に手をかけると、ミラの方を向く。
ミラは心得たとばかりにお茶の準備を始める。
「……やー、でも君、手紙の中身見たよね?」
先程の緊迫の元凶があっけらかんとお茶をすすっている。
「……え、あ、はい。」
「読めた?」
「……いえ、から、とかへ……あと、が?……その程度しか。」
「「!」」
ロジエの方をアルティアラインとミラは驚いた様に見る。
「……そこまで分かるの?」
「え?アイルファードの言葉かもと思ったんですけど。前に休暇で城下に降りた時に下町の本屋の前に読士が居たんです。俺、じゃなかった。えっと私は文字はほとんど読み書きができませんから、読士に文字の読み書きを教えてくれって……同僚と頼んだんです。」
「?……それが、どうかしたのか?」
アルバートが不思議そうに聞くので、ロジエは記憶の断片を必死でつないでいるようだった。
「なんでも、その読士の祖国の文字だそうです。それに、似ていたもので。」
それで、読んでみたんですが……。と続けるロジエに以外にもイズールが詰め寄る。
「!?……あれが、祖国の文字の読士?」
「……え?えぇ……。確か、昔自分の娘……あれ、息子だったかな?に、教えていたのを思い出すって、……楽しそうに教えてくれましたけど。」
「君の休暇というのは、いつだ?!!」
切迫したように聞いてくるイズールに気圧されてロジエは答える。
「四日……前です。」
そう答えると、イズールはすでに窓に足をかけていた。
そして、嵐のように彼は消えてしまった。