5.ミシェル
お気に入りありがとうございます!
白金の髪を持った、天使。
それが、私の兄さん。
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「……というわけで、ポネーさんをちょっと一日貸していただけませんか?」
にこにこと白金の天使がソファにゆったりともたれている。
今居るのは、一番アルティアラインの部屋から近いミシェルの部屋で。
ミラとポネーがアルティアラインの後ろに控え、ミシェルとアルティアラインは向かい合って座っていた。
ノーランドは、扉の前で部下に仕事の指示をしているようで、ポネーの背後から声が聞こえた。
ミシェルがポネーの名を出したのは、お茶を淹れて一息ついてからだ。
どうやら、仕事上の都合で男性ではなく女性の部下が必要となったらしい。
「ポネーはものではありませんので……行ってもらってもいいかしら?」
こちらに顔を向ける主にポネーは頷く。
「えぇ、もちろんです。姫様。……それで?私は何をすればいいのでしょうか。」
冷たい雰囲気を纏いながら問いかけると、天使はわざとらしく肩をすくめた。
「……ちょっと、実家にね。用事があるんだ。」
「嫌です。」
ミラは、ポネーの方を見て不思議そうな顔をする。
ポネーが嫌がるなんて珍しい。仕事に関して嫌そうな顔はしない子なのに。
「帰らせたいなら、帰れと言えばいいじゃないですか。なんで一緒に……。」
帰るんですか、と言いかける前に眉間に皺を寄せたノーランドがミシェルの隣に立つ。
どうやら聞こえていたようだ。
「ポネー、失礼だぞ。」
「いいんですよ、ノーランドさん。」
しかしなと……まだ不満げなノーランドにミシェルは天使の笑顔を向ける。
「妹ですから。」
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「僕、妹が可愛いんですよ。だから、アルティアライン殿下が気に入っていただけて安堵してるんです。だって、ここからなら結構頻繁に会えるでしょう?」
相変わらず天使の笑顔を向けて話すミシェルとポネーをミラは見比べる。
ミシェルは顔は天使……天使だが、これは普通の妹への兄妹愛じゃない気がする……。
もっと、執念に似た感情が入っているのではないだろうか。
「……大変ね、お兄様。」
「えぇ。……それが嫌で兄に知られないようにこっそり侍女職に就いたのに……。」
ずっと王宮から実家に毎晩戻るものですから、住み込みの侍女になれば会う時間も少なくなると思ったのに……。
なぜか、姫様のご挨拶以降、実家に戻らなくなっちゃって……。
……そりゃあ、会いたい人間が王宮に居るんなら、帰んないだろ。
アルティアラインとミラは本気でその事に気がついていないポネーを見つめる。
髪は白金ではないが、丁寧に梳られたキャラメル色の髪。
瞳は碧眼のように見えるが、よく見るとその中に銀がちりばめられているように輝いている。
……ミシェル様とは違った方向性の美人よね。
互いに考えていることは口に出さずともわかる。
「お兄様の居る王宮じゃなくて、どっかの貴族の侍女すればよかったんじゃないの?」
「……あ。」
今気づいたのか。
「あ、殿下。それは無駄ですよ?」
「?何故でしょうか。」
「だって僕、妹の仕事先のご令嬢と結婚してでも追いかけますから。」
……怖。
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白金の天使の妹……。
髪も顔も、天使には程遠い私。
昔から、私は兄の陰に居た。
それでも、私は兄さんの事が嫌いになれない。
……あの変質と言えるほどの愛情がなければ。
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「そういえば、ミシェル様はお仕事をなさってるんですよね?」
「えぇ、まあ。給料泥棒みたいなもんですけど。」
自分の隣に溺愛する妹が座ったことで機嫌が有頂天に達したミシェルは、ポネーにお茶のおかわりを頼む。
「なにをされているのか聞いても……?」
「宮廷魔導師、なんてよく言われますけど」
宮廷魔導師?!
国内に片手で数えるほどしかいないという魔導師……。
その中で宮廷につかえる魔導師は一人しかいないと聞く。
その一人を捕まえて……給料泥棒?
「まぁ、確かに僕のつかう術に関しては魔術、ではなく魔導、と言った方が的確かもしれませんね。」
「?どう違うんですか?」
違いがよくわからなかったようで珍しくポネーが口を挟む。
「魔術は、人を惑わすことかな。魔導は、魔道なんだ。悪魔のような、邪道の世界だよ。」
「兄さんの術が?」
妹には兄の邪道を歩む姿がいまいちピンと来ないらしい。
「うん、お前は知らなくていい。僕を、ずっと天使でいさせてくれ。」
「兄さん……。」
愛おしげに妹の髪を梳く兄をポネーは見つめる。
きれい。きれいな、兄様。
「兄さん、殿下に許可をいただいたわ。明後日から五日間、家に帰りましょう?」
兄の思い通りに事が運ぶのは何とも言えない思いだったが、しばらく見ていない両親が心配なのも事実だった。
退室直前に振り返って兄を見ると、彼は天使の笑みを浮かべて頷く。
「うん。ありがとう、ポルムネーア。」
「いいえ、兄様。私の方こそ、ありがとう。」
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『ミシェヴェルドにいさまは、てんしさまみたい。』
『天使?ポルムネーアは天使を知ってるの?』
『うん。にいさま、ポルムネーアのてんしさまになって!』
『いいよ。じゃあ、ミシェルにしようか。』
『みしぇる?』
『そう、僕の名前。そっちの方が天使みたいじゃない?』
『すてき!にいさま、ポルムネーアもそういうのがいい!』
『ポルムは駄目かい?』
『それ、おひめさまのなまえ!』
『あぁ、父上が買ってきた…………そうだな、じゃあ、ポネーは?』
『ぽねー?』
『そう、可愛い名前だと思うんだけどな』
『うん!ぽねー!です!』
『ははっ、ねぇ、ポネー。』
『なあに?みしぇるにいさま。』
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両脇の侍女と楽しそうに話しているアルティアラインを扉にもたれながらミシェルは見つめていた。
彼女なら、陛下の隣に……。
なにより、最愛の妹を任せられる。
そう確信し、ミシェルは形のいい唇で弧を描いた。