4.午後のお茶会
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婚約披露も無事終わり、数日たったとある日の昼下がり。
温かく、しかし日が直接当たらない場所に椅子を置いて、ここまで運んできたワゴンの上でお茶の準備をする。
いつものように本を開いて言葉を発しないアルティアライン。
ミラとポネーは二人で様々な話題に花を咲かせている。
なんな中でアルティアラインが珍しく読書を中断したところで出来事が起こった。それは、
「姫様、随分陛下のことがお好きなんですねぇ。」
というポネーの一言で始まった。
ブーーーーーーッッッ!!!
ポネーの隣に座ったミラは盛大に自分で淹れたばかりのお茶をふいた。
「……ポネー?」
「よく分かったわね。」
ミラにそんなの気のせいだ、というように呼ばれた名前の直後にアルティアラインが発した言葉。
それは、何よりも本人から肯定したということで。
「……認めたくなかったのに。」
姫様が……。
その先をミラは言うことはなかったが、おそらくこう続くのだろう。
『姫様が男色の国王を好意にするなんて』、と。
椅子の上で膝を抱え、ショックを隠し切れないミラの背中をポネーは優しくなでる。
「……大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫。……私だって気がついていたわ」
だって、あの日から姫様は国王陛下を気遣うようになった。
国王も後宮に渡るようになった。
姫様、陛下。スティール様、アルバート様、ノーランド様。それに……。
皆様で私とポネーの淹れたお茶を飲みながらお話されるようになった。
陛下が少し疲れていたら……と言っても私は分からないし、姫様は陛下に気遣っていることを悟られないようにされているから露骨な感じではないけれど……それでもほんの少しのことでも陛下のことにだったら気を向けられる。
今まではそんなことなかった。
私とお話しする時と……本を読むとき。
数少ない事にしか、あの方は気を向けられなかった。
そう、私は認めたくなかった。
初対面の時は紗の幕で隔てられたお二人は、今や紗の幕が間に入ることがない。
それほど、姫様を王妃として認められたのは、……当然だけれど。
「ミラ。お茶おかわりちょうだい」
「はい。」
空になったカップにポットのお茶を注ぐ。
王女にお茶を淹れるのが、いつの間にかミラの至福の時となっていた。
「……ミラ、ポネー。あのね、聞きたいことがあるの。」
「?なんですか?」
「……確かにね、陛下の事が好きになったのは本当。でも、男性としての好きなのかはわかんないの……。」
どうすればいいと思う?と上目づかいに二人を見る。
「そうですね……姫様、ノーランド様やほかの方々の事はお好きですか?」
「うん」
首を縦に振る主にミラはさらに続ける。
「他の方々には、陛下と同じことをしますか?」
「ううん」
今度は横に首を振った。
「それは、なぜ?」
「だって、他の方は陛下ほど危なっかしくないもの。」
見ててもそんなにドキドキしない…。
と続けたアルティアラインにミラは微笑む。
「…それが、答えではないんでしょうか。」
「それ?」
陛下と…他の人の違い?
「男性として、好きだから気を配るんじゃないですか?」
「そうなのかしら。」
「そうですよ。」
ミラは自分のカップにお茶を淹れる。
先程ふいてしまったので、あまり口をつけていない。
「そっか……。ふふ、さすがミラ。」
「お褒めいただきありがとうございます。」
お茶に口をつける。
上出来だ。
*************
「あれ、姫様本は読まないんですか?」
ミラが次のお茶を注ぐと、アルティアラインはすぐにそれに口をつけた。
アルティアラインは本を脇に置いたまま、紙面に何かを書き込んでいる。
「……ミラ。」
物言いたげなアルティアラインに目を合わせないまま、ミラは頷く。
「いいんじゃないですか?ポネーは言いふらすような子じゃないですよ。」
「?お仕事ですか?」
首を横に振ると、持っていた書類をポネーに差し出す。
「…いいんでしょうか?…私が読んでも。」
アルティアラインが頷くのを確認すると、ポネーは書類を受け取って目を通す。
”『騎士様、騎士様…あぁ、わたくしを愛してはいただけないのですか』
『……申し訳ありません、お姫様…わたしは、…わたしは……!!』
唇を噛みしめると、純白の鎧をまとった騎士は紅きマントを翻し、馬にまたがる。
『…お許しください……お姫様…、エリザベス様…』
白き騎士は王女の頬をそっとなでる。
『…アルフレッド様……』
騎士は自分の手をそっと包む王女をしばし見つめるが、彼はそっと彼女の手から自らの手を引き抜くと馬に合図を送る。
『…幸せに…おなりください…』
悲痛そうに微笑むと騎士は風となり王女のもとを去った…。”
「これ、『白騎士物語』の……新作???ですか?」
「そ……で、それ私なの。」
「あぁ、そうなんですか。…………は?」
ポネーは思わずアルティアラインを凝視する。
キャンドル・ティアの…新作…姫様?
「だから、キャンドル・ティアはペンネーム。作者、私なの。」
「……そうなんですかぁ。」
ポネーは、なるほどなるほどと、納得したようにすっきりした顔をしている。
人気作家の正体が一国の王女というのはびっくりしたが、なんとなくわからないでもない気がした。
「……えっとね、ポネーに教えたのは、できるだけ周りに言わないでほしいのと、……できれば手伝ってほしいの。」
「もちろん、喋りません。手伝ってほしいって……何をでしょうか。」
「簡単、簡単。……それ、全部読んでほしいの。」
……全部?
ポネーは手渡された書類を見つめる。
「……これ、本一冊分ですよね?」
「うん。……話しの流れとかで問題があったら教えて。あ、つづりの間違いとかも教えてほしいけど……。この国の文法って少し違うから、違和感があったら聞いてね。」
話の流れに…問題?
「あの、姫様。私、素人なんですけど……。」
「それを言ったら、姫様の感覚は素人以下ってことになるわね。」
隣を見ると、ミラはポネーの分もお茶を淹れていた。
「ありがとうございます…って、それ、どういうことですか?」
「…ポネーは読んでるのよね?……これは絶対言わないでね……新作の冒頭で白騎士が姫の元を去るでしょ?そしたらね、隣の国の王子に姫が見初められちゃって……結婚式を挙げるの。」
「そこで、白騎士がお姫様をさらう…とかですか?」
ポネーの予想にミラは首を振る。
「……そのまま御子を授かってハッピーエンド。」
「……。」
それは……。
「今まで頑張ってきた白騎士……は、どうなるんですか?」
「任務中に助けた女性と恋に落ちて、……うん。」
あー、そう来たか。
「……姫様。」
「……はい。」
気まずいのか、アルティアラインは目をポネーと合わせない。
「……頑張らせていただきます。」
巷の女性のために。何より目の前の主のために。
白騎士と姫君の幸福な未来を、ポネーは願った。