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3.婚約

「よっす、姫さん!」

「これはライザック様。いらっしゃいませ。」

ノックも何の前触れもなく、ライザックが部屋に入ってきたのに嫌そうな顔を一つもせず、アルティアラインは部屋に招き入れる。

読んでいた本を閉じてミラにお茶を入れるように頼むと、彼女はライザックを睨みながら準備を始めた。

「なんだ、今日のパーティーの準備に追われてんのかと思えば、案外余裕だな?」

「えぇ……私は忙しくないですが、陛下が。」

国王は最初の謁見の後の会話以外会っていなかった。

どうやらあれ以降、”恋人”に会うためでさえ後宮に渡ってきていないようだ。

「パーティーの時は俺は警護についてるからよ、なんかあったら近衛に声かけな。」

頭をガシガシとなでられる。

「ライザック様は、お仕事をされてるんですね。」

「?おう。」

後宮の男性は昼間は王宮の国王の執務室を訪れるらしい。

国王に会えるのは後宮だけ、というわけではない。が、

……避けてるわね……私の事。

男色と名高い国王が美男揃いの後宮に一向に渡ってこない理由を考えると、自分が原因なのだろうと思う。

政略結婚といえども、さすがに自分に見せつけるのは抵抗があるようだ。

「……ライザック様、それで今日は?」

ミラが相変わらずライザックを睨みつけながらお茶を出したのをきっかけに話を切り替える。

「あー、うん。あれだ、暇だったんだ。」

ライザックの死角に居ることをいいことにミラがあからさまに嫌そうな顔をした。

「暇、ですか。でも警護の手配とかいろいろあるんじゃないんですか?」

「アルに押し付けてきた。」

アルバート様もお気の毒ね……。

「そうですか……あまりアルバート様にご迷惑にならない程度でゆっくりなさって下さい。」

部屋の主の許可が得られたことをいいことにライザックは上機嫌でくつろぎ始めた。

「……あの、ライザック様」

ん?とライザックがこちらを向いたのでアルティアラインは言葉を続ける。

「私も後宮を出てもいいんでしょうか?」

「いいんじゃないか?……ま、護衛はつくけどな」

護衛とは聞こえはいいが、要は見張りだ。

アルティアラインは今日の婚約披露でテロルゴ王の婚約者として公の場に出るが、結婚までは国賓扱いである。

どっか行きたいのか?と聞かれたので少し迷って答える。

「あの……書庫……というか、本があるところに……。」

「それなら、俺が案内する。ちょうど、仕事で行く必要があっったからな。姫さんが行くんなら、付き合うぜ」

………まぁ、アルに押し付ける気だったけどな。という小声もしっかり耳に入った。






*************



王国騎士団最強とうたわれるディノーバ・ライザックはとある扉を勢いよく開けた。

「さぁ、姫さん。ここが書庫だ。ここが一番王宮で本のある……って、聞いてねえな。」

「……すごい。アイルファードの宮殿になかった絶版本……あ、これ一般には流通してない魔導書……」

あれもこれもと輝いた目で本棚を見回すアルティアラインにライザックは苦笑する。

本に魅せられたアルティアラインは完全に他のものは目に入っていない。








「……おーい姫さん。ちょっといいか?」

肩を叩くと我に返ったかのようにアルティアラインが振り返る。

「あ……ライザック様。すみません、気を取られていました。」

「いや、構わないけどよ、ちょっとだけこっち来てくれるか?」

そう言ってライザックがアルティアラインを引っ張って書庫の奥の奥へと入りこんでいく。

ライザックは最奥までアルティアラインを導くと立ち止まり、振り返った。

その顔は、いつもの笑顔ではなく、真剣な表情である。

「……さて、と。いいか、姫さん。俺は姫さんの事が気に入ってる。ファガースの嫁さんだしな」

「……えぇ、ありがとうございます。……なにか、あるのですね?」

「察しがいいな。……ここの書庫の本はちゃんと返せば、姫さんが好きなだけ読めばいい。出入りも自由だ。」

護衛はつけるけどな。ライザックは付け加えながらもさらに続けた。

「……つまり、この書庫から重要な本がなくなったら真っ先に疑われる人間の一人に姫さんも入る。」

それでも、ここを使うか?と問うライザックにアルティアラインは頷く。

「どのみち、アイルファードがテロルゴに害となった場合は、良くて幽閉ですから。」

背の高いライザックに気圧されない様に、アルティアラインは背筋を伸ばした。

「そうか。……ま、この件に関しちゃアルとミシェルも合意の上だ。もちろんファガースもな。」

……陛下も?

首をかしげるアルティアラインを見ながらも、ライザックはブツブツと何かを唱え始めた。

……聞いたことない詠唱ね……。

疑問を抱きながらもアルティアラインはライザックの動向を見つめた。

さらにライザックが何かを呟いたかと思えば、突然に目の前の何もなかった壁に紋章が浮かび上がる。

「これは……、テロルゴ王家の?」

巨大な王家の紋章を目の前にアルティアラインは壁を見つめる。

……かすかだけど、魔力を感じる。

「……ここから先は、国家の最高機密が保管されてる。姫さんはこの国の資料が見たいわけではないんだろ?少なくとも、俺の考えている”資料”ではないはずだ。」

「この国の風土史などや産業の統計図は拝見したいと思っておりました。」

「それなら、入口の姫さんがじっくり見てた棚とは正反対の棚だな。後で確認してくれ。」

じゃあ、ここは?とアルティアラインがライザックを見つめるとライザックは肩をすくめた。

「ここは……国王陛下以外はほとんどの人間が入れない。……宰相さえ入れない。」

……宰相が入れない国家機密の書類保管室?

国家の中枢を担う人間も入ることができないというのは理解に苦しむ部分だったが、そこは食いつかずにライザックの次の言葉を待つ。

「この先は、俺もどうやって開けんのかわからねぇ。」

「……つまり、私もこの事実を知っていてもどうしようもできないってことですね」

紋章が浮かび上がるという事を知っていても、そこから先の開け方を教えてもらえないなら、開けようがない。

しかも魔力の込められている以外不可知な部屋を強制的に開けようと思えようか。

少なくとも、その必要性を感じなかった。

アルティアラインは見ただけで感覚としてだが、察した。

この壁、途方もない魔力でできてる……。

しかし、魔力でできているとは分からないほど魔力がにじみ出ていない。

多分紋章までの解除ができても、そこからは強い魔力の持ち主が開けなければならないのだろう。

それもその先に起こる事のリスクを背負って。

「あぁ……ファガースが即位した直後はそこそこの馬鹿が開けようとしたみたいだけどな。」

「……どうして私に、そこまで?」

不逞の輩が居たということは、壁自体はあまり極秘事項ではないのだろう。

「……姫さん自分の噂、知ってるな?」

アルティアラインの、噂。



『アルティアライン・アイルファード王女は、人間より書籍に恋をし、愛情を注ぐ』




「えぇ。間違っておりません。真実ですわ」

「はははっ、だからだよ」

「?」

「あんたは、信用に足る王妃だと認めたんだ、俺らが」

少しの間だけアルティアラインは呆気にとられていたが、それも笑顔に変えた。

書籍を愛している王女なら信用に足る、か。

「……国王陛下とその恋人方に認められて嬉しいですわ」



私を、信用に足る…と。

なかなか、いいじゃない?

口元に微笑みを浮かべると、壁に背を向け、ライザックより先に歩き出す。

「ミラとポネーが待っております。戻りましょう。」

「おう。」

いつもの笑みに戻ったライザックをアルティアラインは仰ぎ見る。

「ライザック様には、なにかお礼をいたしませんと。」

こんな重要なことを教えてくれたのだから。

ライザックは殊更楽しそうにアルティアラインを見た。

「……じゃあ、耳かきしてくれや。」

「…………えぇ。喜んで。」


優雅にドレスを翻すと、アルティアラインは背筋を伸ばす。

壁の紋章は、もうなかった。




*************

「アルティアライン様、こちらに兄上がッ……!!」

扉をミラに開けてもらったアルバートが目の前の光景に思わず硬直した。

「よっ!お前もしてもらうか?」

「何やってんだ、兄上……。」

「終わりましたよ、ライザック様。いらっしゃいませ、アルバート様もされますか?」

未来の国王の花嫁……しかもこれから執り行う披露宴の主役の女性は、自分の兄の頭を膝に乗せていた。

「いえ、残念ですが……って、終わったんならアルティアライン様の膝からどいてください、兄上」

「いやぁ……気持ちいいな、うん」

こめかみに青筋を立てている弟にお構いなしにライザックはアルティアラインの膝でくつろぐ。

これじゃ、誰とアルティアライン様が婚約するんだか分かんないな……。

「……ミラさん、ポネーさん。」

アルティアラインの部屋に本を貸りに来てからよく話をするようになった二人を振り返る。

「あの、ライザック様、本当にすばやくって……お止めする間もなく。」

座られちゃいました……と半泣きになりながら謝ってくるポネーと、

「………私はお止めいたしました」

姫様、聞いてくださらなかったんです。と、もしかしたら彼女は自分より呆れ、怒っているのかもしれないミラがいた。

はぁ、兄上もなんというか……。

「冗談はここまでにしてください。ディノーバ・ライザック閣下、陛下がお呼びです。至急執務室まで」

「!……わーった。じゃな、姫さん。また来んぜ」

にっと笑いかけると、ソファの背もたれに掛けてあった上着を手に取り扉に向かって歩き出す。

「はい、お待ちしております」

ポネーの開けた扉を飴色の兄弟は通り過ぎて行った。








*************




「………陛下?」

顔は先ほどから完璧と言っていいほど聖女のような微笑みを浮かべているが、夫となる国王を呼ぶ声は底なしに低く感じる。

「なんだ、ろうか」

婚約を発表するためのパーティーも日付をまたぎ、少しずつではあるが、人が広間から減っていっている。

「…………私、疲れましたわ。もうパーティも終わりでしょうし、……お部屋に帰ってもよろしいですか?」

「あぁ。私は……」

まだ平気だ、もう少しここに残っていると言おうとしたファガースの言葉を視線で制した。

「……婚約早々、相手を一人で戻らせるのはあまりよくないです。お嫌かとは思いますが、今日だけお付き合いくださいまし。」

ね?とアルティアラインがファガースの顔を覗き込む。

三ヶ月後に控えた結婚式で自分の妻となる予定の女性にファガースは目を向ける。

栗色の髪を高く結い上げ、空色のマーメイドドレスを着ている。

よく見ると彼女の瞳がドレスのそれらしく、装飾品もすべて空色に統一されていた。

「わかった。来賓に挨拶に行こう。」

「はい、陛下。ありがとうございます。」

粛々とした未来の妻の手をファガースはとった。






「では、私はこれで。陛下、送ってくださってありがとうございます。おやすみなさいませ。」

「あぁ、……おやすみ。」

アルティアラインは微笑むと二人の侍女を伴って後宮に入っていく。

来賓に挨拶を一通りしてから後宮までアルティアラインを送ってから、来た道を戻り宮殿の執務室を通り過ぎ、住居空間である居間のソファに身を沈める。

深くため息をつくとファガースは後ろに控えているノーランドを振り返った。

「なぁ、ノーランド。」

「はい、陛下。」

「私は疲れていたように見えるか?」

ノーランドはしばし考ると、頷く。

「以前と比べると、気がつきにくいですが……。」

なんせ、子供の頃からの付き合いだから分かる。

自分だけでなく、幼馴染の他の三人も気がつくだろう。

「彼女は、気がついていたんだろうか……。」

「陛下?」

「……いや、なんでもない。そろそろ寝るよ」

「はい、おやすみなさいませ、陛下。」

「おやすみ。」


そして、また夜が更けてゆく。



盤将と領獲はチェスと将棋を適当に変えて考えました。

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