17.接近
あー、びっくりした。
将軍ってば裸だったもんだから、もう少しで叫ぶところだったよ。
「……ロジエ?」
廊下の向こう側から、見知った人物がロジエに近づく。
「あ、アルバート様」
「ワゴン……ああ、兄上にですか」
「はい、……あの、アルバート様。あの、その、ライッザック様って……いっつもああなんですか?」
「ロジエ?顔が赤いですよ?」
顔が赤い、と指摘されてさらに顔が赤くなるのをロジエは自覚していた。
「だ、大丈夫、です……」
「……何を、見たんですか」
喋るべきか黙っておくべきかかなり迷う。
男所帯の騎士団に居るから耐性はできているはずなんだけどな……。
「えーっと、……裸で、びっくりしちゃいました」
笑い話になるように軽く話したつもりだったのだが……。
「……は、だか?」
アルバート様の顔色が変わる。
赤……、青……紫?
「ちょ、アルバート様?」
「……ね」
「は?」
「いいえ、いいんですよ。問題ありません。ただ、兄上にも立場というものがありますので、そこだけは気を付けてくださいね。ええ、いいんじゃないでしょうか。別に職務に支障が起きなければ恋愛というものは自由です。そう、僕は恋愛は自由だと思います。階級がどうであろうと身分がどうであろうとも恋愛に関しては取り返しのつかない問題が起きるまでは本人達の自由意思を尊重するべきだと、私は思いますよ」
徐々にまくしたてる様に話し始めたアルバートにロジエはうろたえる。
「は、はぁ?……あの、アルバート様?」
「ロジエ、あわてなくとも大丈夫です。僕はあなたの味方ですから。……そもそも?兄上があなたを幸せにしないはずがない。そうです、兄上があなたを不幸にするはずがありません。なんたって、僕の兄上ですから」
紫の顔のまま言われても頭に入ってこない。
「……待ってください?そうなると……ロジエ、兄上とは最近?」
「最近……ですね。お会いしたことはありませんでしたから」
あんな化物、もとい将軍に見習い騎士の自分と会話できただけでもありがたい。
入隊早々ぶっ飛ばされたことを除けば、だ。
「そうですか。会っただけで……しかしロジエ、私が言って良いものかどうかは分かりませんが、兄上はきっとミラさんの事がお好きなんですよ?」
その言葉にロジエは頷く。
「私もそう思います。素敵なお二人ですよね」
「ロジエ、それを分かっていて……?」
ぐらりと傾いだアルバートの手を掴む。
「わっ、アルバート様?」
はっと我に返ったアルバートは油切れした蝶番のように音がしそうな動きで手元を見た。
「っ!!」
ばっと自分の手を振りほどく。
「すみません、ロジエ……僕は、僕は……汚い!」
「はぁ?!」
そのまま走り去るアルバートをロジエは呆然と見つめる。
「?……とりあえず、ワゴン片づけよう」
その後アルバート様を探そう。
妙な優先をされたワゴンが音を立てて暗闇に姿を消した。
*************
所変わってアルティアラインの部屋、アルティアラインとファガースが領獲をテーブルに広げて遊んでいた。
「……降参です。あぁ、もう。また負けました」
「アルティアラインは領獲は最近初めてやったんだろう?その割にはそう簡単に勝たせてくれたわけでもない。貴女は強いな」
ファガースの言葉にアルティアラインは微笑する。
「実は、ライザック様に負けたのが悔しくって。アルバート様に相手を頼んで特訓していたんです。いつかライザック様にリベンジします」
楽しそうに話すアルティアラインの笑顔にファガースはつられる。
「そうか……ん?アルバートとしているのか?」
「えぇ。お仕事の合間に……アルバート様は根気よく付き合って下さっています」
その言葉にファガースは笑みが崩れる。
アルバートは領獲をすれば城内でも右に出る者がいないほど強い。
だからファガースやライザックたち以外にアルバートを相手にしたがる者はいなかった。
アルティアラインがただ純粋に領獲に誘ってくれたことがアルバートには嬉しかったのだろう。
「そうか。あなたの気が向いたらまた誘ってやってくれ」
「……そういえば陛下。お仕事はよろしいんですか?」
「あぁ、仕事は問題ないよ。今日の分はもう目を通したから」
国王の仕事はそんなに少ないものか?とアルティアラインは疑問に思う。
「本当に?」
疑うような目を向けると、ファガースは困ったように眉を下げる。
「最近は本当に穏やかで……近衛の報告以外はほとんどが確認作業のようなものなんだ。庭園の花の領収書の処理とか、そうだな、この間は城で働いている者たちの制服の受注書が来ていたな……あれはさすがに笑ったよ」
その時の事を思い出したのか、笑っているファガースをアルティアラインは訝しげに見る。
……王の仕事……ではないわよね?
ファガースは事態の異常性には気がついているようだ。
でなければそもそも笑い話として持ち出さないだろう。
「……陛下は、今の状況をなんとかするつもりなんですよね?例えば、……元老院を潰す、とか」
一種の賭けにも等しかった。
もしも彼が今の状況に不満も何も抱いていなかったとすれば失言どころではない。
「……どうしてそう思う?」
ふとファガースの顔が笑顔から真面目なそれへと変わった。
そこでアルティアラインは確信する。
少なくとも失言で首が飛ぶことはないと。
「今の状況を陛下は決して楽しいものだとは思っておられないとお見受けしたもので」
二人は互いに見つめ合う。
否、すでに睨み合っていると言った方が正しい。
「……ふ」
ファガースが息を吐いた後、アルティアラインも息をつく。
「貴女の言うとおりだ」
微笑みながらファガースは肯く。
「アルティアライン、貴女に言っておきたいことがある」
「……なんでしょうか」
心の中の彼女は聞くな、ともいっているし、今聞かないと次はないとも言っている。
「私は、男色ではない」
その言葉に、アルティアラインの髪が一房崩れ落ちた。