11.結婚のヴェール
お気に入りありがとうございます!
「結婚式のヴェールって……長いのね」
自分が今まで身に着けていたヴェールを侍女が三人がかりでたたんでいるのをアルティアラインはなんとなく他人事のように傍観していた。
「いえ、あれは規格外です。きっと。……他人事じゃないんですよ?姫様。本番だと教会までは馬車まで、馬車から降りてからは後ろに子供がヴェールを持つために付きますけど……教会から出てからはしばらくは一人ですよ?……大丈夫ですか?」
ため息交じりにヴェールを見るミラは元気がない。
今日の式が終わるとミラはアイルファードに帰る。もちろん、式の直後というわけではないが、そんなに長く滞在できるわけでもない。
本人曰く、「王と王妃が御子を授かったら、私の継承権はくり下がりますから。そしたら速攻で戻ってきます!」と決意を固めていたが、そんな簡単に短期間で事が進むとは思えない。
「まぁ、多分ね。大丈夫よ、きっと」
さっきまで着けていて平気だったのだ。
さすがに着けていて歩けなくなる、というほどのものではないだろう。
と軽く見ていた事を後に悔むことになる。
「……それにしても、遅いわね」
*************
遅い、と言われた国王陛下はそんなことは知らずに黙々と執務に励んでいた。
「なぁ、ファガース」
「……なんだ」
「お前、ありゃねえわ」
執務室にある机の一角に腰掛けて窓の外を眺めているライザックにファガースは書類から目を移した。
「……あれ、とは何のことだ」
「あれは、あれだ。姫さんのヴェール」
「見たのか」
私より先に。と呟くファガースをライザックは面白そうに観察する。
「お、妬みか?悪くねぇな」
にやにやと見てくるライザックに煩わしそうな顔で手を振った。
「用件はなんだ。私は忙しいんだ。お前はどうせアルバートに仕事押し付けて来たんだろう?早く仕事に戻れ」
「あぁ、用件な。そうそう……お前、仕事すんな」
アルバートが不憫だ。と若干顔を赤くしてそっぽ向いたファガースの書類をライザックは取り上げた。
「なっ……馬鹿を言うな。私は忙しいと言っただろう。返せ、そしてお前も仕事に戻れ」
「これが仕事なんだよ」
ひらひらと書類を動かすライザックを睨みつけ、片手を突き出す。
「人の仕事の邪魔をする事が仕事として認められるか」
「別にこれ以外にも仕事があるだろ?……姫さんと話す、とかな」
その言葉にファガースが手痛そうに少しだけ顔を歪めた。
「結婚もしてねえ段階でお前らどんだけギクシャクしてんだよ。喧嘩したわけでもなし、必要な会話は楽しそうにするくせに、なぁんで日常的な会話ができねぇかね」
結婚式の打ち合わせで会話するなら楽しそうに打ち合わせるのに、特別な用事がなければまるで赤の他人だ。
ほら、行って来い。と、ファガースを無理やり部屋から追い出して扉に鍵をかける。
「……これでいいんだな?」
「……えぇ」
振り返ると開いた窓のすぐ側にミラが立っている。
「いいかげん、陛下も姫様も会話というものをしないと、ね」
歩み寄ると、彼女は少し困ったような顔をする。
「それは、俺たちも、だな」
「……えぇ」
ライザックが手を彼女の顔に当てると、ミラは幸せそうに彼の手に自らのそれを重ねた。
*************
ライザックに仕事を盗られ、部屋から閉め出されてからどうしようかとしばらく部屋の前で立ち尽くしていたが、ここで突っ立ってていても時間の無駄だと思いどこにという理由もなく歩き出す。
「あれ?陛下、今日は王女殿下と一緒じゃないんですか?」
「陛下、こんなところにどうして……あれ?王女様とはご一緒じゃないんですね。もしかして喧嘩ですか?」
……私はそんなにも彼女と一緒に居たのだろうか?
自分は男色だという噂で全く目を合わせようとしなかった城の人間も今じゃ普通に挨拶してくれるし、笑顔を向けてくれる。
私の生活に変わりはない。
花嫁候補が来ただけで、そんなにも人が変わるものだろうか。
しかも彼女への姿勢ではなく、私への姿勢が変わったというのは……。
「陛下?」
「……あぁ、ノーランド」
振り返ると、不思議そうにノーランドがこちらを見ていた。
「今日は王女殿下と過ごされるのでは?」
ノーランドも同じことを言うという事は、
「……それは、皆が知っているのか」
「えぇ。……何かありましたか?」
額に手を当てて考える。
「明日は姫さんの衣裳合わせだからなー。」
そうだ。ライザックがそういっていた。
……しかし、それが今日の執務に何の関係がある?
「ノーランド、……彼女はたしか衣裳を合わせているはずだったな?」
「はい。それが、なにか?」
「……………………私は、ライザックに仕事を取り上げられたのだが」
ノーランドが固まる。
「……陛下」
名を呼ばれ、ノーランドの顔を見ると彼の顔は笑顔だった。
「本日の執務は殿下と歓談なさいますことかと、私は承っております」
どうやら皆がみな、揃いもそろって共謀したようだ。
「……分かった。王女の部屋へ行く」
はい。とノーランドが礼をとる。
「……ノーランド、ひとつ聞きたい」
「なんでしょうか、陛下」
目の前の、王の忠臣に王が問いかける。
「私は、皆から見て私はそんなにも王女と話をしていないのだろうか」
ライザックといい、ノーランドさえも仕事よりも王女の会話を優先させようというのが、どうにも解せなかった。
「えぇ、とくに隠し立てする必要性を感じませんので言いますが、陛下の態度は側近から見たら恋愛に慣れていない初々しいものだと分かるのですが。……陛下のお人柄を知らぬものが見れば殿下と会話するのさえも厭われておられるように映るかと」
確かに、ライザックの言う通りではないでしょうか。
と続けるノーランドの言葉に若干のダメージを受けた。
*************
ノーランドに急かされるように王女の部屋の前まで引きずられた。
そのまま彼がドアをノックし、侍女の一人に来訪を伝えると当の本人を置き去りにして自分はさっさと仕事に戻ってしまった。
「すみません、陛下。ヴェールはもう脱いでしまって……。少々お待ちいただけますか?」
「いや、手間がかかるだろう。当日まで楽しみにしておく」
侍女が準備に取り掛かろうとするのを手で制する。
「……分かりました」
アルティアラインが合図すると、最低限の侍女を残して後の侍女は退出した。
少し落ち着かない気持ちで出されたお茶を口に運ぶ。
「……美味い」
彼女の侍女……最近その侍女も王族のしかも王位継承権を持っている事が判明した女性……が淹れてくれる茶はこの国の王宮の給仕より腕が上だ。
「ありがとうございます」
本来なら、彼女も国賓として迎えるべきなのだろうが……。
「……はぁ?国賓?嫌ですよ、そんな面倒な。姫様が出てる夜会に客として出るなんて」
かなり遠慮なくそんなことを言ったのだと、後にライザックの口から聞かされた。
なので、今ここに居る侍女は王女が祖国から連れてきた侍女のまま。
「……そういえば」
ふと何かに気がついたかのようにアルティアラインがファガースを見る。
「陛下?……陛下は後宮で恋人の皆様と愛を語らわないのですか?」
頭が呆ける。
呆ける、と思った時点で既に時は過ぎているだろう。
「………………………………は」
「は?」
「は、はぁ……。いや、うん……。して、ないな。うん」
適当にしか返事ができない。
侍女の二人でさえ何を言い出したのかと思っているようだ。
後日談ではあるが、ミラがここまで驚いているのは稀であると聞いた。
「そ、そうだ……。私もアルティアラインに聞きたいことがある」
話を濁す半分、本当に質問をしたい気持ち半分で話を切り替える。
「私に、ですか?えぇ、どうぞ?」
「……最近、王宮内で私に対する態度が変わった。いや、いい方向に変わったのでいい事なのだが。……貴女が、何かしたのだろうか?」
意を決して話してみると、勢いよく侍女二人が顔を見合わせて次に王女に視線を注ぐ。
「……いいえ?何もしては居ませんわ。ちょっと、言葉を交わした程度ですので。それは、問題ないでしょう?」
「あ、あぁ?」
少しだけの違和感で首を傾げると、王女の側に常に控えている女性二人は更に微妙な顔になった。
苦笑の、方向である。