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1.やってきた王妃

……結婚かぁ。

…………。

ガタガタ揺れる馬車の中で膝の上で本を開き、読み始める。



「姫様、真剣に考えましたか?」

「んー、何を?」

「結婚のことですよ!……よりもよってなんであんな噂持ちの王のところに嫁入りする決意をされたんですか?!」

目の前の女性の言葉に微苦笑してしまう。

ここはもう故国ではない。嫁ぐ先の領地に入っている。

しかも故国を発つ前からこの国の騎士団が護衛としてついている。

聞かれたら問題になるんじゃないのか。

「こっちもある意味似たようなものじゃない。」

それに、と向かいの席に座る侍女兼幼馴染に顔を向ける。

「…私は別に結婚したくないと思ってる人間だもの。」

だれでもいいわ。

そして、本の世界に身を投じた。




*************



「お待ちいたしておりました。アルティアライン・アイルファード王女殿下。近衛騎士のノーランド・クラウドです」

城門に整列していた騎士の一人が前に出て敬礼をする。

「出迎え感謝いたします、ノーランド殿。」

淑女らしい挨拶をかえすと王宮内に誘導される。

「では、こちらへ。国王陛下には昼下がりに謁見予定ですので、お部屋にご案内させていただきます。」

門をくぐり、少し歩くと大広間が広がる。

「一週間後に行われる婚約披露宴もこちらの大広間で、大きな国事もここで行われることが多いです。」

大広間の東側の扉から赤絨毯の廊下を通り抜ける。

「実は、殿下のお部屋を整える作業に少々手間どっていまして……殿下には申し訳ありませんが、客室でお待ちいただきます。」

ガチャリと扉を開くと上品な家具が置かれた客間に通される。

「では、御用がおありの際はこの侍女に申し付け下さい。失礼いたします。」

一礼し、ノーランドは退室した。

ノーランドが退室するが早いか、王女が荷物の本を取り出すが早いかで、早速王女は読書に励む。

「……姫様、いきなり読書ですか。」

「まぁ、あれだけ本持ち込んだら嫌でも時間かかるわよね。」

はぁ、とため息をつきながら侍女のミラは持ち物の鞄の留め金を外し、固定して包んだ中身を取り出す。

「あ、お茶淹れるの待ってくださいな。」

背後で静かにお茶の準備を始めた侍女を止める。

「は、はい。」

びっくりしたように手を止めた侍女にミラが近づく。

ポットを覗き込むと、まだ茶器を暖めていたようで、茶葉の瓶は蓋が開いている程度だった。

「良かった。私が淹れるから、姫様の相手してもらってもいい?」

王女殿下のお相手を……?!

いきなり投げられた大仕事に身を固くした侍女をミラはソファに引っ張っていき、ほぼ無理やり座らせた。

本読んでるからほっといていいわよ、と耳打ちされる。

「ミラ、聞こえてるわよ。」

「あ、あの…?」

何の事だか理解していない侍女の向かいで王女は本を開く。

ミラは小瓶の蓋を何種類か開けて、ポットに入れてお湯を注いでいる。

「あ、の」

この国の王に嫁いできた王女が侍女に軽口を叩かれている姿に困惑しながらもミラに侍女は話しかけた。

「いつもなんですよ、この人がいきなりお茶飲みたいって言うの。で、私が一番近くにいるんで、よく淹れてるんです」

そう言う事を聞きたいんじゃない。

なんで今自分はここに座っているのだろう。

もともと王女を客間に通す予定はなかった。しかし、王女の荷物の八割が本だった。

ドレスはほとんど数がなく、アクセサリーは更になかった。

くせのある王女とわが国の国王が結婚するというのは知っていたが、王宮勤めの侍女の想像のはるか上を行く方だった。

それで、思いのほか部屋の準備が滞ったのだ。その準備に追われ、古参の侍女が手が離せない状況になってしまった。

経験の少ない自分が王女の接待に出ることになったのも、人事がごちゃごちゃになってしまったある種の事故だ。

しかし、そんなことは意に介していないようで、王女はミラに紅茶の催促をしている。

「ミラ、この前のお茶美味しかったな…。こっちにもあるかな?」

あるんじゃないですか?という言葉に満足そうに頷き、王女はやっと気がついたように自分の向かいで硬直している侍女に話しかけた。

「あなた、名前は?なんていうの?」

「……ポネーと申します。」

可愛い名前ー。と言いながら王女は、本を隅の方に置く。

「じゃあ、ポネー。もし付きの侍女になってほしいって言ったらどうする?」

…自分が、王女殿下付き?

「わ、私……ですか?あの、私、宮殿に仕え始めてからまだそんなに経ってなくて……それに、殿下の侍女はもう決まっていますし……。」

王女付きの侍女は王女の故国、アイルファードから伴ってきたのは一人だけ。今お茶を淹れているミラだけだ。

王女は侍女は少数でいいと言い切ったらしい。

しかし、未来の王妃に侍女ひとりというわけにもいかない。

テロルゴは選り抜きの王女付きの侍女をそろえている。

「あら、そんなのいいのに。ねぇ?気にすることでもないわ。」

ちょうどミラが入れたお茶を上機嫌で飲みながら、王女はポネーの隣に座ったミラに顔を向ける。

「そうですね……。まぁ、姫様はお茶さえ淹れておけばそんなに手のかかる子じゃないですし……。ぶっちゃけ私がやりづらいです。」

飄々と王女の事をそんな風に言ってしまうから、逆にポネーの方が焦り始めた。

「やりづらい……ですか……。」

「テロルゴ王室のルールを教えていただけるのはありがたいけど……。姫様のオフについていける人間は少ないから。」

「んー、否定できないなぁ…。でも、ポネーがいいのよね。ほら、ね?私こんなだから気を抜いた姿を見せると侍女が怪訝な顔になるのよね。あれ、あんまり好きじゃないの。さっき、不思議そうな顔しても嫌な顔しなかったから捕まえといたほうがいいなぁって。」

思ったんだよね、と無邪気に笑う王女につられて笑ってしまう。

「あ、と。ポネー、残念だけど、話はここまでかな。考えておいてね。」

というと、元の立ち位置に戻るように促す。

ミラはその間にポネーの茶器を片づけ始めた。

そして、ミラが王女の背後に立って間もなく、

「失礼いたします。お待たせいたしました。準備が整いましたので後宮までご案内いたします」

「ありがとうございます。……失礼ですが、こちらの侍女を連れて行ってもよろしいかしら?」

「それは……わかりました。」

ノーランドはポネーの顔を見てから視線を王女に戻す。

先程の広間に戻り、今度は西の扉を通る。

長い廊下を抜け、庭を通ると人影がぐっと減った。

どうやら、後宮や国王の居住空間と王宮はこの庭で区切られているようだ。

そして、王女は新しい侍女も含めて四人で後宮の門をくぐった。









****************


「ノーランド殿、私確認させていただきたいことがございますの。」

「……心得ております。」

冷や汗なのか、先程の涼しい顔はどこへやらといった様子でノーランドが汗を滝のように流して目の前の王女を見た。

「えぇ、そう。この後宮は、女人禁制の場なのかしら?」

二階の王女の部屋に至るまでの経過、廊下ですれ違うものは皆男だった。…しかも全員容姿端麗である。

「いえ、女人禁制ではございません。」

「じゃあ、私がここにお部屋を賜っても問題ないのね。」

「はい。」

「……そう」

「……侍女を何人か連れてまいります。しばらくお待ちください」

それから何も言わなくなった王女に深々と礼をし、騎士は退室した。

「……噂は本当なのでしょうか?」

「……。」

複雑な顔をする二人の侍女に王女は向き合う。

「そう考えるのは早計ね。噂の真偽は本人の口から真実を聞くまでは信じないわ。ポネー、悪いけど貴女には正式にここにいてもらわなくちゃならなくなったわ。できれば正式に許可が出るまでは周りの反応の様子見したかったんだけど。」

誰かに渋られてもなんとかするから。と続ける王女にポネーは目を丸くする。

「あの、それはどういう……。」

「ポネーはここへ来てから日が浅いらしいわね。王宮の裏側までしらない。あの噂本当でも嘘でも、下手に深いところまで突っ込むと、痛い目見るわね。だから、なんにも知らない人間としか関わらない方がいいの。」

……まだ、ね。

と心の中で続けながら王女はソファに身を沈める。

王女の言葉に多少は納得したのか、ミラとポネーは頷いてみせた。

「……さて、謁見のドレスの確認しましょ。」

緊張が解けたのか、少しだけ笑顔になったポネーは隣の部屋に通じる扉を開ける。

「ミラさん、殿下が着られるドレスを教えてください。」

それと、これからよろしくお願いします。とミラに顔を向けると、ミラは目頭を押さえていた。

「……っ!久しぶりの常識人だわ!」

お願いしますなんて、言われたの久しぶり!!と歓喜するミラをふくれっ面でみる王女。

「……お願いぐらい言ってるわよ」

「違います!!なんか、こう……年上に対する謙虚な態度が!!!」

拳を作って力説するミラを苦笑いで見るポネーは苦労してるのかな、と想像した。

…大変なのかぁ…。

少しだけ不安を感じた。

「さ、行きましょ。ポネーは姫様の好みを覚えてもらわなくっちゃね」

妹のように可愛い存在ができたと喜んでいるのだろう、ミラは嬉々としてポネーの背を押して衣裳部屋に消えて行った。

「……。」

若干面白くなさそうな顔をしていた王女は、気を取り直して読みかけの本を再び開いた。

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