04
それは終わりの音だったのかも知れない。俺達の耳に届かない奥深い場所で、何かが壊れる音がしたんだろう。
――いつまでもと望みながら、いつか来るだろうとどこかで思っていた終わりの音。
「いつか」が来なければいいと願った事もあった。変わらぬ関係のままなら、ずっと傍に居られたから。それだけを望んでいたはずだった。傍に居る事だけを、望んでいたはずだったのに。
いつからだったんだろう、俺の心にも、アイツの心にもある想いが芽生えてしまったのは。気付かなければ変わらなかっただろうか? 時は俺達をあの頃のまま、留めておいてくれただろうか?
或いは、留めておいてくれたのであれば俺は気付かない振りをし続けても良かった。アイツが耐えられるかどうかは置いておいて、俺はそうしても良かったんだ。だけど、時はやっぱり残酷で、あの頃のままで留める所か、俺達を置いていくように進み続けていく。
時が戻るのであれば、戻したい。時が止まるのであれば、幼き頃のままで止まっていて欲しい。俺もアイツも、お前も。何も知らず、ただ笑っていたあの頃のままでいられればいいのに。
時は無情にも過ぎて、幼き頃の関係をもう壊していたのだという事に、俺はまだ知らなかった。
朝。一晩中、泣いていた所為で目が腫れてしまっていて、赤い。これで誰が見ても泣き腫らしたのだというのが分かってしまうが、時間的には余裕がない。このままで行くしかないのだと思うと凛は気が重くなる。
この時間は幸せだった。昨日までは、幸せだった。朝になればあの二人とまた一緒にいられるということだけで満たされていたのに、初めて思った。――朝が来なければいいのに、と。
それでも朝は来て、大学に行く時間だ。それが指すのは翔と優羽が迎えに来る時間という事。凛は顔を俯かせながら準備していた鞄を手に取り、階段を下りていく。ご飯を食べなさい、という母の声には「食欲がない」という言葉だけ返して靴を履き、外へと出る。
まず最初に見付けたのは、優羽の姿だった。翔が寝坊するのはいつもの事だったので、それは変わらない朝の風景。それに安堵の息を漏らした、というよりは翔が居なかった事に息を漏らした。
近くにある壁に寄り掛かっていた優羽であったが、凛が家から出てきたのが分かるとそちらに目を向け、朝の挨拶をしようとしたのだが、凛の顔を見て驚きで言おうとしたいた言葉を飲み込む。
「凛……? お前、その目……」
「あ、えっと、これはね……」
「大丈夫か……? 冷やした方がいいな」
気付かれない方がおかしいと思っていたが、どう答えればいいか分からなかった凛は言葉に詰まらせてしまうが、深く理由は聞かず、気遣うように言うと近付いてきて様子を見ながら心配そうに言う。そんな優羽の姿を見て、うん、としか凛は頷くことが出来なかった。
深く聞いてこない優羽に感謝しつつも、胸が痛む。隠し事は初めてではないが、昨日の夜の事を口に出せないのが嫌だった。全てを吐きだせたなら良かったのだろうけど、吐き出してしまえば全てが終わってしまう。
もしかしたら、もう終わっているのかも知れないけど、まだ終わっていないと信じたいから。凛はぎゅっと胸元の辺りで手を握り締める。
いつもと様子の違う凛を心配そうに見ていた優羽であったが、不意に後ろから足音が聞こえてそちらに向ける。向けて見えたのは走っている翔であったが、その勢いのまま、後ろから凛に抱き付く。
「きゃっ……!?」
「凛、はよっ! 優羽もおはよ」
「……おはよう、翔」
驚いて声を上げた凛であったが、上から聞こえてきた声に一瞬だけ身体を硬直させる。それに気付いているのか、気付いていないのかは分からないが翔はいつも通りの元気な声で二人を交互に見ながら挨拶をする。
挨拶をし返した優羽であったが、どこか、いつもと違うような気がした。抱き付くのは珍しい事とは言えないが、翔を抑えていた枷が外れたような、そんな感じがするのだ。
現に目を腫らしている凛には一切触れない。その理由を知っているかのように。それに反して、翔が凛に触れようとしている。別段おかしい光景ではないのだ。翔がこういう行動に出る事は今までに何度もあった。
それでも、何かがおかしい。優羽はそれに気付きはするものの、二人が何も言わないので特に何も聞かずに大学へと向かう事にする。
結局、朝は翔がいつも以上にテンションが高かったのと凛があまり翔の方を見なかったのだけを除けばいつも通りだったろうと思う。優羽は何かが違う事を直感的に感じながらもそれを口にする事は出来なかった。
だが、昼になり、いつものように翔と先に合流をして凛の元へと行こうとしたのだが、いつもは教室で待っている凛の姿はそこにはなかった。
「あれー、凛は?」
「あっ! 一条さん、今日は一人で食べたいって言ってました。だから、今日はごめんって伝えてくれって」
「……凛が?」
「そっか、残念。じゃ、久しぶりに二人で食べるか! 優羽」
「ああ……」
残念そうな表情になった翔ではあったものの、すぐに気分を変えて提案するように言うと肯定するように頷く優羽ではあったが、朝の事もあり、心配になる。
何かあったのだろうという予想は出来るが、彼女から何も言わないとなると言い辛い事なのかも知れない。周りの人達から見れば凛は強い女性と見られがちで、凛自身もそのイメージを守ろうとしている。それ故に、一人で抱え込む癖がある事を自分達は知っている。
強い部分だけを見せるようにしているから、弱い部分を見せる事に躊躇いさえも覚えている。それはずっと一緒に居る幼馴染の前であろうが変わらない。それを知っているからこそ、尚心配になるのだが、食堂まで来て、いつも通りに昼食を食べる翔は、何も、変わらない。
「でさー! ……って、聞いてるのか? 優羽」
「あ、ああ……悪い。ちょっと考え事しててな」
「ふーん? ま、いいけどな」
いつもと変わらない会話。そこに凛がいないというだけの、いつもの会話。翔の声にも、言葉にもあえて避けるかのように凛の話をしようとはしない。
「翔……」
「ん?」
「……いや、何でもない」
「おかしな優羽だなー」
おかしそうに笑う翔の姿はいつも通りだと言うのに、優羽はそれにどこかよそよそしささえ感じた。二人して自分に何か隠し事をしているような、そんな雰囲気だ。
――隠し通せるはずがないという事に気付かないのだろうか。
幼き頃からずっと一緒にいるのだから、少しでも何かが変われば気付くという事に。優羽はほんの僅かに寂しそうに目を見せながら一つ溜息を吐いた。
彼らから話そうとしないのであれば、聞きだすしかない。そういう結論を導き出した。