02
叶えてやりたかった。お前が望むなら、それをずっと、叶えてやりたかった。お前がずっと三人で、何も変わらない関係を望むなら、そうして、やりたいと願った。
――でも、もう限界なのかも知れない。
年を重ねるに連れてお前は変わる。オレも、アイツも、変わりたくないと願っても、時は残酷にもオレたちを変えていく。ガキの頃は意識しなかった事でさえ、今では意識せざるを得ない。
オレやアイツは『男』で、お前は『女』。世間の目はそう見て、オレたちもそう見てしまうのだ。幼馴染という関係を続けているのは、お前が望んでいるのを知っているからだ。この三人の関係を誰よりも望んでいるのを知ってるから、壊さないようにしてきた。
でも、もう、無理だよ。オレの心には芽生えてしまっている想いがある。それはお前が近くに居ればいるほど、大きくなっていく…。
大学からの帰り道。寄り道をしよう、と言った翔の言葉通りに三人は家に真っ直ぐは帰らず、商店街の方まで繰り出していた。都会と言えるほどの都会ではないが、それでも田舎というにはそれほど寂れてはいない場所であったのでそれなりの店などは並んでいる。
「とりあえずー……、何か食う?」
「……。自分の金で買えよ、翔」
「げっ…、いいじゃんか! 奢ってくれよー、優羽」
「はぁ……」
ぶらぶらと歩いていたものの、少し小腹が減ったのか翔は二人を交互に見ながら提案するように言うと首を傾げる。予想してました、と言わんばかりに無言ではいるもキッパリと一言だけ告げる。
予想外の言葉に一瞬嫌そうな表情を浮かべた翔であったが、引かない、とばかりに強請るようにぐらぐらと優羽の身体を揺する。優羽は諦めたように溜息を吐きはするも、凛が静かなのに気付き、そちらへと目を向ける。
「凛?」
「あ……、ちょっと買い物してくるね」
優羽が声をかけると、はっとしたように凛は慌てて返事をすれば欲しいモノがあったのだろう、一言だけ残して小走りで目当ての店へと向かう。一緒に行く、という言葉すらも言う暇がなかったので仕方ないな、と優羽は苦笑を浮かべる。
いつもと変わらない毎日。変わらぬ関係。それを維持するにはある程度の理性で中にある気持ちを抑える必要がある。抑えるのは辛い事かも知れないが、それで彼女が微笑んでくれるのであればその辛ささえもどうでも良くなる。
彼女が居たからこそ、今の自分達はあるのだ。もしも、この中に凛が居なかったのであれば自分と翔の関係はこんなにも長く続いただろうか、とさえも思う。暗黙の了解を互いに理解出来るぐらいに仲が良い、という関係になれただろうか。
――多分、なれなかっただろう、と思う。根本的な部分は同じなのかもしれないが、それでも自分と翔ではあまりに性格が違い過ぎるのだから。それでも気持ちが分かってしまうのは、同じ想いを共有しているからなのか。
それはとても、苦しい事なのかも知れないけど。
優羽は溜息を一つ吐くと、とりあえずは何かを買ってやるかと思って翔の方へと視線を向けるとそこで見えたのは真剣な眼差しをしている翔の顔だった。
「……翔?」
「なぁ、優羽。オレら、あえて何も言わずにいたけどさ……、オレらの中には同じ想いが、あるよな?」
「………」
真剣な眼差しで告げられた言葉に、優羽は何も言うことは出来なかった。どういう想いだ、と問い掛けることも出来たが、それは自分の中の想いに嘘をつくということになるからだ。
――同じ想い、つまりは、凛に対する、気持ち。
あえて言わずにいたのは、変わらぬ関係を続けるためだった。そうしなければ、この関係を続けることなど不可能なのだ。言わないのは、一つの枷。それは翔も分かっているはずなのに、いきなりどうしたのだろう。そう思った優羽は続きを促すように翔を見る。
「分かってる。凛がオレらのことを『幼馴染』として見てないことも、こんな事話すべきじゃないのも。でもさ、凛の近くに居ればいるほど、オレの中の想いは強くなるんだよ」
「翔……」
「なぁ、優羽。どうしたらいいんだ、オレ。もう、気持ちを抑えるの、無理かも知れねぇ」
切実に訴えるように言われれば、優羽は何も言えない。正直なことを言えば、ここまで何も言わずに変わらない関係を続けてきたことの方が凄い事なのだと思う。
元々、翔が凛に対して特別な想いを抱いていたことは知っていた。それはいつの頃からだったのかは分からないが、それはもう、ずっと前のこと。そして自分の中にも当たり前のように、その想いがある事に気付いたが、抑えるという事は何も難しい事はなかった。
凛が望むのであれば、それを叶えたいという気持ちはあるから。自分には出来ても、翔には、もう無理なのかも知れないと思う。翔は自分とは違い、感情に素直だ。感情が強すぎる部分があるせいか、たまに情緒不安定になる部分すらも見える。
そんな翔が必死に抑えられたのも、凛の望みを知ってるからこそ。でも、もう、限界なのかも知れないと優羽は思う。
幼き頃から変わらぬ関係を続けるのは、もう、無理なのかも知れない、と。それでも自分の中の想いがある限り、協力してやる、とは口が裂けても言えない。だから、優羽は僅かに顔を俯かせながら一言しか言うことが出来ない。
「翔、気持ちは分からないでもない。……だが、抑えるしかないのは、分かるだろ? 凛が、そう望んでる限りは」
「だけどよっ……、オレはもう……!」
必死に感情を抑えながら言い聞かせるように優羽が言葉を紡ぐと、翔は必死に言葉を紡ごうとする。
――もう、限界なのだ。抑えつけるのも、もう。日に日に凛は女として成長していく。それは自分達ではなく、他の男達も既に気付いていることなのだ。これ以上、何もせずにいれば他の誰かに取られてしまうかも知れない。
それだけは、嫌だ。他の男になんか、渡したくはない。優羽にですら、渡したくない。自分だけのモノになって欲しい。自分だけのために笑って欲しい。力いっぱい抱きしめて、誰の目にも触れさせたくない。
恐ろしいほどの独占欲だと自分でも気付いているのだ。気付いていても、分かっていても、もう止めることなど出来ない。これ以上、我慢し続けることは、不可能なのだ。
「翔? 優羽? どうかしたの?」
買い物を終えたのだろう、袋を持ちながら少し険悪な雰囲気になっていた二人を不思議に思い、凛は少し遠くから名前を呼ぶ。凛の声が聞こえた二人ははっとしたような表情になり、互いに顔を見合わせることなく、「何でもない」と言わんばかりに微笑む。
凛は僅かに首を傾げはするも、深くは聞かない方が良いのだろう、と思い頷く。二人に近付きはするも、ほんの少し前までの二人とはどこか違う気がして、凛は不安になった。
――何があったんだろう。
だけれど、それを聞いてしまったら何かが変わりそうで聞けなかった。聞いてしまったら、変わらぬ関係が終わってしまいそうで。