01
そう、私はただ願っていた。望んでいた。幼い時から何も変わらない関係が続くことを。いつも変わらぬ幼馴染の姿があることを。いつまでもずっとある事だけを、私は、願っていたはずだったのに。
――どうして、変わってしまうんだろう。
時は残酷だ。変わりたくないと願っても成長し、その成長は関係さえも変えてしまう。幼き頃はあまり気にしなかった「男」と「女」を区別させ、周りに意識させて、本人達にも意識させる。
男女間の友情は成立しない、そう言う人はいる。居てもおかしくないと思うけど、所詮は人だから。必ずしもそれが「友情」とは周りが見てはくれないことも知ってる。
知ってるよ、分かってるよ。
でも、私はただ、一緒にいたかっただけなの。変わらぬ関係のまま、あの二人の真ん中で笑って、これからの時も、歩んでいきたかっただけなのに。私達は一体、どこで間違ってしまったんだろう?
「りーん! そろそろ帰ろうぜー?」
「帰り支度は済んでるか?」
今日取っている講義を全て終えたのだろう、大学内で彼らを知らないと言うものは居ないというほどの人気を誇っている麻生 翔と相馬 優羽はある教室まで行き、ひょこと顔を出しつつ、目当ての人の名を呼ぶ。
二人の姿が見えた瞬間に、そこにいた女子のほとんどは黄色い声を上げつつも、二人の目当てでもある一人の女性――一条 凛へと目を向ける。普通ならば、ここで嫉妬の一つもあるかも知れないが、そういうのも起こっていないのが現状だ。
呼ばれた凛は鞄に持って帰るものを鞄に詰めると、その鞄を持ち、すっと立ち上がる。向けられている視線にはもう慣れた、と言わんばかりの様子でゆっくりと歩いていく。
「お、いた! 来んの、早かったか?」
「ううん。ただ、ちょっと教授の話が長引いて遅くなっただけ」
「そうか。お疲れ様」
凛の姿を見付けると、翔は元気に手を振りながら少しだけ申し訳なさそうな表情で言いはするも、凛は気にしなくていいとばかりに首を横に振る。凛から発せられた言葉に納得したように頷くと、優羽は微笑みながらねぎらうように言葉をかけ、ぽん、と軽く頭を撫でる。
撫でられた凛へ少し照れ臭そうに微笑みながら、うん、と頷く。翔はそんな二人の姿を見て僅かに顔を歪めるが何も言わずに、二人の手を取って引く。
「どっか寄って帰ろうぜ!」
「……翔の奢りか?」
「ばっ……、優羽! オレが金欠なの知ってんだろ!? もちろん、ここは優羽の奢りだろ!」
「お前な……、いつもお金は計画的に使えと言ってるだろ。もうちょっと考えて……」
「説教はなしっ!」
僅かにからかうように紡がれた優羽の言葉に、翔は驚いたような表情をして慌てて言い返す。優羽は予想していた答えが返って来たと言わんばかりに溜息交じりに言葉を紡ごうとしたものの、聞かない、とばかりに翔はキッパリと言う。
それすらも予想していたかのように、仕方ないな、とばかりに優羽は諦めたように、微笑む。
そんな二人のやり取りを見ていた凛は、くすり、と小さく笑みを零す。――二人は変わらず自分の傍に居てくれる。世界一の幸せ者だろう、と思える。
幼き頃から当たり前のように傍に居てくれて、どんな時でも最優先に考えてくれた。行きたい道、進みたい道はあっただろうに、自分が行くと言った大学にわざわざ着いて来てくれたのだ。
感謝している。言葉では表せないほどに、感謝している。変わらない関係であり続けていてくれるのも、何も変わらずに傍にいてくれるのも。心から、感謝をしている。
凛が笑みを零したのが分かったのだろう、翔と優羽は不思議そうな表情を浮かべながら顔を覗きこむ。
「凛?」
「……何でもない。ありがとう」
声を合わせて名前を呼ばれると、凛はふるふると首を横に振りながら、素直にお礼を口にすると二人の真ん中へと入り込み、二人の腕に抱き付く。いきなりのことに驚いたような表情を浮かべた二人ではあったが、特に何も言わず、翔と優羽は互いに顔を見合わせて苦笑を浮かべる。
何に対して「ありがとう」を言ったのか、二人には分かるからだ。分かるからこそ、苦笑を浮かべることしか出来なかった。
出逢って数十年の間、何も変わらない関係を望み続けたのは、凛だ。凛がそう望むのなら、と翔も優羽も変わらぬ関係であり続けた。幼き頃から変わらぬ関係で。
――その関係はあまりに儚く、脆いものなのだということは凛は気付いていなかったのだった。