第1話 記憶と謎05
「――空気が変わった……?」
先程まで聞こえていた2人の声がピタリと止み、無音となった周りに気付いた瑠花は立ち上がり辺りを見渡した。
守護者である2人の姿はなく、周りの景色も先程とは打って変わって重苦しい闇色に包まれていた。
油断したっ、と瑠花は唇を噛み締めた。
2人の意識がほんの少し瑠花から外れた所を狙われた。
神社の区域には祖母による結界が張り巡らされていたはずだがとも思ったが、おそらく長い年月により結界が脆くなったんだろうと、自分の中で納得させた。
「それにしてもこの妖気……昔何処かで遭ったことがある…?」
普段結界で守られた中で生活していた瑠花だが、幼い頃何度か妖に狙われたことがある。
どれも大事にはならずに済んだものだが、今感じる妖気は、そんな幼い頃の記憶の中感じたものと酷似していた。
まさか、昔から自分を虎視眈々と狙っていたのだろうか、と辺りを漂う妖気に眉を寄せ警戒を強めた。
瑠衣も回りに漂う妖気に毛を逆立てて、瑠花を守るように威嚇する。
「あら、嫌だわぁ……折角ご馳走を取り込んだのに、煩い獣まで一緒じゃないのぉ」
何処からともなく聞こえてきた女の声。
何処か聞き覚えのあるその声は、吐き気がするほどの甘ったるさを帯びていた。
「あなたは誰?姿を見せなさい」
「まぁ、私の事忘れちゃってるのかしらぁ?」
残念ねぇ、と言いながら現れたのは黒髪の女。
闇の中でギラリと不気味に光る紅い瞳は、しっかりと瑠花を捉えていた。
その姿は何処か見覚えがある気がするのだが、はっきりと思い出せず、無意識に顔を顰めた。
今分かるのは、女が『ヒトではない」という事と女の狙いが『瑠花』だということだけ。
「……その様子だと、本当に私の事覚えてないみたいねぇ」
安心したわぁ、とニヤリと不気味に笑う女に、瑠花はたらりと冷汗を流した。
頭の中で警鐘が鳴り響く…コイツハ危険ダ―――と。
「あなた…『ヒト』ではないのでしょう?」
「当たり前よぉ、あんな脆弱な生き物と一緒にしないで欲しいわぁ。私は『女郎蜘蛛』…蜘蛛を統べる妖よぉ」
「女郎蜘蛛………」
「そう、私は蜘蛛を統べる女王…どんな蜘蛛だろうと私の支配下なのよぉ」
「その女郎蜘蛛が私に何の用?」
「決まってるじゃなぁい、あなたを喰らいに来たのよぉ。契りの巫女の血肉は私達妖にとって最高のご馳走だものぉ」
「やっぱり、目的はそれなのね」
「見たところ『覚醒』はまだみたいだし、今がチャンスってやつだものぉ。これを逃す手はないでしょぉ?」
女郎蜘蛛はそう言って無数の糸を瑠花に向かって放つ。
『キュー!!』
ボゥッと強烈な焔が、女郎蜘蛛が放った糸を瑠花に届く前に焼き消した。
「んもうっ!!本当に邪魔ばっかりしてくれるわねぇ、使役獣の分際でぇ!!!」
『グルルルルルッ』
普段では考えられないぐらい低い声で唸り、女郎蜘蛛を睨みつけた。
「本当に邪魔ばかり…折角『彼』がいないっていうのに、それが代わりに私の邪魔をするんだものぉ。油断もすきもないわねぇ」
心底嫌そうに瑠衣を見やる女郎蜘蛛の言葉に、瑠花はピクリと眉を寄せた。
「あなた、彼を……この狐の主を知ってるの?」
「よぉく知ってるわよぉ…いつも邪魔ばかりしてくるものぉ。それ以前に、この界隈で『彼』を知らないものはいないと思うわよぉ」
そこまで言って女郎蜘蛛は何かに気づいたかのような顔で瑠花へ視線を向け
「―――まさか、『彼』のことも忘れちゃったのかしらぁ?」
ニヤリ、と不気味に微笑んだ。