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『VR英雄大戦:Historia Online』  作者: 黒豚
第1章 無名編
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第1話 無名の武士、目覚める

どうも黒豚です。

新作書いてみました。

 窓の外はとうに暗い。壁掛け時計の針は、午後十一時を少し過ぎたところを指していた。


 相馬蓮の部屋には、二台のモニターが煌々と点いていた。片方には『Historia Online』公式サイトの過去ログがずらりとタブで並び、もう片方には自作のスプレッドシートが開かれている。ヒストの取得傾向、初心者向けクエストの噂、掲示板の考察スレッドの要約――半年前から少しずつ書き溜めてきたものだ。行数はとうに三百を超えていた。誰に頼まれたわけでもないのに、気づけばここまで調べ尽くしていた。


 eスポーツの大会でも、蓮はいつもこうだった。対戦相手の癖、マップの有利不利、味方の得意不得意。勝つために必要な情報は、人より一歩先まで拾いに行く。それが結果に繋がるとは限らなくても、やらずにはいられない性分だった。


「――今日でようやく、答え合わせか」


 小さく呟いて、スプレッドシートを閉じる。負けず嫌いではあるが、それだけの人間でもない。地区大会の準々決勝、バトルロイヤル系のタイトルでの一戦。格上相手にチームメイトが浮き足立ちかけた時、蓮は勝ちを狙った強引な仕掛けより、味方全員を最後まで生存圏に残す堅実な立ち回りを選んだ。結果はベスト8止まりだったが、後悔はしていない。今日始まるこの世界でも、たぶん自分はそういう選び方をするのだろうと、なんとなく思っていた。


 テレビの画面に目をやると、深夜のニュース番組が、珍しく特集を組んでいる。


『本日午前零時、フルダイブ型VRMMO「Historia Online」が世界同時にサービスを開始します。事前登録者数は全世界で十万人。単一の巨大な仮想大地に、これほど大規模なプレイヤーが同時に接続する試みは前例がなく――』


 アナウンサーの声を聞きながら、蓮は小さく息を吐いた。十万人。数字としては知っていたはずなのに、こうして改めて口に出されると、その規模の途方もなさに背筋がぞわりとする。日本だけではない。北米も、ヨーロッパも、南米も、アジアの他の国々も、今この瞬間、同じように開始の時を待っているのだ。


 このゲームの舞台は、現実の地球に匹敵する広さを持つ、たったひとつの巨大な世界だという。区切られた小さな箱庭ではなく、国籍も言語も違う十万人が、その一枚の大地に同時に足を踏み入れる。


 ――そんなことが、本当に成立するのだろうか。


「蓮、まだ起きてるの?」


 部屋のドアが軽くノックされ、母が顔を覗かせた。今夜はこれから夜勤に出る予定らしく、すでに動きやすい服装に着替えている。看護師として働く母は、いつも忙しそうにしているのに、こういう時だけは声のトーンが少し柔らかくなる。


「うん。今日、あのゲーム始まるから」


「ああ、さっきニュースでもやってたね。世界中で一斉に始まるとか……あんまり根詰めすぎないでね」


「分かってるって」


 軽く笑って答えると、母は「行ってきます」とだけ告げて部屋を出ていった。廊下の奥からは、父がすでに寝室に引っ込んだらしい気配が伝わってくる。ゲームにあまり理解のない父は、夕食の席で「世界中の人間が同時にゲームをやるなんて、正気か」と呟いていたが、それ以上は何も言わなかった。


 隣の部屋からは、妹の美咲がはしゃぐ声がかすかに聞こえてくる。どうやら彼女も友人と通話をしながら、開始の瞬間を待っているらしい。


「お兄ちゃんも起きてるー? 私も零時になったらやるからね!」


「勝手にしろ。……ただし、宿題は終わらせたんだろうな」


「もう終わってるし! むしろお兄ちゃんの方が心配だから」


 軽口を叩き合いながら、蓮はVRカプセルの蓋を開けた。カプセルの内壁はひんやりとしていて、背中を預けると、生体センサーが肌にぴたりと吸い付いてくる。この感触にもだいぶ慣れたつもりだったが、今夜ばかりは緊張のせいか、いつもより冷たく感じられた。天井のインジケーターが緑色に点灯し、接続準備が整ったことを知らせる。


 スマートフォンには、幼馴染の高橋悠真から届いたメッセージが並んでいた。「もう事前受付ロビー入れるってさ」「先入ってるわ」――返信を打ちながら、蓮は小さく笑った。相変わらず気の早い男だ。


「――ログイン」


 視界が白く弾け、一瞬だけ意識が宙に浮くような感覚を挟んだ後、蓮は淡い光に満ちた真っ白な空間に立っていた。事前受付ロビーと呼ばれるこの場所には、開始を待つプレイヤーたちの影が、見渡す限りどこまでも広がっている。誰もが自分のキャラクターメイクに集中しているせいか、話し声はほとんど聞こえてこない。ただ、これだけの人数がひとつの場所に集まっているにもかかわらず、空間自体には窮屈さがなかった。頭上を見上げると、光の粒子がゆっくりと降り注ぐ演出が施されており、まるで巨大な星空の下に立っているようだった。


「蓮、こっちこっち」


 人混みの中から、聞き慣れた声が届く。振り返ると、悠真がひらひらと手を振りながら近づいてきた。


「なあ、これ見たか?」


 悠真が呼び出したウィンドウには、運営からの案内が表示されていた。


『新規プレイヤーは、登録情報に基づき、世界に設けられた7つの「始まりの地」のいずれかへ自動的に振り分けられます。さらに各始まりの地には複数の開始拠点が存在し、フレンド同士で近くから始めたい場合は「同行申請」をご利用ください』


「同行申請ってボタン、ロビーのメニューにあった。押しとくか?」


「ああ、頼む。……つまり、放っておいたら本当にバラバラの場所からスタートするってことか」


「らしいな。十万人が完全ランダムで散らばったら、そもそも会うことすら奇跡になるもんな」


 悠真の言う通りだった。この世界は、ひとつに繋がった広大な大地だという。ただし新規プレイヤーは、現実の居住地域に近い言語圏をもとにした七つの区画――始まりの地のどれかに割り振られる。日本語圏のプレイヤーの多くは、おそらく同じ始まりの地からスタートすることになるのだろう。それでも、その中にはさらに無数の開始拠点が点在しており、何もしなければ、同じ始まりの地にいても顔を合わせることすら難しい。


 悠真が同行申請のボタンを押すと、視界に小さな通知が浮かんだ。


【同行申請完了】高橋悠真(トビキリ)との同行が承認されました。同一拠点への配置が保証されます。


「よし、これで開始と同時に会えるはずだ」


「準備がいいな、お前」


 軽口を叩きながら、蓮は自分のキャラクターメイクへと意識を移した。目の前に展開したウィンドウが、感情のない声で問いかけてくる。


『キャラクターメイクを開始します。外見・体格・呼び名を設定してください』


 顔立ちや体格、髪の色まで細かく調整できる項目がずらりと並んでいたが、蓮はあまり時間をかけずに、現実の自分に近いシンプルな姿を選んだ。身長百七十センチ台半ば、瘦せすぎず引き締まった体格、黒髪と黒目――普段の自分とほとんど変わらない外見だ。ゲームの中でまで別人になりたいとは思わない。ただ、目つきだけを少し鋭く調整したのは、これから飛び込む世界に対する、ささやかな意地のようなものだった。


 最後に求められたのは、この世界での呼び名――いわゆるゲーム内ネームの設定だった。


「名前、どうするかな……」


 少し考えて、蓮は「ゼフィロ」と打ち込んだ。特に深い理由があったわけではない。ただ、口にした時の響きがしっくりきた。それだけで十分だった。


 決定ボタンを押すと、ウィンドウには最後にこう表示された。


『キャラクターメイク完了。ヒストの付与は、サービス開始と同時に行われます』


 つまり、自分がこれからどんな力を宿すことになるのか、あと少しだけ分からないままということだ。焦れったいような、それでいて心のどこかが浮き立つような、妙な感覚だった。


 ロビーの中央には、巨大な時計が音もなく浮かんでいる。カウントダウンの数字が、一秒ごとに静かに減っていく。世界中で、今この瞬間、同じ数字を見つめている人間が十万人もいる。会ったこともない、言葉も通じないかもしれない誰かと、同じ緊張を共有している。


【残り 00:00:10】


 指先が、自分でも分かるくらいに冷たくなっていた。隣を見ると、いつも軽口ばかりの悠真も、さすがにこの時ばかりは口を閉ざし、時計の数字を凝視している。


【残り 00:00:03】

【残り 00:00:02】

【残り 00:00:01】


 ――00:00:00。


 視界いっぱいに光が満ちた。周囲を見渡すと、ロビーに立っていたプレイヤー一人ひとりの周りに、それぞれ違う色の光が渦を巻き始めているのが分かる。青白い光を纏う者、淡い緑の光を纏う者――それぞれに、これから付与されるヒストに応じた色なのだろう。


 ゼフィロ自身の周りにも、無数の光の粒子が集まり、細い糸のように絡み合っていく。まるで、この世界に眠るあらゆる歴史という情報の海から、たったひとすじの糸だけが自分めがけて手繰り寄せられているようだった。


 やがて糸の色が、透明な白から、深く沈んだ紅へと変わっていく。血の色にも、燃え盛る炎にも似た、どこか懐かしいような赤だった。その紅の光は宙で複雑に絡み合い、細長い刃のような形を一瞬だけ描き出す。まるで、誰かが振るった一本の槍の残像のように。


 光の糸が完全に収束し、宙に一枚の紋章を描き出す。円を描くように六つの粒が並び、まるで古い硬貨を連ねたような意匠だった。その紋章が、ゆっくりと像を結んでいく。


『ヒスト(HISTO GENE)付与シーケンス、開始します』


 機械的な声とともに紋章がゆっくりと解け、目の前に一枚のカードのようなウィンドウとして像を結んでいく。心臓が大きく脈打っているのが分かった。


【ヒスト(HISTO GENE)付与完了】

付与ヒスト:無名の武士(第1段階)


 この世界で今この瞬間、自分だけが持つ組み合わせだという。無数の可能性の中から、たったひとつだけ手繰り寄せられた糸。この紅い光と、六つの粒が連なる紋章は、他でもない自分のヒストが示す色だ。


 「無名の武士」――正直、ずいぶんと地味な滑り出しだった。今の自分は、何者でもない、ただの一兵卒。名も、顔も、まだ歴史のどこにも記されていない存在だ。


 落胆はなかった。体の奥がじんわりと熱を持つのを感じる。何もない今の自分だからこそ、この先どんな姿に育っていくのか、まったく見当がつかない。それが、どうしようもなく楽しみだった。


 続けて、ステータスウィンドウが静かに開いていく。


ゼフィロ

 クラス:一般兵士(初めて与えられる、まだ専門を持たない初期クラス)

 Lv:1


 HP(体力):100 ― 0になると戦闘不能になる

 MP(魔力):50 ― スキルの発動に使う

 SP(気力):80 ― 移動や連続行動で消費する


 ATK(攻撃力):10 ― 攻撃のダメージ量

 DEF(防御力):8 ― 受けるダメージの軽減量

 DEX(器用):9 ― 命中率や細かい動作の精度に影響

 AGI(敏捷):12 ― 行動速度や回避率に影響

 LUK(幸運):10 ― クリティカル率やドロップ率に影響


 統率:5 ― 部隊を指揮する力。クラスの昇格条件にも関わる

 知略:8 ― 策略や奇襲の成功率に影響

 カリスマ:5 ― 仲間になるプレイヤーやNPCの数に影響


【錆びた刀】

分類:武器(刀)

レアリティ:並品

装備補正:ATK+2

装備スキル:なし

解説:使い古された鉄の刀。刃こぼれと錆が目立つが、切れ味そのものは損なわれていない。名もなき兵士たちが幾度となく手にしてきた、始まりの得物。


【布服】

分類:防具(衣服)

レアリティ:並品

装備補正:DEF+1

装備スキル:なし

解説:量産された麻布の衣。防御力はごくわずかだが、動きを妨げない軽さが取り柄。


【斬り込み】

分類:アクティブスキル(近接)

消費MP:5

効果:通常攻撃よりも高い威力の一撃を放つ

解説:踏み込みの勢いをそのまま刃に乗せる、初歩的だが実戦的な剣技。多くの流派の基礎として伝わる型のひとつ。


 項目のひとつひとつを眺めながら、ゼフィロは小さく息を吐いた。数字だけを見れば、どこにでもいる量産型の兵士でしかない。だが、この一枚のステータスが、これから先どんな軌跡を描いていくのか。表示されている項目の他にも、まだ見えていない何かが自分の中に眠っている気配がした。


 気づけば、目の前には見渡す限りの草原が広がっていた。膝丈まで伸びた草が夜風に揺れ、遠くの丘陵には、ぽつぽつと灯りのようなものが瞬いている。おそらく、この始まりの地に割り振られた他のプレイヤーたちの気配だ。頬を撫でる風には、青臭い草の匂いと、湿った土の匂いが混じっていた。世界のどこか別の場所でも、まったく違う言葉を話す誰かが、今この瞬間、同じ草原の別の一角に立っているのかもしれない。


「ゼフィローっ、こっちこっち!」


 声のする方向へ、草をかき分けて進む。ほどなくして、茶髪の少年が大きく手を振っているのが見えた。トビキリだ。小柄な体に、丈の合わない大きめの外套を羽織り、腰には小さな革袋をいくつも括りつけている。いかにも商人系ヒストらしい、雑多な小物をあれこれ持ち歩いていそうな装いだった。人懐っこそうな顔には、こんな状況でも変わらない笑みが浮かんでいる。同行申請のおかげで、迷うことなく合流できたことに、ゼフィロは改めて安堵した。


「俺のヒスト見てくれよ、『無名の商人』だってさ。ATKはほぼ期待できない、情報と交渉特化系だと思う。地味だけど、これはこれで使い方次第じゃね?」


「俺は『無名の武士』。ザ・平凡って感じ」


「ま、みんな最初はそんなもんだろ。それより見ろよ、これ」


 トビキリが呼び出したウィンドウには、掲示板の投稿ログが表示されていた。これは端末を持っていなくても、視界に呼び出すだけで誰でも閲覧できる、ゲーム内の共有掲示板らしい。賑やかなスレッドがずらりと並んでいる。「ヒスト何だった報告スレ」「初心者はまずこの砦に行け」といった実用的なものから、「俺のヒストとかいうやつwww」といった雑談まで、内容は様々だ。開始からまだ十分と経っていないはずなのに、すでに数百件の投稿が流れていた。


「な、このゲーム、みんな最初はほぼ横一線らしいぞ。ヒストの種類による有利不利はあっても、育て方次第でいくらでもひっくり返せるってさ」


「じゃあ、まずは育てないとな」


 草原の先に見えてきたのは、木造の砦ではなく、天を突くように聳え立つ一本の巨木だった。幹の太さだけで小さな建物ほどもあり、その根元をぐるりと囲むように、丸太の壁と見張り台が築かれている。枝の合間には無数の小さな灯りが吊るされ、夜風に揺れるたびに、木全体がぼんやりと呼吸しているように見えた。鎧を纏ったNPC兵士たちの怒号や、訓練用の木剣がぶつかる乾いた音が、幹の内側から絶えず聞こえてくる。あそこが、この区画に割り当てられた開始拠点らしい。


 二人は草原を抜け、巨木の根元に広がる訓練場へと足を踏み入れた。地面には踏み固められた跡が幾重にも残り、この場所ですでに多くのプレイヤーが最初の一歩を踏み出していったことがうかがえる。すると、さっそく通知が視界に浮かぶ。


【クエスト発生】

「肩慣らしの一撃」

訓練場に出現する案山子(型稽古用)を3体撃破せよ

報酬:経験値、初陣の勇士(称号)


「案山子て。優しいな、このゲーム」


「最初くらいは優しくてもいいだろ」


 苦笑しながら、ゼフィロは訓練場の中央に立てられた案山子に向き合った。藁で編み上げられた胴に、粗い木の骨組みが芯として通されている。近づくと胸元のあたりに淡く赤いマークが浮かび、敵対状態であることを知らせた。殴れば手応えを返してくるよう作られているらしく、風もないのに藁束の表面がかすかに揺れている。


 周囲では、同じように的に向き合う新規プレイヤーたちの姿が、朝焼け前の薄闇の中にいくつも浮かび上がっていた。慣れない手つきで木剣を振り回す者、へっぴり腰で盾を構える者。誰もがぎこちなく、それでいてどこか真剣な顔をしている。その光景全体が、ひとつの大きな絵のようにゼフィロの目に焼きついた。


 視界の端に小さなアイコンが点滅する。


『スキル「斬り込み」が使用可能です』


 通常攻撃とは違う、少し重みのある動作アイコンだった。試しに念じてみると、体が勝手にその型を覚えているかのように、自然と踏み込みの姿勢が取れる。


「来い」


 息を吐き、腰を落として間合いを測る。爪先で地面を噛むように踏み込み、上体を沈める。念じた瞬間、刀を握る手にわずかな熱が走った。


「――斬り込み!」


 地を蹴る音と同時に、刀身が弧を描いて振り抜かれる。


【SKILL HIT!】案山子 に 22 のダメージ!


 通常の一撃よりも明らかに重い手応えだった。刀身が案山子の胴を深く切り裂き、藁の束が弾けるように飛び散る。たった一撃で、案山子はその場に崩れ落ちた。斬った感触が、掌にじんと残っていた。振り抜いた刀の切っ先から、ほんの一瞬だけ、あの紅い光の粒子が舞ったような気がした。


「うおっ、今の何? カッコよすぎるだろ」


「スキルってやつだと思う、俺も今初めて使った」


 驚きつつも、悪くない気分だった。MPの消費は思ったより大きく、残量を示すゲージがわずかに減っている。使いどころは考えないといけなさそうだが、この一撃の感触は、しばらく頭から離れそうになかった。


「よっし、俺も俺も」


 トビキリは意気込んで木剣を構えたものの、その構え自体がどこかおかしい。左右の足の幅が狭すぎて、案山子に一歩踏み込んだだけでぐらりと体勢が崩れる。振り下ろした一撃は勢い余って空を切り、返す刀でようやく胴に掠るように当たった。


【HIT!】案山子 に 3 のダメージ!


「……ATK低すぎるとは思ってたけど、ここまでとは思わなかったわ」


「悠……トビキリ、腰引けすぎ。もっと腰を落とせ」


「アドバイスありがとう! でも体がついてこない!」


 情けない声を上げながらも、トビキリは根気強く木剣を振り続けた。二撃、三撃と重ねるうちに、ようやく体重の乗せ方が分かってきたのか、藁の束が少しずつ抉れていく。額に汗を浮かべながら、なんとか一体を仕留めてみせる頃には、その場にいた他のプレイヤーからも小さな笑い声が漏れていた。


「見たかゼフィロ、今の会心の一撃!」


「今のはただのラッキーヒットだろ」


「細かいこと言うなって」


 軽口を叩きながら、二人は残りの的を次々と片付けていく。動きに慣れてくるにつれ、間合いの取り方や刀の重心の感覚が少しずつ体に馴染んでいくのが分かった。最後の一体をゼフィロが斬り伏せた頃、視界に達成通知が弾けた。


【クエストクリア】「肩慣らしの一撃」

称号「初陣の勇士」を獲得しました


【初陣の勇士】

称号

効果:HP+50、ATK+5

解説:この世界で初めての勝利を掴んだ者に贈られる、ごく基本的な称号。まだ何者でもないその一歩を、ほんの少しだけ後押ししてくれる。


「よっしゃ、幸先いいじゃん」


 トビキリが満足げに拳を突き上げる。ゼフィロも、地味ながら着実に強くなっていく実感に、口元が緩むのを感じていた。


「なあゼフィロ、このゲーム、思ってた以上に丁寧に育てさせてくれるタイプっぽいな」


「だな。焦らず一歩ずつってことなんだろ」


 巨木の根元に設置された掲示板には、他にもいくつかクエストが並んでいた。木の板に彫り込まれた文字を眺めながら、ゼフィロはふと視線を上げた。ちょうどその時、東の空がわずかに白み始めていた。


 夜通し降り注いでいた星々の光が薄れ、代わりに淡い橙色が地平線の際からにじみ出してくる。見渡す限りの草原が、闇から朝焼けの色へとゆっくり塗り替えられていく光景は、現実で見るものと何ら変わらないほど美しかった。巨木の梢の隙間から差し込み始めた光が、幹に吊るされた無数の灯りと混じり合い、あたり一帯を淡く金色に染めていく。


 それでも、この世界のどこかで、自分と同じように何者でもない場所からスタートした誰かが、やがて歴史に名を刻む姿へと至っていくのだという。


 ――この先に、一体どんな景色が待っているんだろう。


 プロを目指すべきか、それとも普通に生きるべきか。現実ではまだ、その答えを出せずにいる。けれど、この世界でなら、何か違う形で見えてくるものがあるかもしれない。誰と出会い、何を乗り越え、最後にどんな自分になっているのか――今は何ひとつ分からない。分からないからこそ、たまらなく先が知りたかった。


「なあトビキリ、この先、どこまで行けると思う?」


「さあな。少なくとも、退屈はしなそうだ」


 軽く笑い合いながら、朝焼けに染まる草原を、二人並んで歩き出した。


【新規クエスト「初陣の証」が発生しました】


 通知音が鳴る。まるで幕開けを告げる合図のように。


 ――さて、始めるか。


ゼフィロ

 クラス:一般兵士

 Lv:1


 HP(体力):100 → 150(NEW +50)

 MP(魔力):50

 SP(気力):80


 ATK(攻撃力):10 → 15(NEW +5)

 DEF(防御力):8

 DEX(器用):9

 AGI(敏捷):12

 LUK(幸運):10


 統率:5

 知略:8

 カリスマ:5


所持称号:初陣の勇士(NEW)

習得スキル:斬り込み(NEW)

所持ヒスト:無名の武士(第1段階)


キングダム読んでたら戦国もの書きたくなりました。

面白いと思っていただけたら、星にリアクション、感想いただけたら励みになります。

よろしくお願いします。

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