だんご
縁側で大の字になっていると、妻が側に寄り、肩を叩いた。
「何?」
「ちょっとお使いを頼まれてくれませんか」
「構わんよ。何を買ってくればいい」
「其処のだんご屋で三色団子と御手洗団子を五本ずつ、買ってきてほしいのです」
「わかった」
部屋着から外着へ着替え、サンダルで外に出ると嫌に太陽が照らしてくる。縁側で天井を見上げていた時には穏やかであったのに、まるで人のような裏切りだ。実に憎たらしい。
だんご屋は我が家からほんの10分歩いた所にある。外観は昔ながらの木造建築の二階建てで、二回の軒先から[だんご屋]と書かれた木製の看板を掲げている。店先には赤い布が掛けられた長椅子を置いており、その横には雨除け用の番傘が立ててある。その時代劇に出てきそうなだんご屋は、店の外観とそん色ない団子を作る。今都会かぶれの場に行けばそこそこ売っている気味の悪い色合いの団子だとか、無駄に乗せられた金粉団子だとか、そういった良く言えばバラエティに富んだ物、は一切なく、売っている団子は三色団子と御手洗団子の二種類のみだ。
いつだったか、店主に何故この二種類だけなのかと聞いたことがある。(それは何も、種類の少なさに文句ががあって聞いたのではない。只々、その二つばかり作って飽きないのだろうかと思い聞いたのだ)店主曰く、300年以上この二種類でやって来たから今更変える気にはなれない。だそうだ。このような妥協だと言いたげな物言いだが、要は愛着があるということではないかと、その時私は思った。それ以来、店主のことを気に入り、このだんご屋もお気に入りの店となった。
戸を引き入ると、チリチリンとドアベルが鳴る。
「いらっしゃい」
団子が陳列されたショーケースの奥に立っている店主が、静かに出迎える。それに頭を軽く下げショーケースの前に立つと、店主はメモ用紙を持ち私の前に凭れ掛かるようにして立った。
「三色団子と御手洗団子を五本ずつください」
「はいよ、三色と御手洗五本ずつね」
メモを走り書き、店主は慣れた手つきで用意し始めた。それをぼーっと眺めていると肩を雑に叩かれる。後ろを振り返り見ると、随分汚らしい形の中年の男が立っていた。
「すみません、お邪魔でしたね」
すぐに退こうと左に足を一歩踏み出すと肩を思い切り掴まれ、痛みが走る。男の顔を睨むと目を血走らせながら口を動かしている。
「何なんだ、あんた」
男は私の耳に口を近づける。
「お前、不幸になるぞ」
男の言葉に唖然としていると店主が呼んでいた事に気が付く。
「お客さん、大丈夫かい? ぼーっとして」
辺りを見回すが男の姿はなかった。
「さっきここにいた男はどこに?」
「男? お客さん以外誰も居ないけど」
「嘘だ、さっきここで話し掛けられたぞ」
「お客さん疲れてるんじゃないかい」
店主の顔に偽りはないように見える。本当に男は居なかったのだろうか。いや、そんな筈はない。確かに私は男と言葉を交わした。
「これおまけしとくから、食ってゆっくり寝な」
店主はそう言ってお茶の葉一缶を袋に入れ、ショーケースの上に置く。それを無言で受け取り、金を丁度青いトレーに置き、店を出る。
「何だったんだ」
空を見上げると相変わらず陽射しが牙を剥けてくる。
「お前不幸になるぞ」
男の声がし、長椅子の方へと視線をやる。
「何なんだ、お前は。何故店主は気付いていない」
男は立ち上がると手招きし、歩き出した。私は何を考えるでもなく、自然と男の後を追っていた。
しばらく進むと男が歩みを止め、こちらを振り返った。
「ようやく話す気になったか」
男は右隣の家を見つめ「嫌な家だな」と呟いた。その言葉に釣られ視線をやると、そこには私の家があった。背筋が伸びた。
「お前、不幸になるぞ」
「だからどういう意味だ。風水的な話か?」
声が震えているのがわかる。脳がストレスでキリキリと締め付けられ、呼吸が早くなる。
「お前は嫁に殺される」
男はニヤリと歯を見せ、後ろを向き、歩き出す。
「待て。どういう意味なんだ。おい! おい!」
叫ぶが、男は脚を止めることなく去って行った。
「ただいま」
縁側で横たわっている妻に言うが、返事はない。寝ている。
「団子、ここに置いておくよ」
台所の机へ団子の袋を置く。外着を脱ぎ、部屋着に着替え、妻の隣に横たわる。
妻の横顔を見る。黒く艶のある長い髪、赤く瑞々しい唇、皴一つないきめ細かい肌。美しい。妻はとても華奢で、身長も150㎝と低めである。この妻が私を殺すだと? あり得ない。どう殺すというのだろうか。寝首を包丁でグサッ! だろうか。第一、動機はなんだ。自分の事だからあまり参考にはならんが、妻は私を愛している。その自信がある。毎日布団に潜り込んでくるのは妻の方からだし、家事もしっかり分担している。仮に愛されていなくとも、殺されるまでに至ることはない。だが、信じ切れていない。
頭を軽く掻く。
「どういう意味なんだ」
単なる戯言のはずなのに妙に心に残る。私は、何をすれば良い。
気付けば寝ていたらしい。目を開けると見慣れた天井が広がっていた。隣を見るが妻はおらず、台所から物音がしている。音の方を向くと、妻の後ろ姿がある。首、手首、足首を触り、見るが何事もなく、安心する。
「ばかばかしい」
起き上がり妻に声を掛けると「今お茶を淹れてますからお団子、食べましょう」と言われ、和室の机の前に座り庭を眺める。庭の葉達がオレンジ色がかっているのを見ると、もう今日もそろそろ終わるのだなと寂しくなる。
目の前に置かれた茶はゆっくりと湯気を上げている。
「いただきましょう」
「ああ。いただきます」
手を合わせ、団子を持ち、ふと妻を見る。
「なあ、君は私の事を愛しているかい?」
「…何です、突然」
「いや、気になって」
「…どうでしょう。お茶を飲めば、分かるのではないでしょうか」
「お茶?」
「はい。お茶の熱さは愛の熱さ、と言いますから」
「そ、そうか」
湯気立つ茶を見て頬が緩む。ほら、妻は私を愛している。妻が私を殺すはずがないのだ。
湯呑を持ち、茶を啜る。それを見た妻が苦虫を嚙み潰したかのような顔をする。
「愛してはいます。ですが、好きではないのです」
「へ?」
妻がそう言うのを聞き遂げると、意識が途絶えた。
腹部に激痛を感じ目を開けると、カラスが腸を引き出していた。瞬間誰のものかという考えが過るがすぐに自分のものであることを認識する。カラスを振り払おうと腕を動かすが、一向に視界に腕が入ってこない。視線を肩へと移す。両方とも肩から下がない。同じ感覚を脚にも覚えるので恐らく脚もないのであろう。
「ほら、不幸になった」
声の方を見ると、男が立っていた。
「で、どうする。このまま死ぬか?」
「そりゃ、死ぬんじゃないか? もう腹の中身を出されているわけだし」
「そうか、残念だ」
「あんたが助けてくれるのか?」
「そりゃ無理だろう」
「何故だ」
「察しが悪いな」
「あ?」
「俺は察しの良いお前ってことだ」
疑問符が頭を飛び交う。
「お前は気付いてたんだよ。嫁がお前を殺すって。好きではないってな」
男はげらげらと笑っている。汚らしい歯が上下するのに苛立ちを覚える。
「なあ、団子は好きか?」
「…好きさ」
「そうか。なら三つ子は好きか?」
「さあ、考えたこともない」
男はまたげらげらと笑う。
「何が言いたい」
「気づいてる筈だ。俺だもの」
溜息を吐いたつもりだが、溜息なのか過呼吸なのか、判断がつかない。
「そうか。なら消えてくれ。俺はもうお前を見たくない」
「はは、もう見えてないくせに。まあ、来世があるなら、嫁は年の近いのを選ぶんだな。グッバイ、俺」




