転生先はギャルゲー 〜主人公に攻略される女性ヒロインのひとりでした〜
学校の屋上に続く階段から落ちかけて同学年の月山湊に抱きとめられた時に、私は前世の記憶を思い出した。
「秋原さん、大丈夫?」
「う、うん。ありがとう」
少し戸惑ってしまったが変に思われなかっただろうか? たしかお礼を伝えた後は、月山湊の心配をするはずだ。
「月山くんも大丈夫だった? 受け止めてもらえて嬉しい」
「えっ! あ、あの、僕」
「ふふっ、じゃあ、またね」
これで合ってたはず。なんとかイベントをこなして、私は月山湊と別れて教室に戻った。
私こと、秋原愛弥は前世でプレイしたギャルゲーの攻略対象だ。一応メインヒロイン枠である。ゲームの始まり、入学式の日に困っていたところを月山湊に助けてもらっていたので、彼とは顔見知りだ。ちなみに月山湊とはクラスが違う。
恋愛シミュレーションや恋愛アドベンチャーが好きだった私は、男性向け女性向け気にせずに遊んでいた。そのうちの一つがこのゲームだ。
主人公の月山湊が校舎の中を移動して、特定の場所にいる女の子と出会い恋をする。ほのぼの恋愛ゲームなので、展開に怯えず安心して出来るゲームだった。
ゲーム内で私はいつも屋上にいる。何故屋上にいるのかはわからない。特に用事もないのに、屋上で黄昏ている。そこに月山湊がやって来て、他愛もない話をしているうちに親密度が上がっていく。
出会う回数がエンディングに影響するのだから、選択肢なんてあってないようなものだった。恋愛イベントも穏やかな学生生活の中で起こる、微笑ましいドキドキイベントくらいだ。はっきり言ってストーリーもゲーム性も薄くて無難すぎて売れていない。
そして、今階段から落ちかけたイベントで理解した。この世界の月山湊は私を攻略している。今後どんどんイベントが起こるのだろう。
このゲームは必ず攻略対象の誰かとのエンディングを迎える。どうしよう。このままだと卒業式の日に告白されてしまう。恋愛イベントは強制なのだろうか? 不安が尽きなかった。
前世を思い出してから数日後、私は下校しようとした途端に胸がソワソワした。何故だろう、屋上に今すぐ行かなければならない気がする。家に帰る気にならない。多分イベントが始まる。
急いで屋上に向かうと、私は遠くの景色を見るように柵に手をかけた。すると誰かが屋上へ来た気配がする。振り向くと案の定、月山湊がいた。
「あれ? 秋山さん、屋上にいたの? 何してるの?」
私はイベントの日など定期的に屋上にいるし、何をしているのかはこちらが聞きたい。えっと、なんて答えてたっけ? なんとなく答えが頭に思い浮かぶ。うろ覚えだけど、まあいいか。
「景色を見ていたの。月山くんが来てくれる気がしたけど、本当に来てくれた」
「えっ?」
「なんだか寂しくて、君に会いたいなと思っていたの」
「秋原さん……」
確かこんな感じだ。別にエンディングを狙っている訳じゃないし、好きなことを話せば良いのだろうけど。何故かゲームのシナリオの流れに沿わないとソワソワしてしまう。自由に話す気になれない。
「僕も会えて嬉しい。ここに来れば、きっと秋原さんに会えると思っていたんだ」
月山湊が照れている。それを見て、私は微笑んだ。このシーン、多分私が夕日をバックに切なそうに微笑むスチルになっているはずだ。
「秋原さん、僕……」
「あっ! もうこんな時間。月山くん、ごめんね。またね」
話を遮って屋上から出た。これでイベント終了のはず。胸のソワソワも治っている。さあ帰ろうと思ったときに、背後でドアが開いて月山湊も校舎に入って来た。
「あれ? 秋原さん、まだいたんだね」
「……ええ」
こんなシーン知らない。イベントが終わると、暗転して月山湊が部屋にいるシーンになるから、こんなところで会う予定では無い。
「ねえ、秋原さん、良ければ一緒に帰らない?」
「は、はい」
動揺してしまった。一緒に下校イベントなんて、まだ先のことだと思っていたのに。月山湊は私と並んで歩き出した。
「秋原さん、変なこと聞いて良い?」
「何でしょう?」
何かおかしな行動をしてしまったのだろうか? ゲーム通りに動かないと、何かとんでもないことが起こるとか? それなら、どうしよう。
「屋上に行く前にソワソワした?」
「えっ?」
「下校前に屋上に行かないと!とか思わなかった?」
「ど、どうしてそれを?」
何故わかったのだろう。私が屋上に行かなければと思っていたことを、月山湊は知っている。
「やっぱり! 俺も下校前に誰かに会いに行かないとって思ったんだよ。五カ所くらい場所の候補が頭に思い浮かんでさ。それなら、秋原さんにしようかと。この前、階段から落ちかけたときに秋原さん少し変だったから、もしかして仲間かなと思ったんだ」
「と言うことは、もしかして月山くん、前世やゲームの記憶があるの?」
「そうなんだよ。まさかゲームの世界に転生するとは思わなかったよ」
仲間だった! 月山湊は前世の記憶があって、このゲームをプレイしてる人だった! 私は仲間がいたことに安心する。月山湊が頼もしく見えた。
「どのタイミングで思い出したの?」
「俺は入学式に秋原さんと会ったときかな? 俺、このゲームあんまり遊んでないから、なんとなく思い浮かんだ通りに動いてたんだけど、秋原さんは?」
「私は一応全ルートクリアしたかな」
「すごいね! 俺、秋原さんしかクリアしてないから、他の人の性格とかも全然わからなくて」
「そうだったんだね」
だから愛弥ルートを選んだのか。知ってるルートじゃないと怖いよね。
「ゲームのイベント以外では、結構自由に動けるみたいなんだ。だから、俺たちこれから普通に仲良くしようよ」
「普通に?」
「そう。俺も他の攻略対象に会っても何もわかんないし、関わりたくないなと思ってて。それなら秋原さんとイベントを進める方が良いよね。ほら、イベントのタイミングとかも聞けるから安心だし」
「そうだよね」
月山湊も不安なんだろうな。ソワソワして、よくわからない間に恋愛イベントが進んでいくのは怖くもあるだろう。お互いの覚えていることを話して対処出来るし、普通に仲良くするのは良いことかもしれない。
「でも、そうなると月山くんは私を攻略することになるから、恋愛イベントが起こるけど良いの?」
「俺は全然構わないよ。秋原さんは嫌?」
「え、あの、別に嫌では無いけど……」
「このゲーム、誰とも恋愛しないルートが無くて、絶対五人から選ばないとダメだよね? それなら、俺は秋原さんが良いな」
月山湊が微笑んで話を続ける。
「最後は卒業式の日に告白だし、エンディング後のエピソードでキスシーンがあるよね? それまでに、俺のこと好きになってくれると嬉しいな」
そうだった……。キスシーンがあるんだった……。
「と、とにかく、もしかしたら途中でゲームとは全然違う流れを選べるかもしれないし、普通に仲良くしましょう」
「うん、そうだね」
ニコニコしている月山湊を見ていると、なんだかドキドキする。これはヒロインの気持ちに引きずられてるのかもしれない。でも、そうじゃないかもとも思う。
エンディング後のエピソードの後、私たちの関係がどうなるかはわからない。でも、なんとなく、私はずっと月山湊と一緒にいるような気がした。
◆◆◆
卒業式が終わり秋原さんを呼び出した。二人で近くの海岸に向かう。海岸で俺は真剣な顔をして秋原さんに向き合った。
「秋原さんのことが好きです。どうか俺と付き合ってください」
今日まで俺と秋原さんは、ずっと仲良く過ごしてきた。前世の話をしたり、ゲームの攻略の話もしたけれど、普通に学生生活を楽しんだ。彼女はとても素敵な人で、好きだと思う気持ちがどんどん大きくなっていった。
時々イベントが起こり、秋原さんとの距離が近くてドキドキした。俺にとっては嬉しいことだったけれど、秋原さんは嫌じゃなかったのか?と心配になることもあった。
入学式の日に一目惚れした秋原さんと、今の秋原さんは別人なのかもしれない。前世を思い出しただけで、お互い元からの自分だろうとは思っているけれど。秋原さんへの気持ちがゲームに影響されているんじゃないか、俺の本心なのかもわからず不安だ。
告白を聞いて秋原さんは頬を染める。
「私で良ければ、よろしくお願いします」
可愛かった。俺は嬉しくなって、思わず彼女を抱きしめてしまった。
後日、普通にエンディング後のエピソードも終わる。ゲームのシナリオから解放された時は緊張した。俺たちの気持ちが急に変わったらどうしようかと思った。
でも、それは杞憂だったみたいだ。秋原さんはその後も俺の隣にいる。
「月山くんの恋心が急に消えたら、私はショックで寝込んだかもしれない」
「俺だって、秋原さんが急に冷たくなったらと思うと不安だったよ」
秋原さんが俺に抱きつく。
「ねえ、これからは本当に自由だよ。シナリオも何もない世界。大好きな湊くんと、これからもずっと一緒にいたいな」
俺の愛弥は今日もとても可愛かった。
ありがとうございました




