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第4話 友人はハードボイルド?

お読みいただきありがとうございます。

このお話は、介護施設で働く青年・ハルキと、

なぜか関西弁でしゃべる白猫の“神さま”との奇妙な関係から始まる物語です。


夜勤明けの空っぽな心に入りこんだ、

一匹の猫と、ひとつの小さな嘘。

介護の現場でくすんでしまった「やさしさ」を、

もう一度取り戻すまでの物語。


ゆっくり楽しんでもらえたら嬉しいです!

排泄介助の後、風呂場の裏で手を洗っていたとき、ふと気が抜けた。

このところ、無言で立っている時間が多い。

次の介助の合間で何かを考えているようで、何も考えていない。

それでも立っていないといけない気がして、足だけは固まっている。


「ハルキくーん、帰れる?」

同じフロア担当の先輩である美希さんが声をかけてきた。


「あ、はい……あと一人だけなんで、終わったらあがります」

「もう時間過ぎてるから、あがっちゃって! 最後の利用者さんは保湿剤だけ塗る人だよね? やっとくやっとく!」

「……あ、はいすみません。ありがとうございます」

少し気乗りしないが、先輩は微笑んだっきりで、周りのスタッフも同調するような視線を送ってきた。

断る雰囲気でもないため、ご厚意に甘えることにした。


「よしっと」

ハルキは自身のロッカールームで身支度を済ませ、足早に玄関に向かう。


夜勤明けの朝。施設の食堂に差し込む陽の光だけがやけに眩しい。


「お、ハルキくんお疲れ! ゆっくり休めよ!」

食事介助中の施設長の声がけに、軽く会釈する。

ここにいるスタッフ全員が『何かの役に立っている』ように見えて、自分だけ空っぽに思える。

『誰かのためにならないと、生きてる意味がない』

そんなふうに思っていた。いや、今も思っている……はず。

自分が『優しい人』『体力がある人』でいることが、唯一の取り柄だと思っていた。

でも最近、利用者さんを介助するとき、自分がその人を『荷物』のように扱ってるんじゃないかと感じることがある。

だから、笑えない。

優しいふりをする自分に、どんどん中身がなくなっていく気がする。


「うし、帰ろう」

外に出ると、朝の空気が少しぬるかった。

働いているのに、誰にも見られていない気がする。

必要とされているはずなのに、誰にもちゃんと触れていない気がする。

そのとき、ゴミ捨て場のフェンスの上に白い猫が座っていた。

まるで、そこにずっといたように。

自分を待っていたように。


「お?」

声を出したつもりはなかった。

でも、猫はこちらを見て、小さく「にゃー」と鳴いた。

「シロか」

それが記憶なのか、錯覚なのかはわからなかった。

けれど、胸の奥に、ずっと閉じたままだった何かが、かすかに鳴った。

その猫は、しばらくこちらを見ていた。

白くて、痩せてはないけど、どこか『間』が抜けているような顔。

目は涼しげで、でもちょっとだけイラついているような。

人間のことを『まったく』と思っていそうな感じ。


「なんだよシロ、言いたいことがあるなら言ってみろよ」

言ってみて、自分でも少し笑ってしまう。側から見れば、変人だ。猫相手に話すことではない。そう猫ならば。


「なんやねん、相変わらずギラギラやなぁ、目つきなんてほんま……そんなじゃモテへんで? おぉ!?」

突然、白猫が流暢に日本語を、関西弁で話し始めたのだ。片目を大きく開きズンズンとハルキにメンチを切るように煽る。


「余計なお世話だ。夜勤明けで瞼も体も重いんだよ。少しは察しろよ」

「嘘やな、前に会った時もおんなじやった! 覚えてるで? そん時は昼間やったもん。だから今回も寝不足とちゃう!」

「はいはいわかったわかった。わかりましたよ」

ハルキは片手をヒラヒラとさせながら、白猫の返答に応じたように見せた。二人の会話はどこか軽薄で、昔ながらの友人のようだった。


そう、この不思議な友人を俺はシロと呼んでいる。


〜あれは丁度半月前〜

最初は驚いた。いきなり『ワイは神様や!』なんて猫が喋るもんだから階段を踏み外したんだ。

幸い昔からのタフネスぶりを発揮して両膝の擦り傷と打撲で済んだが、たまに痛みを感じる時がある。あぁ痛い。

田園調布(でんえんちょうふ)にある特別養護老人ホーム燈。ここで俺は新卒入社で介護福祉士として働いている。

昨今の歯止めの効かない高齢化社会にとって、俺たち介護士は汗水垂らしながら、それこそ身を粉にして働いている。

日勤、夜勤と交代で続くにつれて生活リズムが乱れた後、体調不良で有給使うなんて珍しくない。

そのヘルプに入ったスタッフが次の日に体調不良。そんな職場である。


「あ、ハルキくーん!」

不意に背後から声が聞こえ、村神ハルキは振り返った。

「美希さん、どうしたんですか?」

現れたのは職場の先輩、地崎美希。容姿端麗で誰にでも笑顔を振り撒き、利用者だけでなく職員全員の人気者。

そんな自分とは真逆の存在が俺に何のようだろうか。


「仕事終わったのにごめんね、これ渡すの忘れてたからさ」

と、不意に手渡されたのは一枚の紙切れ。

めくってみると、そこには電話番号とメールアドレスが書かれていた。


「あの、これ」

俺も男だ。こんな美人に積極的に来られればドギマギもする。こう言う時、なんて答えたらいいのか。


「ハルキくん最近、元気なさそうだったから。なんかほっとけなくて。余計なお世話だったら捨てていいからね! じゃぁゆっくり休んで!」

俺が返答する前に、美希さんは颯爽とホームに戻っていってしまった。

まさかこんなことになるとは、人生は何が起きるかわからない。


その日は心躍りながら家に帰り、ウキウキで就寝についた。


翌日、我慢できずメールを送信。二、三時間かけて文章を反芻(はんすう)した。

返信が来るまで何も手がつかず体をとにかく動かしていた。

まさか俺が。ついにこの時が! 頑張ってきてよかった!


『フォン!』メールを受信した音が聞こえた。


ハルキの心は最高潮に達した。そして、緊張の中メールボックスを開いた。


『初めまして村神ハルキさん。この度は全国の相談窓口である、NPO法人、心絵(こころへ)にご連絡いただきましてありがとうございます。我々の力で一つでもお悩みを解消できるように全力でーーー


俺はベッドに飛び込むと、そのまま寝入ってしまった。


目を覚ました俺を待っていたのは、腕時計の針音だけがこだましている暗闇の自室だった。

朝から寝入って今は十九時を過ぎていた。

空腹と喉の渇きがあるものの、何かを口にする気力が湧かなかった。

その代わり、とにかく外を歩きたくなった。正確にはどこか別の場所に行きたくなった。


自惚うぬぼれたぁ、あぁ、バカだぁ」

と、誰に言うでもなく独りごちながら近くの河川敷に向かった。

時折、ランニングや散歩のコースとして通っているが、今日のように出歩きたくてくる場所ではない。


ゆっくりと階段を降りていく。おぼつかない足取りに気づくと、再び恥ずかしさや苛立ちが蘇ってくる。


「あぁもう!」

と、やるせない感情を声に出した次の瞬間。


「なんやねん! いきなり大声だしよってからに!」

「うお!?」

急に中年男性の声がハルキに衝撃を与えた。しかし、おかしい。そこには人っこひとりいないのだ。


「気のせいか? いや流石にそれは」

ハルキが辺りを見回すが、やはり人の気配はない。

だんだんと気味が悪くなり、階段を駆け上がろうとした次の瞬間。


「シャー!!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

草むらから何か丸い物体がハルキの顔を覆った。視界を遮られ、体重が後ろにかかる。案の定、階段を転げ落ちたーーーー。

「あぁ、そないなこともあったなぁ?」

「おい、何を他人事のように言ってんだよ。おかげで大怪我しそうだったんだぞ?」

「そない言うたらハルキやて悪いんやで! 人の眠りを妨げおってからに!」

「暗いし足元も見づらかったんだからしょうがないだろ!」

基本的には口喧嘩になるのはいつものことである。

この不思議な猫。本人曰く、神様らしい。いったい何の神様なのか知らないが、喋ってる時点で普通ではないのは理解できるようになった。


「んでハルキ、例のものは?」

急に深刻そうなになる猫神。地味に低くいい声音はハードボイルドな感じだ。だが、見た目はどっぷりと太っており、毛色も相待って餅を彷彿とさせるため、雰囲気が崩れてしまうんだ。

でも前に太っていることを話した時は大変だった。

ネチネチと卑屈になったと思いきやダンマリを決め込んでしまう始末。そのため、むやみには触れないようにしている。


「ほらよ」

ハルキは徐に唐揚げを袋から出した。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。


介護の現場で、自分の“優しさ”が空回りしていく感覚。

誰かの役に立ちたいのに、心だけがついてこなくなる瞬間。

ハルキはまさにその渦中にいて、

そこへ関西弁の猫・シロ(?)が踏み込んできます。


次回は、なぜシロが“神様”を名乗るのか、

そしてハルキの心の中に何を見ているのか、

そのあたりが少しずつ明らかになります。


続きもぜひ読みにきてください。

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