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遅すぎた後悔  作者: ミカン♬


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8/10

8 カタリナ/クロビス

 * **カタリナ視点***


 廊下に追い出されて、私は扉の前に立っていた。

 隣にいるセシリアも、同じように立ち止まっている。

 ──待ってるのはお兄さまじゃなくて、クロビスでしょうに。


 クロビス。

 強請ればなんでも買ってくれる婚約者。財布としては悪くないわ。

 けど、リチャードと違って、私の芝居はちっとも通じない。

 涙声でセシリアの悪口を並べても、「そうか」と頷くだけで、信じなかった。


 顔は嫌いじゃない。けど、あの全部を見抜いてる灰色の目が、気に入らない。


 甘えても、微笑み一つくれない。手だって握らない。

 ──無愛想で、つまらない男。


 でも金持ちだからいいの。恋愛はリチャードとすればいい話。

 ……そう割り切っていた。


 なのに突然「婚約破棄」だなんて。

 ツケで買ったって同じでしょう? どうせ私のお金になるのに。


 まあ、いいわ。婚約なんてなくなっても痛くない。リチャードがいるんだから。

 そのリチャードを奪った憎らしいセシリア。うるさいだけの女。

 ──消してやろうと、ずっと思ってた。


 毒も手に入れた。けど、セシリアはもう追い出される。殺す手間なんていらない。

 本当に消すべきはクロビスだった。


 突然死に見せかける薬を入れてやった。

 今ごろ、毒入りコーヒーで心臓が悲鳴を上げてる頃よ。


 ……なのに、セシリアは着飾って得意げに立ってる。

 その姿が、余計に腹立たしい。

 ──クロビスを誘惑したんでしょう?


 でも、残念ね。

 もうすぐ貴女のクロビスはいなくなるのよ、セシリア。


 昨夜はリチャードに睡眠薬を盛って、私のもとに戻らせた。

 あなたは実家に帰ればいいわ。命だけは残してあげる。


 ……それにしても、早く立ち去らなきゃ。

 リチャード、何をぐずぐずしているのよ。


 焦りを隠しながら、私は閉じられた扉をじっと睨み続けた。



 ** クロビス視点**


 愚かだ。

 リチャード……君は本当に愚かだ。


 私が最初に心を奪われたのはセシリアだった。


 ビルア男爵家の店は父が長く贔屓にしていた。

 たまたま店先で彼女を見かけた私は、セシリアをカタリナだと勘違いしたのだ。


「──あのご令嬢は誰だ?」

 あの日、部下に尋ねた。


「ご令嬢?……ああ、ビルア男爵家のカタリナ嬢でございましょう」

 そう告げられた瞬間、私は恋に落ちた。紅い髪の、活発そうな令嬢に。


 だが現れたのは、十八の幼さを隠しきれないカタリナだった。

 部下は間違っていなかった。セシリアは既婚の身、男爵夫人だったのだから。


 悔やんでも仕方ない。親の願いで身を固めようと思っていた私は、彼女の姪なら問題はないと考えた。

 そのうえで、改めてビルア家を調査した。


 結果──ビルア家の内情は散々だった。


 カタリナに至っては叔父に執着し、恋人から毒を入手しようとするほどの危険な娘だった。

 あのとき決意した。セシリアを守る、と。


 だからこそ、問題を抱えたカタリナと婚約した。


 あの日の雨を、忘れない。

 濡れたセシリアを見つけ、毛布をかけたとき。

 ――やっと守れたと、胸をなで下ろした。



 ……そして今に至る。


 ビルア男爵家に求める賠償金は、普通なら莫大な額だ。

 でも伯爵家にとっては……些細な金額にすぎない。


 項垂れるリチャード、もう崩れるのは時間の問題だ。


「リチャード殿。婚約破棄の同意書にサインを」

 ペンを差し出した。


「……っ」

 唸るような声。だが抵抗はない。追い詰められた男の呼吸音だけが響いた。

 やがて震える手で署名する。


 ──だが、本題はここからだ。


「貴方にチャンスを差し上げよう」

「……チャンス?」

「ええ。セシリアとの婚姻を終わらせる。それだけでいい」


 差し出した離縁状にリチャードの顔が苦痛に歪み……彼は椅子を蹴り立ち上がった。


「ふざけるな! 俺は悪くない! 全部、セシリアとお前のせいだ!」

 荒い息で怒鳴りだす。


「離縁だと? 勝手なこと言うな! セシリアは……セシリアは、俺の妻なんだぞ!」


「妻、ですか……ならば、なぜ姪を抱いた」


 リチャードの顔が真っ赤に染まり、口をぱくぱくと動かす。

 言い訳を探しているが、何一つ出てこない。


「だ、黙れ! お前が……お前がセシリアを誘惑したんだ! 夜ごと密会して、俺を裏切っていたんだろう!」


「証拠を」私は一言で遮った。

「ぐっ……」


 声が詰まった。

 荒々しい息だけが、部屋に響く。

 やがて彼は崩れるように椅子に戻り、震える手でペンを握った。


「離婚だ……もういい……!」


 ペン先が紙を走る音。


 夫という──最大の障害が、消えた。


「言っておきますが、彼女とはそういう仲ではありません」

「貴様っ! 今さら信じられるか!」


「嘘ではない。ただ、欲が無かったと言えば嘘になる。だが夫人は関係ない。……ずっと、私の片思いだった」


 リチャードは唇を噛み、強く握った拳を震わせた。


「慰謝料は請求しない。ただ、カタリナ嬢がツケで散財した分は返していただきたい」


「はぁ? 慰謝料をもらうのはこっちだ! お互い様だろう!」

 彼は子どものようにわめく。


 私は確認済みの書類を重ね、冷静に告げた。

「そう思うなら、確かな証拠を揃えてから言うことですね」


 そして、冷めきったコーヒーに手を伸ばした。


 ――すべては計画通りに。

 


読んで頂いて有難うございました。

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