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遅すぎた後悔  作者: ミカン♬


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7/10

7 リチャード/ セシリア(クロビスの想い)

 初めてセシリアに出会ったのは、ガラス工房だった。

 彼女は動きやすいシンプルなドレス姿で、赤毛をひとまとめにして、化粧っ気もなく……ただひたすらにガラス細工づくりに没頭していた。


 ──その姿に惹かれたんだった。


 結婚してからも、そのシンプルな姿が当たり前だと思っていた。

 当たり前すぎて、俺は何も見えていなかった。


「セシリア……」


 妻なのに。俺が守るはずだったのに。

 どうして今、こんなにも遠くに見えるんだ。


「なーんだ、そういうこと!」

 唐突にカタリナが声を張り上げ、クロビスを指さした。


「不貞を犯したのはクロビス様も同じだったんだわ。二人は付き合ってたんでしょ!」


「そんな事実はない」


「じゃあ、なんでセシリアがここにいるのよ! 綺麗に着飾って、不倫してたんでしょう!」


 クロビスとセシリアが一瞬視線を交わしただけで、嫉妬なのか怒りなのか、胸の奥が焼けるように熱くなった。


「まさか……そうなのか? セシリア、おまえ……俺を裏切っていたのか?」


「そうやって、いつまでもカタリナの言葉を鵜呑みにして……だからあなたは破滅したのよ」


 一瞬で熱くなっていた胸が冷えた。

「そうだ……すまない……かつて俺は、間違ってた。でも何で、おまえはここにいるんだよ?」


 彼女に近づこうとすると、背後からカタリナが俺の上着を掴んで引き留める。


「リチャード兄さまは、私と結婚するの。昨夜は、私たち結ばれたんだから!」


 部屋の空気が凍りついた。


 セシリアの目が見開かれる。


 沈黙を破ったのはクロビスだった。

「リチャード殿。……二人だけで話しましょう」


 そう言って、セシリアとカタリナは部屋から出された。


 扉の向こうで、カタリナの声が響いている。

「いやよ! 帰るんだから、離してよ!」


 もう「後悔」なんて言葉で片づけられる状況じゃなかった。


 ──大丈夫だ、カタリナ。お前を守る。


 このとき、やっと俺は冷静さを取り戻した。


 店を潰す訳にはいかない。家族の生活も俺にかかっている。


 クロビス、今、決着をつけてやる。


 * * *


 廊下に出た途端、甲高い声が私の耳を刺す──カタリナだ。


「大人しそうな顔して、まさか不倫してたなんてね!」


「違うわ。雨の中で放り出されて、伯爵に拾われただけ。リチャードは探しにも来なかった。それに、あなたも同じ。嘘ばかりついて……なんて非情な家族なのかしら」


「家族? 初めからあんたを家族だなんて思ったことないわ。ただの、都合のいい無給の使用人よ」


 ──もういい。

 本当は言いたいことが山ほどある。けれど、何をぶつけても、届く気がしなかった。


 不倫などしていない。だけど、クロビス様への思いは、もはや言葉で説明できないほど複雑だ。


 ──今朝のことを思い出す。

 彼が私に差し出した一枚の紙。


 離婚届。


「リチャードがこれに同意すれば、貴女の望みを……叶えます」


「……どういう意味ですか? 遊びのつもりなんですか?」


「いえ、セシリア、私は……」

 彼は口をつぐみ、表情は相変わらず無機質だ。


「伯爵さま、続きをお聞かせください」


「……私は幼いころから、感情が欠落していると言われて育ちました」


「そんなこと、ないと思います」

 確かに顔に感情を出さないけれど、だからといって本当に欠落しているとは思えない。


「思いやりも、愛も、無縁でした。でも、問題なく生きてこられた」


「カタリナに求婚したじゃないですか。愛があったんですよね?」


「全くありません」

 クロビス様は、きっぱりと否定した。


「じゃあ……どうして」


「努力はした。でも無理だった。だから、これしか方法が思いつかなかった」


「……その方法が、離婚届ですか? 私の望みを叶えるために?」


「そうです。あの日、貴女を見かけてから……自分が分からなくなった」

 彼の声には熱がこもり、感情のない人間のものとは思えなかった。


「わ……私は、リチャードの妻です」


「分かっています。でも、これだけは……私は彼よりも、貴女を幸福にできます」

 ──その言葉は、紛れもない愛の告白だった。


「リチャード殿を呼び寄せました。セシリア、よく考えてください」




 それから、どうすればいいのか、ずっと悩んでいる。


 クロビス様とリチャードは今、どんな話をしているのだろう。

 夫は離婚に応じたのか。


 隣では、カタリナでさえ祈るように扉を見つめ、その顔には焦りが滲む。


「お待ちする間、あちらのお部屋へどうぞ」

 執事の声が聞こえても、鎖に絡まれたように体は動かなかった。



読んで頂いて有難うございました。

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