5 リチャード
**リチャード視点**
「クロビス様が婚約は破棄したいって言ったの。私が悪い子だからって、そうセシリアが教えてくれたって、酷いと思わない?」
「よしよし、いい子だからもう泣くな」
俺は、泣き続けるカタリナを抱きしめる。
幼いころから、こうやって、カタリナが泣くたびに落ち着かせてきた。
衝動的にセシリアを追い出してしまったけれど、脳裏にちらつくのは、以前見せられたカタリナの素行調査の紙だった。
あの時はセシリアが、俺に隠れてカタリナを調査したことに腹を立てた。
カッとなって、目も通さず紙は燃やしてしまったのだった。
「なぁ、正直に言ってくれ。悪い子って、おまえは何をしたんだ?」
「何もしないわ。きっとセシリアが自分の罪を、私に被せたのよ」
セシリアと結婚してからの平穏な生活は、少しずつ崩れていった。
クロビスとカタリナが婚約してからは、それがさらに加速した。
「しかし、セシリアはどうしてそこまで、おまえを憎むんだ……」
「そんなの嫉妬に決まってる。お兄さまの愛情を独り占めしたいんだわ。私が邪魔なのよ」
──瞳を潤ませるカタリナ。
ずっと妹のように可愛がってきたんだ、俺に嘘なんてつくはずがない。
「それにお金持ちのクロビス様との婚約を妬んでいるのよ。だってお店の利益なんて微々たるものだから、お兄さまと結婚したのは間違いだったと、セシリアはいつも言ってたわ」
「アイツ、そんなことを言ってたのか……バカにしやがって」
「私を信じてくれる?」
「勿論だ」
「じゃぁ、離婚するわよね?」
カタリナの瞳が、涙の奥でかすかに輝いた。俺に縋りつくふりをしながら、その目は俺の反応を計っている。
だが正直、離婚は避けたかった。妻の実家のガラス工房との縁を失うのは痛い。
「いや、セシリアが反省して謝ってきたら、許すつもりだ」
カタリナはぷっと頬を膨らませる。昔は可愛いとしか思わなかった仕草が、今は妙にあざとく見えた。
「婚約を破棄するなら、クロビス様と話し合わないといけないな。お前は部屋で休んでなさい」
まだ何か言いたそうな顔で、カタリナは部屋へ向かった。
カタリナとセシリア。
正直、二人の相性は最悪だ。
婚約破棄……浮気者のクロビスは、ついにカタリナに飽きたのかもしれない。
どう贔屓目に見ても、カタリナは子どもっぽくて、取り柄なんて顔の綺麗さくらいだ。
元々、伯爵夫人になんて向いてなかったんだ。
それに気づいたクロビスの愛情が冷めたのも当然だろう。
「……慰謝料は、きっと出る」
俺はつぶやく。
「その金を持参金にして、カタリナを大切にしてくれる男に嫁がせよう」
そう決めた時、雷が鳴り響いて、雨が一気に強くなった。
ふと……セシリアはどうしているのかと気になった。
セシリアは妻で、カタリナは亡くなった俺の姉の忘れ形見。
どちらも大切だ。比べられない。
……だけど、この家に本当に必要なのはセシリアだ。
「辻馬車でも拾って、実家に帰ったんだろう」
自分にそう言い聞かせた。そうでもしなければ、落ち着けなかった。
その夜。俺は浴びるように酒を飲んだ。
頭の奥がじんじん痛くなるほど、無理やりにでも酔い潰れたかった。
「……お兄さま」
耳に、甘い声が届く。視界がぼやける中で、差し出された薬を何の疑いもなく口に含んだ。
――やっぱり、カタリナはいい子だ。
そう思った瞬間、闇に沈んだ。
……そして朝。
ベッドの横に……カタリナが眠っている。
体を起こした瞬間、俺は全身が凍りついた。
……俺たちは、一糸まとわぬ姿で並んでいたのだ。
「っ……!」
慌ててベッドから飛び降りる。
その気配にカタリナが目を開き、ふふっと笑った。
「愛してるわ、リチャード兄さま」
手を伸ばしてくる彼女は、もう姪じゃなかった。
俺のベッドに忍び込んだ――愛人のような女。
「……な、なんで……」
心臓が早鐘を打ち続ける。
カタリナは微笑む。
そこには、「思惑通り」という確信が透けて見えた。
昨夜俺は酒を飲んで──カタリナに、薬を……盛られた?
俺は膝をつき、頭を抱える。これは罠だ、俺は悪くない――そう思いたい。
「うっ……ぐぅっ……」
喉に込み上げてきたものを堪えきれず、俺は洗面所に駆け込んで、何度も吐いた。
「俺は……なんてことを……」
胃の奥から搾り出されるのは酒だけじゃない。
俺が信じ続けてきた、愚かさそのものだった。
読んで頂いて有難うございました。




