2 セシリア
夕刻、店から屋敷へ戻ると、玄関ホールがやけに騒がしかった。
ご機嫌で軽やかな声――カタリナだ。
両腕いっぱいに包みを抱え、ドレスの裾をひらひらさせながら、使用人たちを振り回していた。
「こっちは私の部屋へ。こっちは叔父様の書斎に置いてちょうだい」
「……カタリナ様、これは随分と高価そうに見えますが」
「すごいでしょ? クロビス様が全部支払ってくださったの」
私は思わず足を止めた。
脳裏に浮かぶのは、あの冷ややかな灰色の瞳。
――これが、本当に浮気者で暴力的だと言われている人のすること?
どう見ても、これは愛情の証じゃない。
「まあ、セシリア。お仕事は終わったの?」
ぱっと笑ったカタリナ。その目の奥に、一瞬、警戒の色が走った。
「今日はね、クロビス様が謝罪の印だって。素敵でしょう? ドレスも宝石も、たくさん買ってくださったの」
「……謝罪の印?」
「ええ。……ちょっと口論があって。でも、私が我慢すれば済む話なの」
――嘘。
私の胸に冷たい言葉が広がった。
口論? あの冷静な伯爵さまと?
どう考えても、この包みの山は「我慢の証」なんかじゃない。
使用人たちが顔を見合わせ、目をそらしている。
今日はたまたま私が居合わせただけ。きっとこれが初めてではないのだろう。
本当に、これらはクロビス様からの贈り物なのか。
それとも――店のお金を使い込んでいるのか。
カタリナの散財は前から目に余っていた。
リチャードに訴えても「君は冷たい女だ」と言われるだけ。
だから私はずっと、自由奔放な彼女を心配してきた。
でも今――もうはっきりと分かる。
カタリナは、嘘をついている。
* * *
数日後。
ビルア家の店の用事で、私はカナビア伯爵家を訪れていた。
仕事の時間が好き──嫌な事を忘れられるから。
応接室で待つこと数分。扉が静かに開いて、クロビス様が姿を現す。
あいかわらず、灰色の瞳が私を射抜いてきた。
「またお会いできましたね」
「ええ……お取引の件で」
形式的な挨拶を交わすと、彼は顎をわずかに動かして従者を下がらせた。
閉まる扉の音が、妙に遠くに響く。
用が済むと、クロビス様が尋ねてきた。
「……夫人。前回の問いの続きを聞いてもよろしいですか?」
「前回の問い?」
「カタリナ嬢を、どこまで信じているのか」
逃げられない。そう思わせる空気だった。
私は息を整え、はっきり言った。
「……正直に申し上げます。姪の言葉には、もう信じられるものがありません」
その瞬間、クロビス様の表情に、一瞬だけ安堵が混じった気がした。
「では、事実を確かめる気はありますか?」
「事実を?」
「ええ。あなた自身の目と耳で。私が差し出す事実を」
私は頷いた。
――カタリナの嘘に、このまま夫婦仲を壊されるわけにはいかない。危険でも、確かめなければ。
クロビス様は懐から封筒をひとつ取り出した。
「これは執事が記録した、カタリナ嬢の外出記録です。……受け取りますか?」
驚きが走る。つまり彼は、カタリナを調べていたのだ。
封筒を受け取るとき、指先が彼の手に触れた。
それだけで、胸にかすかな熱が広がる。
――私はもう、彼と同じ側に立っている。
「……伯爵さまは、カタリナを愛していないのですか」
「私も二十五歳になり、両親から婚姻を急かされていました。たまたまビルアの店先で出会った美しい人に心を奪われて、求婚したのです」
「ええ、存じています」
「けれど……妻にすべき人ではないと気づきました。一応、私なりに努力はしましたが」
胸が痛んだ。
カタリナの婚約は、もう終わりを迎えてしまうのだろう。
私の顔に絶望が浮かんだのか、クロビス様は少し柔らかい声で言った。
「安心してください。取引は今後も続けるつもりです。夫人のご実家のガラス工房の品は、素晴らしいですから」
「あ……ありがとうございます」
父のガラス工房は高く評価され、平民だった父は男爵位を授かった。
そのおかげで私はリチャードと結婚し、彼からも「ガラス細工に惚れ込んだ」と言って求婚されたのだ。
――最初は優しい夫だった。彼を愛していた。
でも、今では夫婦仲は冷え切っている。
そんなことまでクロビス様は見通しているのだろうか。
彼の余裕を含んだ笑みに、そう思わずにはいられなかった。
読んで頂いて有難うございました。




