10 【完結】セシリア
牢を出ると日が落ちて、空気がひやりと肌を刺した。
けれど、さっきまで胸を締めつけていた重苦しさは、すっかり消えていた。
クロビス様が黙ったまま上着を掛けてくれる。
「有難うございます」
「いえ」
静かな廊下を、クロビス様と並んで歩く。
壁に設置してある燭台には、火が灯されて、夜の気配が近付いている。
「二人は借金奴隷として、鉱山送りとなるでしょう」
「軽すぎませんか?」
「私の罪を差し引いたのです」
処刑でなくて良かった。どこかホッとした。
クロビス様が犯した罪。それは私を守り、解放したこと。
罪なのだろうか? 私は感謝しているのに。
「……セシリア。後悔はありませんか?」
「いいえ。後悔などありません」
そう答えると、胸の奥に解放感が広がっていくのを感じた。
「でも……お店はどうなるのでしょう?」
「伯爵家の所有になります。店は残す予定です」
「本当に? それなら嬉しいです」
思わず笑みがこぼれる。
あのお店があったから、私は辛い結婚生活にも耐えられた。
懸命に働き、汗を流したあの日々は、無駄ではなかったのだ。
「これから――あなたは、どんな未来を望みますか?」
彼の問いに、少し考え込んだ。
未来。
これまで想像する余裕すらなかった言葉。
結婚する前──充実して輝いていたあの頃のように、生きていきたい。
「また、ガラス細工を作りたいです。そして……今は、早く両親にも会いたい」
「ガラス細工を……そうですか」
彼のつぶやきは、とても寂しそうだった。
私の返事は彼が望んだものとは違ったみたいだ。
私は立ち止まり、彼の名を呼んだ。
「クロビス様。もし言いたいことがあるなら……はっきりと仰ってください」
そのとき、初めて彼の表情に、押し殺していた想いがあふれて見えた。
「私は……貴女を幸福にしたい。どうか……私と結婚してください」
あまりに真っ直ぐなクロビス様の言葉に、トクンと胸が高鳴る。
「……でも、まだ離婚届を提出していません」
私の手の中には、リチャードの署名が入った離縁の書類がある。
「すぐに承認させます。最優先で。そして、そのとき……あなたの返事を聞かせてください」
「はい……」
どれくらいの時間を、互いを見つめ合っていたのか。
言葉もなく、ただお互いの気持ちを確かめ合っていた。
私はクロビス様が好きだ。
「セシリア」
私の名を呼んで差し出した手に、そっと手を重ねる。
指先に、じんわりと彼の熱が伝わってくる。
「未来を描いていくのはこれからです。……クロビス様、あなたと、一緒に」
私の言葉に、彼は驚いたように目を瞬き、それから照れくさそうに微笑んだ。
「なら……お店はあなたに任せます。近くにガラス工房も建てましょう。好きなだけガラス細工を作ってください」
胸の奥が温かさで満ちていく。
「それは……とても素敵ですね」
「そして……」
彼は息を整え、不器用に言葉を紡ぐ。
「その未来に、私が隣にいても……いいですか?」
真剣で、不器用で、けれど誠実な問いかけ。
私は堪えきれず、微笑んでしまう。
「はい……でも、もう少しだけ待ってください」
「もちろん。……私は、いつまでも待ちます」
夜の静けさの中、私たちはゆっくりと歩み出した。
――もう振り返らない。
私が選ぶ未来は、きっと温かい光に輝いている。
そしてその隣には、いつもクロビス様がいる。
中庭の渡り廊下にさしかかると、
月が、祝福するように私たちを照らしていた。
終わり。
最後まで読んでいただいて有難うございました。




