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新約:特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。  作者: 黄玉八重
第01章 -王都アスペラルダ城下町編-
7/8

Ep:006[只人、ダンジョン入りする]

 城を出たその足で宗八(そうはち)が向かったのは冒険者向けの宿屋だった。

 兵士やギルド職員に聞き込みをして食事が美味しかったりサービスの良い宿はリサーチ済みだ。今回宗八(そうはち)が決めた宿は個室が他の所よりも多少広く食事も美味しい割に手頃な値段と評判だった[ポリーチェの宿屋]という家族で経営している宿屋だ。

 今日は宿の確保と装備や魔導書を整えて明日初めてのダンジョンアタックをするつもりの宗八(そうはち)は宿の空きを気にして早足で人垣をすり抜けて目的地へと急いだ。


 カランカラン、とドアベルが鳴ると奥から小走りで女性が出迎えに来てくれた。

「いらっしゃいませ~。宿ですか?食事ですか?」

 この宿は食事だけでも利用可能とは事前に聞いていた。宗八(そうはち)は前者だと伝える。

「宿をお願いします。個室は空いてますか?」

「丁度、先ほどチェックアウトがあったばかりですよ。運が良いですね、お客さん」

 女性はカウンターに回り込みながら、柔らかい笑みを浮かべた。

「それで、何日ほどのご予定で?」

 女性は宿泊者名簿とペンを手にして予定を聞いて来た。

「ひとまず一週間の予定でお願いします。その後はダンジョンの攻略状況次第で」

「かしこまりました。それではギルドカードをお持ちでしょうか? お客様情報の確認と登録をさせていただきます」

 宗八(そうはち)は言われるがままギルドカードを手渡した。


 宿屋だけではなく武具屋でも誰が泊まったとか誰が購入したとかの記録を残す為の魔道具が普及している。

 これは犯罪者が出た場合に衛兵に協力して身の潔白を証明する為の店側の自衛策だ。変に隠し事をせずに誰がいつ何日止まったのか、何日の間宿に戻らなかった等が魔道具を通して確認出来るようになる優れモノなのだそうだ。

 ギルドカードの登録を済ませた女性は続いて代金と宿の説明に入った。


「この宿は一泊と夕食が1セットとなっており一泊750Mölln(メルン)。朝食は毎食250Mölln(メルン)。一階が食堂で二階が宿なので部屋に持って上がって食べても良いですし食堂で食べても構いません。一階だと他のお客さんと相席になる可能性があるので気になるなら自室で食べてください」

 現在の宗八(そうはち)の現金は2000Mölln(メルン)だ。分かりやすく言えば2000円。1日泊まるだけで半分が吹き飛ぶので明日のダンジョンアタックは何としても稼がなければならない。戦う技術の教育とお小遣い程度とはいえ給料を出してくれた国王夫妻に感謝だ。


「朝食の度に支払いとなりますので朝降りて来る時はカードを忘れない様にしてくださいね。こちらがお客さんのルームキーになります。何かご質問はありますか?」

 宗八(そうはち)は感謝してから鍵を受け取った。質問はひとつだけ頭に浮かんだので伝えてみる。

「これから買い物に出たいのですが何時が夕食になるんですか?」

 女性は笑顔で快活に答えてくれた。

「夜は鐘が鳴ってから二時間の間はお出ししています。それ以降は追加料金でお出しする事も出来ませんので屋台などでお食べ頂く必要があります」

「わかりました。改めて水無月宗八(みなづきそうはち)と言います。しばらくよろしくお願いします」

「おやおや、随分と礼儀正しいお客さんだこと……。私は宿の名前にもなっているポリーチェです。料理人は主人のゴルノート、夕食時は娘のミナータと息子のトリントが手伝ってくれますので顔を合わせた際はよろしくおねがいしますね」

 互いの名乗りが終わりポリーチェは再び宿の奥へ、宗八(そうはち)は一旦部屋の確認に二階へ上がった。荷物は餞別で貰ったショートソードとレザーの胸当てとポーションが3本だけでカードのインベントリにも何も入ってはいない。旅する様になれば荷物は増えるだろうけれど現時点では旅用の袋もダンジョンに持ち込む袋も持ち合わせてはいないので宗八(そうはち)は部屋に鍵を掛けると足早に雑貨屋と武具店が並ぶ通りに向かった。


 武具屋と雑貨で購入したものは以下の盾と帽子と魔導書。


【盾】ターゲットシールド/普通(ノーマル) ◇購入額:480Mölln(メルン)

 → DEF+2 / MGR+1|要求:STR8 / DEX8


【兜】革の帽子/普通(ノーマル)  ◇購入額:200Mölln(メルン)

 → DEF+1 / MGR+2|要求:STR5


【魔導書】エクソダス/普通(ノーマル)  ◇購入額:200Mölln(メルン)

 → 帰還魔法 / ショートカット設置|要求:INT/8 MEN/8


 残金200Mölln(メルン)。明日以降は毎日1,000Mölln(メルン)以上の稼ぎが無いと今の宿のグレードを落とさなければならなくなる。

 とはいえ、盾は敵の様子を見たりする時に安全の為に欲しかったし帽子は何も無いよりマシだろうと思って安物を購入した。特に大事なのが魔導書の[エクソダス]。ランダムダンジョンの場合は結局自分の位置が分からなくなるので時折困るが構造が変わらないダンジョンの場合は湧き場を何度も行き来する事で稼ぎに使えるし町の外で緊急事態に陥った際は街に戻る事も出来る。

 回復魔法の[ヒール]も欲しかったけれど、あちらは300Mölln(メルン)するので今回は諦めざるを得なかった。他にも火の魔法や氷の魔法も初級という事で店売していたのだが金欠で買えなかった……。初級魔法はゆっくりと集めて行くとしよう。


 ——翌日。癖付いた早起きで目が覚めてしまったので朝食の前に街の中を軽く走ってから部屋に朝食を持ち運んで食べ、腹も膨れたところでダンジョンへと向かった。常駐クエストで[スライムの核]というアイテムがそれなりの高値で売却出来るという情報をギルドで仕入れていた宗八(そうはち)はスライム狩りをするつもりでダンジョンの入口へと近づいていく。


「(おぉ!旧遺跡って感じの外観だ……。確か進んで行けば洞窟に繋がっているんだったか……)」


【ランク1ダンジョン:死霊王の呼び声】

 元の世界でも観光地などの遺跡に近寄る様な人生ではなかった宗八(そうはち)の心は踊っていた。

 特に独りだからと入口で止められる訳でも無く複数PTが周囲にゾロゾロと居る中にソロは自分だけ……。少し不躾な視線を感じるもののダンジョンアタックは自己責任なので誰も声を掛けることは無くダンジョンへと進んでいく。地下へ進む階段を下りている途中でモスキート音が聞こえた気がして周囲を見回すと先ほどまで一緒だったPT達が見当たらず宗八(そうはち)は独りぼっちになっていた。

 先ほど聞こえたモスキート音はダンジョンへ入ったことも合図なのだろう、と判断した宗八(そうはち)は装備を今一度確認してから警戒しつつ足を進めて行く。


 事前情報の通りに遺跡然としていた入り口付近を過ぎると洞窟へと繋がった。

 薄暗くはあるが壁際に篝火が等間隔で置かれているので全く先が見えないという訳でもない視界で奥へと足を踏み入れるとさっそく敵がプルンッ!と跳ねて現れた。

「スライム……」

 さっそくRPGお馴染みのスライムの登場だ。

 作品によっては顔がある様だが宗八(そうはち)の目の前で呑気に跳ね回っているスライムは半透明のツルリとした丸いフォルムで中心部に核と呼ばれる赤い宝石を携えた存在だった。情報によると倒し方は簡単だ。

 中心部の核を潰せば外部の半透明部分が消え失せるのだとギルドの資料には書かれていた。尚、中心部は[スライムの核]という低級の宝石扱いなので欠片でも持ち帰れば買い取ってもらう事は可能だが、完全な状態で回収出来れば高く買い取れるとも書かれていた。

 その場合は火属性の魔法で倒すしかないらしい。宗八(そうはち)は金欠で買えなかったが……。


「とりあえず、無様でも戦ってみるか……」

 独り言ちて宗八(そうはち)はショートソードを手に跳ねているスライムに近づいていく。

 どちらを向いているのか分からないフォルムに戸惑いながらも核を狙って剣を振るうとグニャリと言い表せない微妙に不快な感触が剣から手に伝わる。これがスライムの身体が持つ防御機能と正しく認識出来たのは、目の前のスライムの核に剣が触れなかった事から確認出来た。

 更に言えば半透明部分の所為で目標をズラされる上にスライムは核を移動出来るらしい。そして部分的に切られた身体はすぐに繋がり塞がった。

「いや、今のは腰が引けてたな。スライム自体も膝より低い体高だから今までの経験通りに剣を振ってもダメだわ」

 宗八(そうはち)が独り言を言っている間にスライムは敵対者である宗八(そうはち)を認定して攻撃態勢に入る。身体を震わせたと思えばすぐさま宗八(そうはち)に飛びかかって来たのだ。


「おっと!」

 このダンジョンに出るスライムは謎の液体を吐き出す事も無いし魔法を使う訳でも無い。唯々(ただただ)体当たりを繰り返すらしいので店で買った盾でさっそく防ぐと見た目通りの衝撃だったので宗八(そうはち)は落ち着いて対処出来た。盾の使い方も教官に教わっていたおかげで受け止めた後に押し返して逆にスライムの態勢(?)を崩す事に成功した。

「これでどうだっ!」

 あまりやりたくは無かったが、まずは一匹倒したい宗八(そうはち)は縦切りを選択した。

 グニュッとした感触に負けない様に今度は先ほどよりも力を込めて斬った事で狙い通りに核を真っ二つにする事に成功する。だが。


 ———ガァアアアアアアンッ!


 そのまま地面に剣を思い切りぶつけた事で宗八(そうはち)はその衝撃に剣を手から落としてしまう。

「~~~~~ッ!あ、ああああ……痛てぇ………!」

 声も出せない程の痛みに身を撃ち震わせる。誰も見ていないダンジョンの中で本当に良かった。

 宗八(そうはち)が悶えている間にスライムの身体は溶けダンジョンに吸収されて行く。その場に残ったのはドロップアイテムの[スライムの核(1/2)]が二つ。スライムの良い所は確実に核をドロップしてくれるところで倒し方によって様々な核が手に入る。綺麗に倒せば宝石としてドロップするが、ハンマーなどで叩き潰すと粉々の核がドロップするなど。今回は真っ二つにしたので半分と半分という訳だ。


 手の痺れが治まった宗八(そうはち)は剣に刃こぼれが無いか確認してから更に奥へと進んでいく。

 このダンジョンは全五階層のランダム構築されるインスタントダンジョンだ。つまり入る度に道順が変わり宝箱の配置も変わる。一度最奥のボスまで倒して脱出すると次に入る時には別構造になっているらしい。逆にボスを倒さずに[エクソダス]で脱出すると同じ構造のダンジョンに戻ってくる事となるし開けた宝箱は復活しない。

 第一階層はスライムとゾンビしか出ないとの情報なので慣れる為にも現れるスライムは出来る限り一撃で倒せる様に意識して剣を振るい、その甲斐もあって真っ二つとなった核が16個しかないインベントリを全て埋めてしまった。もともとポーションを3つ持ち込んでいたので13個の核(1/2)が集まった事になる。

 宗八(そうはち)の目の前にはインベントリに入らなかった核(1/2)が一つ地面に転がっている。


「持って帰れば金になるならインベントリじゃなくても良いよな」

 今更ながらダンジョンに興奮して失念していた。インベントリは大きさや重さに関わらず持ち運びが出来る機能なので基本的にはもっと奥でドロップする剣や鎧を回収するのに向いているのだ。それこそ口にした様に()()()()()()()()()()ので核の様な小さいドロップ品は適当な袋に回収して持ち帰るべきだろう。

 これでもゆっくりと警戒しながら進んでいたのですでに1時間近く経過していた。

 スライムのゼリーの様な身体を斬り裂きながら思い付いた討伐方法もあるし、一度戻る事にした宗八(そうはち)は覚えたばかりの魔法を唱える。

「《脱出(エクソダス)!》」

 発動した途端に自分の中の何かが失われた気がする。その所為で少し精神的な気怠さを感じた宗八(そうはち)の足元に魔方陣が描かれ、そのまま身体が光の中に消えて行った。視界が光に支配され眩しさに目を閉じた宗八(そうはち)の瞼の裏に暖かな光の気配を感じて恐る恐る瞳を開けるとギルドの外に設置されている転送陣の真ん中に立っていた。

 まだ朝の時間帯なので宗八(そうはち)の様に戻って来る冒険者は数えるほどしか居ないが、同じように魔方陣に光と共に現れてはそのまま気にした様子も無くギルドの買取所に向かって行く。逆に転送陣に足を踏み入れて光と共に姿を消す冒険者も居た。

「(なるほど。こういう魔法なのか)」

 魔法を使うとダンジョンからこの転送陣に戻ってくることが出来、逆に転送陣から先ほど脱出した場所に戻る事が出来る。魔法の説明は読んでいたものの実際に使用すると色々と感慨深かった宗八(そうはち)も転送陣から離れ買取所に向かった。


「お帰りなさいませ。本日はどのような買取を希望でしょうか?」

 買取所の受付が複数ある中で適用に選んだ従業員は出迎えてくれる。

「スライムの核を売りたいんですけど。全部半分になってて14個です」

 インベントリの13個にポケットからも1個追加した全てをカウンターに出す。

「スライムの核(1/2)を14個ですね。本来は1個500Mölln(メルン)で買い取りなのですが半分だと使い道も限られるので1個150Mölln(メルン)になりますが買取で宜しいでしょうか?」

「大丈夫です」

 とにかく元手が無いと追加で火魔法も買えないし小袋も買えないので即決する宗八(そうはち)に従業員は笑顔で了承する。

「かしこまりました。では、振り込み作業に入りますのでギルドカードもご提出願います」

 言いながらコイントレーを宗八(そうはち)の前に差し出して来たのでその上にギルドカードを置くと回収されて行った。あまり離れすぎると帰還機能が発動してしまう事もあるのか目の前で魔道具にカードを差し込み操作をすると、すぐにコイントレーに乗ったカードが返された。


「合計2,100Mölln(メルン)を振り込みました。ご確認をお願いいたします」

 カードの残金を確認すると200Mölln(メルン)から2,300Mölln(メルン)に変わっていたので振込額に間違いが無い事を伝える。

「確かに振り込まれています」

「本日はありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 買取所の並ぶ列から戻る為のルートで買取所から出た足でそのまま商店エリアにある雑貨屋を目指す。目的は腰に付けられる小袋とポーションを入れられるサイドポーチだ。追加で白い粉が売られていれば……くくくっ!これから往復する事になるであろうダンジョンと買取所を想像して宗八(そうはち)の口元には笑みが浮かんでいた。

 失ったお金が1時間程度で戻って来たのだ。教官が言う様に確かにお小遣い程度しかなかったお金がどこまで膨らむのかを想えば冒険者業のなんと夢がある仕事なのだろうか。時給2000円に一攫千金を夢見た宗八(そうはち)の冒険者業が本格始動を始めた瞬間だった———。

読み終わり『続きが気になる』『面白かった』など思われましたらぜひ、

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