Ep:005[只人、城を出る]
宗八とアルカンシェが顔合わせをしてから1週間が経った。
人見知りだったとは思えない程アルカンシェは宗八に懐き、その様子をギュンター王もナデージュ王妃も微笑ましく眺めるに留めていた。十三歳のお年頃のアルカンシェは各国に婚約者候補の王族や貴族が居る。一人っ子なので婿を迎える予定ではあるが、国王たち自身が大恋愛結婚だったこともあり焦りも固執もしていなかった。
しかし現実は非情である。せっかく仲良くなれた宗八が明日には城から出て城下町で宿暮らしになるという。
「お兄さん、本当にお城を出ちゃうんですか?」
アルカンシェは本から目を離し、肩を動かし突いてくる。
「まだ、城の本読み切れてないんですよね?」
隣に座っている宗八は答えた。
「そろそろって話は出ていたからなぁ。ズバッと決めないと厚意に甘えちゃっていつまで経っても出られないんだよ。どうせ時々城下町に視察に来るんだろ? その時にまた時間を作ればいいじゃんか。まぁ会える機会が減るのは確かだけど……」
言い切ってからアルカンシェに視線をやれば明らかに落ち込んでいる。顔を合わせるのが遅すぎたのだ。アルカンシェが人見知り気味というのは城で生活する多くの者が気付いていたからこそ宗八にアルカンシェがここまで懐き、図書室では同じソファに寄り添いながら読書に勤しむなど誰が予測出来ただろうか。敬語も止める様に命令まで……。
流石に肩を寄せ合って読書していたという事実を知っているのは——。
国王、王妃、司書、そしてメリーだけだった。
国民からはアスペラルダの至宝と評されるアルカンシェが一人の男にここまで許している事は今はまだ隠さなければならない事柄だった。
「事前に教えておいてもらえればダンジョンアタックは休みにするよ」
「ダンジョンクリアってどのくらいの予定ですか?」
今までが対人戦の訓練に紛れて剣の扱いを学んでいた為、今回が初めての魔物戦なのだ。襲い掛かって来る恐怖に慣れるまでは色々と時間を駆けて試したいと宗八は考えていた。
「2~3か月かな。ボスを倒したらランク2ダンジョンがある町に移動予定」
いつか勇者プルメリオが魔王を討伐し元の世界に帰るタイミングで宗八も元の世界へ強制帰還になると説明されている身としては固定PTを組むことは出来ない。なので基本的にはソロ攻略を進めるしかなく、時折臨時PTに混ぜてもらおうと宗八は決めていた。楽し気に今後の予定を口にする宗八にアルカンシェは不満そうだ。
「ふぅ……もっと早く勇気が出ていれば……。あっ、そうだ! ダンジョンに私も一緒に潜るっていうのは、どうですかっ?」
「さも良い事思い付いたみたいに……。俺はアルシェと一緒に潜る点は吝かじゃないけどご両親が許可しないと流石に連れて行けないからな」
宗八の言葉にアルカンシェは先ほどとは打って変わって嬉しそうな表情で鼻歌まで歌い出す。城下町にあるランク1ダンジョン[死霊王の呼び声]の情報はギルドの資料室で調べが付いており、最年少だと十歳から潜っても良いらしい。ただし、低ランクのダンジョンはインスタントダンジョンと呼ばれる1PT毎にダンジョンが生成されて他のPTの助けを借りることが出来ない。ソロならもちろん全てを自分だけで補う必要がある分慎重に慎重を重ねねばならない。アルカンシェ曰く魔法使いらしいので後衛ならバランスは良いので一緒に潜る分には宗八は言葉通り吝かでは無かった。
——翌日。
目覚めた宗八はまず二ヶ月世話になった自室の掃除を行った。どうせ部屋から出た後にメイドが改めて掃除することは知っているけれど気持ちの問題だ。感謝を込めて出来る限り綺麗にしてから陛下の執務室に向かう。基本的に謁見は午後からであり午前中は執務室に篭って書類仕事をしていると聞いた宗八はメイドに案内されて執務室に辿り着いた。
コンコンッ!
「水無月です。よろしいでしょうか」
すぐにギュンターの声が返って来る。
「入ってくれたまえ」
扉を開けて扉を閉める前に軽く部屋内を見回すとやはりナデージュが共に書類仕事を進めていた。
「予定通り本日で城から出て城下町に降りる事になりましたので最後に挨拶を、と思い伺わせていただきました」
「そうか、もうそれ程に時間が経っていたか……。最近アルシェと仲良くしてくれていると聞いていたから城を出るのはまだ先かと考えていたよ。このまま城に居てくれるなら養子にする話まで出ていたんだがなぁ……」
コクコクと頷いているナデージュに宗八は内心で「事前に城を出ると伝えていただろ」とツッコミを入れる。
「基本的にはソロでダンジョンアタックする予定ですが安全面を考慮して時間は掛けるつもりです。なので二~三ヶ月くらいでしょうか……、そのくらいで次のダンジョンがある町に移動予定となります」
これにナデージュは嬉しそうに反応する。
「では、ギルドカードを少し貸してもらえるかしら。ダンジョンの管理者に私の知り合いが居ます。きっと宗八にとっても良い出会いになると思うわ」
言われるがままにギルドカードをナデージュに手渡すと王妃は両手でカードを挟むと瞳を閉じて集中する。一瞬手元が淡く光ったように見えたがそのままギルドカードを手渡された。何をしたのだろうか? 顔に浮かんだ疑問にナデージュが答える。
「うふふ。鍵を渡したのよ。彼は人目に触れない所で管理しているから」
話し振りからダンジョンマスターに位置する人が居るという事なのだろうと宗八は推測した。
その後も雑談を数度挟み、ついに別れを告げる。
「改めて色々とお世話になりました。次にいつ会えるかもわかりませんがアルカンシェ様にもよろしくお伝えください」
ギュンターが笑いながら宗八の言葉に訂正を加える。
「私達は君を気に入っている。アルシェの事も公式の場で無い限り私達の前でも愛称で呼んで構わないよ」
「あ、はい。わかりました。アルシェにもよろしくお伝えください」
うんうん、と頷き満足そうなギュンター。続いてナデージュの言葉が続く。
「宗八なら慎重に行動するでしょうし実際そこまで心配はしていませんがいつでも遠くから見守っていますからね。この城は貴方の家同然ですし、私たちは家族なんですからね」
自然と家族認定された事の戸惑いを顔に出さない様に気を付けつつ宗八は感謝の言葉で答え部屋を退室する事とした。
「ありがとうございます。出来る限りは自分で頑張りますがどうしようも無いと判断した時はありがたく相談させていただこうと思います。あまり長居をしてもお仕事の邪魔になってしまいますので私はここで失礼させていただきます。改めてお世話になりました」
一礼をして執務室を退室する。
自然と王妃様から息子のように呼び捨てにされ「私たちは家族」と言葉にしていたが気にしないでおこう。突っ込みを入れたら負けだ負け。案内されなくとも出入口までの道は把握しているけれど案内役のメイドが部屋の前で待っていた為宗八は大人しくメイドの後を付いて行く。
最後にアルカンシェに会えるかと期待していた宗八は後ろ髪を引かれる思いを抱きつつも門に近づいていく。
「——お兄さ~ん!」
アルカンシェの声が聞こえた。後ろ、というよりは上から聞こえて来たと判断した宗八が背後を見上げるとテラスから身を乗り出して手を振るアルカンシェの姿が視界に入った。自分の居場所を知らせようと必死に手を振り宗八にアピールしてくる姿に喜びを禁じえなかった。
「お休みをもらったら会いに行きますからねぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
人見知りだったアルカンシェが大きい声で叫んでいる。それに答えように宗八は息を吸い込み両手を口に添える。
「~~~っ!」
息を吸い込んだところでここは人目が付く事を思い出した宗八は言葉を繕った。
「アルカンシェ様~!また、会える日を心待ちにしております!事前の連絡を忘れないでくださいねぇ~!」
その言葉にアルカンシェはギュンターに似た満足そうな表情で何度も頷き宗八が城を出るまでその背中に手を振り続けていた。
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