Ep:004[只人、王女と出会う]
「……っ!……っ!……っ!……っ!」
宗八の素振りはこの二ヶ月でずいぶんとブレが無くなった。本日最後の素振りを傍で見守る教導員の兵士がタオルを渡しながら終わりを告げる。
「いいぞ宗八!今日はこれで終わろう」
異世界に来るまではライトオタクだった宗八もPCやゲームが無い世界に来てしまった以上生き残る為に肉体改造を施してもらった結果、ムキムキとは言えずともメリハリの付いた肉体を手に入れていた。ただ、兵士になるつもりは無く異世界を見て回りたい希望を持っていたので宗八もそろそろ城下町へ降りる機会を伺っていた。
「今日はこの後冒険者ギルドに行くんだったか?」
宗八は流れて来る汗をタオルで拭いながら頷く。
「はい。城下町にあるダンジョンで手に入る武器をとりあえずの目標にしてステータスを更新するつもりです。ただ、先にショップ見て回ろうかと考えてます」
現在は申し訳なくもアスペラルダ城で衣食住をお世話になっている状態で、いずれ自立をする為にも城を出て城下町での生活を始めるつもりだった宗八は休日の度に城の図書室や城下町の冒険者ギルドの資料室などに入り浸って色々と調べるうちに城下町に存在するダンジョン[≪ランク1≫死霊王の呼び声]で入手出来るアイテムの資料を発見したのだ。
入手方法は敵ドロップか宝箱での入手に限られるので戦闘は必須。その為の基礎的な部分をこの二ヵ月に費やし教導官からも冒険者としてやっていけるだろうとお墨付きもいただいた為、動き出す運びとなった。
教導官と別れ汗を流した後。時刻は昼過ぎ。
昼食を兵士と共に食べてから城を出発した宗八は城下町の大通りに開かれた武器防具屋へ無事に到着して入店した。カランカランとドアに付いたベルが宗八の存在を店員に知らせるが冒険者などを相手にしている所為か店員からはいらっしゃいませ等の掛け声はなかった。
何故か武器を振って肉体改造を自分の為にしていたはずなのに少額だが給料をいただいていた宗八は2000CP溜まっていた。ステータスカードは王妃様からもらった際に色々と説明されたけれど財布の役割とステータスが確認出来る機能があるらしく、冒険者ギルドや商人ギルドでも同じカードを利用出来る代物だそうだ。
「とりあえず武器は支給されるアイアンソードを貰えるって聞いてるから防具関係をどうにか調達しないと……」
冒険者で鎧をガッツリ装備しているのは上位ランクだ。下位ランクのFスタートの宗八は革鎧などが一般的だ。
「市販品はレアリティが低いのばかりなのがなぁ……」
ダンジョン産の魔物は倒されれば消えるが時折ドロップ品が出てくるが、野生の魔物は倒されても死体は消えず剥ぎ取る事で素材や肉などを入手することが出来る。それを売れば回り回って防具になるのだが市販品はレアリティが低いのでそこまで防御力は無い。しかも高ランクの魔物の皮で防具作製出来る職人は数人しか確認されていないので基本的に下位冒険者は市販品、上位冒険者はダンジョン産の装備をする事が多い。
鉄鎧や革鎧の棚から離れ次は頭装備の棚に移動する。
カランカラン——扉についたベルが軽やかに鳴った。
「いらっしゃいませぇ~」
宗八の後から、別の客が店に入ってきたらしい。自分には言ってくれなかったのに……。宗八は客を選んだ店員に不満を持ちながらも選ばれた人物を横目で確認する。
「こんにちわ。少し見させてもらいますね」
「どうぞどうぞ。お好きなだけ見て行ってください」
お客さんは魔法使いの格好をした少女だ。宗八は数度この店に顔を出しているが販売時以外に接客する店員を見るのは初めてだった。身長から中学生くらいの少女は店員と雑談を少しすると商品を色々と眺めながら店を巡り始めた。
「あっ……」
「ん? あ……」
頭装備を吟味しているといつの間にか上客少女が宗八の隣までやって来ていた。何故か宗八の顔を見て驚きの声を上げた事で宗八も少女の接近に気が付いたのだ。
思った以上に傍に居たので少し距離を開ける。
異世界に来たとはいえ元の世界は幼女画像アウト、少女に声を掛けるだけで逮捕もされる恐ろしい世界だ。自分に降り掛かった事は無いが年齢不詳の年下の女の子の近くにいると自然と警戒してしまっても仕方がないだろう。宗八は少女から離れて別の棚を眺め始める。
「………」
先ほどまでは傍に他の客が居なかったので独りごちていた宗八だったが距離を開いたとはいえ少女がパーソナルスペースに入っている状況では意識が少女に引き寄せられて落ち着いて防具を見る事も出来やしない。
しばらく経てば少女も気にならなくなり改めて見物していると再び誰かの気配が近づいて来た。
「あの……いま宜しいでしょうか……」
先ほどの少女が俯き後ろに立っていた。宗八は警戒心を高めつつ返事をする。
「俺に何か用?」
目深に被った魔法使いの帽子。いや!図鑑で見たことあるぞ![ルーンハット]っていうレア装備じゃん!
「あの……私。えっと……分かりませんか?」
名を名乗らず察してほしいと懇願する少女の声は小さかった。人見知りなのだろうに勇気を振り絞った所を悪いけれど流石に帽子で顔も見えないので宗八には誰なのか分からなかった。魔法使い用の帽子らしくツバが広くて本当に誰かわからない。そもそも異世界に来て若い少女と接したことが無かった。
「ごめん。あまりこの町で知り合いは居ないんだ。俺を誰かと勘違いしているんじゃないかな?」
少女はモジモジとして時折「あの……」「うぅ……」と繰り返して話が進まないと判断した宗八は助けを求めて店員に視線を送ると店員は店の外を指差している。その先にある窓から店内をメイドさんが覗き込んでいた。城下町には何度か遊びに来たが城以外でメイドさんを見た事は無い。
素早く周囲を見回すと四人ほどの冒険者が普通を装って明らかにこちらを包囲していた。つまり、四人が護衛ならば目の前の顔の見えない少女は貴族もしくは王族という事だ。そして貴族の知り合いは将軍と兵士くらいしか居らず少女で心当たりがあるのは……アルカンシェ王女殿下のみ。
もしも王女殿下という推理が当たっているならば何故接触して来たのか。
「(そういえば、さっきの店員と王女殿下の会話は敬語を使っていなかったな……。もしかしてお忍びの視察って奴か? 用があるならのんびりするのは不味いかも知れない……)」
つまり正しい選択肢は。
「間違っていたらごめん。もしかしてアルカンシェ王女殿下であらせられるのでしょうか?」
少女が勢い良く顔を上げた。ツバに隠れていた淡い水色の髪、深い青の瞳、ナデージュに似た整った顔が見えて確信する。少女も肯定した。
「は、はい!私はアスペラルダ第一王女、アルカンシェ=シヴァ=アスペラルダです。あ、今は身分を隠して城を出ているので敬語は不要です。貴方は水無月宗八……さん、でお間違い無いでしょうか?」
予想通りだった。宗八は頷いた。
「そうだよ。ちゃんと顔を合わせるのも話をするのも初めてだね。ナデージュ様からはいずれ紹介すると言われていたんだけど、俺も色々と慣れる為に忙しかったからナデージュ様も気を利かせてくれたんだと思うけど……」
「そうだったのですね。私は、水無月さんに聞きたいことが色々とあって……。でも、なかなか話しかける勇気がなくて……。今日は本当に偶然の出会いなので、こう見えて私、いっぱいいっぱいです」
健気にもアルカンシェは王女として培ってきた体裁力で人見知りを抑え宗八に笑みを見せる。素直なアルカンシェの侵攻を受けた宗八は言葉を真に受けひとつの提案をする。
「何か聞きたい事があるなら落ち着ける場所に移動しようか?」
どう見てもここはゆっくり話が出来る場所では無いし最近顔を見る様になった男と王女様が話し込む様子を店員やお客さんなどが目撃するのも色々と不味い気がする。あれだけ熱心に訓練の様子を見つめられれば予想される宗八が誘うとアルカンシェは慌てて頷く。
「そ、そうですね。城に戻るのも時間が惜しいですから個室を用意出来るお店に行きましょう!」
アルカンシェが急いで店を出るのにお供して宗八も後に続く。当然護衛の冒険者風の方々も未だに冒険者を装い雑談をしながら追って来た。宗八が店の外を見て、窓に映っていたメイドの姿を探す。その様子に気づいたアルカンシェが、不思議そうな視線を送ってきた。
——二人の視線が、自然とぶつかる。
「どうしました? お店に案内しますよ」
「いや、メイドさんが居たんだけど……。たぶんアルカンシェ様の……」
そこまで呟いたところでアルカンシェの死角に潜むメイドさんが人差し指を口の前立てる姿が映って言葉を止める。アルカンシェの表情から察するに護衛は認識しているけれどメイドは勝手に付いて来ているのか……?
触れるのがちょっと怖くなった宗八は誤魔化してアルカンシェの後に付いて行く。
隣を歩きながら緊張をしている様子のアルカンシェと背後から付いて回る護衛の方々に囲まれたまま普段から内緒話などに利用しているであろうお店……いや、到着したお店は以前ギルドマスターのアインスに案内されたギルドが運営している冒険者向け食堂だった。アルカンシェが案内に駆け寄って来た店員に話しかけると二階へ案内された。
「ここって冒険者向けの食堂って聞いてたんだけど王族も使うの?」
階段を上がりながらアルカンシェの耳にこそりと質問すると吃驚したアルカンシェは顔を赤らめながら答えてくれた。
「お、お父様達は流石にお忍びにならないので利用はしません。ただ、ギルドは守秘義務を徹底しているので防音の魔道具などを多く仕入れていますから貴族や冒険者PTが利用する事はあるようですよ」
息が掛かってくすぐったかったのか耳に手を当てたアルカンシェの返答に「へぇ~」と軽い反応を示す宗八の背後から咳払いが四つ向けられる。不躾にアルカンシェに近づいた事を注意されたのだ。宗八がアルカンシェから少しだけ距離を取ったのは言うまでもない。
「こちらのお部屋をお使いください」
「ありがとう。貴方達は下の食堂で好きなものを摘まんでいて頂戴」
部屋に入る前に振り返り指示を出すアルカンシェに護衛は頭を下げ踵を返す。案内してくれたギルド職員も下がればいよいよ宗八とアルカンシェが二人っきりに……。
「お待ちしておりました。アルシェ様」
そこに居たのは武具店の外から覗いていたメイド。紅茶とお菓子まですでにテーブルに用意されている。アルカンシェも知らなかったのか唖然とした表情を浮かべた後に息を吐きメイドへ声を掛けた。
「メリー。もしかして全部仕込んだのかしら?」
「何の事を指しているのかは分かりかねます。私はただ主の事を想っているだけの忠実な侍女でございますので。さぁ、お二人共お席へどうぞ」
恭しく礼をしたメリーの言に何かを察したアルカンシェは膨れつつも案内される席に座った。宗八も同じように戸惑いつつも席に付いた。メイドから改めて自己紹介が入る。
「アルシェ様の専属侍女をさせていただいておりますメリー=ソルヴァと申します。以後お見知りおきを」
「水無月宗八です。よろしくおねがいします」
表情は敢えて抑えているのか無表情に近く感情が読み取りづらいメリーに返礼した宗八はアルカンシェに視線を戻した。
ようやく落ち着いて宗八とアルカンシェの道が混じり言葉を交わし始めた様子にメリーは内心ホッとしていた。
アルカンシェの好奇心と意気地の無さにメリーは一手を打ち宗八が街へ出るとの報告を受けたメリーはアルカンシェに本日の予定が全てキャンセルになったので視察に出向いてはどうかと唆した。独断専行ではあるもののメリーは行い頃から城で従事し優秀な人材としても有名だった。そのメリーがアルカンシェの為と言えば皆が喜んで協力してくれた。
街に出た後の行動も報告を受けたメリーは護衛達に誘導させてアルカンシェを武具店へと入店させて宗八との出会いの場を設けたのだった。
「では、元の世界は魔力が無い代わりに電気を利用して生活を豊かにしているのですかっ!」
「そうだよ。魔力とか魔法っていうのは空想上の産物だったからまだ戸惑う事が多いけど類似の魔道具は結構あるんだよ」
異世界との差異について情報を交換し合い意見をぶつけ疑問を消化していく。
部屋で溜息を吐くアルカンシェとは違い笑顔で話し込む楽しそうな様子にメリーは微笑み空になったカップに紅茶を追加で注ぐのであった。
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