Ep:002[姫は見つめたまま動けない]
異世界に召喚されてから、一か月。
水無月宗八は、アスペラルダ王国の城で、衣食住の世話になりながら暮らしていた。宮廷魔導士セリアとの個人授業では、この世界の歴史や魔法の仕組みについて学び、鍛錬場では兵士たちと共に、体の使い方や武器の扱いを基礎から叩き込まれていた。
この異世界に名前は無いらしい。本当はあるのかもしれないがセリアは申し訳なさそうな表情でわからないと伝えて来た。
八百年前に魔族と人族の領土戦争が起こり魔王と召喚された初代勇者が戦った結果、人族側が勝利した。エムクリング山脈と呼ばれる大陸を二分する巨大山脈が魔族領と人族領を分断しており小康状態だそうだ。時折諦めきれない魔族たちが小競り合いを繰り返していてすぐ傍に建築されたトリビシェン砦に阻まれているという状況だと教わった。
問題の魔族の動向についてはほとんど砦で阻まれはしたが、ここ最近は山脈付近の村など広範囲に被害が出始めており再び本格的な戦争が起こるのではという機運が高まっていた最中、聖女クレシーダが神託を受けた。世界へ発信された神託の内容は……。
【幾千の夜と昼は流れ、世界の混沌は加速する。星は力を消費し続け、世界は零へと向かい出す。魔の王は異界へ手を伸ばし、また、魔の神も異界へ手を伸ばす。いずれ世界は混沌に落ちるだろう。微かな光は明滅し消滅を待つ。異界の者、光を戻さん】
この神託の解を魔王が戦争を仕掛けて来ると判断した各国の王族が連携を取り魔法ギルドの手を借りて古の召喚魔方陣を使用して勇者召喚する事を決めたそうだ。そして宗八よりも一か月程前にこの世界へと召喚されたのが勇者プルメリオ=ブラトコビッチ。どこの国の誰だろうか?
「この世界の魔法は俺でも使えますか?」
セリアは頷き解説する。
『もちろんですわ。使用する為には魔導書と呼ばれる本を読む事で簡単に覚えることが出来ます。ただし、魔法には、初級から上級までの階級がございます。それぞれの魔導書を使うには、まずそれを入手し、さらに一定のステータスを満たさねばなりませんの。』
「その伝え方なら魔導書の入手は容易では無い。もしくは要求ステータスが高すぎるという事ですか?」
宗八の質問にセリアは微笑み肯定する。
『初級の魔導書は、魔法ギルドが製本に成功しているので、店売されていますの。リーズナブルな価格で手に入りますし、要求ステータスもすぐに満たせますわ。ただ……問題は中級と上級の魔導書です。ダンジョンに潜ってご自身でドロップや宝箱からの入手を狙うか、お勧めは致しませんが闇市で高額を支払って入手するかになりますわね。要求ステータスも、この辺りからなかなか戦闘スタイルによっては、諦めざるを得ない事が多いですわ』
宗八はその回答に少し悩んだ。
この世界は職業を好きに選ぶことが出来る。
メインとなる一次職業、そして趣味や副業的な二次職業と三次職業だ。これらは自分の日々の生活によって入れ替わるらしい。一次職業:剣士、二次職業:魔法使いの状態で魔法ばかりを使用していればメインとサブが入れ替わってしまうし薬学などに手を出せば一次職業が薬師に代わる可能性もある。そうやって自分のスタイルを確立していく事で職業というのは決まっていく。
異世界に来た以上は宗八も魔法を使いこなしたい希望を持っている。
しかし、剣と魔法のバランスを考えるとやはり近接戦闘に重きを置いておきたい。安全を考慮すればこそそこは譲れない。宗八の召喚に関しては謎も多いが召喚陣に現れたこともあり勇者召喚と帰還条件は同じだろうと教えられている。つまりは魔王が討伐されれば宗八も強制送還されるだろうとの事。
それまで無事に異世界で生き延びられれば魔法を少し使用して満足するべきだろうと宗八は考えた。
「魔法は自分や仲間が使用する以外だと魔物使いになって使役した魔物に任せたり出来ますか?」
『そうですわね、魔物にも魔法を覚える種は居ますから他の存在に任せる事は可能ですわ。もちろん精霊と契約出来れば尚の事強力な魔法を扱えるでしょうけれど』
精霊!?精霊と言ったか!?居るのか!? ガバッと顔を上げて初めて見せる真剣な表情にセリアはドキドキしてしまう。恋の始まりではなく、急に動いて怖い位見つめられ驚いた為のドキドキだ。
「精霊。居るんですか?」
『え、えぇ居ますわよ。私自身も風の上位精霊ですし……。ただ、契約が出来るのは明確な意思を持つ下位精霊からになりますわね。その辺に居るのは浮遊精霊という精霊の子供の様な存在ばかりですから、せめて精霊の里を見つけて交流を深める所から始めませんといけません。その精霊の里も自力で見つける必要がありますわ』
どうせなら精霊と契約したいなぁ。この時点で宗八の目指すべき職業は固まった。目指すは精霊使い!
浮遊精霊が”加階”。
つまりは進化を一つでもすれば下位精霊となって意思を持つので、精霊使いに成る事は可能だとセリアは宗八に伝えた。進化をさせる条件も、進化に至る為の魔力を補える事が出来れば良いとの事。問題点としては進化する為には魔力が大量に必要となる事と補う手段が未確認である事だそうだ。
そんなセリアとの会話をひとまず頭の隅に追いやって、今は木剣を振る事に全神経を集中させて一回一回を考えて振っている。
教導を担当する兵士からまずして欲しいと言われたのは全ての武器種を試してみる事だった。短剣、片手剣、両手剣、槍、棍棒、弓、投擲、拳闘、脚闘を全て試した結果、一番使用者が多い片手剣がしっくり来たのでそちらをメインに教えてもらう事となった。
握り方から体の軸合わせ、どこに力を入れどこの力を抜くと良い等基礎からしっかりと解説しながら教えてくださったので宗八はわけもわからず素振りをするだけには成らずに済んだ。
その宗八の様子を見守る視線が城の高い位置にある窓に一つ。アスペラルダ第一王女アルカンシェだ。
「……はぁ」
手すりに手を添えながら、また息が漏れる。
声をかけるだけ——。
それだけのことなのに、どうしてこんなにも難しいのか。
勉強の空き時間に窓から顔を覗かせれば鍛錬場が良く見える。その中でも特に目に付くのは異世界から来た青年。予想外の召喚でこの世界に来た青年は先の勇者とは比べられない程に真剣な表情で木剣を毎日振るっていた。
「アルシェ様。毎日その様に溜息を吐くくらいならば声を掛ければ宜しいではありませんか……。勇者様の様に急いではいらっしゃらないと聞いておりますよ」
専属侍女のメリーが毎日溜息を吐く可愛い王女様を見兼ねて声を掛けた。その言葉は聞こえていたが振り返りもせず言葉も返さずアルカンシェは木剣を振る青年を見つめたままだ。
メリーは若いながらも王女専属侍女に抜擢された才媛だ。
次期侍女長にも、との声もあったにはあったが幼い王女の姿に惚れ込んだメリーは侍女長の席を蹴り王女専属の侍女となって以降アルカンシェの一喜一憂をその眼で見て都度声を掛け続けて来た。今のご執心は異世界から新たにやって来た青年。水無月宗八。
勇者プルメリオの経験もあって異世界人見知りを発症してしまったアルカンシェは毎日青年を見掛けては白い息を重く吐きだす。宗八は鈍感でありオタクな部分もあった為、視線に気づいても自分を見てはいない!気の所為だ!と勘違いしない様に自制してアルカンシェを意識しない様に心掛けている事など誰も知り由もなかった。
その視線は当然宗八だけではなく兵士や侍女にも気付く者が多く、メリーは方々からアルカンシェの具合を質問されていた。いつも浮かない表情で見つめていれば誰だって何があったのかと心配にもなる。その都度メリーはいまはそっとしておいて欲しいと伝えるに留まっていた。
「なぁなぁ宗八。最近アルカンシェ殿下がお前を見つめているって噂になって居るぞ。気づいてたか?」
昼食時のテーブルで隣に座り兵士Aが宗八に耳打ちをして来た。人の口に戸は立てられぬとは良く言ったものだ。
「気付いてるけど気の所為だって思う事にしてる。王女殿下に接触する機会もないし気にしたってしょうがないだろ?」
兵士Aとそう歳の変わらない青年が夢も希望もない返答をしたのが面白くなかったのかさらに詰めて質問をして来た。周囲の兵士も声を潜め耳をそばだてる。
「一応勇者様の時も同じように見ていることもあったけど、勇者様はすぐに城を出たからなぁ。何か宗八に聞きたい事とかがあるんじゃねぇかなぁ~。メリーさん…あ~、専属侍女さんから何か言われたりしていないのか?」
宗八がわからないかも、と踏んでメリーの説明も混ぜつつ質問された宗八は淡泊に答えた。
「専属侍女のメイドさんからは何も言われて無いよ。とりあえず今は自分の事で精一杯だし王女殿下も異世界に興味があるとしてもそこは身を引いて俺の事情を優先してくれているんじゃないか? だから少なくとも俺からは何もしないし出来ないね」
至極真っ当な理由だ。アルカンシェが只の人見知りを発症しているとは夢にも思っていない宗八の言い分にそれもそうか、と兵士たちは納得して自分達の会話に戻っていく。兵士Aも同様に自分の昼食に集中し始めた。
この一ヵ月は宛がわれた部屋に戻ると疲れから爆睡の日々だったが体力が付いて少し余裕が生まれ始めた宗八は文字の勉強がしたいと教官に相談した。その結果、アルカンシェに勉強を教えている宮廷魔導士セリアが時間を見つけて教えてくれることとなった。時間はその日その日で変わるので訓練から戻ってすぐだったり、朝の時間だったりバラバラだったものの何とか食い付いて基本的な文字は覚えつつあった。これが召喚されて二ヵ月目までのお話。まだアルカンシェは動き出せない。
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