Ep:001[只人召喚]
青年は目を覚ました。
混濁する記憶を脇に置き、とりあえず体を起こす。硬い床の感触に戸惑いながら、見知らぬ室内を見渡した。自分はまだ夢の中なのかもしれない、と青年は見慣れぬ景色と建物の内装を見ながら考えた。何故なら眠るならば家でしか眠らないし酔い潰れたとしても活動範囲の中にこのような物件は存在しないし侵入も容易では無いはずなのだ。上を見上げれば標高の高い建物の中に居ると判断出来た。
明らかに、ヨーロッパ風の異国に迷い込んでしまった――。青年は、混乱を理性で抑え込もうとしていた。
「…………えっ?」
飛行機に乗った覚えもない。米軍基地に迷い込んだのかとも思ったが、それにしては現実味がなさすぎた。
いや……。そんな金に余裕は無いし運動神経も普通程度の自分に米軍を出し抜ける訳もないと考えを改め、とりあえず陽の光が入っている大き目の出入り口には人影があった為、青年はここがどこであろうと不法侵入には違いないと怒られる恐怖に若干慄きつつゆっくりと出入口へと慎重に近づいていく。
影だけでは良く分かっていなかったがその人影は頭に何か被っていた。しかも出入口の左右に二人居たのだ。
「えっと……こ、こんにちは……」
おそらく警備員と思われる人物に声を掛ける青年。しかし、目の前の兵士達は一瞬の静寂の後に叫び声をあげた。
「「ぞ、賊が侵入しているぞぉおおおおおお!!」」
賊で間違いはないかもしれない、とそこについては青年は納得する。だが、兵士の存在については更に自分の居所が分からなくなり混乱が深まった。
その後は「手を見える様に上げろ!地べたに伏せろ!」と言われるがまま唯々諾々と承諾し、「暴れるなよ!こっちに来い!」と言われれば粛々と従い牢屋にブチ込まれた。集まった兵士もエキストラかよと悪態をつきたくなる程にわらわらと集まる上、秋葉原でしかなかなか見掛けないメイドさんまでジロジロと遠目に見て来るのだ。牢屋で落ち着いた青年は真剣に胡坐を掻いて考え込んだ。
豚箱にブチ込まれたのは人生で初めての経験の青年はこの状況が恐ろしいと感じるよりも混乱からか貴重な経験が出来ていると考える事で好奇心が上回り寂しい食事も楽しんで腹を満たすことが出来た。
翌日。
「おい、起きろ!貴様に面会だ!本来はあり得ない事だが直々にナデージュ王妃殿下が面会したいとの事だ。くれぐれも粗相の無いよう、嘘偽りなく答えろ!」
兵士に怒られる青年が可哀そうに想ったのか慈愛のある瞳をした豪華な女性が青年の牢の前に立つ。
「こんにちは、侵入者さん。私はナデージュ。この国の王妃です。……あなた、自分が“何者”か分かっていて?」
王女と紹介された気品ある女性の質問に青年は困惑した。自分が何者か? 誰何する時にそんな言い方をするだろうか?
「お初にお目に掛かりますナデージュ王妃殿下。私の名前は水無月宗八。私は嘘偽りなく自分に答えられる事は全てお答えいたします。ただ、内容については荒唐無稽に聞こえる箇所も多々あると思われます。ですのでどうぞ話を全て聞いたうえでのご判断をよろしくお願いいたします」
分からない事ばかりで不安になった青年は、今出来る事を全力で答えると宣言した。王妃は頷く。
「牢屋に入れられるまでに敵対的な行動はしなかったと報告も受けております。私はその言葉を信じましょう。ただ、私に決定権はありませんから国王の前で色々と答えていただいてもよろしいかしら?」
青年は肯定する。
「仰せのままに」
一晩で出所した青年は鍵を開けてくれた兵士に「お世話になりました」と挨拶をして王妃と王妃が引き連れる方々に付いて行く。
牢までは入って来ては居なかったがそれなりの人数を引き連れて訪問してくださったらしい。女性騎士みたいな立派な人も二人混ざっている様子からもそれなりに警戒はされている事は確かの様だと青年は気を引き締めた。まだ疑いは晴れていないのだ。
意外にも廊下を進む王妃様の足の運びが早くて青年はやがて小走りになって後を追った先にリアルに見たことの無い空想上の大扉が見えて来た。謁見の間だ。
「ナデージュ王妃殿下、並びにお供の方々、ならびに罪人!入室します!」
罪人とはっきり紹介されて若干気持ちが落ちた青年は王妃の後を追って謁見の間に入室を果たした。
王妃がすっと国王の隣に座り、側仕えたちも定位置に移動する中、宗八だけが場違いに取り残された。どう動いていいか分からず、その場に立ち尽くすしかなかった。もう少し近づくべきなのか、離れた方が良いのか……。何をしろとも指示をされないまま謁見の間に来てしまった青年は顔を青くしながら膝を着き顔を深く下げた。
「……うむ。面を上げよ」
あ、これファンタジー小説でやったところだ!こういうのは上げてはならない。異世界小説で勉強した青年は面を上げない。
「良い。面を上げよ」
青年は言われるがまま面を上げて国王様と視線を交わす。
「私が水の国アスペラルダの国王、ギュンター=アスペラルダだ」
「改めて、私は水の国アスペラルダが国母、王妃のナデージュ=アスペラルダです。貴方の名前を教えてくださるかしら?」
品のある名乗りと声音に感動しつつ、青年は二人に改めて名乗る。
「——私の名前は、水無月宗八。日本に住む一般人にございます」
宗八の名乗りは静かな謁見の間に響いた。
誰もが宗八の名乗りを飲み込み、そして互いに見合って、首を傾げた。
「日本、とは……どこにある国かな?」
異世界転移が決定した瞬間だった。
わかっていた。兜を外した兵士は明らかにアジア圏の顔では無かったし王妃様が現れた時点で有り得なかった。自分が倒れていた建物も牢屋も城も日本で運用されているものでは明らかに無かったのだ。それこそ異世界の物語を妄想する時に考え付く様なヨーロピアンな建物の数々を目にして薄々はそんな気もしていたが、まさかのまさか。夢に見たとして本当に己が身に降り掛かるとは……。
外国でも絶望する状況だというのに異世界に着の身着のままで放り出された。その事実に崩れそうになる心と膝に喝を入れ踏ん張ったのは偉かったと後に宗八は語った。
「日本とはアジアにある島国の名称になります。私はアスペラルダという国を知りませんがこの国こそどこにある国なのでしょうか? ヨーロッパですか?アフリカ?アメリカでしょうか?」
宗八に許されたのは回答だけで質問は許可されていない。本来ならばここで叱りつける言葉が飛んでくる場面のはずなのにその場の誰もが理解を示す表情で黙りこくる。その様子に宗八は気付いていない。
「ギュンター様。水晶を使いましょう。はっきりさせれば彼の疑いも晴らす事が出来ましょう」
ナデージュ王妃の言葉に国王が同意する。
「その通りだな。水晶を急いで持って来てくれ」
「かしこまりました。すぐにお持ち致します」
メイドが急ぎ席を外した。話し振りから鑑定関連のアイテムを持ってくるのだろうと宗八は予想した。
「これから君のステータスを確認する為の魔道具を持ってくる。君が召喚の塔に居た理由についてはひとまず置いておいても異世界人かどうかはっきりさせる事で疑いを晴らす事に繋がるだろう。そのまま待っていてくれ」
「はい」
終始穏やかな王族二人に流されるように緊張は次第に緩んできた。少し待てば先ほどのメイドがワゴンに高級そうなクッションで守られたボーリング大の水晶玉を運んで宗八と王族の間に設置すると再び元の位置に控える。
ギュンター王が腕を動かし水晶玉を示す。宗八に前に出て水晶に何かしろと指示を出したのだ。
示されるがまま立ち上がり水晶玉の前へと進み出ると今度は王妃様がジェスチャーと言葉で道を示して下さる。
「この様に水晶玉を両手で掴んでください。そのまま少し待てば水晶玉が貴方の魔力を読み取ってステータスが浮かび上がります」
言われた通りに両の手を広げてしっかりと水晶玉を掴む。
おそらく王族の反応からしてステータスが出れば異世界人だと証明が出来るのだろうが、その他に出て来る情報次第で自分の異世界冒険譚に陰が差すと思うと自然に心臓が震えてくる。
宗八の手が水晶に触れた瞬間、淡く――やがて激しく光が揺らめいた。その光は言葉を持ち、文を形作り、ゆっくりと水晶の中に“彼”の正体を映し出していく。
異世界人――水無月宗八。その記録が、初めてこの世界に刻まれた。
「……?」
しかし、宗八に異世界語は読めなかった。宗八の様子から察した国王が指示を飛ばす。
「宮廷魔導士セリアよ。読み上げてくれるか?」
美人なローブ女性が頷く。
『かしこまりました。僭越ながら私がステータスを読み上げさせていただきますわ』
「あ、お願いします」
王妃も美人だがこの魔導師も大変に美人だ。その美しさに宗八は引け目を感じて、つい声を掛けてしまった。セリアはその様子に微笑み掛けて水晶玉を覗き込み読み上げた。
* * * * *
()は武具補正値、[]は称号補正値。
名前 :水無月 宗八 Lev.1
所持金 :0Mölln
ステータス:STR 6 (+0)[+0] =STR 6
INT 6 (+0)[+0] =INT 6
VIT 6 (+0)[+0] =VIT 6
MEN 6 ( +0)[+0] =MEN 6
DEX 6 ( +0)[+0] =DEX 6
AGI 6 ( +0)[+0] =AGI 6
GEM 0
■職業■ ※最大Lev.10
一次職業 :Unknown
二次職業 :Unknown
三次職業 :Unknown
◆称号◆ ※◎職業系 △実績系 □評価系 ※+は最大3まで
△異世界人 [異世界言語翻訳]
△???の救世主 [???]
* * * * *
『異世界人の称号がございますわ』
セリアの言葉にナデージュ王妃が立ち上がり何故か満面の笑みで頷いた。
「宗八。これで貴方を罪人と呼ぶ者は居なくなりました。ただ、貴方がこの世界へ召喚された事情については心当たりがありません。ですから、ひとまずこの城でこの世界についての説明と今後の身の振り方を考えてはいかがでしょう?」
召喚の影響か自分の事も判然としない宗八は一も二もなく頷いた。利用しても良い福祉は利用しなければ勿体ない。
「では、場所を変えて宮廷魔導士セリアから授業を受けると良い。今日はアルシェの授業は終わっていたかな?」
ギュンター王の質問にセリアは振り向き答える。
『アルシェ様の本日のお勉強はすべてお済みですわ。今頃は護衛を伴って城下に降りている事でしょう』
「また城下町へ行っているのか。困った子だな。そんなに頻繁に視察に行く必要は無いというのに」
二人の会話を横から見ていたナデージュ王妃が口を挟んだ。
「アルシェは国民を愛していますし国民もそんなアルシェを慕ってくれているのです。悪い事では無いのですからそう言わないで上げてくださいな。宗八にもいずれ娘のアルカンシェを紹介します。今日の所は退室して頂戴」
この日。この物語の主人公である水無月宗八の冒険譚は始まった。
セリアに導かれて緊張を残しつつ謁見の間を退室する宗八の姿に誰が独自の強さを得て、世界を巻き込んだ戦いの先陣を切ると想像しただろうか。いや、王妃ナデージュと魔導師セリアの瞳だけは待ちわびていたかの様に宗八の召喚に喜色が浮かんでいたのだった。
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