ヰ97 行列のできる相談所
「なによこの列は……」
と、赤穂時雨は、新宿鈍器法廷2階の乙女淹れに並んだ長蛇の列を見て、既に苛々としながら言った。
「これじゃ埒があかないわね。他にいく?」と、時雨が後ろを振り返ると、
意識を集中した様子の同級生、設楽居睦美が身体を九の字に折りながら片手で時雨の腕に掴まってきた。
「な、なによ?ダサい手で触んないでよ……服が伸びるでしょ。で、『くの字』じゃなくて『九の字』って……アクロバティック過ぎるでしょ、アナタ。」
「……ちょ、ちょっと、あまりハゲしく動かないでいただけると………」
「………」
「………」
「……ま、待ってアナタ……ひょっとして、もう限界が近いとか??」と言って時雨が戦いた。「は、離してよ!ここでモラル違反されたらたまったものじゃないわ!?」
「た、たまったものを出してもヨロシイデショウカ……」「ダメよ!ダメに決まってるでしょうが!!誰か来て!おまわりさ~~ん!!」
「……あら?誰かと思えば」
そんなやりとりをしているさ中、
白いロリータ服に黒い翼を付け、チュールスカートを投網のようにパニエで膨らませた、ふんわりボブカット少女が現れ、
乙女淹れの列に平行して立つと片目で笑いながら「ゴキげんよー」と挨拶をしてきた。
先端にハートの飾りの付いたバネ付きカチューシャが、
ゴキげんな触覚のように左右にユラユラと揺れている。
無事な方の右手の親指には、繭の形をした真新しい包帯がグルグル巻きに巻かれているのが見えた。
……これは先ほどトランクを閉じる際に指を挟んだせいで増えた怪我だった。
「あら、ねりけしちゃん?お久し振り。」と時雨が言う。「……ねえちょっと設楽居さん?そんなに引っ張んないでよ?!」と小さな声で囁いた後、時雨は、
「蓮くんは渡さないからね?」とネルネを睨み返した。
「やあ、アコウシグレちゃん?覚えてる?前に一度会ったよね?」と金髪の男子がにこやかに近付いてくる。
時雨はその言葉を無視し、ネルネに向かって「今日は蓮くんと2人きりでデートなの!」と、万一聞き逃しがないように分かりやすく、ゆっくりと発音した。
「……そうは見えませんけど?」とネルネが気取ったような口調で返す。
時雨の後ろには、ギュッと彼女の上着の裾を掴んだ設楽居睦美が、腰が引けた姿勢で床の一点を見つめて、額に汗を滲ませていた。
「……何か困ってる?」と金髪プリンの革ジャン男子が言う。
時雨は、今初めて気付いたとでも言うようにジャガーの方を見て、
再びネルネに向き直った。
「……ねりけしちゃんは、ここら辺の地理に詳しい?」
ネルネは一瞬、怪訝な顔をした後「……ええ。まあ。でも何故?」と聞いた。
「……この子がね……なんかピンチみたいなの……あのさ、この子をどこか混んでない穴場に連れていってあげてくれない?」と時雨が言う。
睦美が俯きながら、「こ、この際、穴でもいいわ……」と、鼻に脂汗をかきながら言った。
「………。」
「………。」
「はあ。なるほど。」とネルネが薄目になって言う。「わかったわ。そこのお友達?いらっしゃい。お隣にある豊子キッズのビルにも音入れがあるから。案内してあげるわ。まだ大丈夫?歩ける?」「……あ、ありゅける……」
ネルネが優しく右手を差し出すと、睦美はジットリと濡れた手で彼女の手を握り返した。
「ありがと。じゃ、その子をよろしく。」と言って時雨がその場を去ろうとする。
「ま、待って……赤穂さんもついてきてよ……豊子キッズ……コワイ……」
「そうだよ、アコウシグレちゃんもおいでよ!豊子キッズは今、生徒募集中だよ!」とジャガーが嬉しそうに言った。
「そうね。赤穂さん?インスタントぐらしとメ(旧ツイスター)にしか興味のない、韓流崩れのお洒落女子(笑)は、少し勉強に気を配った方がいいと思うの。この地味子ちゃんが未曾有の危機を脱している間、アナタもうちの施設を見ていきなさいよ、きっとためになるわよ……」とネルネがにこやかに言った。
「おい、ネルネ?前から思ってたけど、お前シグレちゃんに当たりが強くない?……は!!ひょっとして!……俺がシグレちゃんをカワイイって言ったからか??嫉妬か??ネルネ、これは嫉妬なのか??」
「んなわけないでしょ。……まあ、でもそう言われてみれば……私、なんかこの子に意味なく腹を立ててた気がするわ。お洒落の方向性が違うからかしら?……ごめんなさいね?お詫びに体験授業を4講座受けてもいいわよ。あなたは文系?それとも理系?」
「え……私はどっちかって言うと小悪魔系だけど……」と時雨は言い、「そうね……でも豊子キッズのビルが見れるんなら、悪くないかもね……滅多にない機会だし……」と独り言を言った。
「じゃあ、案内するわ。そこのΘをγしているアナタ?行くわよ。あと少しだから頑張りなさい?」
ネルネはそう言うと、白い松葉杖を突き、ひょこひょこと歩き出す。
睦美も負けじとひょこひょこと変な具合に内股になりながら歩き出し、
その後ろを時雨が、そのまたすぐ後ろをジャガーがついていった。
4人が歩き出すと同時に、☆キラキラ鈍器コーナー☆に隠れていたピンクロリータ服の五十嵐葉南が姿を表す。
彼女は、あまり会ったことも、話したこともないクラスメイト達の背中を見送ると、静かに1階へ続く階段を降りていった。
階段を降りながら、葉南は考え事をしていた。
……ネルネ様はボクに、この呆痴決起の列に、救世主候補が混ざっていないか確認しろと言っていた。雑魚のふるい落としの為に簡単な学力検査用の問題プリントを渡されたけど……
こんなものは不要ね。
だいたいこの行列には見た感じ、20歳より上の老け顔で不潔なフケだらけの父兄しかいないし…、確認するまでもないわ。ほとんどの男がゲジゲジ眉毛でギザギザ前髪。
救世主候補と思われるのはただ一人だけ。
葉南は、おもむろにネルネから託されたプリントを見て、そこに『nが偶数の時はn÷2、奇数の時は3×n+1、を繰り返すと、必ず4→2→1に帰結することを証明せよ。』という問題が書かれているのを眺めていた。
……なによこの簡単そうな問題は…。こんなので救世主が選別できるの?…えーと、偶数だから、例えばnに6でも当て嵌めてみればいいんでしょ。
6÷2=3。
……3は奇数だから3×3+1=10。
10は偶数だから10÷2=5と。で、3×5+1で、えーーっと……16。
16÷2で8。
8÷2=4。
お、もう少しね。4÷2=2。2÷2=1……!!
やったわ!証明出来たわ!
……ふう。やっぱり豊子キッズに通っておいて良かったわ……。忍者稼業のせいでボクは勉強が遅れがちだったからね。まったく……ネルネ様にはどんなに感謝しても感謝しきれないわ。
五十嵐葉南は、ネルネが出題したコラッツ予想を証明し、
……いやあでもネルネ様、さすがにこの問題は小学生でも解けちゃうから、救世主の炙り出しにはならないでしょ……と思い、プリントをクチャクチャっと丸めて、ポイっと近くのゴミ箱に捨てた。
葉南は視力3.0の『忍者アイ』で、長い列を端から端まで見渡す。
……見つけたわ。
あそこにいるのは設楽居海人。間違いない。
……そして隣にいるのは、預言者こと向井蓮……。チッ、先に合流されたか……。
ところで設楽居睦美はどうしたのかしら?……まあ、正直どうでもいいけど。
う~んこ まったわね。
ロリ昆虫チェックをするにしても、向井蓮が邪魔だわ。……どうにか奴だけを列の外に誘い出せないかしら。もしくは設楽居海人だけを連れ出すことが出来ないかしらね……。
葉南は深く瞑想しながら、近くにあった呆痴彼女、年金番号0000−000003番、白徒洲 霊紋の等身大パネルの後ろに隠れると、彼女の肩越しに救世主の表情を覗き見ていた。
……尾刀 水鳥と人気を二分する、合法ロンリー未婚巫女、白徒洲 霊紋は、改護神具・御涅処死逸を使用したマントを翻すポーズを取っており、
そこには金色の世界地図が展開されていた。
世界を統べるパワーを秘めた、このレア神具は、呆痴彼女というアプリを語るうえでは欠かせないアイテムで、特に太平洋にムー大陸が発現したバージョンはウルトラスーパーエキストラレアオブレアと呼ばれ、100万円課金しても入手出来ないと噂されていた。
……列はまだ動かないみたいだし……仕方ないわね。もう少しここで様子を見てみましょうか…………いえ、そうだ!先に鶴子さんに救援の要請をして、協力して任務にあたりましょう!あの人、忍者ではないけど暗殺者か何かの訓練を受けているわよね。この膠着状態を打破するには丁度いい人材だわ!
……先日、鶴子さんがピンクのリボルバーにTHE薬を一つだけこめて、クルクルッと回しているところを、偶然見かけてしまった………。
……あれはロシアンルーレットをしようとしていたと思うの。まあ、控えめに言って狂気の沙汰よね……。
何故かネルネ様の元には狂った配下が集まる。
あのジャガーとかいう男だって、ネルネ様に気に入られているようだし、何か特別な力を持っているのかもしれない。
……ネルネ様が与えたと思われる、あの数珠ブレスレット。あれのせいかは知らないけど、…正直ちょっとやりにくいのよね……。あの装身具から何か禍々しいオーラを感じる。
葉南は、スマホをスチャッと取り出すと、早速ナンバー2に連絡を取り始めた。
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その頃、豊子キッズビルの薄暗い廊下で、
壁によりかかった赤穂時雨が、怒りにも似た表情を浮かべるなか、
金髪プリンのジャガーが、雑巾で床をゴシゴシと拭いていた。
「……お友達……マニアわなかったね……」
「…お友達じゃないし……。あと、キモいから話かけないでくれますか……」
ジャガーは無言でバケツの中に雑巾を浸すと、じゅぅぅぅぅ……と力強く絞った。
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「心配しなくていいわよ。豊子キッズには着替えがイッパイあるから。」
可笑しそうに微笑むネルネの言葉を聞きながら、
身体にバスタオルを巻いた睦美は、恥ずかしそうに俯いて、ネルネの天蓋付きベッドに腰掛けていた。
「………そうねえ。アナタの背丈に合いそうなのは……」と言ってネルネは片足でひょこひょこと移動し、白い扉の付いたクローゼットを開ける。
「丁度うちの衣装係が私にって、今日のために作ってくれてた服があるんだけどさ……私の趣味じゃなかったから却下したのよ。……これアナタにあげるわ。今日のイベントにピッタリだから。さ、着替えなさい。」
ネルネはポイッと睦美に向かって衣装一式を投げつけ、
おつうが用意してくれていた、『《注意》着替えるための説明書』に軽く目を通した。「……前と後ろを間違えないように、って書いてあるわ。」
睦美は投げられたドレスを拾い、肩の部分を摘まんで顔の前で広げてみる。
「それとセットアップの白い短パン、前側が黄色で、後ろ側が茶色って書いてあるわ。へえ、マントまであるのね。」
そう言うとネルネは、紙に印刷された完成予想図のページを片手で、睦美に向かって開いてみせた。
「白徒洲霊紋。シリーズ屈指の美少女キャラみたいだけど……まあ、コスプレするのは自由なんじゃない?表現の自由って言うの?まあ、基本的人権みたいなものよ。それに、この衣装、金糸の刺繍がイッパイあって華やかだし、アナタみたいな子でも着れば何とかなるわよ……多分。
ほら、汚れた服は帰りまでに洗濯に出しておいてあげるから、
……イベントを楽しんでいらっしゃいな。」
とネルネは言うとおほほ……と笑い、「イテ!」と指の先を紙で切り、「……ったく!だから紙は嫌なのよ!今度から豊子キッズは全部デジタルにしようかしら!」と毒づいていた。
『The Counseling Office with a Long Line』




