ヰ96 新しい挑戦
新しい松葉杖をついた白ロリ少女ネルネは、
横に従えた黒革ジャンの金髪プリン男子にロリータ傘を持たせ、
豊子キッズビルの廊下を歩いていた。
「おジャガ?そのカラメルヘア、どうにかならないの?……襟足も伸びてきて正直キモいわよ?」
「え~、そんなこと言うなよー。無造作ヘア、カッコいいだろ?」とジャガーが言う。
「カッコいいと思ってるのは貴方だけよ。パッと見、なんか汚ならしいわよ。あのね、男子は清潔感が一番なんだからね?」
「……そうかな?俺って、結構ワイルドじゃね?」
ネルネはピタリと立ち止まり、片足だけでバランスを取って立つと白蛇の杖をジャガーの鼻先に突き付けた。
「聞きなさい?今のままでは、貴方はその退魔ブレスレットでじゃきを寄せ付けないだけでなく、天然でじょしも寄せ付けないわよ…ウハハ……」
「それ、駄洒落になってるか……傷付くんだけど……」
「じゃあ、もっと女子ウケするような格好をしなさい!基本、革ジャン、革パン、金髪、ジャラジャラ鎖はNGよ!」
「……俺を全否定かよ……。」
「あ、ついでに数珠ブレスレットしてる男自体もナシね。」「……これ、お前がくれたんだろ……」「ウハハハハ……」
正面に立った気配に気付き、談笑していた2人が顔をそちらに向ける。
2人の目線の先には、豊子キッズビルの薄暗い廊下の蛍光灯に照らされて、
総天然色☆MEGAネ母音☆ケモ耳少女が立っていた。
彼女は改護神具・御涅処槃Ⅱを身を纏い、首には金色のカウベルをぶら下げている。片方の手には薙刀を持ち、
スジの通った、まっすぐな鼻の下には、ピンク色のノーズリングがキラリと光っていた。
「……おつう…凄いわね。なんというクォリティ……。まるで生きた等身大パネルよ……。尾刀水鳥(122)。異次元の再現度……。その衣装、ホントに全部手作りなの??貴女、ちゃんと寝てる?」
と、ネルネが呟いた。
ジャガーも目のやり場に困りながら、「人狼なのに牛って……いったいどういう設定なんだよ……。」と、『呆痴彼女あるある』の感想を述べた。
「おつう。その魅惑のbank-new乙女のコスプレは、やはり貴女にしか出来ないわ。その格好で思う存分今日のイベントを盛り上げてちょうだい!救世主の心を鷲掴みにしてもらうわよ!期待しているわ!」
「は、はい。頑張ります……。しかし、その救世主というのは一体何者なのでしょうか?見たら分かりますか?捕らえれば宜しいのですか?ところで……ネルネ様達は現地に行かれて何をされるおつもりなのですか?」と鶴子が、教育ママ風MEGAネをクイッとこめかみに持ち上げながら言う。
「質問が多いわね……。
そうね…… まず、本日、鈍器1階の特設会場に集まった青年将校達を、うちの忍者葉南が秘密裏に選別試験し、メサイアを炙り出すことになっているわ。
…どうやらこの呆痴彼女というアプリはね、中高生男子の間で爆発的に流行っているらしくて……親のクレジットカードを使った課金が後を立たず社会問題になっているらしいのよ。
だからね、葉南が活動している間、同時進行で私達は、この集会に集まってくる、そういったバカ息子予備軍に……豊子キッズの資料を配布しようと考えているわけよ。ほら、これを見て。」
そう言うとネルネは、ジャガーに指示を出し、後ろに引き摺っていたトランクを開けさせた。
その中には、『豊子キッズ』と印刷された白いビニール袋が山のように詰まっていて、
その一つをジャガーが鶴子に手渡した。
「こ、これは……」と言いながら鶴子はA4サイズのビニールから何枚かの束になった冊子を取り出す。
『現役合格』『難関校突破!』『マンツーマン授業』『英語偏差値が72に!』『圧倒的な熱量、君のやる気が持続する』『積み重ねられたノウハウ』『同世代の子供達が集う教室で、安心の授業』『変態講師なし』『盗撮なし』『まずは体験会を』等々の熱い言葉が並んだパンフレットが出てくる。
グッ!とガッツポーズを取った制服の少女の写真と共に、月々の支払い、模試の案内、『合格者の声』などの紙を開き、鶴子は無言でそれらに目を通していった。
ネルネが「今なら、お友達を紹介してくれた人には特典として、図書券が3千円分も貰えるのよ!」と、ほこらしげに、オレンジ色のプリントを見せながら言う。
「更に今なら春期講習が3講座まで無料で受けられるの!まずは資料請求から!!」
鶴子は静かに「……ネルネ様…いつの間に…このような準備を進められていたのですか…これから新しい業態にチャレンジされるのですか……?」と言った。
「そうよ!豊子キッズは、進化を続けるの。そして更にね!なんと、学習で足りないところを映像授業で補うことも出来るの!有名講師の授業を誰でも受けられるのよ!」
「…ゆ、有名講師とは……、どなたでしょう?」
その質問を聞いたネルネが、ニシシシ……と笑う。「聞いて驚きなさい!ゆーくりッド実況、論証数学解説動画でお馴染みのVチューバー、音無伊火鬼ちゃんよ!
1講座4500円お支払いいただければ、見放題!太ッ腹!凄いでしょ!」
ネルネは見開きのページで、数ⅠABC、英G、Rと、講座の種類を指差しながら、
「キッズ内ではね、進路によって見る動画のセットを選ぶ相談も受け付けてるのよ。あ、私のオススメは、英検ハイスピード講座ね。これで私はいきなり2級を取れたわ!」と言った。
「流石ネルネ様です……」と鶴子は小さな声で言い、「ネルネ様の受験に対する情熱は、よく理解出来ました。でも私は何をすれば宜しいのでしょうか?」と自信なさげに呟いた。
「……おつう。貴女には最終的に葉南が選別したメサイア候補を、私の元に連れてくるという重要任務をお願いするわ。……私の予測ではメサイアは、水鳥推しで間違いないでしょう。そう、あくまで天使なセクシー路線。メサイアというものはお子ちゃまには興味がないはずよ。……まあ、貴女はコスプレすると女子高生の枠を越えてしまうようだから、JKだけど勿論ロリータではないわね。」
「恐れ入ります。では私は葉南がメサイアを連れてくるまで待機ということで宜しいでしょうか。」
「いやいや、何言ってるのよ??貴女のそのコスプレは何のためよ?!」とネルネが杖をブンブン振りながら言い、……ジャガーが首を竦める。「そのコスプレ衣装で、呆痴彼女のチョコを買いにきたおバカさん達に、この資料を配ってもらうためでしょ??」
と、呆れ顔のネルネが言った。
「1人でも多く勧誘してきてよ!この紙を持ってきてくれた人は、今なら入会金が半額になるんだからね!
……嗚呼、至れり尽くせり過ぎて我ながら怖くなるわ!これを慈善事業と言わず、何を慈善事業と言うのかしら?!これに救世主が加われば、正に鬼に金棒よ!映像講師と、個別指導で1ミリの隙もなくなるってわけよ!」
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『こんにちはー、幼老さいわい園6号室入居、尾刀水鳥でーす!
一昨年は永田町、昨年は霞ヶ関!そして今年は新宿で214事件!鈍器法廷が贈る、呆痴彼女のバレンタインでバ連帯保証人キャンペーン♡♡青年将校の諸君は、いざ集結!
……期間内、新宿鈍器法廷には、総勢36人の呆痴彼女の等身大パネルが展示されまーす!どこにあるのか探してみてねー』
水鳥の声で店内放送がかかる中、イベントブースの入り口には、カラーコーンが複数個置かれ、
ジグザクに並ぶ、ほぼ90%男達の行列が最後尾の札を持つ係員の所まで、延々と続いていた。
鈍器法廷のマスコットキャラ、法廷ペンギンのぬいぐるみが並ぶ棚の前で、
設楽居睦美は、兄、海人に向かって、コソッと周りを気にしながら言った。
「……ちょっとお兄ちゃん……ここにいるのほぼ成人男性ばっかりなんですけど………。呆痴彼女は中高生に人気じゃなかったの……?これじゃまるで中高年よ。」「確かにな。……思ったよりも年齢層高めで俺も驚いている……」と海人も言い、落ち着かなさげにモゾモゾと体を動かした。
「なあに、お兄ちゃん、音入れ?」と睦美が言う。「いや、違う。ほら、なんか俺達浮いてるみたいじゃないか……なんか落ち着かなくてさ……分かるだろ?」と海人が答える。
「そう…………ね、お兄ちゃん。」「ん?」「睦美は音入れ行きたい。」「はい?」
海人は、霞む列の先頭を薄目で睨み、
「……よし、まだ大丈夫か……。じゃあ、むつ、行っておいで。俺は並んでるから。」と言った。
「え?オニイチャン?1人じゃコワイ……」
「ええ………?」
「だいたい、どこなのよ音入れは……。新宿ダンジョン、コワイ……」
「いや、ここはダンジョンじゃないから……う~ん、でもこの先にあるのは男女ん共用音入れみたいだな。流石に女の子1人で行かせるのは怖いか。乙女淹れは2階か……参ったな……。」と海人は愛・不穏を見ながら頭を掻いた。
「こんにちは。お兄さん。」
声をかけられて、設楽居兄妹は、ギョッとして振り返った。
……そこには、……キャメル色のコートを着た……シルエットの細い痩せた美少年が立っていた。
「……は?転校生!?何故あなたがここにいるの??」と睦美が兄の背中に隠れる。
転校生、向井蓮の横には、同級生の女子、赤穂時雨がY2Kファッションに身を固め、腰に手を宛ててポーズをキメていた。
「お兄さん……何故、あなたが呆痴彼女のイベントに並んでいるのですか……」と蓮がゆっくりと言葉を噛み締めるようにして言う。
「き、君はいつぞやの少年……先日の相撲大会は、中止になってしまって本当に残念だったね……え?まさか君、むつを追いかけてここまで来たのかい?」
美少年はその質問には答えず、「ここは鈍器法廷ですよ……豊子キッズのお膝元です……。」とだけ言った。
……転生してこのかた……
……呆痴彼女をアンインストールするよう働きかけてきた努力。初手エロドロ封じ。……これだけでも歴史は良い方向に大きく変わっていたというのに、……ここに来て睦美ちゃんのお兄さんが豊子キッズと急接近。これじゃあ今までの努力が水の泡だ。
……やはり、歴史に備わったある種の『自己回復力』が発動しているのではないか??
「設楽居さん。」と美少年の横に立つカーリーヘアの韓流逆輸入少女が1歩前に進み出てきて言った。
「今日は2月14日。ここで会ったが100年目。丁度いいわ……。白黒ハッキリつけましょう?……アナタは蓮くんのことをどう思ってるの?」
彼らの前後に並ぶ冴えない20代男性達は、スマホに顔を埋めながら、少年少女の会話に耳だけを集中させているようだった。
「…いや、どうって言われても………。どうとも思ってませんが……」と、睦美は腰をモジモジさせながら答える。
「むつ?この子同級生なの?」と海人が妹に聞いた。
「そ、そうよ。」「6年2組、出席番号1番!赤穂時雨と申します!1度お会いしたことがごさいます!」
「いやあ!丁度良かった!」と海人はパア……と笑顔になって言った。
「赤穂さん?悪いけど、うちの睦美と一緒に乙女淹れに行ってもらえないかな?1人で行かせるのはちょっと心配だったから。」「はあ??」と時雨が聞き返す。
海人の言葉を聞き、蓮は一瞬何かを考えるような表情をしてから、「……時雨ちゃん、悪い。睦美ちゃんを乙女淹れに連れていってあげてくれないかな?……僕はこのお兄さんと話があるんだ…」と言った。
「え?蓮くん、大丈夫?美少年は耽美に走りやすいって言うから注意してね?これ以上ライバルが増えるのは勘弁よ?!」と、時雨が言うと、
「大丈夫だから……ちょっとだけ!ゴメン!今は海人さんと2人きりで話させて…ね?」と蓮が手を合わせてお願いのポーズを取る。
「……」
「……もう!仕方ないわね!設楽居さん?行くわよ?」
「むつ、いったん列から出て、その子と行っておいで。まだ列は進まないと思うから……」「わ、わかったわ……なんと言うか……もう、背に腹は……変えられないというか……例えそこに洋風しかなかったとしても……私は、もうダメ………」と睦美は口の中でモゴモゴと言い、変な体勢で腰を引きながら、呆れ顔の時雨と連れだって離脱していった。
「さて。」
と蓮が、当然のように海人の横に並びながら深呼吸をして言う。
「お兄さん??……まさか呆痴彼女に……課金してませんよね?」
「え?なになに?してないよ?……な、なんだい藪から棒に??君は一体僕に何を聞きたいんだい?」
海人はそう言うと、まだ動かない列の先を背伸びしながら見つめ、その次に、深刻な表情をした美少年の横顔を眺めた。
『New challenge』




