ヰ91 ピクニック・クリニック
暖かな陽気の中、三人の子供達を引率する乃望楓と、無頼孔雀は、
大学へ続く『こもれびロード』を歩いていた。
「え?また検査??どーして??私達、なんか検査にひっかかったの?私達死ぬの?!」と、短い髪に黄色いパンジーの髪クリップを付けた榛葉絵美理が大声を出して、孔雀の腕にくっついてくる。
「だいたい今日はピクニックじゃなかったのかよ??こんなの騙し打ちだ!」と、ガキ大将風の風貌に、キラリと光る知性を感じさせる表情の小野町悟が、
楓の進行先を遮って大袈裟に騒ぐ。
長い黒髪に、白いお嬢さまハットを被った蓮台風花が「ど、どうしてこの三人だけ再検査なんですか……」と楓に向かって言った。
楓は、困ったような顔をして目を背け、助けを求めるように孔雀の顔を見た。
孔雀が、纏わり付いてくる絵美理の腕を押し退けながら、「……いや、実は、検査がうまくいかなくてね……と、取り敢えず内藤教授がさ、その、高学年の子だけでも?検査をやり直してくれるそうなんだ。」と、しどろもどろになりながら答えた。
「えーじゃあまたハウスで検査を集めればいいじゃ~ん?」と絵美理がブーたれて言う。
「…いえ、それだとまた奪われ……ゴホッゴホッ」と楓は、孔雀から睨まれて途中から変な咳をし始めた。
「ほら、そんなこと別にいいだろ?」と孔雀が言う。「こうやってピクニックも出来たわけだし。……大学に着いたら、そこで検査を提出するだけだよ。すぐ終わるし。今日は小さい子達も来たがってたんだぞ?ほら、お前らはラッキーだよ。」
……敵もまさか子供達を直接襲うようなことはないだろう。ということで、ユーリ内藤教授はハウスの子供を大学に招いて、施設内で安全にNYO検査を実施出来るよう取り計らってくださったのだ…。
孔雀は、普段は舗装された道路をスケボーで移動する為、
初めてまともに歩いた『こもれびロード』を眺めながら、側を歩く楓の横顔をちらちらと盗み見ていた。
「あーー、孔雀お兄ちゃん、楓姉ちゃんの顔見てる~」と絵美理がぷぅ~、と膨れっ面をして孔雀の袖を下に引っ張った。
「な、いや、見てないし!」と孔雀が顔を赤くして言う。
「コラ!大人をからかわないの!孔雀お兄ちゃんは、周りに危険がないか見張ってくれてるのよ!」と楓が言った。
「危険?危険ってなに??ここ、猛獣でもいるの??」と悟が目を輝かせて首を突っ込んでくる。
「猛獣はいないけど…」と楓が言った矢先、
「アイタ!」と言って、風花が足元の木の根に足を取られて転びかけた。
「おっと気を付けて!」と孔雀が言い、風花の脇の下を掴んで立たせてあげる。
「ばーか!」と言って悟が笑い、それを聞いた絵美理が軽く彼の足を蹴った。
見たことのないタテ巻きのカタツムリを見つけたり、鳥の鳴き声を当てたり、ゲームにでも出てきそうなキノコを発見したり……、
子供達と2人の若者は、楽しげに笑い合いながら遊歩道を進んでいった。
やがて日は高くなり、そろそろお腹が空いてくる時間だったが、
今日はNYO検査がある為、お弁当はそれが終わってから食べることになっていた。
「大学内に庭園があってさ。…そこでみんなでご飯を食べようか」と孔雀が言った。
「え~ブライ兄ちゃん!俺、腹減ったよ~今すぐご飯にしようよー」と悟がわめく。
「ところでまだなの?私達、あとどのくらい歩けばいいの?」と絵美理が、疲れた~と言いながら聞いてくる。
「あ、うん、あと20分くらいかな……」と孔雀が答えた。
「に、20分??え、まだそんな歩くの?!」と絵美理が大声を出す。「風花ちゃん?今の聞いた?拷問よ、拷問!ほぼ児童虐待よ!」
話しかけられた風花は、返事をせず、俯きながら黙って歩いていた。
「…どったの?風花ちゃん?さっきから黙ってるみたいだけど。」と絵美理が言う。
色の白い少女は、ピクニックと聞いて着てきたパフスリーブの白いワンピースの上に、薄い水色のエプロンをかけた姿で、
リボンを垂らしたお嬢さま帽子を被り、ギンガムチェックのポシェットを肩から提げていた。
風花は、長袖の先に手の甲を隠し、僅かに覗いた指で袖を摘まんで、あまり腕を振らずにしずしずと歩いている。
長い髪は、項垂れた首の後ろのところで二手に分かれ、
丸襟から覗いたうなじが、暑さのせいか赤く火照っているようだった。
「どうしたの?風花ちゃん」と、絵美理がもう一度、…今度は小声で囁く。「なんか変だよ?」
風花が顔を上げ、黙ったまま絵美理の腕を掴むと、ピクニックの隊列から少し横へずれていった。
楓達はそんな2人を特に気にする様子もなく、横目で彼女達を見て、そのまま今日のお弁当のメニューの話を始めた。
「 ……なに、なに?風花ちゃん?」
と、絵美理は言って、何となく面白がっているような顔をして風花の顔を見る。
風花は、真剣とも言える表情で、絵美理の耳に手で隠した唇を近付けると、
「……どうしよう…
……私、才=/ "╯⊃に行きたい……」
と、聞き取れるか、取れないかの、極端に小さな声で言った。
「え?なあに?もっかい言って?」と絵美理が、自分の耳たぶに手をあてがいながら言う。
風花は、ショートヘアーの友人を引っ張って立ち止まらせて、「……才=/ "╯⊃に行きたい……」と泣きそうな声で言った。
「え?風花ちゃん??孔雀お兄ちゃんは大学に着いたらすぐに検査だって言ってたよ??それまで我慢できないの?」と絵美理がびっくりして風花の顔をまじまじと見つめながら言う。
「……できる……いや、できない……」
「え??ホントに?じゃあ、そこら辺でやっちゃいなよ。」
「………。」
「……誰も見やしないと思うよ?」
風花は顔を真っ赤にして、「……いや、それならやっぱ…もうちょっと我慢する……」と言った。
「え~?風花ちゃんそんなこと言って~、本当に大丈夫なの?ほら、そこの草むらでしてきちゃいなよぉ。この大自然の中なら問題ないと思うよ~」と絵美理が言う。「え、なに、その顔は?大丈夫よ!誰も見やしないわ。誰が女子の=ノ∋ン^"ン姿なんか見たがるってのよ?」
「え……も、もし絵美理ちゃんが私の立場だったらどうする?ここでする?」「いや、しないわ。」「じゃ、じゃあなんで?!」「……まあ、ほら、あれよ、他人事だし……。でも風花ちゃん、あと20分我慢できるの?」
「……き、きびしいかも……」
「でしょ?じゃあなに?
風花ちゃんはmo・ra・su・no?」「そ、それはいや……」「じゃあ選択肢はないわね。」と絵美理は言って、友人の手を引っ張っていった。風花は内股になって「そ、そんな強く引っ張らないで!」と叫ぶ。
「おい、絵美理、風花!どこに行くんだ??」と振り返った悟が大声で呼び止めた。
「うるさいわね!ちょっとお花を摘みにいくのよ!!」と絵美理が怒鳴り返す。
「お花?…なんだよ……女子ってのは花が好きだな……俺はな!花よりだんごだよ。おい!もう腹へったから早く行こうぜ!寄り道すんなよ!」と悟が更に大きな声で怒鳴る。
「じゃあ先に行ってなさいよ!私達はお花を摘んだらすぐに戻るから!」
「おいおい、お前ら喧嘩をするなよ。」と孔雀が割って入ってくる。
「あらお花?そういえばさっきから、辺りにシロツメクサがいっぱい咲いていると思ってたのよ。」と楓が楽しそうに笑いながら言った。「…へえ、2人とも、やっぱり女の子ね……確かにそっちの方に自然のお花畑が出来てるみたいね!ほら、みんな!折角だから休憩しない?みんなで花冠を作りましょうよ!」
「うへ!花冠なんてヤダよ!そんなの女だけでしろよ。」と、悟が顔をしかめながら言う。「ねえブライ兄ちゃん!呆けもんバトルしようよ~」
「おい悟、今日はピクニックだぞ。呆けもんは帰ってからでいいだろ?……ほら、シロツメクサの花畑なら、……俺達は四つ葉のクローバーを探そうか!」
「クローバーか……」と悟がまんざらでもない顔をする。
「……ですってよ」と絵美理が、青ざめた風花の顔を見て「まだ我慢できる?」と聞いた。「隙を見て離れるしかないわね……とりあえず行きましょう。」
****************
「……わあ、きれい……」
うっとりとした様子の絵美理が、目をきらきらとさせながら、目の前に広がる天然のお花畑を見て、感動の声を上げた。
シロツメクサは、花冠を作る為に生まれてきたような植物で、固い茎と型崩れしにくい丸い花のおかげで、小さな子供でも簡単に花輪を作ることが出来る。
「茎は15cm以上残すのよ。」
と、楓が2人の少女の背中から覗き込んで、優しく微笑みながら言った。
「楓姉ちゃん、花はどれくらい集めればいいの?」と絵美理が、…横にいる友人の様子をすでに忘れてしまったように…楽しそうにニコニコ笑いながら尋ねる。
「子どもなら30本くらいでも作れるかしらね。」そう言いながら楓は2本のシロツメクサを十字に重ね、巻き付けていった。
「……ほら見て。こうやるの。今作った茎の束に、新しいのをまた巻き付けて……頭のサイズまで伸ばしたら輪っかにして結ぶのよ。……簡単でしょ?」
「…わあ、すご~い、楓姉ちゃん何でも出来るんだねえ……」と絵美理が言う。
「あ、あの絵美理ちゃん……」と花畑にしゃがんだ風花が、クイクイッと袖を引っ張ってくる。「ん、なあに?」「え、いや、な、なんでもない……」「…ん、ああ、そっか!ゴメンゴメン!忘れてた。お花を集める振りして、どこか向こうの方に行ってしてくればいいんじゃない?私、ここで花冠を作って待ってるから。」すでに絵美理は、真剣になった時の癖で、より目になって冠作りに集中し始めていた。
「…そ、そんな……」
「あら、風花ちゃんは全然作ってないのね?難しい?やり方わからない?」と楓が言い、そっと少女の肩に手を置く。
ビクッとした風花は「え、あの、その……」と言い、助けを求めるように絵美理のことを見たが、
彼女はこちらを気にも止めず、一心不乱に茎を編んでいた。
楓が「じゃあ、風花ちゃんのは私が作ってあげるわ。」と言う。
そして風花の帽子を脱がし、長い髪の頭頂をそっと撫でてあげる。……そこはしっとりと汗で湿っていた。
「…あら絵美理ちゃん、そこはもっと花と花の間隔を詰めると、可愛くなるわよ?」と横目に生徒を見ながら楓が囁く。
そんな少女達の様子を、孔雀は少し離れたところで見ながら、
眩しそうに目を細めていた。
すぐ横で悟が這いつくばって四つ葉のクローバーを探している。
草のにおい。
背中に当たる太陽の熱。
フィルターがかかったように、ぼんやりと輝く少女達の姿。
出来上がった冠を、長い黒髪の風花の頭に被せ、もう1つ作ったものを自分の頭に乗せた楓は、
孔雀の視線に気付いて、
……ニッコリと笑ってこちらを見返した。
(ほら、見て、この子達、かわいいでしょ?)とでも言うように、手を使ってお披露目ポーズを取り、自慢気に目で合図を送ってくる。
孔雀はその目線に耐えられず、思わず目を逸らしてしまった。
「ブライ兄ちゃん!」
さっきからずっと話しかけられていたのか、呆れた様子の悟が孔雀の背中を叩く。
「兄ちゃん!ここ、全然四つ葉がないよ!向こうに行ってみようよ!」「え?ん?ああ、そうだな、そうしよっか…」「もう、しっかりしてよ!お~~い、そっちに四つ葉はあるかあ~!!」と、悟が立ち上がって女性陣の方に怒鳴る。
「こ、こ、こっちに来ないで!!」と風花が突然叫び、立ち上がると、ダッ、と一人で遠くへ駆け出していった。
「あ、風花ちゃん?」と言って絵美理も立ち上がり、「悟~、ここら辺も四つ葉はないよ~~」と言う。
絵美理は、でこぼこの花冠を満足げに頭に乗せ、「どう?」と言って悟に向かってポーズをきめてみせた。
「どう?って何がだよ?お~~い、風花~、そっちはどうだあ?」
「こ、こ、こっちに来ないで!!」丈の高い草むらに体を半分隠した風花の黒い艶髪に、くっきりと浮かび上がる白い花冠が見える。
「おい!お前、一人占めはズルいぞ…!」と悟が言って、そちらに向かって歩き出した。
ハッと今更状況に気付いた絵美理が、
「あ!悟、今そっちに行っちゃダメかも!?」と叫ぶが、
「は?何だよそれ?意味わかんねー」と悟は言い、そのまま歩き続けた。
すると風花がガバッと立ち上がり、スカートを摘まみながら、がに股の変な姿勢でダダダダダダ……と走り出し、きらきらとした美少女演出を、…足元に散らしながら走り去っていった。
「……何だよその走り方は……変な奴……」そう言いながら悟は、今し方まで風花のいた場所を見下ろした。
「お?!お?!凄いぞ!絵美理!ここ四つ葉がいっぱい生えてる!!すっげぇ~、やったあ~!」と叫ぶ。
……そして悟は、まだ朝露で濡れたクローバーに顔を近付けて、夢中になってむしり始めた。
『Picnic・Clinic』
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