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ヰ86 イマドキ女子のビョーキ


金のエスカルゴヘアから、小鳥の形をしたイヤリングをぶら下げて、

倫護(りんご)カンパニーの諜報員(エージェント)メジ子は、

昔のアパートのような鉄の扉をノックした。


表札は付いていなく、チャイムのボタンの上にはガムテープがばってん印に貼ってある。


しばらくそのまま小さな踊り場で待っていたメジ子だったが、

鼻をすすりながら、おもむろに電気メーターを確認した後、次に首を傾げると扉の前に戻ってノブを捻った。


……鍵が()いている。


………。


扉を開くと、すぐ手前に狭いキッチンがあり、奥にはワンルームのダイニング兼寝室が見えた。

生活臭のしない真っ白な部屋には、蛍光灯の明かりが灯っている。

「……誰かいないの?」

と、警戒しながらメジ子が声を出す。


その時、音入(おとい)れの(ほう)でガタガタと人の動く気配がし、メジ子が身構えると、

……すぐに扉が(ひら)き、中からエンジ色のアイドル学園風制服に、深緑のベレー帽と安っぽいタオル生地のような茶色いモヘアコートを着た少女が出てきた。


「あら、貴女も呼ばれていたの?」とメジ子が拳を下ろしながら言う。

002(ダブルオーツー)お久し振り。その後どう?ジャガーくんとは仲良くやってる?……ところでミス汁婆仁(シルバージン)はどこにいるの?」


難波(なんば)鶴子(つるこ)、通称おつうは、無表情で「はい。まあ、ぼちぼちやっております。」と答え、「どうやらミス汁婆仁(シルバージン)様は遅れるそうです。」と自分の(あい)不穏(ふおん)を見つめながら言った。


「ふうん。……人を呼びつけておいて、相変わらずね。……いったい何の用かしら?貴女は聞いてる?」とメジ子は言ってから、部屋の壁に沿って置かれたマットレス剥き出しのベッドに腰を下ろした。


「……いいえ、詳しくは聞いておりませんが、……多分、最近のカンパニー主宰セミナーへの妨害工作の件ではないかと思います。私達の任務について、乃望(のぼう)竹千代(たけちよ)の情報を交換したいのではないでしょうか。」

「まあ、大方そんなところでしょうね。」とメジ子が言う。「……正直、あの趣味の悪いセミナーは潰れてくれて一向に構わないのだけど、……こう、頻繁に妨害されてしまうと、本社も黙って見過ごす訳にはいかなくなってしまうものね。

だいたい若年層への愛・不穏の普及は、ここ日本では最重要ミッションだから……。本国でも大きな予算を組んで、この極東の島国の支配を進めている訳だし…。汁婆仁(シルバージン)みたいなのが、大きな顔が出来るのも仕方のないことなのかもね。」と言ってメジ子は溜め息をついた。

「あとチックタック見た?……今、若い女の子達に痔取(じど)り投稿が流行ってるでしょ?綺麗(きれ)痔とか、違法(いほ)痔とか……。あれ、汁婆仁(シルバージン)と彼女のチームが仕掛けた流行よ。…うちの先生も嘆いていたわ。みんな正しい痔取(じど)り方法を分かってないって……。」


「あ、そういえばメジ子様はナースでしたよね。……(ちな)みに……伺っても宜しいでしょうか……その…正しい痔取(じど)りの方法を……」と鶴子が目を逸らしながら聞いてくる。


「あら?……ひょっとして貴女、痔取(じど)りしたいの?じゃあ今度先生を紹介してあげましょうか?」

「あ、い、いいえ。無頼孔雀(ブライクジャク)様は……男性ですよね?」「ん?つまり?」

「あ、いえ、その、痔取(じど)りするには、アソコを……見せなければならないんですよね。」


「ああ、貴女、そんなこと気にしてるの?大丈夫よ!先生はプロよ?

そしシ必尿器禾斗と月工門禾斗の世界的権威でもあるのよ!そんなこと気にする訳ないじゃない?」とメジ子が誇らしそうに言う。

「あ、いいえ……気にするのは私の方です。」「ふうん?……まあいいわ。で、何をシリたいの?」


「はい。……その、私、見ての通り、コスプレの衣装や小道具を作るのが好きで…その腕を見込まれてネルネ様に新しい松葉杖を発注頂いているのですが……これがなかなか難航しておりまして……2月14日(納期)も近付いてまいりまして……ここ数日は徹夜での座り仕事も多く………その、……気付いたら痔取(じど)りが必要になってしまった次第です……。出来たら1人で取る方法を教えて下さいませんでしょうか……」

鶴子はもじもじしながら上目遣いでメジ子のことを見つめてきた。


「……なるほどね。」とメジ子が言う。

「で、002(ダブルオーツー)は綺麗痔?違法痔、どっち?」


「違法の方です……」


「そうね。まずは清潔に保つことね。豊子キッズビルはウォシュレット付いてたっけ?」「はい。」

「後は綺麗に消毒した指で違法部分を優しく押し戻すの。…軟膏は使ってる?」「はい。ボ○キノールを塗ってます。」

「まあ、そのメーカーのなら大丈夫でしょ。……あとはTHE(ヤク)ね。」


「や、やはりTHE(ヤク)ですか…」


「まあ、正確に言うとTHE(ザイ)ね。商売柄、私もいつも持ち歩いているわよ。ちょっと待っててね。」

そう言うとメジ子は白いコートの下に履いている黒いロングスカートに手を入れ、革のガーターベルトの金属部から、

小さなピンク色の拳銃を引き抜いた。


鶴子は表情を変えずに、先輩諜報員(エージェント)が、慣れた手付きでリボルバーのしりンダーを(ひら)き、

木のベッドサイドテーブルに敷いたティッシュの上に、銀色の薬莢をコロンと落とすのを見ていた。


「この銃で直接撃ち込んでもいいんだけど、流石に扱い慣れていないと危険だから、……貴女は普通に指で入れるといいわよ。THE(ザイ)は丸い方から入れてね。勇気を出して指が離れるくらいまで押し込んだら、後は立ち上がれば、自然と奥に吸い込まれていくから。……なんなら今やってみる?」


「あ、いえ……後で帰ったら試してみます。……有り難う御坐います…」


「とにかくね。チックタックなんかを見てると、()えばかりを意識して、長い爪でやってたり、……見ててヒヤヒヤするのよ。あ、そうだ、ネルネちゃんとかは大丈夫かしら?あの子いっつも凄いつけ爪してるじゃない?……あ、話は変わるけど最近、ネルネちゃんはどうなの?豊子キッズは変なクスリをやってない?」と、メジ子はリボルバーをスカートの中にしまいながら言った。


「……それがメジ子さん。少し気になることがあるんです。」と、鶴子が暗い顔をして口を(ひら)いた。


「どうしたの?」


「はい。メジ子様も危惧されていたとは思うのですが……ネルネ様や、ジャガー…さまは、何やら魔法(▪▪)の存在についてお話しをされているようで……ネルネ様自身は自分を何か勇者だか大魔法使いだかの生まれ変わりだと信じていらっしゃるようなのです……」


それを聞いてメジ子は真剣な表情になり、腕を組んで「……オーバードーズかも知れないわね…」と言った。

「はい。ネルネ様のおパソシから危険ドラッグにあたるものは検出されなかったのですが、……睡眠導入剤の使用等が疑われます。強い物ですと、幻覚や妄想を引き起こすんですよね?」

「…そうね。あの子達のことだから、ただの冗談とかで話しているだけならいいけど……先生が心配するから、一応一度調べてみた方が良さそうね。ところで貴女、どのくらい強いドラッグの検査が出来るの?かなり特別な訓練を受けてきたと聞いているけど。」

鶴子が顎に指をあてて「えーっと、そうですね……ヘロイン、フェンタニル、コカインなんかにはある程度耐性があります。」と言った。


「……てことは、貴女、手術の時とかも麻酔が効かないんじゃない?大丈夫なの、それ?」


「さあ……私、痛みには強いので大した問題ではないかと思います。」

「そういう問題?じゃあ痔なんてどうでもいいんじゃないの?」

「……私……、痛いのは平気なんですけど……実は痒いのとくすぐったいのには滅法弱いんです……。幼少期カンパニーに拾われてから、衣・食・()に関わるあらゆる知識を勉強させられたのと、麻薬に対する訓練をさせられてきましたが…、痒いのは苦手なんです………。」


「じゃあ、」と言ってメジ子が指を立てて、鶴子の脇腹に手を伸ばそうとすると、


「うぎゃっ?!」と言って鶴子は部屋の端まで飛び退いた。「お、おやめ下さい!下手したら反射であなた様の顔面を潰しますよ??!」


アハハハ……、とメジ子は笑い、「その弱点はマズいわね………そうね……克服する為にこれから毎晩、禅羅で羽毛布団の内側で眠った方がいいかもね?」と言う。


「…………」

想像しただけで、身を(よじ)らせ内股になった鶴子は、おパソシに(かす)かに恥妼(ちび)りながら、

顔を真っ赤にして(うつむ)いていた。


「……それにしても……。」とメジ子が(つぶや)く。「汁婆仁シルバージンは遅いわね。何やってるのかしら……」

「……確かに。」そう言いながら、鶴子が少し不安そうな顔をする。

「考えてみますと、倫護カンパニーの諜報員(エージェント)が2人、こんな部屋で油を売っていて、……大した話し合いもせずに時間を無駄に過ごしているのは……何だか勿体無い気もしますね。」


002(ダブルオーツー)、ちょっとあのシル婆サンに連絡を入れてみてよ。いつまで待たせるんだって。」

「はい。」と言って鶴子は愛・不穏を取り出す。


…………。


「出ませんね……」


「どうなってるのよ?もう私、帰るわよ?」と、メジ子は言うと立ち上がって玄関へ歩き出した。


ガチャガチャガチャガチャ…………


「あれれ?」「…メジ子様どうかされましたか?」


「開かないノヨ。なんか外からロックされてるみたい……。」

メジ子は古いドアノブを手荒に回し、「クソ!」と悪態をつくと、鶴子を振り返った。


「……まさかね……。どうやら私達、閉じ込められたみたいだわ。」

「……メジ子様。そこを少しどいて頂けますか?」そう言うなり、鶴子は一度背中を向けると、体を半回転させて、踵の裏で扉を蹴り飛ばした。

ドシャン!!


「……思ったよりも頑丈みたいですね。」


「……ここ何階だったかしら」とメジ子が言う。「…確か5階よね。窓から飛び降りる?」


「そうですね……。隣に飛び移れそうな足場もないですし……最悪飛び降りましょう。」と鶴子が答える。


「いや、ちょっと待って。そんなに脱出が簡単に出来るとは思えないわ。……何か罠があるかも。」今ではメジ子は、自分達を閉じ込めたのはミス汁婆仁(シルバージン)だと確信していた。

……でも何故??


「…もしかして。」とメジ子が言う。

「…乃望竹千代の調査の進行状況が遅過ぎると、業を煮やした本社の一部の勢力が、汁婆仁(シルバージン)を任務に向かわせたのかも知れない。そして汁婆仁(シルバージン)は自分の活動に、私達2人が邪魔になると踏んだ……。」


「……向かったのは先生のところか……」「……もしくはネルネ様のところへ……」と、鶴子は顔を青ざめさせ、次に怒りで顔を赤くしながら「メジ子様!今すぐ脱出しましょう!」と叫んだ。


「勿論よ。ただ、少し冷静になりなさい002(ダブルオーツー)?いきなり窓から飛び降りたら、外にどんな危険が待っているか分からないわ。それこそ汁婆仁(シルバージン)の思う壺よ!」

「…分かりました。ではどのように?」

鶴子がそう答えると、メジ子は、

「まず道路を確認しないとね。」と言い、小さな窓に手をかけ、「ああ、なるほどね。」と言った。


『sick of chic』

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