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ヰ85 資金洗浄


『は~~い! 伊火鬼(いびき)だよー!お(おきな)おともだち諸君、減気(げんき)にしてた~??

さぁって~?世の勝ち組は、恋人とチチクリエーションしておりますがぁ…、負け組の民難(みんな)は、

伊火鬼いびきちゃんのお声を聞きながら、今日もいぃ~っぱい、マスタード・ベーグル(小)を出していってねー?

約束だよお?


《ちーっす》!“カードショップ(キャク)ター浅倉(あさくら)”さん、いつもありがとー!ちゃんとお風呂入ってますか~?…はあい、“ペレストロ以下”さんお疲れ様ぁ~!』


「…伊火鬼ちゃんの無音AMしずかごぜんチャンネルはこの短期間で登録者数が五千人増えたわよ。自傷(じしょう)奨学(しょうがく)惨年生(さんねんせい)で18歳のバーチャル(ゆう)厨婆、音無(おとなし)伊火鬼(いびき)ちゃん…。今から生配信よ。おジャガ?ちょっと変わってもらっていい?」

豊子キッズ総裁ネルネはそう言うと、真剣な顔をして、無事な方の右手でレース付きのマスクを顎まで下げると、ストローをさしたコップを持ち上げ、チューーと吸った。


「その唇どうしたんだよ?」と、金髪プリンの不良品男子ジャガーが言う。

「疲れてるせいか、リンゴを食べたら腫れちゃったのよね……。どうやら私って、バラ科のアレルギーだったのかも。もう桃とか洋ナシも食べれなくなるわあ。まあ生じゃなくてジャムとかにしたら食べれるかもしれないけどね。」

「おい、素人判断はマズくないか?無頼孔雀(ブライクジャク)に聞いた方が良くないか?アナルフェラキシーショックとかになったらヤバいだろ。」

「……アナフィラキシーね。……それわざと言ってる?」

ネルネはアラビアン姫マスクを鼻の上まで戻し、黒いボブカットのふんわりヘアの下で、(ねじ)れた耳紐をかけ直した。


PCの画面には、お馴染みの2次元アニメーション少女の上半身が映し出され、少女(アバター)はエクボを作って、目を論破(ロンパ)らせて微笑んでいる。

頬骨には三連星のほくろ。髪は銀髪のきしめん。

挨拶を終えた音無伊火鬼は、フラフラと体を揺らし、糸で吊られた人形のように漂っている。


「ところでネルネ?この"“ペレストロ以下”ていう通り名にはどんな意味があるんだ?」とジャガーが片手で辞書を引きなから尋ねた。

「ああ、これね、……旧ソ連の政治・経済改革。つまりゴルバチョフよ。ゴ・ル・バ・ちよ(▪▪)・フよ。竹千代(チヨ)さんはもう気付いているわ。今日私が会議に参加していることを。」

「へえ……で、今回の議題はなんだ?」

「ああ、ちょっと資金が足りなくなってきてね。金の無心よ!冷たいコーンポタージュに投資し過ぎたせいよ!結局全然盛り上がらないし!」

「……Vチューバーに対する投げ銭は聞いたことがあるが……こっちが送金してもらうのは初めて聞くぞ??どうやって?」


「勿論、いつも足が付かないようにお金を送ってくれるわ。」とネルネが言い、突然「チャパス!」と、「バ○ス!」のイントネーションで叫んだ。

ジャガーは思わず腕で顔を覆いながら目を瞑り、「おい、おい、いきなり呪文みたいなのを唱えるなよ?!」と言い、「……で、……今のなに?」と聞いた。


「スパチャの反対。駄洒落よ。」「それで竹千代さんには伝わるのか?」

「いいえ、そんな分かりやすい表現だと敵に勘付かれてしまうから、別な暗号を使うわ。……最近出来た伊火鬼(いびき)ちゃんの(サブ)チャンネル『中学数学から始める、ゆーくりッド実況』をネタに伝えるのが良さそうね。」

「ああ、それ、俺も見た。ユークリッド幾何学解説だろ?……正直よくわからなかった…」


「…簡単でしょ……」とネルネが言う。

「公理、定理、証明よ。三角形の合同・相似、平行線の性質はわかるでしょ?貴方ねえ……2000年前にはもうわかっていたことよ?どんだけ遅れてるのよ?遅刻もいいとこよ。

……どっちかって言うと、私は非ユークリッド幾何学の話から、一般早退(▪▪)性理論を救世主(メサイア)に解説してもらいたいわね。」


ジャガーは「?」とポカンとした顔をし、

ネルネが「まあ、いいわ。」と言って、『まんじゅう実況をもっとください!』とコメントを入れた。


「まんじゅう?」とジャガーが言う。


「まんじゅうよ。ほら、解説動画でよく見かける首だけのキャラのことよ。それと、江戸時代から受け継がれる、賄賂の『まんじゅう』をかけたの。菓子箱に小判を詰め込んだやつ。私達には馴染みがないかもしれないけど、上の世代は時代劇なんかでお馴染みのはずよ。……ほら、伊火鬼ちゃんが反応したわ。うわ、すっごくイやな顔してる……。まあ、でもこれで生活費と必要経費は確保出来たわね。」

「どうやってお金は送られてくるんだ?」とジャガーが流れるコメ()トを目で追いながら聞いてくる。


資金洗浄(マネーロンダリング)でお馴染みのプリペイド・カードでよ!」とネルネがどこか誇らしそうに宣言した。「それ大丈夫なやつか?捕まらないか?」とジャガーが言う。


「うふふ、大丈夫よ、おジャガさん?そこら辺、チヨさんは抜かりないわ。

そう。すぐに現金化出来る最強のカード、人はそれを呆けもんカードと呼ぶ……。」

「マジか……チヨさんは豊子キッズに対して、呆けもんカードで送金していたのか……。」

ネルネがPCを閉じながら「…あと、闇のお遊戯カードで送られてくることも多いわね。」と言った。


「……そういえばスパチャで思い出したけど……、」とネルネがマスクに加えて眼帯までつけた、ミイラのような顔をジャガーに向ける。

「最近の配信で、いつも赤スパを送ってる“まっさらタウンの三頭身”さん、……毎回見かけるけど、コメントをいっさい入れないのよね。」


「黙って何万円も投げ銭してるのか?……なんかキモいな。」とジャガーが(つぶや)く。

「まあ、そのお金が豊子キッズに流れるわけだから感謝しないとね。」とネルネは言い、無意識にギプスの上から腕を掻いていた。


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At(アット) on(オン) bricked(ブリケッド)!!」


新宿、明治通りを一本奥に入った路地裏の、薄汚れた雑居ビルの一室で、金髪のエスカルゴヘアのナース、メジ子は、

クロスさせた手の甲を頬骨にあてがって叫んだ。


「先生?こ、今度はブイチューバーですか?!もういい加減にしてくださいよ?……な、なんですか??その“まっさらタウンの三頭身”という二つ名は?!投げ銭500ドル?

どこにそんなお金があったんですか??」


「……い、いやあ、メジ子……。これには深い訳が……」

無頼孔雀は、ボサボサの髪を掻き回し、薄くなってきた頭頂部を平らにならして、分かりづらくしながら答えた。

「もう!そんなお金があるんなら、サイゲリアで2ヶ月は食べられますよ?!」

「…す、すまない。」

「……待ってくださいよ先生?…ま、まさか、これ一回だけじゃないんですか?……い、いったいこのブイチューバーに、いくらつぎ込んだんですか……」

「すまない………。」


無頼孔雀は、画面の中で夢遊病者のように揺れる2次元少女を見つめながら、


……音無(おとなし)伊火鬼(いびき)は、

……乃望(のぼう)竹千代(たけちよ)くんだ。間違いない……。

と考えていた。


会話の中に出てくる、ネルネくんと、豊子キッズを連想させる話題……。全てではないが、多くの動画でネルネくんらしい名前を何度も見かけた。

偽名も、最近はネタが尽きてきたのか、“熱帯トルネード”とか、“眠る1年生”とか、“ネイル姉さん”とか……結構分かりやすいのも多くなってきている。今日はそれらしい名前はいなかったけど、……毎回2番目に呼ばれるネルネくん枠は、“ペレストロ以下”だったな。今日はいないのかな。

まあ、これらの暗号に気付いたのは俺くらいなものだろう。


……かつて(かえで)に渡そうとした現金……。それは金庫に眠らせて、どうせ使うつもりはなかった。

……今俺はそれを少しずつ切り崩して音無伊火鬼にスパチャしている。竹千代くんが、何のつもでVをしているのかは知らないが……これでいいんだ……。あのお金は…楓と、君のものなんだから……。


無頼孔雀(ブライクジャク)は、生放送から離脱し、

助手のメジ子の顔を困ったように見上げた。

そして最近ネルネから、医療費として支払われた呆けもんカードの画像をPC上で(ひら)き、

「怒らないでくれよ……ほら、このカード、値上がりしたからすぐ売って現金化するからさ……」と言って、名残惜しそうにカードを眺めていた。


*****************


今日の診療所の勤務を終え、私服の白いコートに着替えたメジ子は、

夜のコトブキ町を歩きながら、

雑踏の中で(あい)不穏(ふおん)の画面を見つめていた。


………。


……乃望(のぼう)竹千代(たけちよ)が、倫護(りんご)カンパニーの活動に対抗して動き出したらしい。カンパニーが主宰する秘密セミナーが何件か妨害され、中止になっている。

……その手口からして、本社は乃望竹千代の仕業で間違いないと考えている……。彼女はドロップインハウスの理念を継ぎ、正義の味方を気取って子供達を守っているつもりなのだろう。


メジ子は前方に白い息を吐きながら、倫護カンパニーのホームページから、

数々のセミナーの案内を(ひら)いて

……眉をしかめていた。


……正直……彼ら(カンパニー)のやり方は好きじゃない……。

まだ世間を知らない女子中高生をターゲットに、洗脳と、強引な勧誘。最近その手法は小学生にまで及び、違法すれすれの顧客の囲い込みが行われていると聞く。

始末が悪いのは、それらが全て同意のもと行われているということだ……。


メジ子は歩きスマホをやめ、目的の場所に到着すると、細い雑居ビルを見上げていた。


……さてと。


今日は、久し振りにカンパニーのお仕事ね。急に呼び出して何の話かしら?

……正直私、この諜報員(エージェント)のこと嫌いなのよね……。


……ミス汁婆仁(シルバージン)


金髪のメジ子と、銀髪のシルバージン。

同期の女性社員である2人は陰で、倫護カンパニー日本支部の、金角と銀角と呼ばれているらしいが、

メジ子はこの同僚とろくに口をきいたことはなかった。


ややこしいことにならなければいいけど……。


メジ子は、耳の上に髪を掻き上げ一度深呼吸をすると、暗く狭い入り口をくぐり、

階段を静かに登っていった。


『money laundering』

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