ヰ79 しのび活動!
忍の末裔、五十嵐葉南は、隠密作戦の下調べの為に、
小柄なヤンチャ少年に擬態して、駅の高架下にある高周波音入れ(♂)に潜入していた。
………。
……洗面台の鏡の所にサラリーマン1名。
右手の指先だけを微かに水で濡らし、パッパッと弾くようにスナップを利かせて振り、
その指で前髪を整えると足早に出ていく。
……指を濡らした面積から想定するに、あの男性の該当部位は、相当小さいに違いない…。そうでないと辻褄が合わないわ。
葉南は、ゆっくりとリュックの中の荷物を漁る振りをしながら、
現在、縦型装置を利用中の男性2人が、用事を終わらせるのを待っていた。
『あと一歩前へ。』『朝顔の外にこぼすな、われの露』『いつも綺麗にご利用いただき誠にありがとうございます。』
葉南は縦型装置の壁に貼られた紙を流し目で観察し、
2人の利用者が、3個分のスペースを空けて立っている後ろ姿を眺めていた。
やがて、男性達は用事を終え、そそくさと立ち去っていく。
1人は手を洗わず、もう1人は逆に念入りに石鹸を使って水を何度も出し続け、
ハンドドライヤーが壊れていることに気付くと、悪態をつきながら手をぶらさげて出ていった。
次に葉南は一番手前にある塞がった個室の、中の気配に耳をすませる。
……無音。
……ああ、これは多分スマホを見ているわね。
いったん葉南はその個室を無視することに決め、他の空いた部屋をチェックし始めた。
床に散乱した音入れッとペーパーの切れ端。飲み終わった缶コーヒー。タバコの吸殻。切り取られたコニクロのタグ。
…汚れたイ更THE。
次に葉南は、後ろを振り返り、縦型装置の列の一番端の場所まで進んだ。
その箇所の装置は綺麗に取り外されており、背面のタイル調の壁は、そこだけが白く抜けていた。パイプが通してあった箇所は、穴が空いたままになっていて、
『工事中』と書かれた張り紙がその下にぶら下がっている。
葉南は黒いジャンパーのポケットに突っ込んでいた手を外に出し、
無音アプリを入れたスマホのカメラで、そのエリアを撮影し始めた。
1歩下がって、全体を。もう一度近付いて詳細を。
次にリュックからメジャーを取り出し、横にある縦型装置の長さを測る。
……よし。ほぼピッタリだわ。
この音入れは設楽居海人が通っている進学塾と、住宅地を結ぶ丁度中間に位置している。
塾に行くには駅を越えていく必要がある為、ルートは、エスカレーターを昇って線路をまたいで行くか、
この高架下をくぐるかのどちらかになる。
そして、この高架下には高周波音入れがあるがゆえに、寒い冬にはこちらの道を設楽居海人が選んでいるのは、…すでに調査済みだ。
……作戦はこうだ。
設楽居海人が、駅に向かってくるタイミングに合わせて、先回りをし、この高周波音入れの入り口に使用禁止の札を提げておく。
そうやって中に誰もいない状況を作り出し、メサイアが近付く前に札を外す。
メサイアが必ずこの音入れを利用することもあらかじめ調査済みだ。
そこでボクは、設楽居海人の隠された聖なる碧眼を確認させてもらう。
昨日、ネルネ様から預言者または、救世主に関する調査報告の遅れを厳しく指摘されたばかりだ。
直後に、あのニキビだらけの金髪男が慰めてきたのが最高にキモかった……。
虫酸が走ったので、こうして急いで作戦を立てたのだが……。
そもそも……お母さんに言われて、不信者駆除に時間を取られてしまったせいで、メサイア関連の計画が大幅に遅れたのが痛かった。
獄中のお父さんに面会出来ると聞いて家に戻ったのに、その場で捕らえられて、拷問を受けてしまった……。危うく月工門にGPSを埋め込まれるところだったけど、何とか危機は脱したわ……。
何のかんの言ってあの人は恐ろしい人だから、出来るだけ逆らわない方がいい。
まあ、通学路の不信者はあらかた排除したのと、防衛装置も張り巡らせておいたので、……しばらくは大丈夫でしょ。
あのメサイアの芋うと、設楽居睦美が、はからずも不信者を誘い出したことで、
縄張りが明らかになり、排除が楽に出来た側面もある、とお母さんは言っていたから…
……あの兄妹には、やはり何か特別な力があるのかもね……。
さてと。
五十嵐葉南は、壊れて壁から外された縦型装置の跡地の前に立ち、イメージトレーニングを開始した。
……まず、ボクは禅羅になり、この隙間に直立姿勢で立つ。
そしてビッタリと壁に背中をつけ、呼吸と鼓動は最小限にとどめるようにする。
するとボクの、この陶器のように白い肌は、横に並ぶ縦型装置の質感と違和感なく溶け込み、パッと見、工事が完了したように見えるはずだ。
誰もいない音入れに入った男性は、一番端の装置を選びがちだという統計も、すでに算出済みだ。
メサイアがボクの前に立ち、モロざしをしてきた瞬間……。ボクは児童洗浄のセンサーを発動させ、ジョボォォォォォォォォ……と水を流す。
さすがのメサイアも、目の前に女子児童がいることに気付くことはないだろうが、
……勝手に体が反応しようものなら、炉利昆虫確定だ。
はい、さようなら。残念でした♡
ネルネ様には結果を報告し、それで終了だ。
万一、もし何も反応しないようなら…、次の手も考えてある。……名付けてチョコレート大作戦。ボクのもう一つの姿、男子、古賀真北くんから、『ともチョコ』を貰ったら……メサイアは、どんな反応を示すか??
可能性は低いが、彼がこの試験さえもクリア出来たなら、最後はインポータント・チェックだ。メサイアをうまいことエッサイムの女子更衣室に放り込んで、……偶然居合わせたお姉さま方のお着替えを見ても尚、彼の体が何の反応も示さないようなら……
設楽居海人はインポータント確定。代償行為で暴力に走る可能性大の為、やはり豊子キッズに迎え入れることは出来ないわ。
……そう。
この数々のテストをくぐり抜けた後に、設楽居海人は、本当のメサイアであると認められるのよ。
……さてと。実地調査はこんなところで大丈夫かしら。
……そう言えばなんか、めいずちゃんから505メッセージが入ってたのよね……。
葉南はスマホに目を落とし、弟子からのluinを開いた。
『助けてください師匠!私、お雛祭りまでに国外に逃亡するか、はたまた完璧な男装をものにする必要があります!至急御連絡ください!』
やれやれ……めいずちゃん……。アナタ最近、華々しく美女デビューしちゃったから、お雛祭りの日は各方面からのお誘いがかかることは必至よ……。
あれだけ派手にやっちゃうと、もうボクにだってアナタを守りきれるかは微妙なところよ……。地元の名士、宍戸家辺りから白羽の矢が立ったらどーするつもりよ??
アナタ、断りきれるの?あそこのお嬢様は美少女好きで有名よ?
……まあ、ね。でも可哀想だから、ちょっとは対策を考えておいてあげるけど……。いやあ、難しいなあ……
その時だった。
…たった一つ使用中のままになっていた手前の個室の中から、
ビチョビチョビチョビチョビチョ………
と何か、固体と液体が混ざり合ったようなものが、激しく潑ね、外に向かって飛び散っているような音が聞こえてきた。
一気に個室から漏れてきた強烈な臭気に、思わず怯んだ葉南は、
一瞬、嫌悪感を越えた、ある恐怖を覚えてしまった自分に、《しまった!!》と思い、
すぐに右手で印を結ぼうとしたが、すでに一歩出遅れてしまったことを悟った。
ズバン!!!!
衝撃波と共に個室の扉が吹き飛び、それと同時に汚濁した液体を顔に浴びた葉南は、床に転倒し、
反対側の壁まで滑っていった。
陶器のイ更器に頭をぶつけた葉南は、痛みで意識を失わないように歯を食い縛り、急いで立ち上がろうとする。
が、足がもつれて、白い陶器の内側に手のひらをつくと、辛うじて体勢を立て直した。勢いよく手に当たる冷たい水を掬い取り、葉南はそれで汚れた顔を拭く。
くッ………!!?
涙で滲んだ視界の向こうに、ぶくぶくに太った巨大な白い体がゆっくりと蠢き、肉の襞が波打ってているのが見えた。
…その生き物はまばらな頭髪を、濡れたおでこに張り付けながら、
……おんぎゃあ、おんぎゃあ……と口から涎を垂らしながら泣いていた。
ぶよぶよとした裸の皮膚の一部を覆うのは、もこもこの大人用紙オムレツ。すでに容量の限界を越えた茶色い液体が、この生き物の桃色の太ももを伝っているのが見えた。
………不信者………。
それも、かなり大きい個体だ……ボクもここまで大きなやつは、…正直見たことがない……。
葉南は、少しずつ後退しながら顔の前で、
「相!喝!」と印を結び、滑る足元に注意しつつ距離を取り始めた。
艶々の赤ら顔をした生き物の、まばらな青髭に囲われた…湿り気を帯びたぷっくりとした唇から、
高い声が「……ママ……」と漏れてくる。
……まずい!ボクが女だってことがバレている!
「マんマ……マんマ……」
……古賀花音が言っていた。この地域のボス個体をまだ見ていないのが気になる、と。これが……それか。
まずいわ。このクラスの不信者は、まだ相手にしたことがない。
葉南はポケットに手を入れ、何枚かの形代を取り出すと、
それを手のひらに乗せ、素早く手裏剣のように前方へ放った。
形代は不信者の柔らかい肉に跳ね返され、力なく床に落ちていく。
すぐに葉南は自分のコートの前を開き、ズボンからシュッとベルトを引き抜いた。
そして相手から目を逸らさず、手の中で半分に折ったベルトをバチンッと鳴らす。
「坊や?……お仕置きしてあげるから、じっとしてなさい?」
辛うじて微笑みを崩さずに葉南は、ベルトを鞭のように空中でしならせて、
腕を伸ばすとと一気にビシッと不信者の腹を叩いた。
異形の者が、口から泡を吹きながら悦びの声を上げる。
葉南は頭の上で、ベルトを新体操のリボンのように、ひゅんひゅんと風を切らせながら8の字に回し、
近寄ってこようとする臭い肉の塊を、牽制の為に数回叩いた。
そしてもう片方の手で、内ポケットにしまったスマホを取り出す。
……カメラ機能を起動させようと、わずかに目を逸らした瞬間だった。
不信者が、予想を越えた素早い動きで四つん這いになり、
葉南目掛けて突進してきた。
しまった!??!
葉南は足を滑らせて、床に尻餅をつき、気付いた時には目の前に……カタカタカタカタ…と歯を鳴らしながら、にこやかに笑う顔があり、
その毛の生えた黒い千ηビの付いた、女のように膨らんだ胸を葉南の小さな体に覆い被せてきた。
力では負ける!!
葉南は、不信者の顔に唾を吐きかけ、下から股間を蹴り上げた。
しかし、その威力は、紙オムレツに溜まった汚物のクッションに吸収され、
……ムニュ…と横滑りしてしまった。
「マんマ……才"/八º亻……才"/八º亻…」
30代後半の男性と思われる不信者が、足の臭いのような口臭を放ちながら、少女に顔を近付けてくる。
くそっ!ここまでか……。葉南が諦めかけたその時だった。
頭の中で亡き祖父の声が響く……。
『……戦いの時、機会があれば男性のここを狙うといい。』
『……これは江戸時代から伝わる一子相伝の技。喝波忍法…』
葉南は、えいや!!と力の限り不信者をもう一度蹴り上げ、彼の太った腹に食い込んだ紙オムレツの、マジックテープを破るように引き裂いた。
「喰らえ!喝波忍法、しりこ玉抜き!!」
葉南は前方にある、ヌルヌルとした異まみれの、黒い毛を巻き込んだ皮の固まりを越えて中指を腰の裏側に突っ込み、
強烈な悪臭のする穴の中から、
ゴルフボール大の球を引き抜いた。
シュポん………。
急に真顔になった不信者は、『ピュッ、ピュッ…』と口から涎を前に吐き出しながら、
…ちょこん、とお尻を付いて床に座ってしまった。
葉南は、手の中にある、茶色い粘液に覆われた完全な球体を眺め、
次に無力化した不信者の姿を見た。……危なかったわ……。
……このクラスの個体なら、いわゆる貝者夕仏が続く時間は、多く見積って15分といったところだろうか……。まあ、警察が駆け付けるまでの時間は十分に稼げるわね。
葉南は通報を終え、しりこ玉を洗面台で洗い始めた。
…他の不信者に臭いを追われる可能性があるから、今日の服は急いで焼却する必要があるわね……。
さ、警察が来る前にこんな所はオサラバしましょう。
葉南は急いで、隣接する乙女淹れの方に避難し、個室内で汚れた服をリュックに詰め込んだ。そして、変装用に常に持ち歩いている太字のマーカーペンを取り出すと、数分で、体にジャージのボディペイントを施し、
まだ興奮の残る胸を激しく鼓動させながら、
走って現場を後にするのだった。
『shinobi activities』




