ヰ76 恋に恋するお年頃
チョコミント色のお揃いのマスクをした、セーラー服姿の少女二人が、
電車の吊革に掴まって体を前後左右に揺らしている。
「ねえ、亜理沙ちゃん。ホントに大丈夫なの?……うちの方まで来たら、帰りが遅くならない?」
「ん?大丈夫だよ。帰りは親に駅まで迎えにきてもらうから。それに私、元々電車通学だし。長い移動は慣れてるんだ。」
「でも悪いから交通費は出すよ。」と、いつもと違うセーラー服と、少し違う髪型をした木下藤子が言った。
「えーいいよー。」と、藤子そっくりな格好をした伏木亜理沙がポニーテールを揺らす。「…ところで、カイトくんとは連絡取れたの?」
「うん。駅ビルの本屋さんで、一緒に参考書を選びたい、って伝えたら来てくれるって。勉強関連ならluinしていいってことになってるのよ。あ、電車代は後でちゃんと払うからね。」と藤子は言い、チョコミント・マスクの位置を鼻にかかるように直した。
「え?『luinしていい』ってなに?……なんか調教されてんの?藤子ちゃん大丈夫?ひょっとしてカイトくんはモラお??」
「うん、そうだよ。カイトには道徳心があるからね。いつもスマホ依存に警鐘を鳴らしているのよ。カイト自身も好きなアプリを封印してるし、試験が終わるまで2人共、自分の素股ホに触るのを我慢することにしているの。」
「……あなた達、ホントにそれで付き合ってないの………?…まあ、いいわ。」
「?………で、亜理沙ちゃんは電車通学なんだね。……朝とか大変でしょ?」
「まあ、大変て言えば大変だけどね、…もう慣れたかな?」「へえ。凄いね。……その、ラッシュの時とかさ、チ。環とかないの?」
藤子はスースーするスカートの中を少し気にするように、タックを摘まんでちょっと引っ張り、立ったまま脚を閉じた。
「朝と夕方は、女性専用車両に乗ってるから平気だよ。」と、亜理沙が言う。
「え、それ私、乗ったことなーい。…ねえ、どんな感じなの?……やっぱさ、女の園って感じ?車内も乙女チックな感じでさ……お姉さま……とか、ごきげんよう…とか。」
「アハハハ……。それ、男子とかがよく勘違いするやつ。…そっか。藤子ちゃん、乗ったことないか……、女性専用車両は楽だよ~。男子の目とか気にしなくていいから。……夏とか結構、上だけ下着姿の人とかもいるんだよ。雨の日とかは靴下とかも網棚に干しちゃったりするし。流石に冬はそこまでじゃないけど、脇の下に制汗スプレーしてたりさ、あと、シートでも、結構みんな脚を開いたりして座ってるよ。……男の子が見たら幻滅するかも?アハハハハ……」
「へえ。そうなんだ。知らなかった……。逆にちょっと怖いかも。」と藤子が言う。
「そんなことないよ?やっぱり安心だよー。ほら、女性専用車両だと、その時間だけ連結部分が、乙女淹れとして使用できるじゃない?女は我慢出来ない時もあるから、助かるよー」「そっか。普通の車両だと男女兼用だから、そうそう出来ないもんね。臭いとか音も気になるし、それこそ盗殺が怖いしね……私もあそこ、小学1年生の時に利用したのが最後かなあ……。オジサンが窓からこっち見てて、嫌だったなあ……やだ。乙女淹れの話してたら、ちょっと行きたくなっちゃったじゃない。」
「えー?藤子ちゃん、殺気、民難の音入れで済ませてくれば良かったのに~」
「いいよ。大丈夫。もうすぐ着くから。」
…さくら町の駅に到着すると、藤子は急ぎ足で乙女淹れへ直行した。
その間、亜理沙は改札を出て、駅構内の様子を物珍しそうに眺めながら友人が戻ってくるのを待っていた。
…………。
………。
「お~~い、木下~!」
「お~い!」
「おい、どうしたんだよ?ボーっとして!」
ハッ、と亜理沙は顔を上げ、
……目の前に、丁度良い塩梅に日に焼けたイケメンが、眉間にしわを寄せて立っているのを見た。
「よ、お待たせ。」とイケメンが白い歯を見せて笑う。
亜理沙はみるみるうちに、自分の耳が赤くなるのを感じ、慌ててチョコミント・マスクを鼻の上の方まで引っ張り上げた。
「ん、んん、」と亜理沙は喉を鳴らし、いつもよりも少し高めの声で「い、今来たばかり……」と答えた。
「そっか。……木下が、布マスク珍しいな?」
「え??そ、そうだった?……ぬ、布の方がお洒落なの多いし、カ、カワイイでしょ?」
「流行りのチョコミント色か……。まあ、確かにカワイイって言えばカワイイのかも知んないけど……俺はやっぱり普通の白いやつでいいかな。」
……カイトくんは、白が好みと……。
亜理沙は心のメモ帳に書き留めておいた。
「それに布って、なんか湿ったようにならないか?紙なら使い捨てだし、すぐ交換出来るし、その方が気楽だろ?」
……え?は、話がすれ違ってる……?カイトくん……、まさか、あなた……紙才ム"/のことをおっしゃってますか……?藤子ちゃん?!あ、あなた、いったいどんなプレイを強要されてるの??
「まあ、でもさ?なんのかんの言ってさ…本当はなんも付けないのが一番だよな?ほら、俺も今日は付けてないし。」と言って設楽居海人は爽やかな笑顔をこちらに向けた。
亜理沙は思わず、彼の下半身に目をやり、……ズボンのしわの具合を観察してしまい、秒で目を逸らした。
……今日の木下藤子ちゃんも、下には何も付けていないわよ……。で、でも……男子がそれをやるのはアリなの??
その……何と言うか……形がわかってしまわないのかしら……???
……よし。まあでも、これはいい機会だわ。…このまま色々聞き出してみましょう……。
木下藤子の姿をした伏木亜理沙は、
チョコミント・マスクの内側で唇を舐め、
「ね、ねえカイト?」 と掠れた声で聞いた。
「どうした?その声、風邪か?俺もこの前、風邪でえらい目にあったからな。気を付けた方がいいぞ?
……て、言うか俺も付けとかないとダメだよな……。あ!まさか、ひょっとして俺、感染しちゃったか?」
「え?カイトく…?い、いったい何を写したの?」
「いや、この前の風邪、凄かったからな。あの時感染してしまったんだ。……ゴメン…木下……俺、最低だな……」
その時、びゅうううっと一陣の風が構内を吹き抜け、亜理沙のスカートが空気をはらんで一瞬膨らんだ。 NotePCの亜理沙は焦ってスカートを押さえ、その刹那、
……ハッと思い当たって、海人の顔を見上げた。
……『いや、この前の風、凄かったからな。あれで写してしまったんだ。……ゴメン…木下……俺、最低だな……』
……カイトくん??!あ、あなた、どこかのタイミングで、風で捲れ上がった藤子ちゃんのPunch☆Laを写したのね??確かに最低よ!アナタ!!
……てことは待って……。
……カイトくんは、藤子ちゃんのノヽº¯ノ"ノに興味津々!!
良かったわね!藤子ちゃん!
プレゼントはイ吏用氵斉ノヽº¯ノ〒亻で決まりじゃない?!
これでカイトくんは確実に落とせるはず……。
「カ、カイトっ……、念のため聞くけど……、その写したもの、見せてもらえないかな?」と、亜理沙はチョコミント・ マスクの裏で唾を呑み込みながら言った。
「え?み、見せる?見せるとは?」
「……そういうのいいから…。黙ってスマホの画像フォルダ、見せてもらっていい?」
そう。確かめさせてもらうわ………カイトくんが、藤子ちゃんのノヽº¯ノ"ノにのみ興味があるのなら……それはまだ許せる……。だが、もし、彼のスマホに…他の女子のPunch☆La画像が大量に保存されているようなことがあれば……。
……藤子ちゃん。設楽居海人はやめた方がいいと言わざるをえない……。
………。
「………木下が怒るのはわかる……。試験前なのに、俺が迂闊だった……。写してしまって、本当に申し訳ない……。
どうしたら許してくれるかな?……でも聞いていい?俺のスマホを見てどうするの?」と海人が言った。
「写したことは認めるのね……。じゃあお聞きしますけど、他の人のはどうなの?まさか、風のイタズラ以外でも、写してないでしょうね?スマホを構えて階段の後ろからついていったり、電車の前に座っている女子の正面に、わざと座ったり……。あのね?短いスカートは男の為に履いているのではないのよ?あれは自分の為に履いているんですからね!インスタント暮らしへの自己まん自撮り投稿も、男子に見せる為ではないわ!勘違いしてませんか?あなた大丈夫??」
「ちょっと木下?なんかお前、いつもと言葉遣いが違うけど大丈夫か??熱でもあるのか?」と言って海人が一歩前に進み出てくる。そして、亜理沙の顔をじ~~っと見ると…「木下?…そのマスク…なんか変だぞ……」と言って顔を近付けてきた。
イケメンの顔の接近にたじろぐ亜理沙を無視して、海人は自分のおでこを左手で押さえて熱を計ると、
もう片方の手で、亜理沙の前髪を掻き上げて、冷たい手のひらをピタッ…とあてがった。
「ブハッ?!??」
亜理沙はチョコミント・マスクの下で鼻水を吹き出し、
「ちょ、ちょ、ちょっ、タイム!タイム!」と真っ赤になって腕をバタバタとさせた。「ご、誤魔化さないで!」
「……でもさ、木下。」と海人が優しく微笑みながら言った。
「俺、思うんだ。……コ□ナ以降、特に女子は外出時、必ずと言っていいほどマスクをするようになったじゃないか。」「な、なによ??急に論点ずらし??」
「世間では『顔ノヽº¯ノ"ノ』とか揶揄されてさ。マスクをしてないとなんか落ち着かないとか言ってさ……でもそれってなんか悲しくないか?」と、海人は亜理沙の目を見つめながら寂しそうに笑った。
「俺達みたいな若くて、活力に溢れた一番いい時期の顔をさ。……何年間も隠して生活するなんて勿体ないよ。気付いたら、オジサン、オバサンになってるぜ?ほら……その……なんかこんなこと言うのも照れ臭いけど……、お前だけじゃないけどさ、そうやって、その、……若い綺麗な顔をさ、恥ずかしいものでも隠すみたいに覆い続けるのって……寂しくないか?……まあ、今回は俺がマスクしてなかったことは間違いだったよ。でもさ?俺はさ……いつものマスクしてない木下の方が……その、…なんと言うか…落ち着くかな?……ゴメン。今日の俺、なんか支離滅裂だな。……何言ってんだろ、俺。まあ、なんて言うの?つまり、若い俺達はさ、ありのままの姿が…本当は一番なんだよ……冬が終わったら……マスクは外そうな……」
亜理沙は、ぽ~っとなって海人の告白を聞いていた。
わかっている……。これは自分に向けられた言葉ではなく、藤子ちゃんに向けられたものだ……。
それでも……。
説得された亜理沙は、思わずこの場でありのままの禅羅の姿になりそうになる自分をグッと抑え、ふるふると震えながら、ふと設楽居海人の背中側の柱の裏に、もう一人の伏木亜理沙が隠れていることに気が付いていた。
……藤子ちゃん……。今の、全部聞いてたのね……。
「カ、カイトく……、あ、あの、私、ちょっと音入れしてくる……」と言って亜理沙は拳を強く握ると急いで歩き出した。
そして、通り過ぎる瞬間に藤子に目線を送り、二人してわき目も振らずに民難の音入れを目指した。
二人の少女は顔を真っ赤にして、室内に体を滑り込ませると、内側から鍵をもどかしくロックした。
そして、いったん無言で見つめ合い……
「い、今の聞いてたよね?」と亜理沙が言うのを聞いた藤子が、「わ、私…、木下藤子に戻りたい!今すぐ…」と呟いた。
「わかってる……わかってるよ……」そう言いながら亜理沙は、セーラー服のリボンに手をかけ、藤子はスカートのボタンを外す。
後はあっという間だった。
興奮した様子の二人の少女は、耳を赤く染めながら全てを脱ぎ捨て、いつしか完全にありのままの姿になっていた。
そして、広い民難の音入れの空間の中央に立つと、
月几巴の身イ本に漆黒の刻印と薄桃に尖る弾丸を浮かび上がらせて、目を閉じ、思わず強く抱き合っていた。
「……私達はありのままでいい。ありのままでいいんだ……」鏡合わせになった少女達の二本のポニーテールが揺れる。
二人の少女は……、一瞬、合わさった月几と月几の間に、設楽居海人がいるような気がして……、ほんの一瞬、ほんの一瞬だけ……すぐ近くにあった唇に、……自分の唇を重ね合わせていた。
すぐに二人は体を離し、無言で服を着始める。
「……私、このまま、もう帰るね……。」
亜理沙がそう言うと、藤子は「ん」とだけ返事をして、
一瞬迷ってから、チョコミント・マスクをもう一度装着した。
「……やっぱさ。今日はなんか恥ずかしい……」「だよね。」と言うと亜理沙もマスクを耳にかける。「バレンタイン、頑張ってね。応援してる。」「ありがと。」「なんか藤子ちゃんがちょっと羨ましいな。」「………」「大丈夫よ?取らないから」と言って亜理沙が笑った。
二人はそのまま音入れの前で別れ、
藤子は涙で微かに潤んだ瞳の中に海人の姿を捉えると、ブンブンと腕を振りながら駆けていった。
『 Falling for the idea of love.』




