ヰ75 ドッペルゲンガー
日曜日のショッピングからの帰り、渋谷駅にある民難の音入れに一緒に入った木下藤子と伏木亜理沙は、
おしゃれめの交換台の上にコートと荷物を置いて、キャッキャッとふざけ合っていた。
セーラー服姿の2人は、お互いの学校の制服の違いを見ながら「亜理沙ちゃんのとこの制服の襟、カワイイよね」「えー藤子ちゃんのリボンの方がカワイイよぉ…」などと言い合い、
マフラーに刺繍してある校章を比べ合っていた。
友情の証を交換する為に、亜理沙が紺色のスカートに腕を入れ、もぞもぞとチョコミント色の布を引っ張り出す。
「ねえ藤子ちゃん?」
「ん?なあに?」
藤子も腰を折りながら、ツイストドーナツのように捻れたチョコミントを片脚から抜いて「どうしたの?」と聞いた。
亜理沙は、少し離れたところから友人の全身を見ながら「……ふと思ったんだけどさ…」と言う。「私たちって、背も丁度同じくらいだし、脚の長さも、体型も、髪型もよく似てるじゃん?」
「そうだね!」と嬉しそうに答えた藤子の横に並び、腕を組んで、洗面台の壁にある鏡のところへ引っ張っていく。
「ねえ、藤子ちゃん?」「ん?」
「いっそさ、試しにぜ~んぶ取り替えてみない?」
「………」
一瞬考えてから藤子は、
「それ、めっちゃイイじゃん!!面白そう!やってみよーよ!」
と言って友人の背中に抱き付いた。
……まず2人は、手に持ったチョコミントを交換し、いったん靴を片足ずつ脱ぐと、代わりばんこに肩を貸し合い、制服のスカートの中にモタモタと踠きながら戻していった。
「多分、無頼のサイズも同じだよね?」
「うん。多分そうだと思うよ。亜理沙ちゃん、無頼派で言うと誰が好き?」
「う~ん、やっぱり太宰より、坂口安吾かなあ……」
「そうだよね!!やっぱり安吾だよね!」と藤子がセーラー服の上を首から抜きながら言う。
同じように、スカートを履いたまま、上半身だけ無頼派の姿になった亜理沙は、
友人の白い肌の中央に凹んだほぞ穴を見て、
……形も似てる……へえ……そう……と感心していた。
少女たちは、相手の無頼を見て、それぞれが山林王の兎キャラ、『黒蜜』と『白蜜』のものを身に付けていたのを知って、クスクスと笑った。
2人は冷たい空気に鳥肌を立てながら、背中のホックを外し、(注)餓鬼臭えにしては、ゴリッ派で無頼派な、無念仏を露にした。
「…まさに坂口安吾……。桜の森が満開の木下藤子ちゃんね……」と亜理沙が言うと、
藤子も笑いながら「亜理沙ちゃんだって綺麗なピンク色でカワイイよ?」と言って黒蜜を受け取った。
亜理沙は白蜜をお無念につけながら、「私も山林王が大好きなんだ!『山林王にオレはなる!』…カワイイよね!」と言う。
肌着の次にセーラーの上を取り替え、二人はスカートを下ろし、
チョコミント姿で、ローファーと靴下を交換し始めた。「靴のサイズも同じ!」と言って2人は笑う。
改めてスカートをウエストまで持ち上げると、藤子は、亜理沙を真似してこめかみから触角ヘアを下にさげてみた。
逆に亜理沙は髪の毛を全てポニーテールの方へ突っ張らせてみる。
「………出来た。」「…うん。出来たね」
藤子は靴下の中に残る、友人の足の湿気を感じながら、ローファーの爪先で足指でギュッと握った。
「………」「………」
「……そっくり…」「ホントだね。私たちそっくり……」
藤子は自分の制服を着たもう1人の木下藤子の肩を触り、指先で彼女の背中をつう…っとなぞってみた。
お返しに亜理沙は、目の前にいるもう1人の自分のセーラー服のリボンを摘み、
……その指をそのまま少女の頬に持っていって、そおっと擦ってみた。
「………藤子ちゃん…」
「なあに?」
「……ノヽº¯ノ"ノ見せてもらってもいい?」
「ええ??なによ唐突に?!」
「いや、その…、今の藤子ちゃんはさ………実質私じゃん?……ちょっとさ?自分が人からどう見えてるのか、確かめたくなってさ……」
「え?だからと言って何故にノヽº¯ノ"ノを?だいたいさっきから、私の着替えるとこ見てたじゃん??」
「いや、その、完全に入れ替わってみたらさ、……私って意外にカワイイな、って……カワイイ子のノヽº¯ノ"ノって、やっぱ見てみたいじゃん?」
「はい??ま、まあ、亜理沙ちゃんは確かにカワイイよ?……でも改めてノヽº¯ノ"ノ見せてって言われると……恥ずかしいよ……。」
「じゃあさ?逆に私が藤子ちゃんにノヽº¯ノ"ノ見せてあげよっか?…今の私、かなり木下藤子の再現度高いと思うのよ?
ほら、カイトくんから見て藤子ちゃんという女の子がどう見えているのか、いっぺん冷静に他者の目線で見てみるといいわよ!
厳しい言い方になるけど…男の子がさ、
…その女の子のノヽº¯ノ"ノに興味を持てないようなら……正直、脈はないと思うわ……。
逆に言うとね!藤子ちゃんが、どれだけ魅力的かを一度見ておいた方が、
自信に繋がると思うの!」
「…え、でも……」と藤子が戸惑いながら視線をさ迷わせる。
……た、確かに今目の前にいる亜理沙ちゃんは……まるで私のよう……。
私って他人から、こういう風に見えているんだ……。か、かわいい……て言っちゃって…いいのかな……、や、やっぱりダメだよね??
「覚悟は出来た?」と亜理沙が微にニヤけながら言う。
亜理沙がスカートの裾に両手をかけて、いっくよ~~、といった雰囲気で腕を上げようとしたところで、
「だ、だめえ……」と真っ赤な顔をした藤子が、友人の体を押さえ、動作を止めさせた。
「わ、私はカイトの前で……、そ、そんな破廉恥なマネはしないから!!」
………。
…民難と音入れで、結果的に抱き合う形となったセーラー服姿の女子2人。
彼女達はそのままぎゅううううっ……と腕に力を込め、心臓が鼓動する音を聞きながら、互いの耳に湿った温かい息を吐き合っていた。
「……あのね。」
と、ポツリと藤子が言う。
「……私、ホントは凄く怖いんだ…」
「なにが?」と優しく亜理沙が言う。
「……カイトがね。ホントは私のことをどう思っているか……。ただの友達としか思っていなかったら、って考えたら……もし、チョコをあげてさ?…カイトを困らせちゃったらどうしよう…とかさ…。カイトは優しいからさ、……逆に苦しませるようなことになっちゃったら……。
……それに告白することでさ、今までの関係が、一瞬にして…終わっちゃうことだってあるでしょ?……そうなったら私……もうどうしていいかわかんないよ……」
言い終わると藤子の目から再び涙が溢れ始めた。
「……大丈夫。」と亜理沙が言った。
「……大丈夫よ。泣かないで、私!」と亜理沙が言った。「…なんか私が泣いてるみたいできまり悪いわ……」と言って亜理沙が照れ臭そうに笑う。
亜理沙は友人の頭を抱えるようにして抱き締め、
いつかどこかで見た外国の映画の真似をして、彼女の髪の分け目に唇を寄せた。
「ねえ、カイトくんの写真見せて?」
「え?」
「どう思われてるか気になるんでしょ?」
藤子は愛・不穏を取り出し、「…はい……」と言って設楽居海人の写真を見せた。
「ムハッ!想像よりもイケメンね?!?」
「でしょ?」と藤子は涙を拭いて、何処か誇らしげに言う。
「……じゃ、探ってみよっか?」「?」「なあに、その顔は?探ってみるのよ。」「?」
「ほら。今の私は何処からどう見ても木下藤子でしょ!流石のカイトくんにだってわからないよ!」
「……ちょっと待って亜理沙ちゃん……まさか」
「そうよ!そのまさかよ!放課後の何処かのタイミングで、私と入れ替わるのよ!……そこで私は藤子ちゃんになりきって、カイトくんの本心を聞き出すの!」「ほ、本心を聞き出すってどうやって……」と、藤子は、自分が泣いていたことをすっかり忘れて呆気に取られながら言った。
そこで亜理沙が、友人に擬態したままセーラー服のスカートをガバッと捲り上げ、
「カイト~!私のノヽº¯ノ"ノ見てー?!藤子カワイイかな??」と叫んだ。
「ちょ、ちょっとぉ???!あ、あ、亜理沙ちゃん?!」と本物の藤子が赤面して悲鳴を上げる。
「カイト~~!!藤子の新しいノヽº¯ノ"ノ、もっと近くで見て~~」
「あ、亜理沙ちゃん?!?ふざけてるの??わ、わ、私の姿でそんなへ、ヘンタイみたいなことしないでよ~!そ、それなら私だって!!」
そう言うと、亜理沙の姿をした藤子は自分もスカートを捲り上げ、
「私は、自称カワイイ、カワイイ女子(注)餓鬼臭え伏木亜理沙ちゃんで~~す。
皆さ~ん?!私のおノヽº¯ノ"ノ姿を、見てくっ(だ)さぁーーい!!そして忌た(ん)ないご意見をお聞かせくださ~い!」と言って、がに股になってみせた。
「やったなー!??」
楽しそうに亜理沙は笑って、「それならこっちだってぇ~~。」と言うと悪戯な顔をして、
自分のチョコミント・ノヽº¯ノ〒亻を片手で太ももまでずり落とし、
「カイトくんの話をする時の藤子ちゃんの真似~」と言いながら、腰を付き出し、
すっ濃く自・慢気な表情をして見せた。
それを見た藤子は「ひどい~~」と口を尖らせながら言ったが、すぐにクスクス笑い出し、
自分もチョコミント・ノヽº¯ノ〒亻を脱ぐと、
「亜理沙ちゃんなんか……、こうしてやるからね……!!」と言って、
チョコミント色の布を頭から被ると、それを口元まで引き下ろした。
「皆さ~ん!ここにいます伏木亜理沙ちゃんの正体は……」
藤子は布の穴から両目を覗かせて「…美少女戦士セーラー仮面なのれ~ず!」とくぐもった高い声で叫んだ。
アハアハアハ……と、2人は息が出来なくなるほど笑って……、最終的にまた涙を流していた。
「アハ…アハ…あ~苦しーー」と藤子は亜理沙の肩に手を置いて、ひいひいと喉を鳴らす。
やがてチョコミント・ノヽº¯ノ〒亻の真ん中辺りが、口から出た涎で濡れてきたのに気付いて、藤子は慌ててそれを、ジュルジュル…と吸い込んだ。
それを見た亜理沙が「もーー!やめてよねえ」と苦しそうに笑いながら、セーラー戦士の自分の背中をバン!と叩いた。
「……亜理沙ちゃん」「なあに?アハハあ”ーくるひい…」
「……ありがとね。私、なんか元気出た……」「え?ああ、うん。元気出た?…それでこそ私よ!!」
顔にノヽº¯ノ〒亻を被ったままの藤子は、スースーするスカートの下で脚を閉じ、「……私、バレンタイン頑張るから。」と小さな声で言った。
「……ねえ、藤子ちゃん?」と亜理沙も小さな声で言う。「ん?」
「まだ時間が早いし…このままカイトくんに会いにいかない?」「……え?このまま?」と藤子は言い、鏡でノヽº¯ノ〒亻から髪の毛をはみ出させた伏木亜理沙姿の自分を見つめた。「このままの姿で外出るの?亜理沙ちゃん、大胆すぎない??」
「もちろん、それは脱いでよ!いや、履いてよ!」と言いながら亜理沙は自分もノヽº¯ノ〒亻を手の中でギュッと握った。
「せっかくだしさ、このままカイトくんに会ってみてさ、……私が藤子ちゃんの姿のままで、探りを入れてみよっか?」
「さ、探りを入れるって……?」と藤子が聞き返す。
「モチロン藤子ちゃんが聞く勇気のないようなことを、よ!私がさりげな~く聞いてあげるのよ!
……どんな女の子がタイプか…とか、藤子ちゃんのことをどう思ってるか…とか、そう!プレゼントを貰うなら、何がいいか?とか!」
「え?え?でも……流石にバレるよ……声も違うし……」
「でもこうやってさ!少し風邪気味だって言えばいいよ!」と亜理沙は言って、手に持ったチョコミント・ノヽº¯ノ〒亻を半分に折り畳み、両端を耳にかけた。
「…あ」と藤子が声を出す。
「私、藤子ちゃんのセーラー仮面のコスプレを見ていて思いついたの!こうやってマスクしちゃえば、顔もわかり辛いし、声も誤魔化せるじゃん?」
すぐに藤子も友人の真似をして、チョコミント・マスクを折って、耳にかけてみた。「……ホントだ……こうしちゃえば本人達以外、見分けるのが難しくなるね…」
「でしょでしょ?」と言って亜理沙は愛・不穏を取り出して、カメラを起動した。
そして画面に罫線を表示して、「このマスの中に納めるように写すと、いい写真が撮れるんだよ?」と言った。
「え?なに?今から写真撮るの?」と藤子が言い、亜理沙がおもむろに音入れの中にスマホを水平に置き、その上に腰掛ける様子を見ていた。
「うん、ちょっと待ってて。」と言った亜理沙の体の下から、じゅぅぅぅぅぅぅぅ……という音がして、同時にカシャカシャカシャカシャ……と連続でシャッター音が鳴るのが聞こえてくる。
藤子は「……カイトにあんまり変なこと聞かないでね……」とマスクの中で頬を赤くして俯いていた。
亜理沙が「わかってるって!この亜理沙ちゃんに任せなさい!……ところでさ…昨日から写真いっぱい溜まっちゃってんだよねえ……整理がまだだから、まだ素通りー上げられないんだあ」と言うのを聞いていた。
「あ、私も今月は整理まだなの。そこもおんなじだね。」と藤子が言う。「あ、そうか。整理がまだだから、今日はNote-PCでも平気だよね。」
そこから亜理沙はしばらくの間、愛・不穏の画面と向き合っていたが、やがて「出来たぁ、見てぇ!」と言って、友人に今撮った写真を見せた。
画面には、個人が特定出来ないように加工されたドット風モザイクのかかった自撮り写真が表示されていて、その上には更に沢山のハートが縦に並び、キラキラした水滴や泡がゴールドに輝いていた。
「カワイイ!!亜理沙ちゃん上手!天才!亜理沙ちゃんのインスタント暮らし、カワイイよねー!」と藤子は言うと、
今度はチョコミント・マスクをした顔を2つ並べて、自分も愛・不穏で写真を撮ってみることにしたのだった。
『Doppyuelgänger』
あけましておめでとうございます。




