ヰ70 叶う夢、叶わない夢
新宿、明治通りを一本奥に入った路地裏の、薄汚れた雑居ビルの一室で、
闇のmoon-men-虚医師、無頼孔雀は、向かい側に座る マスクの青年を静かに見つめていた。
この青年は、今人気急上昇中のアイドルグループに所属しており、
その甘いルックスと、映画で演じた俺様系の役どころで、多くの女性ファンを虜にしていた。
「……で、君は今年の新成人なんだね。」と白髪交じりの髪の毛をくしゃくしゃと掻きながら、痩せた医師が言う。
「で、真っ直ぐ立つと、患部が締め付けられて痛む……と。
ところで君は全くTVドマラには露出してないの?」
「……はい。全く露出していません。映画専門です。」と青年が小さな声で答え、さっきからチラチラと、医師の横に立つ金髪のエスカルゴヘアの女性を気にするように目線をさ迷わせていた。
そのピンクのナース服に、さくらんぼ付きの大きな無念仏ーキを閉じ込めた可愛らしい助手の女性は、
「あ、私のことは気にしなくて大丈夫よ。こういったことには慣れているから。」と言って微笑んだ。
「そうだよ。」と無頼孔雀も言う。「ここにいるメジ子は100人近い重症患者を見てきたし、多くの悩める男性の『第2の誕生』にも立ち会ってきた助産師だ。心配する必要はないよ。勿論、秘密も厳守する。……君の事務所からはそれなりの金額を頂いているからね。必ず手術は成功させるよ。」
「は、はい……宜しくお願い致します……」とマスクの青年は背中を丸めながら小さな声で言った。
「では、早速。患部を見せてごらん?」
「は、はい??」
「ほら、恥ずかしがらなくても大丈夫。我々は医療従事者だ。まずは確認させてもらわないと。」
「で、でも……」と言って青年は、モデルのように整った顔をした若いナースをチラッと見上げて、すぐに目を逸らした。
メジ子は、「まず、患部を清潔に消毒しないとね。……ほら、もう、そんなに固くなっちゃって……。大丈夫だから。あんまり緊張して体を固くすると、締め付けられて痛いでしょ?あ、もしかして先生が怖い?確かに見た目はイカツイからね……ほら、私が見てあげますから……リラックスして、ね?」と笑顔でゴム手袋をはめた。
「いや、でも、ちょっとそれは……」と言って青年はお腹の下辺りを押さえる。「ぼ、僕は……一応、芸能人ですし……ほら、イメージもありますから……」
「あら、そんなことを気にしていたの?平気よ。私や先生は、患者さんを差別しないし、贔屓もしない…。どんな人に対しても平等に、プロとして接するわ。……勿論それなりのお金を頂ければですけどね……。」
「いや、そうじゃなくて……」と青年が顔を真っ赤にしながら言い、無頼孔雀の方を縋るように見つめた。
髪をボサボサにした男は、「ほら。いつまでも今の君のままでいいのかい?手術が怖いのは分かる。……でも勇気を出さないと。それこそ君は、人に勇気を与えるアイドルという仕事をしているのだろう?私は知ってるよ。君が数多くの女性達の人生の癒しになっているということを。
だから1日でも早く、手術を終えて……皆の前に復帰をすべきなんじゃないかね?今の君のままでは…アイドルを続けていく自信がないのだろう?今後映画の撮影などでは成熟した演技が求められる時も来るだろう。その時は、堂々と男らしく振る舞うといい……。」
「……はい。先生……すみません。……よ、宜しく…お願い致します……」と青年は呟き、
メジ子に促されるまま、ベッドに横になった。
「緊張をほぐす為の麻酔をするからね。」と無頼孔雀は言い、吸入器のようなものを準備し始める。
無頼孔雀は、青年の衣服を緩め、ゴム手袋をしたメジ子が、15㎝の定規を手に、彼の体に上半身を被せてきた。
「ま、麻酔はまだですか??」とマスクを外された青年が、端正な顔をこちらに向けながら言う。
「大丈夫よ。まだ痛くないから。……あ、でもちょっと冷たいから我慢してね。」と言ってメジ子は、
先端を捻ったティッシュの蕾のような、青年の細い患部を小指を立てながら摘み、金属の定規をお腹に当てて、長さを測った。「69㎜です。」
「了解、メジ子。丁度1円玉の棒金に満たないくらいの長さだね。」と助手の報告を聞きながら無頼孔雀がメモを取る。「じゃあ局部麻酔の量は四年生くらいが適切かな?」
メジ子が消毒液に浸した綿棒を手にし、
青年のゴワゴワとした質感の髪の毛を、指で掻き分け、赤くなった耳たぶを優しく押し開きながら、ゆっくりと掃除を始めた。
「あらあら、垢が一杯溜まっていますね。」メジ子は自分のマスクの鼻の位置をキュッと押さえ、臭いが入らないように隙間を閉じてから「三年生くらいでも大丈夫そうです。」と言った。
少し粘り気のある垢を外に掻き出しながら、メジ子は「ほら、体の力を抜いて。固くなってるわよ?」と言って軽く肩をマッサージしてやった。
青年は「うっ」と唸り声を上げ、体をピクピクと痙攣させた。
メジ子は慣れた手付きで患部の膿を拭き取り、「先生?」と顔をこちらに向けた。
「麻酔クリームを塗ってあげなさい。」と無頼孔雀は言い、
メジ子は表面にまんべんなくヌルヌルとしたクリームを擦り込んでいった。
青年は笑気ガスが効いてきたのかリラックスした様子でダランと体を横たえている。
無頼孔雀は注射針を取り出して、患部の根元辺りにそれをプスッと突き刺した。
「すぐ終わるから、…怖かったら目を閉じていなさい。」と言う声が聞こえ、肩を押さえられた青年は、顔の上にピンク色の無念部分の膨らみが覆い被さるのを感じ、下半身にサクッ…と感覚のない冷たいものが食い込むのを感じていた……。
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「先生、お疲れ様です!」
コーヒーを手に戻ってきたメジ子は、
スマホで呆けもんのアニメを見る無頼孔雀に声をかけた。
「今日の子、復帰後、ビッグになるといいですね。」
「……ああ、そうだな。今までの彼は、外側からの圧力で成長が阻害されていたようだからね。これからは大人として、色々な摩擦を経験し、もっと息の長い俳優になっていくことだろう。今日のあれじゃ、いくらなんでも早過ぎるよ……」
「(クスッ)……先生は何のかんの言って…やっぱり子供達を助けるが好きなんですね。」
「やめてくれ。」と無頼孔雀は疲れたように笑ったが、
助手のメジ子はそんな彼を眩しそうに見つめていた。
その夜、1人になった無頼孔雀は、
PCのフォルダに入った呆けもんカードの現在の相場を確認し終わると、
Vチューバー関連の掲示板を漁り始めた。
最近、呆けもん惨&無運の実況で話題の部位、音無伊火鬼。…少女のアバターが実機を持って現れ、そのままゲーム画面を視聴者には見せないで、ずーーっと俯いたまま口のみで実況する初見動画は、そのハチャメチャな解説内容で一気に火がついた。
しかも解説するのはほぼドロクエの思い出話ばかり。無言でいることも多く、正直どこが面白いのか分からなかったが、
孔雀は、こういった人気動画からカードの価格が変動することを知っていたので、呆けもん関連の影響力の大きそうなコンテンツは必ずチェックするようにしていた。
事実、音無伊火鬼の相棒枠、タマナッシー(エローラのすがた)のAR・SARカードのイラスト違いが急激に値を上げている。
孔雀は、 …実況動画以外でもこのVチューバーは、呆けもんについて触れている可能性もあるな…と睨み、過去のまとめ動画をスクロールさせていた。
『は~~い! 伊火鬼だよー!お翁おともだち諸君、減気にしてた~??雄!“いつも変わらぬオナ沁みの味”さん、いつもありがとー!はあい、“遅れてきた豹餓鬼”さんお疲れ様ぁ~!……ところでさ?豹って英語でパンサーだっけ?レオパードだっけ~?はたまたクーガー?いっそジャガー?
伊火鬼わかんな~い。国境を超えてきた民難~、コメットで教えてね~。
……あ、殺即流れ星ありがと~~。』
2次元少女がねっとりと、それでいてコロコロと転がる高い声で捲し立ててくる。
……毎回思うが、なんなんだこれは……。と孔雀は、音無伊火鬼のクリスマスイV ブ配信を見ながらコーヒーをズズズと啜り、軽く頭痛のするこめかみを、モミモミと揉んだ。
『淫靡な狂女、伊火鬼ちゃんから“ルネッ算数”さんに質問どすえ~。東京裁判が開かれた法廷は…確か市ヶ谷脱退系~?
第二次元セカイ大戦の7人の永久センパイが甲種系?または乙種系?にされたのは、本日12月23日だったよね~?明治憲法通りに生きてきて裏切られた老人達に、はい黙祷~』
あ、今、惨&無運の誤算家、臭非行タイプ、モクトーの名前を出さなかったか?
と、無頼孔雀は眠気を振り払いながら動画を戻した。
………。
……。
ん?
トンキン……法廷……、(鈍器法廷)
明治 (けんぽう)通り……、裏 (切り)……(明治通り裏)
そして、ジャガーにルネ (算数)……。(ジャガーとネルネ)
こ、これ偶然か???
音無伊火鬼は…豊子キッズと俺のことを話してないか??
まさかな……
無頼孔雀は、逸る気持ちでその他の動画を引っ張り出し視聴し始めた。
まさか…まさか………そんなはずは……いや、でも……
乃望竹千代……?
Vチューバーのチャンネルを隠れ蓑にして、楓の娘さんは、ネルネくん達と連絡を取り合っている??
おい孔雀?何故、そう思う?豊子キッズと俺のことを話していたからと言って、これが乃望竹千代とは限らないはず……。だが、何故だ……、胸が騒ぐ……。
2次元少女の上半身。
小さな目鼻口。目尻には中華風の紅が引いてあり、頬骨には三連星のほくろが輝く。
髪は銀髪のきしめんのような見た目で、外側に跳ねている。
何処かに……竹千代くんの……いや、彼女の中に眠る楓の……面影がないか……。
デニムジーンズとカーボーイハットを被った癖っ毛のカウガール。笑うと鼻の頭にしわが寄る。このアバターの目は薄ブラウンで、白目は微かに青白いか?苛々すると親指を拳の中に握る癖があるか?小さなコンパクトを開いて左側のはねた髪をずっと撫でているか?
…………。
面影なんて……あるわけない………。
俺は何を考えているんだ…。
これじゃまるで陰謀論にはまった電波系の戯言じゃないか……。至る所に都合の良い解釈しか見出さない変人…。
オペの後だ……。疲れているのかもしれない。
孔雀は頭を振り、PCをパタンと閉じた。
……竹千代くんに再び会えたとして、俺はどうするつもりなのだろう……。謝るのか。謝ったところで何かが変わるのだろうか。
金銭は……多分受け取ってはもらえまい。
豊子キッズ達を全員保護出来るほどの財力も、理想も、……今の俺は持ち合わせていない。
もし、時を戻して、全てがやり直せたら……。
ある朝、目が覚めたら新宿ドロップインハウスの宿泊室にいる自分に気付き…豊子さんとキッズ達に交ざって、楓が笑って「お寝坊さんね!」と言ってくれるなら……
俺は全てを投げ出す。
236枚のレア呆けもんカードも全ていらない。
……でも、そんなラノベみたいな展開は現実には起こらないことを、俺は知っている。
薄くなってきた後頭部のように、現実頭皮したって仕方がない……。
無頼孔雀は寒い室内で鼻をすすり、
……日本中の男性の甘った皮を、切っとカットしたら…豊子キッズ達を全員養子に引き取れるかもしれないな……と考えていた。
『Daytime dreams and nighttime dreams』
もうすぐクリスマス。カレイドスコープ先生にも流れ星よろぴく~




